<   2019年 02月 ( 6 )   > この月の画像一覧
2019/02/28 木曜 DVDで『ルシアンの青春』を観る
d0028773_19353386.jpeg
 県立図書館で借りたDVDの『ルシアンの青春』を観てみた.この前観た『鬼火』と同じルイ・マル監督作品である.
 『ルシアンの青春』は,表題が与える印象に相違して,清々しい青春恋愛物語ではなかった.原題は Lacombe Lucien,つまり主人公の名である.Lacombe, Lucien と表記されることもある.ラコンブ(Lacombe)が姓であるから後者の方が分かりやすい.
 物語の舞台はナチス占領下のフランス南西部,時期はノルマンディーに連合軍が上陸した,その直後くらいである.ルシアンは農村出身の17歳の少年(青年)であり,美徳も教養もない.病院の掃除夫をしていたが仕事はつまらない.そこでレジスタンスに入ろうとするが断られる.その直後にひょんなきっかけからドイツ警察(ゲシュタポのフランス支部のようなもの)の手下になる.ドイツ警察の一員になることで金回りがよくなり,物資も手に入る.権力を笠に着て小悪党ぶりを発揮して行く.隠れて住んでいるユダヤ人のオルン(Horn)一家のフランスという娘に恋をして,ねんごろになってしまう.しかしルシアンが原因でフランスの父のアルベールがドイツ警察に捕まりドイツ軍に送られる.その後,フランスとその祖母ベラが連行されるときに,ルシアンはドイツ兵を撃ち殺して,フランスと祖母と一緒にスペインへの逃避行をするのである.
 この作品が有名である要因の1つは,脚本にパトリック・モディアノ(Patrick Modiano)という有名な作家が入っていることだろう.モディアノはこの映画公開の直後くらいにノーベル文学賞を受賞している.私は読んだことはないが,モディアノはドイツ占領下の人々の生活を描き続けたらしい.
 この作品が凡作でないのは,「ナチスは非人間的だ」,「ナチスを許さないぞぉ」という作品ではない点である.DVDでこの作品を観た後にネットでこの作品の記載を調べてみたところ,私の記憶とは若干異なるあらすじの記載がいくつかあった.ルシアンがドイツ兵を殺してフランスらを逃そうとするのは,ナチスの非人間性に気づいて我に返ったから,とか,ルシアンら3人は最後にゲシュタポに殺される,といった記載である(元の文をコピィしたんだろう).しかしこうした反ナチ解釈は,映画の中身とは異なる.ルシアンが突然ドイツ兵を撃ち殺す理由ははっきりせず,強いていえば親しいフランスを救おうとする,それだけのことだろう.しかも,ルシアンが殺されるのはその通りであるが,殺すのはゲシュタポではない.これらの記載は「反ナチス・スキーマ」による誤認だろう.反ナチス・スキーマからすると,ルシアンの行動はナチスの非人間性の故でなければならず,ルシアンを殺すのはゲシュタポでなければならない,という「民主的な」推論が生じ,その推論の通りに「無かったことも思い出す」効果が出てしまったのだろう.
 この作品の意味は私には分かりかねる面があるが,それでも占領下の状況で生じる普通の人々の人間的な喜びや悲しみを印象的に描いている.何の美徳もなく,およそ好意を抱ける対象ではないルシアンが,観ているうちに愛おしく思えてくるのは不思議な気がする.
 ルシアンを演じた俳優はピエール・ブレーズといい,一般公募で採用された人らしい.名前が先年亡くなった,作曲家兼指揮者のピエール・ブーレーズと似ていたので,念のため調べてみた.俳優の方は Pierre Blaise であり,作曲者兼指揮者は Pierre Boulez である.Pierre Blaise の方はこの作品を撮った2年後に交通事故で,二十歳くらいで亡くなったという.

by larghetto7 | 2019-02-28 19:36 | 日記風 | Comments(0)
2019/02/17 日曜 国立大学が直面するかも知れないいくつかの事柄
国立大学が直面するかも知れないいくつかの事柄

by larghetto7 | 2019-02-17 00:37 | 日記風 | Comments(0)
2019/02/12 火曜 『日本国紀』を読んでみる
 1月の末にamazonで百田尚樹の『日本国紀』と高橋洋一の『「文系バカ」が,日本をダメにする』を注文した.夕方にネットで注文して次の日の午前中に届いた.台所に置いて合間に読んでいた.
 その『日本国紀』であるが,なるほど,売れるだけあってよく書けていると思う.歴史ものということだと,私が学生の頃は司馬遼太郎がよく読まれた(今も読まれている).司馬遼太郎の文章は自分の中に感動がこみ上げるのを感じながら書いているようなところがあり,しばしば長いセンテンスがあり,やや持って回った言い方をするところがある.その当時の様式だったのだろう.会津藩が幕藩体制の最高傑作だとか,西南の役の薩摩軍が当時世界最強の軍団だったとか,気持ちは分かるが何を根拠に言っているか分からないところもあった.けれど,そこが作家自身の感動を読者に伝えるようなところがある.対して百田尚樹の『日本国紀』はクールである.センテンスが明解であり,センテンスの長さも程よく制御されている.読みやすいテンポの文章である.ある意味『理科系の作文技術』的な所があるのが今日的なのだろう.
 『日本国紀』の特徴と私が思ったのは次の点である.
 第1に,おおまかな日本政治史である.歴史の流れの概略を伝えることに主眼があり,細かい点は省略している.大河ドラマ常連である新選組や戦国武将にはほとんど触れていない.大きな流れからは重要でないからだろう.鎌倉時代など,北条政権内部での権力闘争などは面白いと思うのだが,鎌倉時代の最初と最後,それにいわゆる元寇しか出てこない.
 第2に,江戸時代以降に多くの頁を割いている.全体が505頁であるが,163頁から江戸時代に入る.「第7章 幕末~明治維新」が終わるのは280頁である.だから明治以降が4割強を占める.江戸時代に頁を使っていることは,日本の近代を語る上で江戸時代が重要だったからだろう.R.P.ドーアの『江戸時代の教育』が流行った頃に学生だった私にはよく理解できる.
 第3の特徴はこの本が歴史上の人物をうまく取り上げていることである.幕末の小栗忠順が優れてた人であることは私も知っていた.が,水野忠徳や,平岡公威(三島由紀夫)の名前の由来だったという古市公威などは,私は知らなかった.司馬遼太郎の小説でも描かれる宇和島の嘉蔵も出て来る.「こんな立派な人がいましたよ」というのがメッセージであるが,反面,節操のない人も登場する.これら人物の記述が歴史の流れを親しみやすいものにしている.
 第4の特徴は近現代史の箇所で中国や南北朝鮮からのプロパガンダに対応した記載が多いことである.その点は日本の歴史をすっきり書くという点からすれば過剰に思える.しかし記録による記載であり,中身はその通りと思う.その過剰さは了とすべきだろう.
 特に上記の第4の特徴のためと思うが,左翼陣営は例によってこの本を批判攻撃していると聞く.それら批判について東大生のようなYouTuberがまとめて解説していた動画を目にする機会があった.よく調べたものである.たいした問題はない,が結論だった.まあ,その通りだろう.
 本の中では書いていないと思うが,たぶん著者には,学校で教える日本の歴史がこのようであるべきだという主張があるように感じる(著者は「受験生は読むな」といっているようだが).今から10数年前,私は娘の歴史の教科書を偶然に見て驚いたことがある.日本暗黒史のようだった.資料集は土一揆・農民一揆の話ばかりで,マニアックに過ぎる.すんなりと日本の歴史を明るく述べることは,特に学校教育では配慮すべきことと思う.

by larghetto7 | 2019-02-12 22:43 | 日記風 | Comments(0)
2019/02/07 木曜 今年の埼大の入試
今年の埼大の入試

by larghetto7 | 2019-02-07 16:29 | 日記風 | Comments(0)
2019/02/07 木曜 法人化後の3代目学長(中)
法人化後の3代目学長(中)

by larghetto7 | 2019-02-07 11:34 | 日記風 | Comments(0)
2019/02/01 金曜 DVDでルイ・マルの『鬼火』を観る
 ルイ・マル監督作品の映画『鬼火(Le feu follet)』を県立図書館から借りてきたDVDで観てみた.少し前に『踊るブロードウェイ』を観たが,以前にその作品と一緒に借りて来たものの,観なかった映画である.1963年に公開されたフランス映画である.
 この映画は情事の場面に始まり,主人公の自殺場面で終わる.その間の2日の物語である(数え方では3日).
 正直いって私には,この映画の意味が分からない.
 有名な文学作品を読んでも,私はしばしば意味を理解できない.例えばホーソーンの『緋文字』なら,山場がはっきりしているし,緋文字を胸に刻んだ女と苦悩する牧師の悲しい物語であるとしてすぐに理解できる.しかしそういう分かりやすい文学作品は私には少ない.同じ頃のアメリカの文学作品である『白鯨』は何なのか?『異邦人』など,何の意味がある作品なのか?『鬼火』はそういう,私には分からない文学作品のようなものだった.しかし分からない割には私の眼は画面にくぎ付けになっていた.そこが不思議である.
 主人公はアラン・ルロワという30歳の男性である.物語の舞台は,主人公が入院している療養所があるヴェルサイユと,パリである.この主人公がどういう人であるかの情報は話が進むにしたがって部分的に少しずつ分かるようになっている.しかし分かる部分は一部に過ぎない.会話の中で軍人として活躍したことが出て来る.しかし軍人だった状況は分からない.この映画の当時であればアルジェリア戦争に従軍したのかも知れない.あるいは,ド=ゴールを暗殺しようとした側にいたのかも知れない.映画の中には昔の仲間のような人物が出てきて,今は安穏な市民生活をしていたり,まだ戦っているとかいう者もいる.フランスにとってアルジェリア戦争とは,アメリカにとってのヴェトナム戦争より意味が大きかったろう.
 主人公のアランは7月23日に死ぬことに決めている.その前日にパリに出て昔馴染みの人たちに会う.死ぬ前に会いたかったようでもない.死ぬことを引き留められることを期待したようでもない.ただ死ぬしかないことを確認するかのようである.
 アルジェリア戦争かどうかは分からないが,この主人公は何かの祭りを経験しているのだ.その祭りが終わった後で自分の居場所が見つからないかのようである.
 モノクロの画面が例によって美しい.パリのカフェで一人になったときの不安の描写が印象的である.エリック・サティの,今はポピュラーになったピアノ曲を使ったことでもこの映画は知られている.出て来る女優は美人が多く,ジャンヌ・モローも冴えない役でちょっと出て来る.
 偶然であるが,7月23日は私の父の命日であり,私にも忘れられない日なのである.

by larghetto7 | 2019-02-01 20:26 | 日記風 | Comments(0)