2018/03/24 土曜 シェイクスピア『リチャード二世』
 一昨日,例によって県立図書館から借りてきたDVD(BBC制作)でシェイクスピアの史劇『リチャード二世』を観た.私は『リチャード二世』などという作品の存在を知らなかった.知らない中から選んだのであるが,すごく面白かった.昨日,もう一度観た.いや,こんなすごい劇は観たことがない.
 このDVDのシリーズは全部で37作品ある.シェイクスピアの戯曲はそれですべてかも知れない.しかしこんな作品が37もあり,シェイクスピアは戯曲以外も書いている訳であるから,なるほどすごい作家であるな,と思う.

 時代背景が分からずに観た.後からWikipediaを観ただけであるが,リチャード二世は14世紀末のイングランド王である.日本だと足利義満の頃であろう.1399年に失脚し,次の1400年に幽閉先で死ぬ.享年が33歳であるから比較的若い.10歳くらいから王位にあるので,人生の大半を王として過ごした人である.この劇は,そのリチャード二世が死ぬ前の2年間ほどの物語である.期間を2年に限ったことにより,ストーリーは単純化され,その分,リチャード二世の悲哀を浮き彫りにされているように思う.

 リチャード二世は親族(従弟)のヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー四世で,劇中ではボリングブルックの名で呼ぶことが多い)をある事情で6年間追放する.その直後にボリングブルックの父親のランカスター公が死ぬのであるが,そのランカスター公の領地をアイルランド遠征の戦費のために没収してしまう.ランカスター公領はボリングブルックが帰還したら相続すべき領地である.リチャードはすぐにアイルランド遠征に出かけるのであるが,ボリングブルックは領地返還を求めて帰国する.そのボリングブルックのもとに貴族の軍が集結し,アイルランドから帰国したリチャード二世を追い詰めるのである.孤立したリチャード二世はボリングブルックに王位を譲るはめになる.圧巻なのは,ボリングブルックから譲位の儀式にウェストミンスター大会堂に呼び出される場面である.ここでリチャードが苦悩と自虐のセリフを長々と,詩のように詠じる.ここからがすごい.何がすごいかは劇を観て頂くしかない.リチャードはその後幽閉先のポンフレット城で,ボリングブルックの意を忖度した部下によって暗殺される.終末に近づくにつれ,軽薄に見えたリチャード二世がハムレットのように語り続ける.
 
 リチャード二世が歴史的にどのような存在であったかは,イギリス史を勉強していない私には分からない.「Wikipedia程度の知識」で分かったようなことを言うなら,まず,この王の治世は英仏の百年戦争のさ中だった.戦争をしていたから当時の税金の取り立ては過酷であり,有名なワット・タイラーの乱もリチャード二世の治世の最初の方で起きている.この百年戦争,とらえ方では,英仏というヨーロッパの先進国が国の形を決める過程で生じた国境紛争のようなものと思える.百年間戦い続けたわけではなく,川中島の戦いのように,時折戦い,ズルズルと紛争状態が続いていた,というべきかも知れない.リチャードはボルドーに生まれ,妃(2番目)もフランスから来ている.いわばフランス寄りの王であり,強国のフランスと戦うよりは国の形を決めることを優先したように見える.アイルランド遠征をするのも(アイルランド遠征自体はイングランドの長年の公共事業のようなものであるが),強国相手ではなく,手近なところで領土を確保しようとしたからかも知れない.
 リチャードは貴族の連立政権ではなく,王による親政を目指し,一度挫折している.この劇の期間は二度目の親政への挑戦であったらしく,結局は親政への試みが再び挫折し,貴族の反乱にあった,というのが,この物語の歴史的な意味ではないかと思う.
 ずっと王位にあり,王権神授の思想もあった時期なので,王位をはく奪される苦悩も強かったのだろう.この人の立場は,日本の歴史上の人物の中から探すならば,源頼家(鎌倉2代将軍)が近いかも知れない.しかし失脚してからの情念の強さを思えば,崇徳上皇をあげるべきかも知れない.日本なら神社を建ててもらえそうに思う.

by larghetto7 | 2018-03-24 18:21 | 日記風 | Comments(0)
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