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2018/03/31 土曜  BBCの『ハムレット』
 BBC制作の番組のDVDでシェイクスピアの『リチャード二世』を観たことを,少し前に書いた.私はそのリチャード二世の演技がハムレットのようだと思った.
 後で調べてみると,リチャード二世を演じたデレク・ジャコビという俳優は,もともとハムレット役で注目されたらしい.しかもその俳優は,同じBBCのシリーズでハムレットを演じている.なら,その『ハムレット』を観るしかないではないか.
 という訳で,県立図書館でBBCの『ハムレット』のDVDを借りてきたのである.

 DVDを観ると,主演のデレク・ジャコビの演技はリチャード二世と近い.ハムレットは退位後のリチャード二世と同じような服装をしており,同じく髭をはやしている.同じく高いテンションでセリフを詠じる.
 実際,劇中のハムレットとリチャード二世は似た面がある.第1に年齢が近い.最後の方の墓場の場面で墓堀が述べることを信じるなら,ハムレットは30歳である.リチャード二世は33歳で死んでおり,物語の主要な場面では32歳のはずである.第2に,ある意味で境遇が似ている.両者とも,新たに即位した王と対立する立場の王族である.リチャード二世は退位させられた王であり,ハムレットは王にならずに部屋住みのような立場にある.第3に,同じように高いテンションで内省を語る.
 ただ,リチャード二世に比べるとハムレットは強いキャラとして登場しているように思う.このハムレットは,メランコリックで知的な若者,という風ではない.まず所謂若者より年齢が上である.剣の腕がたつし,図々しい.狂気を装っているだけなのは見え見えであるのに,構わず傍若無人に振る舞って人を怒らせ,あるいは激しく人を罵る.ハムレットは母親のガートルードを罵った後,勘違いから王の重臣のポローニアスを殺してしまう.いかに王族でも重臣を殺せば,これはまずいと思って周章狼狽し,入試ミスを犯した大学教員のように神妙にすべきところ,ハムレットは平然と居直る.ふざけるように見せて強腰の駆け引きを行う.英国に同行した2人の「学友」のことは,殺されるように平気で細工する.最後の剣の試合の相手であるレアティーズの父親(ポローニアス)と妹(オフェリア)は,ハムレットのせいで死に至っている.が,悪さをしたのはハムレットの狂気であってハムレットではないと平然と言い放つ.最後に王のクロ―ディアスを殺す場面では,剣で刺したうえにガートルートが飲んでしまった盃の毒を口から流し込むという,派手な殺し方をする.

 ハムレットはかくも強いキャラなのではあるが,にもかかわらず物語の展開のイニシアティヴをなぜかとらない.
 まず,物語の発端を作るのは,自分が弟のクロ―ディアスに殺されたことをハムレットに告げる先王(たぶん名前は同じハムレット)の亡霊である.私にはこの先王の亡霊は無責任だと見える.ハムレットの前に亡霊として現れるなら,殺人犯のクロ―ディアスに化けて出られないものか? 雨月物語の磯良のように,クロ―ディアスを取り殺せないのか? そうしていていればハムレットの悲劇はなかったのである.まあ,親しい者の前にだけ現れる,というのが西洋の亡霊の約束事だとすれば仕方ない.しかし,ハムレットに復讐を注文しながら,そこから先はまったくの丸投げではないか? 経験もあるのだから,どうやったらクロ―ディアスに復讐できるとか,何か教えることはできなかったのか? 何もしない丸投げなのに,再び現れて復讐の催促をするわ,面倒な注文を出すわ,そうやってハムレットを悩ませる.
 中盤の重要な展開はハムレットが,クロ―ディアスの妻になった母ガートルードを罵って責め苛み,間違って隠れていたポローニアスを殺すところである.が,これとてハムレットが母を罵りに行ったのではなく,母に呼ばれてその展開になったに過ぎない.ここで母がもう少しおとなしくしていてくれれば,オフェリアの死に至る一連の悲劇もなかったのである.
 最後の修羅場は剣の試合の場面である.このでき過ぎた場面によって,ハムレット,クロ―ディアス,ガートルード,それにレアティーズが死に,ホレーショを除き関係者が全員死んでしまうという悲劇の定番の結末が一気に実現する.が,この剣の試合もクロ―ディアスが仕組んだものであり,ハムレットがなぜか応じたに過ぎない.
 普通我々が観るドラマは,何らかの偉業,その偉業が吉良邸討ち入りでも,宇宙から来た侵略者を撃退することでも,サラディンの軍と戦って講和に持ち込みエルサレムの住民を無事に避難させることでも,何らかの偉業というか,積極的な何かを成し遂げる.その過程がドラマになる.しかしハムレットはそのような偉業を目指す訳でもない.復讐する意思は持ちながら,自らは展開を作らない.強いキャラでありながらイニシアティヴをとらず状況に翻弄される.その点が悲劇なのかも知れない.
 英国に追放になるとき,港でハムレットはノルウェイ王の甥のフォーティンブラスの遠征軍を眺める.益がないと分かりながら迷いなく軍を率いるフォーティンブラスにハムレットは羨望を覚えることになる.
 しかし,物語を観た後,このハムレットの消極姿勢はこの物語の構造上の要請であったのかも知れないな,という気もした.ハムレットが進んで行動を起こしてクロ―ディアスに復讐しようとすれば,成功するにせよ失敗するにせよ,それで物語は終わってしまう.しかもハムレットが訳の分からない犯行に及んだ,という風にしか見えない.客が満足する悲劇の結末を得るには例の剣劇の場面が必要である.その場面で関係者が皆死んでしまうだけではなく,今わの際のレアティーズの口からクロ―ディアスの悪事が露見するという展開がない限り,一同が瞬時に納得する結末はないのである.その,でき過ぎた剣劇の場面に導くためにいろいろと横道に入る必要があったのだろう.

 家の本棚を調べると『ハムレット』の古い岩波文庫があった.私が学生の時に買ったに違いない.末尾の解説の日付が昭和32年というから,本当に古い.訳者の1人が市河三喜である.星2つの岩波文庫であるから,私が買った当時は百円だったのだろう.DVDを観て,こんなセリフがあったか?と疑問に思うときには文庫本のそれらしい箇所を探した.確かに文庫本にもそのようなセリフが入っている.さすがにBBC制作であるから,古典のテキストには忠実なのだろう.
 『ハムレット』という作品の何が面白いかを私は理解していなかった.このDVDを観てはじめて,やや,分かった気がする.劇中のエピソードに話を限定すれば,『リチャード二世』は単純構造の悲劇である.『ハムレット』はずっと入り組んでいる.だがやっと,統一された作品であることが納得できた.『ハムレット』は,部分を取り出しても全体を眺めても見どころの多い作品であり,古今の名作とされるのは仕方ないように思えた.
 劇の最後でハムレットの遺体はフォーティンブラス配下の4人の部隊長に担がれて運ばれる.同じような光景が黒澤の映画にあったような気がしたが,気のせいか?

by larghetto7 | 2018-03-31 19:29 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/29 木曜
THE世界大学ランキング日本版

by larghetto7 | 2018-03-29 22:53 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/28 水曜 花見
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 昨日,花見に出かけた.
 彼岸を過ぎて暖かくなった.ちょうど桜が満開になった.近所の公園でも花見をする人が多い.私が住んでいる〇〇市の近くでは,権現堂川(旧利根川)沿いの権現堂桜堤が桜の名所になっている.という訳で,昨日の午後,カミさんと権現堂堤に出かけた.混んでいた.ソメイヨシノが満開だった.途中のコンビニで買ったおにぎりを食べた.屋台で唐揚げを買って食べた.

by larghetto7 | 2018-03-28 11:50 | Comments(0)
2018/03/27 火曜 影絵版『銀河鉄道の夜』
 2週間くらい前に猫アニメ版の『銀河鉄道の夜』を観た.その後,県立図書館では影絵版の『銀河鉄道の夜』も置いてあったので,他のDVDとともに借りてきた.
 藤城清治による影絵劇のDVDである.藤城清治の影絵は奇麗であり,個人的にも好きである.『銀河』のような,視覚的情景を連想させる作品には向いていそうに思う.
 この影絵作品はこれまでいろいろの賞をとっているようで,このDVD自体が「文部科学省特別選定」と書いてある.「利用対象」は「小学校(低学年)・・・中学校,少年向き,青年向き」とある.『銀河』も童話ではあるから,それでよいのかも知れない.上映時間が50分弱であり,ギリギリ授業の1時間分に入るように作ったのだろう.短くした分,アニメ版に比べれば省略が多い.

 観てみた.美しい作品だとは思う.ただ,アニメ版を観た後であるので気になるところが目立つ.
 第1に,表現形態として,影絵はアニメにどうしても及ばない.影絵の美しい画面は立派であるけれども,特に動きを入れるのが困難そうだ.影絵という制約の中でいろんな工夫があるのは分かるが,影絵の制約は大きい.影絵は静止画に向いているようにも感じた.ところどころ杜撰な画面を出すことになるのも影絵では避けられない.
 あのアニメ版『銀河鉄道の夜』は1985年の作である.その後にアニメは飛躍的にきれいな,実写版以上にきれいな画面を出せるように変わった.『銀河鉄道の夜』については,それほど精密な画面を出す必要はないと思うけれど,アニメの持つ潜在的な能力は,今やすごく高いように思う.
 第2に,文科省特選になっているせいなのかどうか,話を短くした分,アニメ版より説教臭い.メッセージが「みんなのために生きる」に集中する.後半で,船の難破,さそり座,カンパネルラの死で,他のエピソードなしに「他者のために死ぬ」の3連発になる.くどい.「みんなのために生きる」のプロパガンダ映画のようであり,何となくシラっとする.この作品の意味は本来はもっと深いところにあるように私は思う.

by larghetto7 | 2018-03-27 17:20 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/25 日曜 シェイクスピア『テンペスト』
 『リチャード二世』と一緒に県立図書館から借りてきたDVDで,同じBBCのシェイクスピアのシリーズの『テンペスト』を観た.
 私は昔,『テンペスト』はリア王の話と勘違いしていた.リア王というと,何となく嵐の中をさまようイメージがあったからである.『テンペスト』のストーリーはこのDVDを観て初めて知った.
 ミラノ大公であったプロスペローという人物が,12年前に弟の姦計で娘と一緒に放逐され,今は無人島のようなところにいる.プロスペローは大公の時代から怪しげな研究をしており(それでは放逐されても仕方ないような気がするが),今は魔法使いになっている,という荒唐無稽な物語である.近くをその弟とナポリ王を乗せた船が通るので,魔法で嵐を起こし,船を難破させて復讐しようとする.この出だしのところではおどろおどろしい話になるのかなと思いきや,その直後にプロスペローの娘ミランダが出て来て,ノリが違うと分かるのである.話はやけに明るい方向に進む.プロスペローの復讐はある程度進むけれども,途中で復讐は止めにして,悪人を含めてすべての人々を許し,娘ミランダもハンサムなナポリ王子と結ばれ,プロスペローは大公に戻る,という大団円になる.
 まあなんというか,シェイクスピア劇も興行ですから,暗い話ばかりだと客がついてこないんでしょうね.この話,水戸黄門とか,旗本退屈男とか,山手樹一郎の明朗時代劇とか,古いですが,そういうノリですね.まあ,水戸黄門とか旗本退屈男であれば,助さん,格さん,早乙女主水介が悪を成敗するんですが,この『テンペスト』は成敗もしない.悪を含めてみーんな許しちゃう.ですから,まあ,エリザベス朝時代の寅さん映画みたいなもんなんでしょうね.
 劇の最後でプロスペローが観客に語りかけ,問いかけをする場面がある.感心した.これ,劇の終わりで観客とコミュニケーションをとる,というか,歌番組だと観客に手拍子を求めるような感じなんでしょうね.サービス精神ですね.まあ,興行ですから.
 プロスペローを演じたマイケル・ホーダーンという俳優はこの役が当たり役の1つらしい.確かに堂々として素晴らしい.同じシリーズのDVDでリア王を演じているようなので,後で『リア王』を観るのを楽しみにすべきなのだろう.

by larghetto7 | 2018-03-25 18:28 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/24 土曜 シェイクスピア『リチャード二世』
 一昨日,例によって県立図書館から借りてきたDVD(BBC制作)でシェイクスピアの史劇『リチャード二世』を観た.私は『リチャード二世』などという作品の存在を知らなかった.知らない中から選んだのであるが,すごく面白かった.昨日,もう一度観た.いや,こんなすごい劇は観たことがない.
 このDVDのシリーズは全部で37作品ある.シェイクスピアの戯曲はそれですべてかも知れない.しかしこんな作品が37もあり,シェイクスピアは戯曲以外も書いている訳であるから,なるほどすごい作家であるな,と思う.

 時代背景が分からずに観た.後からWikipediaを観ただけであるが,リチャード二世は14世紀末のイングランド王である.日本だと足利義満の頃であろう.1399年に失脚し,次の1400年に幽閉先で死ぬ.享年が33歳であるから比較的若い.10歳くらいから王位にあるので,人生の大半を王として過ごした人である.この劇は,そのリチャード二世が死ぬ前の2年間ほどの物語である.期間を2年に限ったことにより,ストーリーは単純化され,その分,リチャード二世の悲哀を浮き彫りにされているように思う.

 リチャード二世は親族(従弟)のヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー四世で,劇中ではボリングブルックの名で呼ぶことが多い)をある事情で6年間追放する.その直後にボリングブルックの父親のランカスター公が死ぬのであるが,そのランカスター公の領地をアイルランド遠征の戦費のために没収してしまう.ランカスター公領はボリングブルックが帰還したら相続すべき領地である.リチャードはすぐにアイルランド遠征に出かけるのであるが,ボリングブルックは領地返還を求めて帰国する.そのボリングブルックのもとに貴族の軍が集結し,アイルランドから帰国したリチャード二世を追い詰めるのである.孤立したリチャード二世はボリングブルックに王位を譲るはめになる.圧巻なのは,ボリングブルックから譲位の儀式にウェストミンスター大会堂に呼び出される場面である.ここでリチャードが苦悩と自虐のセリフを長々と,詩のように詠じる.ここからがすごい.何がすごいかは劇を観て頂くしかない.リチャードはその後幽閉先のポンフレット城で,ボリングブルックの意を忖度した部下によって暗殺される.終末に近づくにつれ,軽薄に見えたリチャード二世がハムレットのように語り続ける.
 
 リチャード二世が歴史的にどのような存在であったかは,イギリス史を勉強していない私には分からない.「Wikipedia程度の知識」で分かったようなことを言うなら,まず,この王の治世は英仏の百年戦争のさ中だった.戦争をしていたから当時の税金の取り立ては過酷であり,有名なワット・タイラーの乱もリチャード二世の治世の最初の方で起きている.この百年戦争,とらえ方では,英仏というヨーロッパの先進国が国の形を決める過程で生じた国境紛争のようなものと思える.百年間戦い続けたわけではなく,川中島の戦いのように,時折戦い,ズルズルと紛争状態が続いていた,というべきかも知れない.リチャードはボルドーに生まれ,妃(2番目)もフランスから来ている.いわばフランス寄りの王であり,強国のフランスと戦うよりは国の形を決めることを優先したように見える.アイルランド遠征をするのも(アイルランド遠征自体はイングランドの長年の公共事業のようなものであるが),強国相手ではなく,手近なところで領土を確保しようとしたからかも知れない.
 リチャードは貴族の連立政権ではなく,王による親政を目指し,一度挫折している.この劇の期間は二度目の親政への挑戦であったらしく,結局は親政への試みが再び挫折し,貴族の反乱にあった,というのが,この物語の歴史的な意味ではないかと思う.
 ずっと王位にあり,王権神授の思想もあった時期なので,王位をはく奪される苦悩も強かったのだろう.この人の立場は,日本の歴史上の人物の中から探すならば,源頼家(鎌倉2代将軍)が近いかも知れない.しかし失脚してからの情念の強さを思えば,崇徳上皇をあげるべきかも知れない.日本なら神社を建ててもらえそうに思う.

by larghetto7 | 2018-03-24 18:21 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/23 金曜
名古屋大学・岐阜大学の統合協議

by larghetto7 | 2018-03-23 15:40 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/21 水曜
グローバル事業の評価が悪いのは必然である
by larghetto7 | 2018-03-21 19:05 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/18 日曜 『エデンの東』を観る
 『エデンの東』のDVDも県立図書館から借りていた.昨日,『エデンの東』を観てみた.
 『エデンの東』を私が以前に観たのは,中学生の頃,淀川長治がサヨナラ,サヨナラとやる「日曜洋画劇場」だったのではないかと思う.『エデンの東』は,私の主観では「観た映画」に分類される.けれども,半世紀前に見たのであるから,あらすじもきれいに忘れている.
 いろんな楽団が演奏してきた『エデンの東』のテーマ音楽が,映画音楽の中では私は特に好きだった.牧歌的な印象の曲であるから,映画自体も牧歌的な内容であるかのような気がしていた.
 半世紀の時を経て『エデンの東』を再びDVDで観たのである.
 2時間ほどの映画であるから,真ん中あたりでいったん休憩してまた観るつもりでいたが,予想よりも速いテンポでストーリーが展開するので一気に最後まで観てしまった.すぐには興奮がおさまらなかった.ストーリーは多くの方がご存じであろう.
 私が観る前に記憶に残っていた場面は,ジェームス・ディーン演じるキャルが列車の屋根に登って(無賃乗車)移動する場面と,兄貴のアロンが,参戦することになった第1次大戦に出征するといって,列車の窓ガラスを頭で突き破る衝撃的な場面である.今回観て,おやじのアダムの野菜冷蔵の企画が失敗する場面と,キャルとアブラ(アロンの恋人)が観覧車に乗って語り合う場面が,そういえばあったなと思った場面である.
 今回観ての私の受け取り方は,中学生の頃の私の受け取り方とはまったく違うだろう.この話は,言葉の本来の意味で悲劇なのである.
 親父のアダムはプロテスタントの倫理を内面の原理とする高潔な人物である.彼は,金儲けをするなら別のことができように,野菜の冷蔵方法の確立を目指す.そうすることが世の進歩のためと信じるからである.必死で方法を考える親父を見ながら,キャルは何とか親父を手助けしようとする.親父の事業は天災のために失敗し財産を失うのであるが,キャルは何とか金の工面をしようとする.戦争で豆の値段が高騰することを見込んで,辛うじて元手の金を工面して先物取引で儲ける算段をするのである.このキャルの行動も,単に金を儲けようとするものではない.その金で親父さんに,夢にもう一度挑戦してもらおうとしたのである.思惑通りに金を手にしたキャルが親父にその金をプレゼントしようとするが,親父は拒絶する.親父さんはサリナスの町で徴兵の委員をしており,それで出征させて戦死者も出ている.なのに戦争で儲けた金を手にすることはできない,という.この親父さんの行動も正しい.だが,精いっぱい頑張って親父のために稼いだキャルにとり,その拒絶は愛情の拒絶になってしまう.ここから終盤の破局的な展開が始まる.
 誰もその苦しみに値するような悪事をしていない.なのに生じてしまうこの悲しい帰結は,まさに悲劇ということになるだろう.
 最後に重病になった親父がキャルに看護を頼むことによって,キャルと親父は和解する.それはホッとする展開ではある.しかし考えてみると,これまでの世界観を破壊されて戦争に出て行ったアロンはどうなるんでしょうね? いったんはキャルに心を通じたアブラはどうするんでしょうね,という割り切れなさは残ってしまう.
 聖書にあるわずかなエピソードをここまで膨らましたのは,大変な創作力だったに違いない.

by larghetto7 | 2018-03-18 21:00 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/16 金曜 シェイクスピアの『ヘンリー八世』
 先日,県立図書館で借りてきたDVDの『ヘンリー八世』を観た.シェイクスピア最晩年の歴史劇である.BBCが1978年からシェイクスピアの戯曲のドラマ化を放送したとのことである.DVDのケースには,『ヘンリー八世』は1979年が初回放送とある.この『ヘンリー八世』は米国のシェイクスピア協会が高く評価したという.
 という訳で,中身をまったく知らない『ヘンリー八世』を借りてきて,観てみたのである.
 戯曲というのは,読むと何のことか分からない.セリフは書いてあるのだけれど,問題はそのセリフがどのように声になるかであろう.例えば,R.シュトラウスの楽劇『サロメ』では,少なくとも最後付近の場面はセリフがオスカー・ワイルドの原作そのままではないかと思う.以前に文庫本で『サロメ』を読んだけれど,物事が淡々と進むだけのような印象だった.ところが楽劇になるとあれほどの激情の世界になる.
 だから,たぶんシェークスピアの場合も,本で読むだけでは素人には何のことか分からないだろう.演劇を見るべきだろうが,有名なシェークスピア役者が演じたというこのDVDを観るのはよい方法のように思う.
 で,観てみたのだけれど,まあ,どうですかねぇ?
 重要な登場人物は枢機卿のウルジーと,離婚させられる最初の王妃キャサリンである.ウルジーは,歴史的な事実の通り,ヘンリー八世の初期の治世でヘンリーから信任を得て国政を牛耳る.目障りなバッキンガム公を冤罪で処刑させ,政敵を遠ざけてゆく.ヘンリー八世とキャサリンの離婚も主導する.キャサリンは,自分には何の罪もなくずっと貞淑な妻だったのに,なぜ離婚させられる(王妃の地位を追われる)のか,と訴え,ウルジーが主導する会議を忌避する.ウルジーとキャサリンのやり取りはいかにも劇らしく,熱く描かれる.
 ところがヘンリーはアン・ブーリンを新たな妻にしようとするけれど,ウルジーは仏王の妹を妃にしようと工作する.その工作がヘンリーにばれ,また私腹を肥やしていた証拠も見つかって,失脚することになる.ウルジーは財産を没収され,逮捕された直後に死ぬのである.
 このウルジーを演じる役者が,江守徹と似ていること.
 ドラマのような画面ではあるが,あくまで戯曲である.ヘンリー八世を遠くに見ながら登場人物があれこれ話すような場面は,舞台をそのまま再現したのだろう.ウルジーが,ヘンリーに事が露見したことを知る場面は,舞台なら観客がそれを見て笑う所のような気がする.
 王妃の地位をはく奪され宮廷を追い出されていたキャサリンは,死を間近にしながらウルジーが死んだことを知らされる.ウルジーは悪い奴だったが権力を失った後に心の平安を得たのは幸いであると語る.その直後にキャサリンも亡くなるのである.
 陰謀と失脚と話であるので,全般に暗い.が,終盤に明るいエピソードが挿入される.
 まず,ヘンリーの側近のキャンタベリー大司教が同僚たちの陰謀によってロンドン塔送りになりそうになるのを,ヘンリーが救うのである.そのキャンタベリー大司教を,アン・ブーリンとの間に生まれた女児(後のエリザベス一世)の名付け親にする.大司教は女児に洗礼を施しながら,この子は長く王位を保って国を繁栄に導き,王たちの規範となると予言する.何のことはない,後から実際に起こったことを予言として語らせるのである.ヘンリー八世はそのときに笑みを浮かべ,物語は終わる.
 エリザベスはアン・ブーリンの子供,という面ばかりを私は考えていたが,考えてみると父親はヘンリー八世だった.ヘンリーとエリザベスの間には何人かの王が挟まると思うけれども,物語としてはヘンリー八世からエリザベスに王位が継承されることを予告して,明るく終わる.
 この劇が上演されたときには既にエリザベスは死去している.死んで少しして,エリザベスの治世を懐かしむ気分のときにこの戯曲ができたのかも知れない.ヘンリー八世は,この後に何人もの妻を処刑し,重臣も,トマス・モアやクロムウェルなど,何人も処刑される.だから彼は暴虐の王という先入観を抱かせる.が,この戯曲では成熟した人格のある王として描かれていて,見ていてややほっとする面がある.
 この物語が文学的に何がよいのかは,私には分からない.

by larghetto7 | 2018-03-16 16:42 | 日記風 | Comments(0)