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2018/04/28 土曜 『第三の男』を観る
 県立図書館から借りてきたDVDで『第三の男』を観た.この映画を私が最初に観たのは,中学生か高校生の頃のテレビであろうと思う.街中で人影が大きくなる場面や下水道の場面を記憶していた.が,筋は忘れていた.その当時は結構,テレビで昼間に映画を流していることがあった.今でも覚えているのは(といっても記憶であるから実は不確かである),モニカ・ヴィッティとアラン・ドロンが出た『太陽は独りぼっち(この邦題は安っぽいけれど)』といった結構な名作を,昼間のテレビで観ていたことである.
 昔,鉄人28号のようなアクション漫画で下水道が場面になることがあった(ような気がする)が,この『第三の男』の影響ではないかと思う.これまたどうでもよいことであるが,つげ義春の漫画で人影が大きくなるコマがある.やはり『第三の男』のパクリでは,と感じている.
 その後,何年か前に,あらためて『第三の男』をDVDか何かで観た.そのときにあらすじは確認した.
 今回また観ようと思った理由はくだらない.県立図書館には映画のDVDがあまりなく,選択肢が少なかったから選んだのである.県立図書館よりは,教養学部の資料センターの方が映画のDVDは揃っているだろう.
 あらためて観て中身は同じはずであるけれど,覚えている場面の作りがやや違うと感じるのは,人間の記憶が事後的に再構成されてしまうことによるだろう.
 この映画に使われるアントン・カラスのチターの曲に,Cafe Mozart Waltzというのがある.Cafe Mozartとは,映画の最初の方で出て来るカフェであろうと思ったけれど,ほんとにそうか,確かめたい気分があった.映画では「ここがCafe Mozartです」とはいっていない.しかし作家のホリーが電話で,「Mozart Cafeで会おう」と言われて,カフェで何とか男爵と会う.だからあのカフェがCafe Mozartでよいのだと思う.ただ,映画ではMozart Cafeと言っていた.ネットで調べるとCafe Mozartが正しいようである.
 『第三の男』を観たせいか,Apple Musicでアントン・カラスのチター音楽を探し,何度もかけて聴いた.娘によれば,ディズニー・シーではそんな音楽がよくかかっているのだという.

by larghetto7 | 2018-04-28 22:13 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/23 月曜 シェイクスピア『リチャード三世』
 BBC制作のDVDで,『ヘンリー六世』の三部作の後に,4部作の最後の作品である『リチャード三世』を観た.
 BBCのシリーズのシェイクスピア史劇10作の中で,この『リチャード三世』は最も時間が長い.4時間とちょっとであり,1枚のDVDでは収まらず2枚組になっている.
 ストーリーはリチャード三世による王位簒奪劇である.ヨーク朝のエドワード四世の死後,弟のリチャードが王位に就く.王となるために,リチャードはエドワード四世の2人の王子をはじめ,次兄のクラレンス公や妻などを次々と殺してゆく.しかしランカスター家のヘンリー・チューダーが兵をあげ,ボズワースの戦いでリチャードは敗死し,ヘンリー・チューダーがヘンリー七世として即位し,エリザベス一世に続くチューダー朝を開く,という話である.リチャード三世の王位は2年ほどであった.2年であっても行政上の功績は大きいらしい.
 リチャードの特徴は生まれながらの不具ないし奇形にある.劇では,猫背で背にコブがあり,足の長さが不揃いでびっこをひき,片方の手が萎えている,と描写される.生まれたときからの出来損ない,ヒキガエル,化け物,と劇中では何度も罵倒されるのである.身体も醜ければ精神も醜く,多くの人を陥れて目的を達しようとする.

 数年前,そのリチャードの遺骨が見つかったとして話題になった.確かに脊椎に彎曲があった.ただ,それ以外の障害は確認できず,その彎曲も服を着れば目立たない程度であるという.頭蓋骨から顔を復元すると結構なイケメンであり,DNA鑑定から,目は青で金髪である確率が高いという.シェイクスピアが描くほどには醜かった訳ではないだろう,という反論が出る所以である.
 遺骨の発見と並行して(その前からか?),リチャード三世は,シェイクスピアが言うほど悪いことをした訳ではないのではないの? という意見出てきたらしい.シェイクスピアでは実に多くの人を陥れて殺しているけれど,確証はほとんどないはずである.
 よく指摘されるのは,この作品をシェイクスピアが書いた時代はエリザベス一世のチューダー朝である,だからその祖であるヘンリー・チューダーを美化したんだろう,という点である.ヘンリー・チューダーは,チューダーという姓が示す通り,ランカスター家とは女系でつながっているだけであり,その先祖は王位継承権を否定されていたらしい.だから王位を得る正統性はかなり弱い.リチャード三世が殺したことになっているエドワード四世の王子は,もし生きていれば王位継承権でヘンリー・チューダーより強いから,殺したのは実はヘンリー側ではないか,という説もあるのである.そのようなヘンリーが王位を得ることを正当化するために,リチャード三世を思い切り悪く書いたんじゃないの,という考えである.
 だが史実がどうかは,ここでの話題ではない.

 この『リチャード三世』のDVDを観ながら,この作品は『マクベス』の出来損ないではないか,と私は思った.
 まず,『リチャード三世』の原題は The Tragedy of Richard the Third であり,『リチャード三世の悲劇』と訳するのが正しい.この作品を,シェイクスピアは悲劇と位置づけていたのだろう.
 中身的にも『マクベス』を連想させる箇所がいくつか出て来る.
 『ヘンリー六世 第二部』で,ヘンリー六世の摂政のグロスター公が,愚かな妻から,なぜ自分で王を目指さないだと言われる箇所がある.この作品ではグロスター公は立派な人と描かれているので(実際はそうでもない),グロスター公はそのような話は撥ねつける.その場面の後でその妻は,魔術で占いをさせるのである.ヘンリー六世,サフォード公,サマセット公というランカスター系の大物の運命を占わせる.この魔術まがいのことをしたことがばれて,妻は島流しになってしまう.が,その占いの結果はその3人の非業の死を予言していたのである.
 この作品では魔女がリチャードにささやくことはない.しかしヘンリー六世や妃のマーガレットはリチャードにいろんな予言をする.また,最後のボズワースの戦いを前にして,これまでリチャードが殺してきた人たちの霊が次々と現れてリチャードを破滅へと誘う.霊ではなく夢の情景かも知れない.
 こうした点は,『マクベス』のパタンだな,と思わせる.
 あくまで劇の中であるが,マクベスとリチャード三世は似ているところがある.どちらも王位を簒奪し,そのために多くの人を殺めている.
 違いもある.マクベスは魔女の予言やマクベス夫人の言葉に促されて王殺しをし,その結果,好むと好まざるとにかかわらずさらなる悪事へと引き込まれてゆく.そこが悲劇なのだろう.
 しかしリチャードは,自らの意思で悪事を進める.誰かに促された訳ではない.結果は悪かろうが,自ら選んでやりたいことをやった,その意味で清々しい人生ではないか? だから悲劇性はないのではないか? どこが悲劇なんだ? 
 この4部作は,『マクベス』を書くための素材は蔵しているように思う.しかし史劇という枠が制約になる.チューダー朝をヨイショするという制約もある.自由に悲劇を構成するためには舞台を昔のスコットランドに移す必要があったのだろう.
 シェイクスピアが悲劇として『マクベス』を書くのは『リチャード三世』の13年後のことである.

 DVDの『リチャード三世』の最後では,死屍累々の景色が映し出される.その中でヘンリー六世の妃だったマーガレットがリチャードの死体を抱きながら声を出して笑っている.その場面で全巻が終わる.やはりマーガレットが魔女の役割だったんだな,と思わせる.原作の通りなのか,演出なのか? いずれにせよ印象的な場面が多いDVDだと感じた.

by larghetto7 | 2018-04-23 22:27 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/22 日曜 シェイクスピア『ヘンリー六世 第一部~第三部』
 BBC制作のDVDでシェイクスピア史劇のヘンリアド4部作を観た後,県立図書館でヘンリアドの前に書いたという4部作のDVDを借りてきた.4部作とは,『ヘンリー六世 第一部』,『ヘンリー六世 第二部』,『ヘンリー六世 第三部』と『リチャード三世』である.この4部作を観たので,ワタシ的には,シェイクスピアの史劇10編のすべてをBBCのシリーズで観たことになる(やったぜ).

 この4部作はシェイクスピアのデビュー作らしい.まだエリザベス一世が在世の時の作である.4部作で扱っているのは,ヘンリー五世の死去の後にヘンリー六世が即位する1422年から,リチャード三世が殺されてヘンリー七世が即位する1485年の間の63年間の物語である.そのうち,ヘンリー六世の在位期間が40年ほどである.ヘンリー六世とリチャード三世の間にエドワード四世の在位期間が,中断を隔てて計22年ほどある.
 この4部作対象期間の直前を扱うヘンリアド四部作は,リチャード二世の終わりの1398年頃から,ヘンリー五世が結婚する1420年頃まで,つまり22年間ほどの話である.ヘンリアド4部作に比べて今回の4部作は対象期間が長く,必然的により多くの事柄が入っているから,劇にするのは都合が良いのだろう.
 2つの4部作を合わせて考えなら,これらの物語の期間は,プランタジネット朝がリチャード二世で滅んでからヘンリー四世以降のランカスター朝になり,ランカスター朝がヘンリー六世で終わってエドワード四世のヨーク朝になるものの,そのヨーク朝もリチャード三世で終わってヘンリー七世からのチューダー朝が始まるところまでである.シェイクスピアがこれらの作品を書いたのはエリザベスのチューダー朝であるから,最後はチューダー朝になってめでたし,とヨイショしているのである.
 DVDの長さは,『ヘンリー六世 第一部』が3時間ちょい,『ヘンリー六世 第二部』と『ヘンリー六世 第三部』がそれぞれ3時間半ちょい,『リチャード三世』になると4時間ちょいである.本で読むより芝居をDVDで観る方がはるかに楽とはいえ,一作品を観るにもかなり疲れてしまった.

 中身は,大変面白い.デビュー作であるから,観客が喜ぶことを狙って作っているのだろう.基本的に戦争活劇プラス宮廷陰謀劇である.話そのものの展開が興味を引く.それだけではなく,セリフの練り方が尋常ではない.
 最も印象に残る登場人物の一人はヘンリー六世の妃のマーガレットだろう.ヘンリー六世が厭世的な性格なので,政治的陰謀や戦で中心になるのがこのマーガレットである.このマーガレットは夫のヘンリー六世や政敵のヨーク公を,罵るわ,罵り倒すわ,いたぶるわ.その激しい言葉の長セリフに圧倒されてしまう.このマーガレットは,ヘンリー六世の死後も,フランスから舞い戻ってイングランドに現れ(そこは史実と異なるが),ヨーク朝に対する呪いの魔女のような役割を続けるのである.

 『ヘンリー六世』三部作の話を大まかにいえば,軸となるのはまず英仏百年戦争だろう.第一部は英仏の戦いの場面が主になる.
 ヘンリアドの期間の話になるが,百年戦争は14世紀の半ばからあったものの,リチャード二世はフランスとの戦争に消極的だった.リチャード二世の後のヘンリー四世は,反乱に悩まされていたので,フランスとの戦争は棚に上げている.その後のヘンリー五世になると,内乱も収まったので,再びフランスへの出兵を計画する.アジンコートの戦いでは寡兵で大軍を破り,パリまで占領する.そしてフランス国内の分裂に助けられてフランス王の継承権を認めさせる.大成功するのである.
 そのヘンリー五世が急死したところから『ヘンリー六世』は始まる.ヘンリー六世の時代になると,ヘンリー五世の成功が仇になって行く.フランスでの戦線を維持するのが負担になり,戦局は悪くなる.
 それでも当初は,グロスター公やヨーク公など,フランス戦線に注力する勢力がイングランドにいたのであるが,マーガレットをヘンリー六世の妻としてフランスから迎えるに当たって,フランスの領土の一部を割譲してしまう.その後,グロスター公は失脚し,フランス戦線からヨーク公も外され,フランス戦線をランカスター派(ヘンリー六世系統)が担うに従い,フランス戦線はますます不利になり,ついにはフランスでの領土のほとんどを失う.この時点でランカスター家側への国内の人気は落ち,ヨーク公の不満も募ることになる.この劇での英仏百年戦争の展開はそんなところである.
 ランカスター派とヨーク派との薔薇戦争は,第一部でも導入されているが,本格的な薔薇戦争は第二部から第三部にかけてである.まず,王位継承の正統性は,王であるヘンリー六世より自分にある,とヨーク公が考えるのである.ややこしい話であるが,この点は一理がある.そこでヨーク公がヘンリー六世に対し,王位を要求するようになる.ここから武力衝突が始まり,本格的に薔薇戦争となる.ランカスター派はいったんは戦闘に勝利し,ヨーク公を殺害するのであるが,ヨーク公の子供のエドワードらが巻き返す.エドワードらは戦闘に勝利し,ヘンリー六世らは逃亡する.ここにエドワードがエドワード四世(ヨーク朝)として即位することになる.
 エドワード四世の治世は20年ちょっとあるのであるが,その間にランカスター派の巻き返しがあり,ヘンリー六世が半年間ほど復位するのである.が,ヨーク派は再び巻き返し,エドワード四世がまた即位する.その直後に,グロスター公となったエドワードの弟のリチャードにヘンリー六世は(シェイクスピア劇では)殺されてしまう.
 『ヘンリー六世第三部』はなかなか印象的な終末を迎える.ヘンリー六世を殺害したリチャードがヘンリー六世の遺体を引きずって運ぶ.その後にエドワード四世らの宮廷の場面になり,一同が喜びながら輪になって踊るのである.その輪の中にリチャードだけが入らない.リチャードは暗い想念を抱いてその場を去って行く.このラストが,続く『リチャード三世』を導入することになる.よくできている.

 『ヘンリー六世』を観ながら,薔薇戦争は応仁の乱と似ているな,という感想を抱いた.時期も似ている.薔薇戦争は,最初の戦闘があった1455年から,リチャード三世が倒される1485年にかけての一連の騒乱である.応仁の乱は1467-1477年である.薔薇戦争では王であるヘンリー六世に存在感がなく,代わりに妃のマーガレットが武闘派だった.ヘンリー六世は薔薇戦争の期間に消えている.応仁の乱では足利義政が政治から興味を失っており,積極的に政治に関与したのは妻の富子だった.義政も応仁の乱の最中に隠居している.
 足利義政は,政治的には功績が少ないが,文化面での功績は大きい.ヘンリー六世も,イートン校やキングスカレッジを創設したことが功績といわれている.妃のマーガレットもケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジを創設したそうである.

by larghetto7 | 2018-04-22 19:28 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/21 土曜  アクアパーク品川に行く
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 本日,品川にあるアクアパーク品川という水族館(風のテーマパーク)にカミさんと行ってみた.
 先週,長女とその娘と一緒に,近隣の行楽地である「むさしの村」に出かける計画を立てた.けれども,都合で流れてしまった.5月になってから行くかも知れない.
 代わりに,という訳でもないが,かねてより懸案であった水族館巡りをしてみようと思った.昨年の4月に品川水族館にカミさんと行っている.そのときに,品川には水族館が2つあると分かった.昨年訪れたのは区立の水族館であり,品川駅からさらに京急か何かの電車に乗って行ったように思う.標準的な,良い水族館だった.今回は公立ではなく,私企業の水族館である.
 サイトでアクセスを調べたが,JR品川駅高輪口から徒歩2分,としか出ていない.地図だとプリンスホテルとの位置関係がよく分からなかった.徒歩2分というから迷うこともあるまいと思い,詳しく調べずに出かけた.
 不安が的中し,品川駅からアクアパーク品川にたどり着くのにやや苦労した.が,彷徨った訳でもない.近い割には見つけにくかっただけである.
 実際に行ってみて,水族館としてはイマイチだな,と思った.私企業経営の水族館と言えば,昨年行ったすみだ水族館も同様である.すみだ水族館にも言えることである.工夫があり,面白く作ってあるけれど,「無駄なことをしている」という感じがない.公立の水族館だと,良くも悪くも親方日の丸でやっているので,効率性を無視して水族館としての充実をマニアックに目指しているところがある.大洗の水族館など良い例である.そうした無駄な,別の言い方をすると豪華な金の使い方がないのである.
 地方国立大という親方日の丸の組織に勤めていた私であるから,どうしても心情的に公立の方に味方するのだろう.
 すぐに見終わってしまった.
 水族館は映画館とも隣接していた.要するに,都会で,いろいろアトラクションを作った,その一つとしてやっている水族館,ということであろう.大洗水族館だと,他に何もないところにある水族館であり,水族館そのもので勝負している(そうする以外にない).
 帰りがけに品川駅の東口に行きレストランで食事した.まあ,週末を,久しぶりに都会に出て過ごした,ということで満足すべきかな,と思った.

by larghetto7 | 2018-04-21 20:18 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/13 金曜 シェイクスピア『ヘンリー五世』
 BBC制作のDVDで,シェイクスピア史劇『ヘンリー五世』を観た.『ヘンリー五世』はヘンリアド4部作の最後である.
 ヘンリー5世は全2作の『ヘンリー四世』でハル王子として,ほとんど主人公扱いで登場していた.俳優も同じデイヴィット・グウィリム(David Gwillim)である.だから私は3作に続けて観たことになる.
 この俳優さん,全2作のときから,誰かと似ているな,と思っていた.3作目にしてやっと気が付いた.そうだ,こいつ,出合君に似ているよな(笑).そういっても分からないでしょうが,出合君というのは何年か前の,埼玉大学教養学部の卒業生である.日本語と英語の違いはあるけれど,声の高さ,声の出し方が似ている.そのうえ,目を瞬くところが似ているのである.身体つきは全く異なるけれど.
 それはともかく….

 ヘンリー五世の事績は華々しい.ヘンリー四世の後を受け,内乱も収まったところでフランスに行って戦争し,フランス王の継承権まで手に入れるのである.だから英国愛国者にとっては誇らしい王なのだろう.
 このDVDでは,冒頭から登場する王侯貴族の服装の美々しさに目を奪われる.このシリーズを観て時代によって服装の変遷があるのは分かるのであるが,特にこの『ヘンリー五世』が豪華である.最後の方のフランス宮廷での場面は特に華麗であり,役のヘンリー五世も絵として伝わった姿そのままに登場しているように見える.画面そのものが当時の絵画を再現しているようにも見える.
 視覚的には立派である.中身はというと,そこは好き好きだろうが,私は好きにはなれない.フランス王の娘キャサリン(後の王妃でヘンリー六世の母)に求婚するところも,何となく空々しい.会ったばかりで「愛している」もないだろう.
 アジンコートの戦いの前に行う「聖クリスピアン祭日のスピーチ」は,有名ではあるが,私には重みがないと思える.語るべき正義がないからである.諸葛孔明の出師表やリンカーンのゲティスバーグ・アドレスとは訳が違う.
 孔明の出師表は,漢室再興を正義と信じ,その実現のために鞠躬尽瘁し死して後止むという.その悲壮な忠義には涙するしかない.戦いの後ではあるが,ゲティスバーグでリンカーンは,自由と平等の理念に基づき新しく生まれた国が今まさに試練にあるといい,その試練のためにこの地で戦って死んだ兵士を,その栄誉を,敵味方の別なく称える.英語で読んでも日本語で読んでも涙が出て来る.広島でのオバマのスピーチは,これも素晴らしかったが,ゲティスバーグ・アドレスをモデルにしたように私は思う.
 それに対してこのヘンリー五世の戦争はなんであろうか.フランスに渡って「オラオラオラ,ここはワイのシマや」といって領土を分捕るだけのことである.ヤクザと変わりがないではないか.

 見ながら,何点か記憶に残るところがあった.
 まず,全2作に出ていたファルスタッフのグループがほぼ全滅してしまう.芝居の冒頭でファルスタッフが風邪で死んだと告げられる.一緒にいたふざけた男もフランスの戦場で盗みを働き,軍律違反で絞首刑になってしまう.一緒にいた少年も戦場のどさくさで殺される.居酒屋のおかみさんも芝居の終わりの方で死んだと告げられる.何となくわびしい気持ちになってしまう.
 面白いと思ったのは,ヘンリー五世が即位後,退位させられ殺されたリチャード二世の遺体をウェストミンスター寺院に改葬し,冥福を祈るために礼拝堂を2つ建立したと語るところである.リチャード二世は日本なら神社が建つかも,と思ったが,似たようなことをイギリスでもやっていた.それだけ,リチャード二世を退位させた罪悪感が,ヘンリー四世にもヘンリー五世にもあったのだろう.
 そのヘンリー五世も,意外と早く,34歳で病気で死んでしまう.リチャード二世の33歳とほぼ同じである.ヘンリー四世も,死ぬときにリチャード二世の肖像画に見つめられていたという伝説もある.

 ヘンリアド4部作を観た.この次はヘンリアドの前に作られた史劇4部作,治世でいうとヘンリー五世後の物語の芝居を観るべきだろう.が,その前に,少しイギリス史を勉強しておくべきだと思っている.バラ戦争あたりの話がややこしそうで….

by larghetto7 | 2018-04-13 19:24 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/10 火曜 大学のマネジメント改革
大学のマネジメント改革

by larghetto7 | 2018-04-10 22:49 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/09 月曜  国立大学の研究力
国立大学の研究力

by larghetto7 | 2018-04-09 16:30 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/07 土曜 シェイクスピア『ヘンリー四世 第1部・第2部』
 BBC制作のDVDでシェイクスピア史劇の『ヘンリー四世第1部』と『ヘンリー四世第2部』を観た.ヘンリー四世とはリチャード二世を退位させて王位に就いたボリングブルックのことである.話も『リチャード二世』の後を受けている.シェイクスピアの『リチャード二世』,『ヘンリー四世第1部』,『ヘンリー四世第2部』,『ヘンリー五世』が連続した治世の物語であり,4作をまとめてヘンリアド(Henriad)と呼ぶことがあることは,今回初めて知った.
 ヘンリー四世の2作は,内容的には続いているので,2部に分ける必然性はないような気がする.ただ,DVDでも片方が2時間半を超えるので,長さから分けたのだろう.
 この2作は,リチャード二世の後,リチャード二世のシンパによる反乱が続く期間の物語である.題名はヘンリー四世であるが,私には意外にも,活躍するのはハル王子(後のヘンリー五世)と,ならず者(といっても,騎士でサーの称号がある)のフォールスタッフ(ファルスタッフということが多い気がする)である.

 この作品は,構造的に,3つの人物群の世界から成り立っているように感じる.そのそれぞれを「モジュール」と呼んでみよう.第1は「宮廷モジュール」であり,ヘンリー四世をはじめとする王側の廷臣の世界である.第2は「反乱モジュール」と呼べる.反乱者側の貴族がやりとりする世界である.3番目を「ファルスタッフ・モジュール」としよう.主に居酒屋で,ファルスタッフを中心に庶民が織りなす人情喜劇のような世界である.そして放蕩を続けるハル王子は,基本的にはファルスタッフ・モジュールの住人なのである.
 この作品は,この3つのモジュールの舞台が切り替わりながら進行する,という構造を持っている.時間的にいえばファルスタッフ・モジュールが一番長いのではなかろうか? 私には,このファルスタッフが出てきて何が面白いのか分からない.が,このファルスタッフが人気のキャラのようである.また,ファルスタッフ・モジュールが入らないと,話が単純になり,進み具合が早くなり過ぎるという問題もあるのだろう.
 3つのモジュールが切り替わることにより,しかるべき時間が経過して物語が進行している実感を持つことができる.王侯貴族だけでなく,庶民の生活も歴史の中に刻まれている感覚を持つこともできる.3モジュールにする構造は熟慮の末のことなのかも知れない.
 モジュールが交わるときに,物語が先へと進む.宮廷モジュールと反乱モジュールは,戦いの駆け引きや交渉のときに生じて,戦いの結果へと導く.宮廷モジュールとファルスタッフ・モジュールは,ハル王子の身の振り方がかかわるときに交わる.反乱モジュールとファルスタッフ・モジュールは交わらないが,あえていえばファルスタッフが王側で従軍したときに生じたといえるかも知れない.
 反乱が終息するときにヘンリー四世も重体になる.いまわの際でヘンリー四世とハル王子が激しいやり取りをする場面が,この物語の一番の山場だろう.ハル王子は改心することを誓う.自分は王位を簒奪したので反乱にあったが,お前は王位を継承する者であり,平和を実現するとハル王子に告げてヘンリー四世は息を引き取る.そのとき,ハル王子はファルスタッフ・モジュールから宮廷モジュールに移動するのである.
 
 この物語は,反乱貴族の側に興味深いキャラを配している.まず第1部に出て来る,パーシーの息子の方,ホットスパーと呼ばれる貴族である.ホットスパーはトロイの勇者ヘクト―を連想させる.
 もう一人,ウェールズのオワイン・グリンドゥール(英語読みでオウェイン・グレンダワー)がちょっと登場する.グリンドゥールはウェールズの伝説的,神話的な人物らしく,ウェールズ独立の政権構想を持ち,イングランドに反乱を続け,死ぬまで講和しなかった.ウェールズのナショナリズムが高まると呼び起こされる人物らしい.反乱者の会合をそのグリンドゥールの館(ないし城)で行う幕がある.マーチ伯モーティマーがグリンドゥールの娘を妻としているが,妻は英語を話せず,モーティマーはウェールズ語を話せない.そのグリンドゥールの娘がおそらくウェールズ語で歌う.この劇はイギリスが多文化の世界であることを見せる.
 「反乱」はイングランド側の世界観である.ウェールズ側にはまた別の世界観があるのだろう.

by larghetto7 | 2018-04-07 20:16 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/06 金曜  大学は壊れるのか?
大学は壊れるのか?

by larghetto7 | 2018-04-06 22:54 | Comments(0)
2018/04/03 火曜 シェイクスピア『ジョン王』
 BBC制作の番組のシリーズのDVDで以前に『リチャード二世』を観た.このDVDが意外にもすごかったので以後,県立図書館にある同シリーズのDVDを時折観ている.先日は『ジョン王』を観てみた.正式の題名は The Life and Death of King John という,現代的な題である.
 話の半ばまでは退屈でくだらないと思ったが,半ば以降に実に面白くなる.裏切りに次ぐ裏切り,観ていてふと,黒澤の『乱』を連想した.
 シェイクスピアの史劇はすべて,イングランドの王様がタイトルになっている.治世の年代順で行くと,私が同シリーズで最初に観た『ヘンリー八世』が一番新しい.リチャード二世が14世紀後半であり,おそらく2番目に古い.『リチャード二世』の後に何を観るべきかといえば,治世が直後の『ヘンリー四世』を観るのが順当かも知れない.が,ヘンリー四世,五世,六世と続くのでなかなか終われない.そこで,治世が一番古い『ジョン王』を『リチャード二世』の次に観ようと思ったのである.

 ジョン王はイギリス史に登場する王としては最も好感度が低い部類の王だろう.その治世は13世紀初頭,日本史では鎌倉時代の初期である.リチャード一世(獅子心王)の後釜である.リチャード一世が第3回十字軍で遠征に出ているすきに王になろうと画策した経歴がある.有名なマグナカルタはジョン王が制定したが,そういうものができること自体,ジョン王が横暴と思われた結果といえる.何よりもジョン王の時にイングランドはフランスの領地を失っている.領土を失った政治家の人気が低いのは常である.

 『ジョン王』は『リチャード二世』とは作品の感じが異なる.リチャード二世は王位を失ってからの内省の独白のセリフがハムレットのようである.ジョン王にはそういう面がほとんどない.内面の思索はテーマではない.あるのは歴史上の行為であるが,この物語は歴史的な出来事に依拠しているとはいえ,実際の歴史的経過とはかなりかけ離れている.歴史をアレンジしたフィクションといってよいように思う.そこで展開される出来事の経過が肝であるから,あらすじは知らずに観た方がよい.だから書かない.
 といいながら大雑把なことだけを書けば,この劇中の最大の悪人はローマ教皇の特使の枢機卿である.劇ではこの人物がイギリスとフランスを手玉に取って戦争をさせる.すべてローマ教会の利権のためである.ジョン王も仕方なくローマ教皇に屈服する.ローマ教会はまるで総会屋である.ローマ教会は各国の中に利権を持ち,破門などをちらつかせて恫喝して利権を守る,という実態があったのだろう.こんなストーリーを描けるのも,イギリスはヘンリー八世の時代にローマ教会の影響力を排除したからである.その後にエリザベス一世の栄華を迎える次第が『ヘンリー八世』で描かれている.考えようでは,シェイクスピアの史劇はローマ教会に屈服した『ジョン王』に始まり,ローマ教会の影響力に終止符を打つ『ヘンリー八世』に終わる.たとえていえば,総会屋に屈してボロボロになった社長から総会屋を排除して自社を成長路線に乗せた社長の間にシェイクスピア史劇がある.
 この作品に描かれるジョン王はみじめである.堂々と登場し強欲さを発揮するが次第に卑怯になり,最後は無能になる.その変遷を演じる役者も大したものなのだろう.王が無能になって背かれる中,リチャード獅子心王の私生児フィリップ(リチャードを名乗ることを許される)が,ある意味軽いノリの男であるが,ジョン王を裏切ることなくわずかな手勢で奮戦し,リチャード獅子心王が存命であればかくありなん,という姿を見せる.
 最後は,ジョン王の世継ぎの少年(たぶんヘンリー三世)に一同が忠誠を誓うという大団円になる.ジョン王が乱したイングランドを立て直そうと誓うのである.シェイクスピア劇はイギリスへの忠誠を忘れない.この国は自らを傷つけぬ限り他国には屈しない,と私生児フィリップにいわしめる.その大団円の傍らで哀れな姿で死んでいるジョン王はいい面の皮というべきだろう.

by larghetto7 | 2018-04-03 15:56 | 日記風 | Comments(0)