2018/03/16 金曜 シェイクスピアの『ヘンリー八世』
 先日,県立図書館で借りてきたDVDの『ヘンリー八世』を観た.シェイクスピア最晩年の歴史劇である.BBCが1978年からシェイクスピアの戯曲のドラマ化を放送したとのことである.DVDのケースには,『ヘンリー八世』は1979年が初回放送とある.この『ヘンリー八世』は米国のシェイクスピア協会が高く評価したという.
 という訳で,中身をまったく知らない『ヘンリー八世』を借りてきて,観てみたのである.
 戯曲というのは,読むと何のことか分からない.セリフは書いてあるのだけれど,問題はそのセリフがどのように声になるかであろう.例えば,R.シュトラウスの楽劇『サロメ』では,少なくとも最後付近の場面はセリフがオスカー・ワイルドの原作そのままではないかと思う.以前に文庫本で『サロメ』を読んだけれど,物事が淡々と進むだけのような印象だった.ところが楽劇になるとあれほどの激情の世界になる.
 だから,たぶんシェークスピアの場合も,本で読むだけでは素人には何のことか分からないだろう.演劇を見るべきだろうが,有名なシェークスピア役者が演じたというこのDVDを観るのはよい方法のように思う.
 で,観てみたのだけれど,まあ,どうですかねぇ?
 重要な登場人物は枢機卿のウルジーと,離婚させられる最初の王妃キャサリンである.ウルジーは,歴史的な事実の通り,ヘンリー八世の初期の治世でヘンリーから信任を得て国政を牛耳る.目障りなバッキンガム公を冤罪で処刑させ,政敵を遠ざけてゆく.ヘンリー八世とキャサリンの離婚も主導する.キャサリンは,自分には何の罪もなくずっと貞淑な妻だったのに,なぜ離婚させられる(王妃の地位を追われる)のか,と訴え,ウルジーが主導する会議を忌避する.ウルジーとキャサリンのやり取りはいかにも劇らしく,熱く描かれる.
 ところがヘンリーはアン・ブーリンを新たな妻にしようとするけれど,ウルジーは仏王の妹を妃にしようと工作する.その工作がヘンリーにばれ,また私腹を肥やしていた証拠も見つかって,失脚することになる.ウルジーは財産を没収され,逮捕された直後に死ぬのである.
 このウルジーを演じる役者が,江守徹と似ていること.
 ドラマのような画面ではあるが,あくまで戯曲である.ヘンリー八世を遠くに見ながら登場人物があれこれ話すような場面は,舞台をそのまま再現したのだろう.ウルジーが,ヘンリーに事が露見したことを知る場面は,舞台なら観客がそれを見て笑う所のような気がする.
 王妃の地位をはく奪され宮廷を追い出されていたキャサリンは,死を間近にしながらウルジーが死んだことを知らされる.ウルジーは悪い奴だったが権力を失った後に心の平安を得たのは幸いであると語る.その直後にキャサリンも亡くなるのである.
 陰謀と失脚と話であるので,全般に暗い.が,終盤に明るいエピソードが挿入される.
 まず,ヘンリーの側近のキャンタベリー大司教が同僚たちの陰謀によってロンドン塔送りになりそうになるのを,ヘンリーが救うのである.そのキャンタベリー大司教を,アン・ブーリンとの間に生まれた女児(後のエリザベス一世)の名付け親にする.大司教は女児に洗礼を施しながら,この子は長く王位を保って国を繁栄に導き,王たちの規範となると予言する.何のことはない,後から実際に起こったことを予言として語らせるのである.ヘンリー八世はそのときに笑みを浮かべ,物語は終わる.
 エリザベスはアン・ブーリンの子供,という面ばかりを私は考えていたが,考えてみると父親はヘンリー八世だった.ヘンリーとエリザベスの間には何人かの王が挟まると思うけれども,物語としてはヘンリー八世からエリザベスに王位が継承されることを予告して,明るく終わる.
 この劇が上演されたときには既にエリザベスは死去している.死んで少しして,エリザベスの治世を懐かしむ気分のときにこの戯曲ができたのかも知れない.ヘンリー八世は,この後に何人もの妻を処刑し,重臣も,トマス・モアやクロムウェルなど,何人も処刑される.だから彼は暴虐の王という先入観を抱かせる.が,この戯曲では成熟した人格のある王として描かれていて,見ていてややほっとする面がある.
 この物語が文学的に何がよいのかは,私には分からない.

by larghetto7 | 2018-03-16 16:42 | 日記風 | Comments(0)
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