2018/06/02 土曜 シェイクスピア『恋の骨折り損』
 例によってBBCのシリーズで『恋の骨折り損』のDVDを借りてきて,観てみた.喜劇である.
 事前の私の認識は,まあそういう題名のシェイクスピアの作品があったかも知れないなぁ,といった程度である.筋は知らずにDVDを観た.どうせくだらない話だろうと思った.確かに喜劇であるから話はくだらないが,よくできており,思ったより楽しめた.

 今はスペインの領土に属するフランス寄りの場所にナバールという国があった.話はそのナバールの王と3人の朋友貴族の話である.彼らが勉学修行のために3年間禁欲生活をする,女も近づけないと誓うところから始まる.ところがそこでフランスから王女の一行が交渉にやって来る.ナバール側貴族は男4人であるが,フランス側は王女を含めて女4人であり,男4人がそれぞれ別のフランス女に恋をする,という現実にはありそうもない話が展開する.まあ,そこは劇だから.ともかく,男4人は皆,誓いを破る破目になる.そのうえ,すべてにおいて女の方が上手であり,男たちは女たしに翻弄される,という話である.
 ともかく笑える話である.ナバールの男4人(と王の友人のスペイン人アーマード)は,教養があるのであるが,それがやたらと衒学的な,もって回った物言いをし,その滑稽さを女たちや観客が笑う,という趣向になっている.男が女に送る恋文は詩であり,男の方は韻がどうしたなどと論評するのであるが,そこをみんなで笑う.
 ナバール貴族の男らは,ロシア人と称して仮面をつけてフランスの一向の宿舎を訪れる.同じような場面が『ヘンリー八世』にもあったのを思い出す.外国人と称して仮面をつけて訪問することは,エリザベス朝時代に流行った座興だったのかも知れない,と想像した.フランス女の方はその企みを事前に観抜き,ナバール貴族らをからかうのである.
 劇の終盤で,よくあるように,劇中劇が入る.よくあるように,中身は徹底的にふざけており,登場人物と観客が一緒になって笑える場面になっている.
 最終的にはフランス王が亡くなったという報が入り,王女らは1年間の喪に服することになる.フランス王女らはナバール貴族たちには,その間の1年間の試練を与え,ハッピィ―エンドを1年間引き延ばして劇は終了するのである.

 この劇の生命はやはりセリフにあるだろう.もって回った笑い草とはいえ,これほどのセリフは簡単には書けないだろう.特に Mike Gwilym という俳優が演じるナバール貴族ビローンのセリフ回しには圧倒される.

 私程度の歴史の知識ではナバールという国がどういう経過を辿った国かは分からない.私がナバールと聴いてわずかに思い出すのは『王妃マルゴ』という映画である.原作はなんとデュマ・ペールだという.その主人公の王妃マルゴの夫が,ナバール王アンリだった.それでナバールという名を覚えていた.
 マルゴとはマルグリット・ド・ヴァロワ,父親がフランス王アンリ2世,母親があのカトリーヌ・ド・メディシスである.マルゴは3人のフランス王の妹にあたる.そのマルゴを主人公にした『王妃マルゴ』という映画は,宮廷や教会の場面を実に壮麗に描く.反面,ストーリーは陰謀の連続,そして虐殺,毒殺,不貞で出来上がっている.兄のフランス王は毒で全身血にまみれになって死んでゆくし,最後の場面は斬首された愛人の首をマルゴが持ち帰る場面だった.凄惨な映画である.
 このフランス宮廷の陰謀劇の最終的な勝者が,マルゴの夫だったナバール王アンリなのである.ナバール王アンリはフランス王アンリ四世として即位し,ブルボン王朝を開く.
 さて,ということは,この『恋の骨折り損』でフランスの王女に求婚するナバール王とは,そのアンリ4世のことではないか,その王女とは,実はマルゴがモデルではなかったか,という想像に行き着いた.ネットを調べてみると,確かに,『恋の骨折り損』の登場人物は実際の人物と対応しており,ナバール王は後のアンリ四世であると書いてある記載もある.
 アンリ四世がフランス王になったのは1589年というから,イングランドはまさにエリザベス一世の治世の後半である.しかも,『恋の骨折り損』はエリザベス一世の前で演じられたようである.
 そう考えると,この戯曲は,エリザベス一世がフランスに対して優越感を感じられるように作られた戯曲であるのかも知れない,と思えるようになった.私の空想は暴走する.エリザベスは,あの軽薄な男が今のフランス王のアンリ四世なのね,あの王女が淫乱な王妃マルゴなのね,などと話ながらこの劇を観ていたのではないか.
 この劇のメッセージは「男ってバカね」である.それだけでも,エリザベスを喜ばすかも知れない.

 このアンリ四世,マルゴと結婚した時にはプロテスタント(ユグノー)であったが,その時々の都合でカトリックになったりユグノーに戻ったりしていた.それだけ政治的だったのだろう.最終的にどちらだったか分からないが,例のナントの勅令を出してユグノーの権利を守り,新旧キリスト教の融和に努めたのがこのアンリ四世である.フランス政治上では名君に入るらしい.
 政治経験では先輩になるエリザベス一世は1603年に亡くなる.アンリ四世はより長生きするが,1610年に狂信的なカトリック信者に暗殺されるという.
 『恋の骨折り損』から王妃マルゴにつながってしまった.『恋の骨折り損』それ自体は馬鹿な話であるが,その背後に凄惨な政治劇があったかも知れない.

by larghetto7 | 2018-06-02 17:38 | 日記風 | Comments(0)
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