カテゴリ:日記風( 2143 )
2019/01/03 木曜 DVDで『踊るブロードウェイ』を観る
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 年末に県立図書館から映画のDVDを2つ借りてきた.明るそうな映画と暗そうな映画である.借りたまま観ずに返却期限が近付いたので,観ようと思った.正月なので明るい方,つまり『踊るブロードウェイ』を観てみた.

 予想したことであるが中身は下らない.田舎(といってもNY州のオールバニ)から花のニューヨークに出てきた若い女性が望み通りブロードウェイの新作ミュージカルの主役の座をつかむ,という話である.この種のplotは,実話を含め,アメリカ映画には沢山ある.
 中身は下らないが,中身はどうでもよいのだろう.踊りがふんだんに出てきて,観ていて楽しめる.それでよいのだろう.豪華で夢のような世界を描いている.
 踊りというのが,ヨーロッパで人気を博した,例えばジョセフィン・ベーカーのような踊り(それほど性的ではないが)をほうふつとさせる(ジョセフィン・ベーカー自身は米国ミズーリ州の生まれで,後にフランスで国籍を取った).
 この映画,原題は Broadway Melody of 1936という.公開されたのは1935年である.調べてみると,もともと1929年作で Broadway Melody という同じような映画が公開され,その続編である.この of 1936 の後に Broadway Melody of 1940 というのが,1940年に公開されたらしい.
 この映画にあるブロードウェイの世界は,第2次大戦後にアメリカ文化の象徴として日本に輸入されたように思う.美空ひばりなどもその影響下で登場しているだろう.

 描かれるのは夢のような美しい世界であるが,Broadway Melody の最初の1929年版が出たときも,その後も,米国は不況だったのではないか,こんな映画を作ってよかったのか,という点が気になった.
 調べると,最初の Broadway Melody が公開されたのは1929年の2月であり,大恐慌が起きるのは10月であるから,まあ,あり得たのだろう.今回観た映画が公開された1935年も,大不況から回復した時期らしい(その直後にまた下降線になる).1940年のなると戦時体制になり,不況の影響は曖昧になってたのだろう.そういう意味では,大まかには経済的に厳しい時期ではあったけれど,まだ世間では華やかな世界もあったとして矛盾はない.
 しかし,1936年というと,日本では226事件が起きた時である.アメリカは余裕があったんだな,と思う.
 映画の画像も音声も状態が良い.音楽でもいえるのであるが,1930年代になると録音も映像も技術が上がっているように思う.

by larghetto7 | 2019-01-03 23:29 | 日記風 | Comments(0)
2019/01/01 火曜 いつもの初詣
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 例年のように元日0時の少し前,カミさんと一緒に近所の千勝神社へ初詣に出かけた.通常より5分ほど早く家を出たせいか,まだ混んでいなかった.今年は風が弱かったので,あまり寒くなかった.例年だと神社の旗が強風にはためく記憶がある.
 この初詣風景にも少子高齢化の波を感じてしまう.

by larghetto7 | 2019-01-01 11:40 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/31 月曜 年末のベートーヴェン
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 年末にベートーヴェンの一連の作品の録音を聴いてみるのが,長い間の私のパーソナルな儀式になっている.昨年はベートーヴェンの交響曲全集を年末に聴いた.今年は弦楽四重奏曲全曲を聴くことにした.

 ベートーヴェンの作品類型で生涯を通して作曲したのが,交響曲,ピアノソナタ,それに弦楽四重奏曲であると言われている.例えば,私はベートーヴェンのヴァイオリンソナタは好きであるが,9番のクロイツエルでも1803年の作であり,作曲は比較的若い時期に集中している.しかし交響曲,ピアノソナタ,弦楽四重奏曲は前期,中期,後期にまたがって作曲されている.
 とはいっても,それら3類型にしても,生涯を通じてコンスタントに作曲していた訳ではない.交響曲については,8番から9番を書くまでに10年の間隔がある.要するにベートーヴェンは後期には交響曲を実はあまり作っていない.一番コンスタントに作っていたのは,おそらく日頃から使っていたピアノ曲だったろう.
 弦楽四重奏曲について言うと,詳しく存じ上げないが,実はまとめて作っていたように思える.1番から6番までが「初期」になると思うが,それらは1つの作品番号が付いている(op.18-1~18.6).中期はラズモフスキーに代表されるけれど,その3曲も作品番号はop.59である.後期の弦楽四重奏曲はどれも独自であり,作品番号も別々であるが,後期の12番から16番は1825-1826の2年間で作曲されている.だから,確かに初期,中期,後期で作曲はしているけれど,気分が乗ったときにまとめて書いた,ということなのだろう.

 私事でいうと,確か高校生のときに,私は偶々,スメタナ弦楽四重奏団による15番のLPを買い,ひと頃そのLPだけを何度も繰り返し聴いていた.高校生にはLPは高かったから,それほどLPを買うことはできない.ベートーヴェンの弦楽四重奏曲のLPは,他にラズモフスキー辺りを1枚持っていただけである.だから私は15番だけを聴いていて,しかもその1曲に感動していたのである.今でも15番だけは特別だと感じている.
 さて,この年末でどの演奏を聴くかであるが,Apple Music でアマデウス弦楽四重奏団を聴くことが多かったので,アマデウス弦楽四重奏団の演奏にした.私が聴いた中では,アマデウス弦楽四重奏団はシューベルトの作品が美しかった.バリバリ弾く,というよりは,情感豊かに演奏することが得意な気がする(錯覚かも知れないが).
 アマデウスの録音でベートーヴェンの弦楽四重奏曲全16曲の演奏時間は約8時間である.交響曲の場合,(演奏によるだろうが)ハイティンク=ロンドン響で約6時間であるから,やや長い.むろん,ピアノソナタ全曲よりはずっと短い.
 通して聴いていて,はやり10番「ハープ」辺りからステージが上がって行くように思えた.どうしても15番を熱心に聴いてしまう.私にとっては,大作の13番や名曲の誉れ高い14番より,15番に親しみがある.

 ベートーヴェンとは関係ないが,冒頭の写真は Eva Cassidy というアメリカの歌手の写真である.偶々 Apple Music で聴いて,2018年に好きになった.
 Eva Cassidy は1992年にデビューして1996年に亡くなっている.活動期間は4,5年に過ぎない.生前はそれほど売れていなかったようであるが,亡くなってから彼女の曲がチャート入りするようになったという.当然,録音は少ない.その少ない録音を組合せを変えてアルバムにしているようである.
 Eva Cassidy は,テンポ遅め,情感強めという,私が好きなパタンの歌手である.例えばスタンダードの Autumn Leaves(枯葉)など,何度も聴き返した.
 「枯葉」はもともとフランス語の歌である.私が持っているクラシック系の音源にフランス語の曲が入っていた.YouTube で見るといろんな歌手による演奏が出て来るが,やはりイヴ・モンタンが良いように思う.フランス語を英語にしたとき,歌詞は変わっている.フランス語の「枯葉」は都会的な世界であり,英語による「枯葉」は田舎の情景を連想させる.

by larghetto7 | 2018-12-31 17:56 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/22 土曜 改革強化プラン(H25)はなぜあの格好になったのか?
改革強化プラン(H25)はなぜあの格好になったのか?

by larghetto7 | 2018-12-22 18:50 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/14 金曜 理工研も人社研も消える日
理工研も人社研も消える日

by larghetto7 | 2018-12-14 01:00 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/12 水曜 法人化後の2代目学長(下)
法人化後の2代目学長(下)

by larghetto7 | 2018-12-12 19:33 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/05 水曜 シェイクスピア 『冬物語』
 BBCによるシェイクスピア戯曲シリーズ全37作品のうち,まだ観ていないのは『冬物語(The Winter's Tale)』だけになった.その『冬物語』を県立図書館で借りてきたDVDで観た.

 お伽噺のような物語だった.

 ネタばれになるけれど,あらすじを書かないと説明できないので書いておく.
 シチリア王リオンディーズのもとに旧友のボヘミア王ポリクシニーズが9カ月滞在していた.ここで妻の王妃ハーマイオニがポリクシーズと不義をしているという妄想にリオンディーズが突如取りつかれる.リオンディーズは腹心のカミローにポリクシニーズを殺すように指令するが,王妃の不義を信じないカミローはことをポリクシニーズに伝え,一緒に船に乗ってボヘミアに出立する.リオンディーズはポリクシニーズとカミローが自分を殺す計画だったと妄想を膨らませ,近臣が皆不義を否定するのに身重のハーマイオニを牢に入れる.牢内で生まれた赤子(女児,パーディタ)を,皆が反対するのに荒野に捨てて来るよう,重臣のアンティゴナスに命じるのである.不義や陰謀の証拠は何もないので,リオンディーズは神託を得に使者をアポロン神殿に遣わす.公開裁判のときに神託が披露されるが,神託はリオンディーズの妄想を全否定し,捨てた子が戻らなければリオンディーズは世継ぎを得られぬと予言する.そこに王子のマミリアスが心労で死んだとの報がもたらされ,その報に接したハーマイオニはその場で倒れ,そのまま死んでしまう.リオンディーズはここから後悔の日々が続く.
 その間に,赤子を捨てることを命じられたアンティゴナスは,海を渡ってボヘミアの海岸に上陸し(そこはおかしい)赤子を捨てる.が,アンティゴナスは熊に食い殺され,乗ってきた船も嵐で沈没してしまう.その海岸近くに羊飼いの親子(漁師ではなく)が通りかかり赤子を拾って育てる.
 そこから16年の歳月が流れる.
 ボヘミアでは王子のフロリゼルが成長したパーディタに会いに羊飼いの家に通う.フロリゼルとパディータは結婚したいが,王のポリクシニーズの反発に会い,結婚できない.しかしカミローの知恵で二人してシチリアに渡ることにする.カミローはポリクシニーズらと一緒に後を追う.
 ポリクシニーズにはパディータを育てた羊飼いも同行しており,経過は省略するが,パディータがリオンディーズの子と証明され,父と娘は再会を果たす.その後,ポーリーナ(アンティゴナスの妻)がかくまっていた,死んだはずのハーマイオニとリオンディーズも(省略するが)芝居がかった方法で再会を果たし,大団円で劇が終了する.

 この戯曲は,前半でいきなり悲劇の終盤のような展開になる.もしリオンディーズが自らの愚行で妻子を失ったことに悲嘆し死んでしまえば,話は『オセロー』のようになった.ここから一気に16年を経過した後半は喜劇風になる.パディータが祭の女主人を演じる場面は明るい雰囲気を作り,羊飼い親子とオートリカスという小悪党が道化のような役割をする.
 シチリア王リオンディーズは『ペリクリーズ』の主人公ペリクリーズと同じような運命を辿っている.妻と娘を失い,16年ほどを経過してから妻と娘に再会する点は同じなのである.違いは,ペリクリーズが運命の翻弄によって妻と娘を失うのに対し,リオンディーズはおのれの嫉妬から妻と娘を失う点である.『ペリクリーズ』では死んだはずの娘マリーナとの再会を果たす場面が一番の見せ場であり,続く妻との再会はそれほど感動的ではない.『冬物語』では逆に,娘と分かる場面は他の役者を介して語らせるだけであり,むしろ妻との再会場面が感動的に仕立てられている.

 最後に大団円になるとはいえ,従来の喜劇のようではない.リオンディーズの嫉妬がもとで王子は死んでしまったし,忠臣のアンティゴナスは熊に殺され,船は難破して船員は全員死んでしまったのである.実は私は,この作品を観ながら,妻のハーマイオニと王子のマミリアスは,うまくすればアンティゴナスも,魔法か何かで生き返るのかな,と期待した.が,蘇ったのはハーマイオニだけだった.だから「すべてよし」の喜劇とはやはり異なる,暗い面があるのである.

 観終わって気になったのは,シチリア国懸案の「世継ぎ問題」がどう処理されるのか,という点である.神託によって,パディータが見つからなければ世継ぎはない,と予言された.だから世継ぎがどうなるかが問題なのである.が,私が台詞を見落としたのか,不確かに思えた.パディータは女でも世継ぎになれるだろう.しかしパディータはボヘミア王子フロリゼルと結婚する.ということは,可能性は,(1)パディータと結婚したフロリゼルがシチリアで世継ぎの王となる.(2)パディータが女王でフロリゼルがシチリア王家の婿(女王の夫)となる.(3)リオンディーズとハーマイオニが頑張ってこれから世継ぎを産む.の3つしかないように思う.一番自然なのは(1)であるが,そこで問題は,ボヘミアの王子のスペアが他にあるかどうか,そこがはっきりしなかったように思えることである.(2)も同様だろう.(3)は高齢出産で,まずいのではないか?
 予言は「パディータが見つからなければ世継ぎはない」であるから,論理的にはその対偶である「世継ぎが見つかるときはパディータが見つかっている」ことは真である.しかし「パディータが見つかるときには世継ぎも見つかる」ことは演繹しない.したがって,世継ぎが見つからなくても予言が偽にはならないのである.

 『冬物語』という題名はなかなか洒落ているなと感じていた.しかしこの題名の由来はネットを眺めても見つからなかった.ただヒントは一か所,王子マミリアス少年の口から出ている.この少年は御話が好きなようであり,冬だから妖精や鬼(goblin)の話をしよう,という.だから冬物語とは,冬の長い夜に暇つぶしに話すお伽噺のようなものであろう.この題名には,この戯曲がそういったお伽噺なんですよ,というメッセージが込められているのかも知れない.

 この作品を名作と思うかどうかは,脚本の問題ではないだろう.演劇一般にいえるかもしれないが,その真価は,芝居がどのように演出され,どのような演技で表現されるかによるだろう.その意味では,本を読んでも仕方ないかも知れない.BBCのこの作品では,リオンディーズ役のJeremy Kemp が,顔面表情,特に目の表情で嫉妬や慈愛をうまく表現していたように思う.なかなか感動的な作品である.

 どうでもよいことだが,妃のハーマイオニという名は,『ハリー・ポッター』でエマ・ワトソンが演じた役と同じ名前であることが気になった.私は以前,ハーマイオニとはウェールズ辺りにあるケルト系の変わった名前であるのかと想像した.この想像は間違いだった.調べてみると,ギリシャ神話のヘルミオネー Hermione の英語読みのようである.

by larghetto7 | 2018-12-05 12:25 | 日記風 | Comments(0)
2018/12/01 土曜 シェイクスピア 『シンベリン』
 BBCによるシェイクスピア戯曲シリーズ全37作品のうち,まだ観ていないのは『シンベリン』と『冬物語』だけになった.県立図書館で借りてきたDVDの『シンベリン』を観てみた.私が事前には題名も知らなかった作品の一つである.

 題名のシンベリン(Cymbeline)とはブリテン国の王の名である.ブリテン国というのから,少なくともノルマン人の征服以前であり,リア王と同じような時代背景のように思える.ストーリーではローマ皇帝がいてブリテンに出兵して来る.しかしローマ帝国の支配は脱している設定になっているから,5世紀初頭より後,ということになるが,西ローマ帝国が消滅するのは5世紀頃であるから,時代設定は辻褄が合わない.しかも,DVD作品では,登場人物の服装はエリザベス朝辺りの感じなのである.

 筋をいわないと説明しにくいので,省略しつつ書いてみる.ブリテン国の王シンベリンの一人娘イモジェンは身分の低いポステュマスと結婚する.しかしシンベリンと後妻の王妃は,王妃の連れ子のバカ息子クロトンと結婚させたい.イモジェンはクロトンを嫌っている.王妃は悪女で,シンベリンを早く死なせてクロトンを王にしようとする.それも知らず,シンベリンはポステュマスを追放し,なおもクロトンと結婚させようとする.
 追放されたポステュマスはローマに行って知人の世話になる.そのローマでイアキモという男に出会う.そのイアキモはブリテンに残ったイモジェンの貞節を自分が奪えると主張し,賭けをすることになるのである.イアキモはブリテンに渡ってイモジェンに面会し誘惑するがイモジェンはなびかない.そこで証拠の腕輪を奪うなどしてポステュマスに,自分は賭けに勝ったと嘘をつくのである.その嘘を信じたポステュマスは残してきた部下のピザーニオにイモジェンを殺すように指令を出す.ピザーニオはイモジェンを殺したと報告しながら,イモジェンにローマに行くように勧める.
 その頃,ローマ帝国はブリテンに貢物を要求し,それをシンベリンが拒否したために軍勢をブリテンに送り込む.イモジェンは男装し,上陸したローマ軍の将軍カイアス・ルシアスの小姓として雇ってもらう.
 ここで別の筋が入ってきて,シンベリンにはもともと二人の息子(ギデリアスとアーヴィレーガス)がいたが,讒言によって追放された貴族(将軍)のベレリアスが二人を連れて雲隠れしていたのである.ベレリアスはその二人の王子と一緒に狩りをして暮らしている.ローマ軍が上陸してきたので王子とベレリアスはローマ軍との戦いに加わることにするのである.
 一時はローマ軍が優勢でブリテン軍が敗走するけれども,ベレリアスと二人の王子,それにポステュマスが奮戦して盛り返し,ブリテン軍が勝利する.勝利の後に,シンベリンの前で一同が会し,これまでのことをシンベリンがすべて許し,大団円で終わる.
 なお,クロトンはブリテンに戻ったポステュマスを殺しに出かけるが,そこで会った王子のギデリアスと争い殺されてしまう.王妃はクロトンがいなくなったので倒れて錯乱し,すべての罪を告白して死んでしまう.

 このストーリーは,筋のパーツの点で,シェイクスピアのそれまでの戯曲と似た箇所が多い.まず妻/恋人の不貞をイアキモが信じ込ませるところは,『から騒ぎ』や『オセロー』で使った筋である.イモジェンの不貞を信じてポステュマスが悩み狂う所は『トロイラスとクレシダ』のノリであるように思う.クロトンのような貴人のバカ息子も『ヴェローナの二紳士』等,定番の登場人物だろう.もらった薬を飲んでイモジェンがしばし仮死状態になるところは『ロミオとジュリエット』ではないか.またイモジェンが男装して少年として振る舞うところはいくつかの作品でも出る筋であり,イモジェン役のヘレン・ミレンの男装は『お気に召すまま』に次いで2度目である.男装して貴人に仕えるストーリーは『十二夜』のようだ.ポステュマスが自分を追放したブリテンに復讐するためローマ軍に身を投じてブリテン軍と戦う(途中で愛国心に目覚めてブリテン側で奮闘するとして)のは『コレオレーナス』と同じである.外国の軍勢が攻められブリテン側の愛国心に燃えるところは史劇『ジョン王』のパタンである.ジュピターが運命を導くところは『ペリクレーズ』のダイアナのようでもある.最後にブリテンが栄えるという予言を出して慶賀の気分を盛り上げるところは『ヘンリー八世』のようでもある.
 つまり,このストーリーはいろんなストーリーをちりばめているのであるが,それ故に話が無駄に複雑になり,焦点がぼやけてしまっているような印象を受ける.
 Wikipedia(で悪いが)によると,この作品は一時は人気があったけれど,次第に上演されることがなくなっていったという.Wikipediaには「取るに足らないだらだらした不合理な話」という記載がある.シェイクスピアの戯曲は,細かく見るとありそうにない筋が含まれるが,この『シンベリン』では話が進むに従って「そりゃねぇーだろう」と思う箇所が多くなる.まず,イモジェンは騙されてウェールズのミルフォードに赴くが,そこに偶々,追放されたベレリアスと王子が住んでいて,イモジェンが彼らと会うというのも,都合が良過ぎる.そこにクロトンが追ってきて,偶々王子と会って王子にクロトンが殺されてしまうのもでき過ぎている.しかもそのミルフォード辺りになぜかローマ軍が上陸し,イモジェンが将軍に小姓になれるのはよいとして,その辺りに住んでいた王子とベレリアスが近くで始まった戦闘に,装備もないのに参加するというのも,そりゃないような気がする.しかも,そこにポステュマスがいて,2人の王子,ベレリアス,ポステュマスの4人が関羽と張飛,趙雲,馬超のような活躍をして戦局が逆転するというのは,そりゃねぇーだろう.そしてローマ軍との戦闘でブリテンは勝つのであるが,勝った後にシンベリンがなぜかローマへの貢物をすると言い出す.なら初めから戦争をして犠牲者を出すことはなかったではないか.

 そういったモヤモヤした要素があり,この戯曲は最後の頃まで暗澹とした筋で進むのであるが,最後に一気に緊張を解消する,その強引さが見事というべきかも知れない.戦勝の後,シンベリンがローマの敗軍の将を含めた登場人物の前で「すべて許す」といってすべての問題を解決してしまうのである.ポステュマスはイモジェンとの結婚を許され,2人の王子は(クロトン殺しは不問にして)王のもとに帰り,王子を誘拐していたはずのベレリアスも宮殿に復帰し,ローマの将カイアス・ルシアスにはローマへの貢物を約束する.そしてポステュマスはローマ軍に従軍していたイアキモを許すのである.この「すべて許す」カードは,本来の面倒で複雑な処置を一気に単純化し,観客をも満足させる.『テンペスト』でプロスペローが使ったカードである.
 役者も良かったように思う.ずっとただのバカ親父だったシンベリンは最後の最後で威厳のある王となる.悪女の妃を演じたのはClaire Bloom という女優であるが,悪女にしては気品のある女優さんだった.クロトンを演じたPaul Jessonという俳優は,普通に見ればハンサムなのだが,『こち亀』にでも出て来そうな徹底したバカ息子を演じたのである.イモジェンのヘレン・ミレンは男装役が似合う.ポステュマスを演じたMichael Penningtonという俳優は,このBBCシリーズではこの作品だけで出ていたと思うが,有名なシェイクスピア俳優のようで,過剰なほどの熱演だった.目を見張るのはイアキモ役のRobert Lindsay である.この俳優はこのシリーズの常連で,『から騒ぎ』などで癒し系の役が多かったように思う.が,この作品では打って変わって,見事な色悪の伊達男である.

by larghetto7 | 2018-12-01 22:37 | 日記風 | Comments(0)
2018/11/29 木曜 法人化後の2代目学長(中)
法人化後の2代目学長(中)

by larghetto7 | 2018-11-29 18:28 | 日記風 | Comments(0)
2018/11/27 火曜 根津美術館に行く
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 本日,カミさんと一緒に根津美術館に出かけた.
 本日出かけるという話であったと昨日,カミさんが言う.では東京都庭園美術館と松岡美術館に行こうか,と思ったが,話し合いの結果,根津美術館になった.
 根津美術館は根津にある,と私は思っていたが,そうではないと先年認識した.教養学部の野村先生がサマープログラムの外国人学生を根津美術館に連れて行ったので,そのことを知ったのである.日本コンテンツの美術館であるらしかった.
 根津美術館は地下鉄の表参道駅の近くにある.表参道駅は青山学院に授業をしに行ったときに使っていたから,その界隈には土地勘があるが,駅から行ったことがない方角にある.
 最寄り駅の東武線に乗ると,東武線は途中から地下鉄半蔵門線になり,乗り換えなしで表参道駅に行くのである.今回も東武線-半蔵門線で乗り換えなしで表参道駅にたどり着いた.美術館のアクセス情報をもとに,A5の出口から外に出て,10分くらい歩くと根津美術館が見えてきた.埼玉の田舎から突然その辺りに行くと何とも都会に出た気分になる.
 中に入って展示室を回った.大きな美術館ではない.特別展示が「新・桃山の茶陶」であり,織部あたりを中心に茶器の展示があった.私には茶器がどうのというのは分からない.解説によると,京都での新たな発掘によって,桃山時代から織部が切腹して死ぬ10年後くらいまでに,京都三条に瀬戸物屋町が栄えたそうで,その出土品によって当時の茶陶の生産と流通の様子が分かってきたらしい.そういう話を見るとなるほど,こういう展示の世界も日々進歩しているのだなと分かる.
 私が面白いと思ったのは,たぶん常設展示であるが,殷周時代の中国の青銅器である.ここのチケットのデザインにもなった双羊尊という容器などはユーモラスで面白い.観ながら,この時期の青銅器のデザインが何やら,メキシコとかアンデスのデザインに似ているような気がした.アジア人が米大陸に渡ったのだから,東洋と似たような感覚を持っていても不思議はないのではないか,という気もする.
 美術館内を見終わった後に庭園に出た.今が紅葉の盛りであるから,庭園を見るのは悪くない.もっとも,私は紅葉はあまり好きではない.春から夏の緑の方が好きである.
 庭園内にあるNEZU Cafeというカフェに入って,本日のパスタ+コーヒーを2人分頼んで食べた.帰りがけに Museum Shop で絵葉書だけを買った.帰りも半蔵門線-東武線の乗り換えなしである.

by larghetto7 | 2018-11-27 21:32 | 日記風 | Comments(0)