2018/04/23 月曜 シェイクスピア『リチャード三世』
 BBC制作のDVDで,『ヘンリー六世』の三部作の後に,4部作の最後の作品である『リチャード三世』を観た.
 BBCのシリーズのシェイクスピア史劇10作の中で,この『リチャード三世』は最も時間が長い.4時間とちょっとであり,1枚のDVDでは収まらず2枚組になっている.
 ストーリーはリチャード三世による王位簒奪劇である.ヨーク朝のエドワード四世の死後,弟のリチャードが王位に就く.王となるために,リチャードはエドワード四世の2人の王子をはじめ,次兄のクラレンス公や妻などを次々と殺してゆく.しかしランカスター家のヘンリー・チューダーが兵をあげ,ボズワースの戦いでリチャードは敗死し,ヘンリー・チューダーがヘンリー七世として即位し,エリザベス一世に続くチューダー朝を開く,という話である.リチャード三世の王位は2年ほどであった.2年であっても行政上の功績は大きいらしい.
 リチャードの特徴は生まれながらの不具ないし奇形にある.劇では,猫背で背にコブがあり,足の長さが不揃いでびっこをひき,片方の手が萎えている,と描写される.生まれたときからの出来損ない,ヒキガエル,化け物,と劇中では何度も罵倒されるのである.身体も醜ければ精神も醜く,多くの人を陥れて目的を達しようとする.

 数年前,そのリチャードの遺骨が見つかったとして話題になった.確かに脊椎に彎曲があった.ただ,それ以外の障害は確認できず,その彎曲も服を着れば目立たない程度であるという.頭蓋骨から顔を復元すると結構なイケメンであり,DNA鑑定から,目は青で金髪である確率が高いという.シェイクスピアが描くほどには醜かった訳ではないだろう,という反論が出る所以である.
 遺骨の発見と並行して(その前からか?),リチャード三世は,シェイクスピアが言うほど悪いことをした訳ではないのではないの? という意見出てきたらしい.シェイクスピアでは実に多くの人を陥れて殺しているけれど,確証はほとんどないはずである.
 よく指摘されるのは,この作品をシェイクスピアが書いた時代はエリザベス一世のチューダー朝である,だからその祖であるヘンリー・チューダーを美化したんだろう,という点である.ヘンリー・チューダーは,チューダーという姓が示す通り,ランカスター家とは女系でつながっているだけであり,その先祖は王位継承権を否定されていたらしい.だから王位を得る正統性はかなり弱い.リチャード三世が殺したことになっているエドワード四世の王子は,もし生きていれば王位継承権でヘンリー・チューダーより強いから,殺したのは実はヘンリー側ではないか,という説もあるのである.そのようなヘンリーが王位を得ることを正当化するために,リチャード三世を思い切り悪く書いたんじゃないの,という考えである.
 だが史実がどうかは,ここでの話題ではない.

 この『リチャード三世』のDVDを観ながら,この作品は『マクベス』の出来損ないではないか,と私は思った.
 まず,『リチャード三世』の原題は The Tragedy of Richard the Third であり,『リチャード三世の悲劇』と訳するのが正しい.この作品を,シェイクスピアは悲劇と位置づけていたのだろう.
 中身的にも『マクベス』を連想させる箇所がいくつか出て来る.
 『ヘンリー六世 第二部』で,ヘンリー六世の摂政のグロスター公が,愚かな妻から,なぜ自分で王を目指さないだと言われる箇所がある.この作品ではグロスター公は立派な人と描かれているので(実際はそうでもない),グロスター公はそのような話は撥ねつける.その場面の後でその妻は,魔術で占いをさせるのである.ヘンリー六世,サフォード公,サマセット公というランカスター系の大物の運命を占わせる.この魔術まがいのことをしたことがばれて,妻は島流しになってしまう.が,その占いの結果はその3人の非業の死を予言していたのである.
 この作品では魔女がリチャードにささやくことはない.しかしヘンリー六世や妃のマーガレットはリチャードにいろんな予言をする.また,最後のボズワースの戦いを前にして,これまでリチャードが殺してきた人たちの霊が次々と現れてリチャードを破滅へと誘う.霊ではなく夢の情景かも知れない.
 こうした点は,『マクベス』のパタンだな,と思わせる.
 あくまで劇の中であるが,マクベスとリチャード三世は似ているところがある.どちらも王位を簒奪し,そのために多くの人を殺めている.
 違いもある.マクベスは魔女の予言やマクベス夫人の言葉に促されて王殺しをし,その結果,好むと好まざるとにかかわらずさらなる悪事へと引き込まれてゆく.そこが悲劇なのだろう.
 しかしリチャードは,自らの意思で悪事を進める.誰かに促された訳ではない.結果は悪かろうが,自ら選んでやりたいことをやった,その意味で清々しい人生ではないか? だから悲劇性はないのではないか? どこが悲劇なんだ? 
 この4部作は,『マクベス』を書くための素材は蔵しているように思う.しかし史劇という枠が制約になる.チューダー朝をヨイショするという制約もある.自由に悲劇を構成するためには舞台を昔のスコットランドに移す必要があったのだろう.
 シェイクスピアが悲劇として『マクベス』を書くのは『リチャード三世』の13年後のことである.

 DVDの『リチャード三世』の最後では,死屍累々の景色が映し出される.その中でヘンリー六世の妃だったマーガレットがリチャードの死体を抱きながら声を出して笑っている.その場面で全巻が終わる.やはりマーガレットが魔女の役割だったんだな,と思わせる.原作の通りなのか,演出なのか? いずれにせよ印象的な場面が多いDVDだと感じた.

by larghetto7 | 2018-04-23 22:27 | 日記風 | Comments(0)
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