2018/08/17 金曜 学位プログラム
学位プログラム

# by larghetto7 | 2018-08-17 22:57 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/15 水曜 会津の御薬園
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 お盆には毎年,最初の日(8/13)が盆の迎え,最後の日(8/16)が盆の送りで,茨城の郷里に墓参りに行く.がその間の1日を使って,通常は8/14であるが,会津若松に母方の墓参りに行く.母方であるから墓参はしないでよい,あるいはすべきでない,という考えもあろう.が,10年ほど前に亡くなった母が祖父母の墓参りに私に行ってほしがっていた.だから私は毎年,年に1日だけ,会津に行って墓参りをしている.まあ,会津であるから,私の郷里に行くよりは楽しみもある.
 会津の墓は東山にあるお寺の裏山の上の方にある.山道を,4Kgほどの水と花などを背負って登る.今年は暑いので体力が持たないのでは,と心配した.が,何とかなった.坂は水分を含んでいたが,落ち葉が多かったので滑らなかった.まあ,この墓参りはあと何年か,私の代で終わり,と思っている.
 若干草刈りをしてから(鎌も持って行った)線香と花を供え,水をあげた.その墓所にはお墓が沢山ある.
 お寺から降りたところにお秀茶屋という田楽屋がある.毎年,墓参の後にそのお秀茶屋に入って田楽を2皿食べる.今年も同様にした.
 お秀茶屋を出てから,帰りまでに若干の時間がある.今年は御薬園に寄ることにした.御薬園に行くのはたぶん4,5回目であろうと思う.
 御薬園はこのブログでも以前に記載したことがある.2001年のことである.2001年の時点で入場料は310円だった.今回行くと320円だった.20年近くで,申し訳なさそうに10円だけ上げているのが会津らしい.
 御薬園は庭園であるが,元来は薬草園だったので,若干,植物園の風情がある.私は割と,植物園で時間を過ごすのは好きである.ここは小さい庭園であり,勝手は分かっているつもりであったが,与謝野晶子の歌碑のある場所を勘違いして覚えていたことに気が付いた.帰りに,試飲して美味しかったので,薬草茶の一袋1620円を買った.
 この御薬園も,ちゃんと苔で装ってあり,なかなか管理が良くできている.

# by larghetto7 | 2018-08-15 23:30 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/15 水曜 教育組織と研究組織の分離
教育組織と研究組織の分離

# by larghetto7 | 2018-08-15 17:49 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/13 月曜 大学院部局化
大学院部局化

# by larghetto7 | 2018-08-13 18:35 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/11 土曜 大学の「作り」がおかしい
大学の「作り」がおかしい

# by larghetto7 | 2018-08-11 18:57 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/08 火曜 シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』
 BBCのシェイクスピアのシリーズのDVDで『ジュリアス・シーザー』を観た.『ヴェニスの商人』と一緒に県立図書館から借りてきた作品である.
 さして期待せずに流して観ようと思ったけれど,思った以上に充実した中身があり,途中から引き込まれた.
 この作品は古代ローマの歴史上有名な展開を扱う.だから「史劇」でもよさそうに思うが,シェイクスピア戯曲では,史劇はイングランドを舞台にし,ノルマン人の征服以降の,プランタジネット,ランカスター,ヨーク,およびチューダーの王朝の期間の物語に,なぜか限定されている.つまり「国史劇」なのである.
 だから「史劇」ではなく「悲劇」の属する.登場人物のうち,シーザー,ブルータスやキャシアスなどのシーザー暗殺側,ブルータスの妻などが死んでしまい,また元老院議員も多く粛清される.
 題名は『ジュリアス・シーザー』であるけれど,中身を見るとシーザーは出番も少なく,殺される以外はさしたる役割を演じない.主役はブルータスである.私の観たところ,第1にブルータス,第2にアントニー,第3にキャシアスが重要な登場人物と思う.
 この作品を面白くしている要素は,第1に,成功したコミック作品がそうであるように,人物描写が丁寧であること,第2に,超越的な運命が登場人物を翻弄するように描いていることのように思う.

 まず主役のブルータスが理知的で私心がなく,劇では高貴(noble)と常に言及される.それでいて後半は武人として有能に軍隊を指揮している.古代ギリシャがそうであったように,ローマでも市民は同時に戦士であったのだろう.だからどことなくサムライのようなところがある.ローマ人としての誇り,ローマ人としての覚悟,といったサムライのような精神が随所に出て来るところが面白い.また,最初は単にシーザーが嫌いなだけでブルータスを巻き込もうとしていた陰謀家のようなキャシアスも,最後の戦いを前にブルータスと激しく口論し,そのうえで和解して友情を確かめる.
 面白いのはアントニーである.アントニーはシーザーの第1の取り巻きであったが,シーザーが暗殺されるや,シーザーの遺体が横たわるその場に来てブルータスらに恭順の意を伝え,味方になると約束する.このとき,アントニーは情勢を眺めている.オクタビアヌスの使いにも,情勢を見て待機するように指示する.民衆にブルータスがシーザーの非を伝えて納得させた後,アントニーはブルータスらの許可を得てシーザー追悼の演説をするが,その時は圧巻の演説でブルータスらを悪者にしてしまう.この演説の箇所は昔,高校の現代国語の教科書に載っていたような気がする.
 そのアントニーも最後のフィリパイの戦いでブルータスの遺骸を前にして,ブルータスの高貴さに賛辞を惜しまない.あらゆる登場人物に奥の深さがあることを描く.
 シーザーを暗殺したブルータスらにアントニーが最初恭順の意を伝えるところは平治の乱の清盛を連想させる.平治の乱では藤原信頼や源義朝らがクーデターを起こして信西入道らを殺し一時政権を奪取する.このとき,清盛はまず信頼らに恭順の意を示し,機会を伺ってひっくり返すのである.

 この作品では運命に翻弄され登場人物が破滅へと引き込まれてゆく,という描き方になっていると思う.シーザーが暗殺される3月15日には気を付けるよう,何度か占い師が忠言する.また3月15日の直前には数多くの怪奇現象の目撃がある.シーザーの妻も悪い夢を見る.そうした忠告を聞かずにシーザーは3月15日に議事堂に出向き,自らが倒したポンペオの像の前で刺殺されるのである.
 ブルータスの側にも多くの不吉な前兆が現れると描かれる.フィリパイの戦いの前夜にはブルータスにシーザーの霊が現れる.こうした描き方は,例えば『リチャード三世』でリチャードが最後の戦いに臨む際にも登場する.
 抗いがたい力がどこかで働き破滅する,というのが,悲劇の1つの描き方であろうし,この作品の場合はその点が作品に重みを与える効果を持つように見える.

 余談であるが,このDVD作品ではブルータスの従者ルーシャス(ルシアス)の美少年ぶりが際立っている.演じているのは少女ではないかと思い俳優を確認してみた.少女ではなかった.Jonathan Scott-Taylor という俳優で,このDVD作品の撮影とほぼ同時期に,オーメン2でダミアン少年を演じたらしい.この俳優は26歳くらいで俳優を辞めたという.

# by larghetto7 | 2018-08-08 19:32 | 日記風 | Comments(0)
2018/08/03 金曜 シェイクスピア『ヴェニスの商人』
 BBCのシェイクスピアのシリーズで『ヴェニスの商人』のDVDを県立図書館から借りてきて観てみた.
 シェイクスピア戯曲のうち有名なものは,本を読んだこともなく舞台や映画を観たこともないのに,不思議と大まかなストーリーは知っている.どうやってそのあらすじを知ったのか,思い出せない.例えば,高校生の頃に英語の副読本でダイジェスト版のような英文を読んだことがあるのかもしれないが,記憶は曖昧である.
 『ヴェニスの商人』も粗い筋を事前に知っていた戯曲の1つである.おおまかなあらすじとは,ヴェニスの商人(貿易商)のアントーニオが,求婚活動のために金が必要なバッサーニオのためにユダヤ人の高利貸シャイロックから金を借りる.借金の条件は,期限までに返せぬ時は心臓付近の胸の肉1ポンドを切り取らせる,というものである.しかしアントーニオの船が難破したという情報が入り,アントーニオは金を返せなくなる.ここで裁判があり,裁判官に変装したバッサーニオの花嫁ポーシャが,肉を取ってもよいが血を流してよいとは証文に書いていない,という一休さんのトンチ話のような理屈を持ち出してアントーニオを助け,ハッピーエンドになる,ということだろう.

 が,今回,BBCのDVDを観て,あらすじはその通りであるが,別の側面が見えてきた.この『ヴェニスの商人』は,ヴェニスの市民が寄ってたかってユダヤ人のシャイロックをいたぶり抜く,という物語に見える.
 シェイクスピア戯曲には純粋な「悪人」が登場する.『タイタス・アンドロニカス』だとムーア人のエアロン,『オセロー』だとイアーゴー,『から騒ぎ』だとドン・ジョンである.だがシャイロックはそうした「悪人」という設定ではないように感じる.
 そもそもなぜ「胸の肉」という条件になったかというと,金の貸借以前にシャイロックはアントーニオらキリスト教徒に蔑まれていたからだろう.特にアントーニオとの間に相互の憎しみがあった.アントーニオは金を貸しても利子は取らない.そして利子を取るシャイロックを非難し悪魔と呼んで罵倒するのである.もともとキリスト教では利子を取ることは罪だったはずであるが,その点は曖昧になっていったらしい.ユダヤ教でも利子は禁じられているが,ユダヤ人以外には利子を取ってよかったらしい.だからシャイロックらは生活のために利子をとっている.が,その利子をアントーニオらは強欲と言って非難してきたのである.だから利子は取らない,代わりに胸の肉を,となった.
 シャイロックの憎しみに火をつけたのが,彼の娘ジェシカがバッサーニオの友達のロレンゾーと駆け落ちしたことである.ジェシカはキリスト教に改宗する.駆け落ちの際,ジェシカはシャイロックの金や宝石を持ち出している.金を持ち出され娘がキリスト教の側に走ったショックは大きい.しかも,持ち出した宝石の中には死んだ妻がくれた宝石も含まれている.シャイロックにも人生にかけがいのない思い出はある.が,その宝石まで,キリスト教のロレンゾーの手に移ったのである.
 この戯曲はシャイロックの人生の苦労を描く訳ではない.しかしユダヤ人であり,キリスト教徒からは異教徒と扱われ,ヴェニスに住みながらヴェニスの市民ではない.金はあるかも知れないがアントーニオのような尊敬される商人ではない.キリスト教の世界に入り込んで生きているが,帰るべき祖国を持たず,差別されてきた民族である.
 返済の期限が過ぎたのち,シャイロックは正義(証文)を盾にアントーニオの胸の肉を求める.何倍もの金を与えるとの申し出も拒否する.あくまでアントーニオの胸の肉,つまりアントーニオの命を取ろうとする.もはや金の問題ではない.民族(Nation)としてのユダヤ人の誇りを踏みにじり,罵倒し,蔑み,憎しみ続けるキリスト教徒全体に対して,アントーニオの胸の肉を取ることによって復讐しようと,シャイロックは一人で戦いを挑むかのようである.
 公爵を始め,アントーニオの友人らはシャイロックに「慈悲を」という.しかしシャイロックは撥ねつける.お前らは奴隷の売り買いをしているではないか.その奴隷に慈悲をと私がいっても「奴隷は俺のものだ」といって撥ねつけてきたではないか.
 バッサーニオの妻になるポーシャが裁判官に化けて,例のトンチ話のような判決をシャイロックに突きつける.このトンチ話でシャイロックの復讐は頓挫するのであるが,それだけでは終わらない.ここからキリスト教徒による凄惨ないじめが始まる.ヴェニスではシャイロックは外国人(alien)であり,公民権がある市民ではない.その外国人が市民の生命を脅かしたことで,ヴェニスの法に照らして全財産没収とされる.財産はアントーニオの慈悲によって半分はシャイロックに戻されるが,キリスト教に改宗することが強いられ,彼の死後は財産をロレンゾーが相続するものと決められてしまう.
 貸した金が帰ってこないだけでない.財産も奪われ,宗教まで奪われ,名誉を奪われ,すべてを失うのである.その様を見てシェイクスピア時代の観客は留飲を下げるのかも知れないが,私は観ていてシャイロックが可哀そうになる.
 ヴェニスの市民たち,特にアントーニオとバッサーニオの友だちにとってはハッピーエンドとなる.アントーニオの船も無事に戻って来る.シャイロックだけが一人ボロボロになって劇が終わる.
 偏屈ではあるが人間臭いシャイロックを演じたのは Warren Mitchellという俳優だった.この俳優さんはロンドン生まれのユダヤ人らしい.この劇の主役はヴェニスの商人たるアントーニオだろうが,知名度ではシャイロックがはるかに勝る.

 この裁判劇にはむろんツッコミを入れることができる.Wikipediaでは,今日の法律から次の2つが指摘されていた.第1に,肉はとっても血は出すな,には無理がある.血は肉に必然的に付随するので,血は出してよいらしい.しかし第2に,肉を抵当とすることは公序良俗に反するため認められない.私の考えでは,キリスト教に改宗させる強制も違法だろう.人の内面に踏み込むのは今日の価値観では許されない.

 この『ヴェニスの商人』は,借金という現実的な話にお伽噺を交えることでバランスを取っているように思えた.お伽噺のために登場するのが,バッサーニオが求婚するポーシャという女性である.ベルモントという架空の場所に屋敷を持つポーシャは,大層な財産を相続ししている.しかも美人で,裁判官ができるほどの学識がある.まるで『こち亀』の麗子ではないか.
 ポーシャの結婚相手選びのため,死んだ父親が仕組んだのが「箱選び」である.求婚者には金の箱,銀の箱,鉛の箱の中から1つを選ばせ,正しい箱を選んだ者とポーシャは結婚する,と決められた.金の箱を選んだモロッコ大公と,銀の箱を選んだアラゴン大公は,ポーシャとの結婚をあきらめる.会うなり相思相愛になったバッサーニオが,正しく鉛の箱を選び,結婚する運びになるのである.なんとなく「金の斧」のような話ではないか.

# by larghetto7 | 2018-08-03 23:18 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/30 月曜 前川喜平,あるいは学長リーダーシップ
前川喜平,あるいは学長リーダーシップ

# by larghetto7 | 2018-07-30 23:17 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/28 土曜 シェイクスピア『から騒ぎ』
 『ロミオとジュリエット』のDVDと一緒に,BBCのシェークスピア・シリーズの『から騒ぎ』のDVDも借りていた.昨日そのDVDを観た.

 結論からいえば面白かった.これまで観た同シリーズのシェイクスピア喜劇の中でも最も面白いように思う.題名の『から騒ぎ(Much Ado about Nothing)』とは,ドン・ジョンが流した実体のない噂から生じたひとしきりの騒ぎ,という意味だろう.
 舞台はシチリアのメッシーナであり,メッシーナの知事レオナートが戦争で凱旋してきたアラゴン大公のドン・ペドロの一向を迎える.今回ネットで確認して初めて知ったことだが,今はスペインにあるアラゴンはバルセロナを起点として地中海に進出し,シチリアを勢力圏に収めていたことがあったという.へぇえ,と思った.で,そのドン・ペテロ一行に貴族のベネディックとクローディオがついてきている.そのクローディオがレオナートの一人娘のヒーローを一目見て恋をし,ベネディックの方はレオナートの姪のベアトリスと口喧嘩をしている,という状況から話が始まる.
 クローディオとヒーローが結婚することになるのであるが,ここにドン・ペドロの異母弟のドン・ジョンという悪人が登場する.弟が悪事をするの『テンペスト』と同じかなと思う.このドン・ジョンは,花嫁になるヒーローが実は男漁りをしているという偽りの証拠場面をドン・ペドロとクローディオに見せる.ここから騒ぎが起きて来る,という話である.
 こういう悪意の嘘から緊迫事態が生じるのは『オセロー』と同じだろう.しかし『から騒ぎ』は悲劇の展開にはならない.誤解と分かって円満に収まり,物語が始まった時点で誰もが予想するように,クローディオはヒーローと,ベネディックはベアトリスとめでたく結婚して終わるのである.
 途中で緊迫はするものの,舞台は明るく華やかである.お決まりの仮面舞踏会もあり,ふんだんに踊りが入る趣向もある.『ヘンリー四世』や『五世』のフォールスタッフのような道化役も活躍する.

 ここまでこのシェイクスピアのシリーズを観て,喜劇と分類される作品の方がよいな,と思うようになった.前回の『ロミオとジュリエット』にしても,結末が悲惨であるから,見終わってから落ち込んでしまう.『リア王』や『タイタス・アンドロニカス』など,悲惨の極みであるから,観ていられないのではないか.やはり『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』のような明朗時代劇が安心だよな,と思う.

 学生の頃に読んだ(読まされた)バランス理論の本に,戯曲は途中で緊張(インバランス)を入れ,終わりにその緊張を解消する(バランス回復)という手法が使われる,と書いてあったことを思い出した.また,口喧嘩をしているベネディックとベアトリスは,ヒーローらによって,相手から実は恋焦がれられていると告げられる(情報操作される)ことで,本当に恋仲になる.この点も,社会心理学の実験そのまんまではないか,と思えた.

 登場する俳優にどこか見覚えがあるように思えて,少し調べてきた.メッシーナ知事レオナートを演じたLee Montagueという俳優さんは,Brother Sun Sister Moon でアッシジのフランチェスコの親父さんを演じた俳優だった.顔に特徴がある.アラゴン大公ドン・ペドロを演じたのはJon Finchという俳優さんであり,気づかなかったが,『リチャード二世』,『ヘンリー四世第1部,第2部』でヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー四世)を演じていたと分かった.ヘンリー四世のときは重々しい雰囲気の演技だったが,『から騒ぎ』では明るいラテン系の伊達男で,まるで別人である.それと気づかずとも,以前に目にしていることにより親しみが高まるという,単純接触効果そのまんまではないか.悪役のドン・ジョンを演じたのはVernon Dobtchoffというフランスの俳優さんで,観たことはないかも知れない.感じが(年取ってからの)石橋蓮司のような感じで,たぶん名優なのだろう.

# by larghetto7 | 2018-07-28 17:27 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/27 金曜 文科省お役人また逮捕
文科省お役人また逮捕

# by larghetto7 | 2018-07-27 08:21 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/25 水曜 国立大学はどう変わるのか?
国立大学はどう変わるのか?

# by larghetto7 | 2018-07-25 17:39 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/23 月曜 また,シェイクスピア『ロミオとジュリエット』
 BBCのシェイクスピアのシリーズの『ロミオとジュリエット』について,よせばよいのに続きを書いてみよう.いろいろ考えるところが多かった.

1.『ヴェローナの二紳士』との関係
 直前に『ヴェローナの二紳士』を観たせいで,『ロミオとジュリエット』と『ヴェローナの二紳士』ではストーリーのパーツがよく似ていることに気づいた.
 ロミオと同様に,二紳士のプロテュースは他の思い人(ジュリア)がいたのに一目見たシルヴィアに恋をする.二紳士のヴァレンタインの方はそのシルヴィアと駆け落ちしようとする.ロミオとジュリエットも,展開によっては駆け落ちをしたはずである.ヴァレンタインとシルヴィアの交流はやはり窓辺を使っており,縄梯子は両方の話に出て来る.女性をめぐり恋敵がいた点も似ている.ジュリエットの親(キャピレット)はジュリエットを彼女が嫌うパリス伯爵と結婚させようとするが,シルヴィアも親の大公がシューリオと結婚させようとする.そのシューリオは最後の場面でヴァレンタインと争うかに見えて逃げてしまうが,ロミオは死ぬ前にパリス伯と斬り合ってパリスを殺してしまう.『ヴェローナの二紳士』の記載で書いたが,もし二紳士の最後の場面(森の中)でヴァレンタインとプロテュースが斬り合ってしまい,例えばハムレットとレアティーズのように双方が死に,そこにシルヴィアが通りかかって絶望して後を追って死んでしまう,といったことがあると,『ロミオとジュリエット』と同じような話になるのである.
 この2つの物語のどこで展開の相違が出るかというと,『ロミオとジュリエット』の方では斬り合いで死者を出してしまう(マキューシオとティボルト)ところだろう.そこでなぜ殺人にまで至ったかというと,背景としてモンタギューとキャピレットの間で抜きがたい対立があった,という構造のゆえとしか考えられない.同じような条件の人間関係でありながら,外的な構造的要因で違いが決定的になったように思う.

2.『ロミオとジュリエット』の暗黒面
 ロミオとジュリエットの物語は純粋な若者の悲恋物語,という概念で私は考えていた.ジュリエットは13歳,ロミオも16か17歳の設定であることがその考えを補強していた.
 しかし,このBBCのDVDを観て,この物語,特に追放されて以降のロミオに暗黒面があると感じた.
 ロミオは,ジュリエットが死んだという知らせをマンチュアで聞き,死ぬために毒を手に入れようとする.思い当る赤貧の薬屋に行って毒を手に入れる.その姿が恐ろしく暗い.毒を売ると死刑になるという薬屋に,「この世もこの世の法律もお前の味方ではない.この世には,お前を金持ちにするような法律はない.」といって毒を買い取る.そして次のようにいう(松岡和子訳).

ロミオ さあ,金だ,人の心にとっては何よりの猛毒.
    厭わしいこの世では,貴様が売りしぶるケチな毒薬より遥かに多くの殺人を犯す.
    毒を売るのはこの俺だ.貴様ではない.
    さようなら,食い物でも買って肉をつけろ.

シェイクスピアらしい見事なセリフであるが,これが純真な Young Romio の言葉であろうか? リチャード三世のような,悪役という設定の人物のセリフのようではないか.
 その後もロミオは荒ぶる.ジュリエットを安置した霊廟に忍び込んだロミオは,(相手が分からぬまま)パリス伯との斬り合いに及び,パリスを殺してしまう.その後にジュリエットの傍らで自殺する.場所は霊廟であり,骸骨や腐敗した遺体があるという状況設定なのである.物語は暗い終末を迎えて終わる.
 このロミオの暗黒面は何かに魅入られているからではないか.ふとマキューシオの呪いではないか,という気がした.
 マキューシオとティボルトの斬り合いにはロミオが止めに入る.ロミオに身体を抑えられたとき,マキューシオはティボルトに突かれて深手を負い,死ぬのである.ある意味で,モンタギューのロミオとキャピレットのティボルトの両方に殺されたような格好になる.マキューシオはロミオが割って入ったことを恨み,「どっちの家もくたばりやがれ!」と何度か口にする.あたかも両家を呪うかのように.
 この後からロミオの人生が狂い始める.そして,一人息子のロミオと一人娘のジュリエットが死に,どっちの家も(少なくとも本家は)くたばってしまうことになるのである.

3.修道僧ロレンス
 『ロミオとジュリエット』では修道僧ロレンスが重要な役割を果たす.この人が余計なことをしなければ悲劇は起こらなかったのではないか,という気もする.
 物語中,このロレンスは「修道僧」とも呼ばれ,「神父」とも呼ばれる.最初,違和感を覚えた.聖フランチェスコを描いた Brother Sun Sister Moon という映画の内容からすると,修道院生活をする人は神父などとは異なり,職業的宗教人ではない.単に修道生活をするだけのように思えたからである.だから修道僧が結婚式を行う,というのは「あり」なのか,と疑問に思った.
 ネットで調べると,カトリックの修道士には,単なる修道士と,修道司祭がいる,とのことだった.修道院が制度化する過程で階層分化が生じ,同時に教会組織の中に入り込み,カトリック教会の一部になっていったのだろう.結局,世の中ってそんなものか.ロレンスは,その修道司祭だったのだろう.なら神父でよい.
 ただ,ロレンスはただの神父ではない.修道院であるから薬や錬金術の研究などをしていた,だから仮死の薬を作り出したのだろう.
 ロミオに毒を売った薬屋は,極貧の体で薬草を摘んでいるように描かれる.だからその姿は,修道生活を始めた頃のフランチェスコのようではないか.薬を作るロレンスと極貧の薬屋は,どこかその本質が似たもののように感じられる.ただしこの薬屋は階層が低い.物語のシェイクスピアより前のヴァージョンでは,毒を売ったかどで縛り首になるらしい.ロレンスは罪を問われない(訳本の注より).

# by larghetto7 | 2018-07-23 23:42 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/22 日曜 シェイクスピア『ロミオとジュリエット』
 県立図書館から借りてきたBBC制作の番組のDVDで『ロミオとジュリエット』を観た.このシリーズのまだ観ていない作品を番号順に借りるようにしている.たまたま今回は人気の『ロミオとジュリエット』になった.
 恋愛悲劇と呼ぶらしい.『ハムレット』などの4大悲劇には入っていないけれど,人気の点では劣らない作品であろうと思う.DVDのボックスにはこの作品に「BBCはオールスター・キャストで臨んだ」とある.ジュリエットは14歳に近い13歳という設定であるが,解説書には,ジュリエットを演じたレベッカ・セイアは14歳だという.気づいたところでは,『テンペスト』の主役を演じたマイケル・ホーダーンがキャピレット家の当主を演じていたし,ロミオに殺されるティボルト(バレエではタイボルトといっているように思う)は,ハリー・ポッターのスネイプ役だったアラン・リックマンが演じている.
 
 結論からいうと面白かった.
 第1に,ヴィジュアル的に美しい.イタリアのヴェローナに設定したを舞台のモノの体系が美しい.街並み,人々の服装は明るく華やかであり,このDVD通りの舞台を再現するなら,見ているだけで客は楽しめるのだろう.
 今回,文庫本(松岡和子訳)を買ってセリフを眺めていた.本で読むだけだと,例えば仮面舞踏会といってどのような情景,服装,建物を思い浮かべればよいか,私のような素人では全く分からない.それを「こんな世界ですよ」と見せてくれる.やはり舞台(映像)を見るべきなのだろう.
 若いジュリエットはルネサンス期の絵画から抜け出したようである.
 第2に,話の展開にスピード感があり,観客は引き込まれざるを得ない.
 スピード感があり過ぎる,というべきかも知れない.なにせ,全部の物語が5日で完結する.モンタギュー家のロミオがキャピレット家の仮面舞踏会に紛れ込み,そこでジュリエットに一目ぼれするのだが,その日のうちに2人は恋仲になる.次の日に秘密の結婚をする.マキューシオがティボルトに殺され,怒ったロミオがティボルトを殺して追放の身の上になるのが次の日.4日目にはパリスとの結婚を強いられたジュリエットが薬を飲んで仮死状態になり,5日目にはロミオとジュリエットが本当に死んでしまうのである.「あれよあれよ」と思う間に話が進む.特にロミオがティボルトを剣げきの末殺す場面は悪夢を見るような急な展開なのだ.
 
 この早過ぎる展開を可能にした要因は何かと考えてみた.

1.まずロミオとジュリエットが仮面舞踏会で会い,その日のうちに両想いになって愛を誓いあっていることである.そんなって,ありか?
 まあ,社会心理学的には「あり」である.まず人の好き嫌いは出会ってすぐに決まる.また,相手がどのような人か,その基本的なパーソナリティ次元の中身はきわめて短時間のうちに分かるという研究がある.だから,数分間の Speed dating で相手を決めることは,無理ではない,ということになる.

2.秘密裏にロレンス神父が2人の結婚式をあげてしまう.これまた,ありか?
 ロミオがすぐに神父に結婚のお願いに行くのも性急であるが,神父がなぜかすぐに認めてしまう.この結婚によって両家の反目が和らぐことを期待してのことである.しかし普通なら両家に話を通すだろう.結婚してしまって後でゴタゴタが起きないかは懸念しなかったのか,ですよね.

3.斬り合いが起きてしまう.
 斬り合いが始まるのは自然な展開と思う.訳本では斬り合いの様は全く書かれていない.本は台詞書きである.ここは舞台演出家がどのように演出するかなのだろう.スピード感があり緊迫した斬り合いが展開すること,『ハムレット』の最後の場面のごとくである.
 進化心理学系の『人が人を殺すとき』という本を思い出した.その研究によれば,殺人の多くは男が起こし,しかも(犯罪がらみの殺人の場合を除いて)つまらない意地の張り合いから殺人に発展する.体面にこだわり攻撃的になる.男はそういう風にできているのである.
 キャピレット系(ジュリエットのいとこ)のティボルトとロミオの友人のマキューシオの間でまず斬り合いになる.止めに入ったロミオがマキューシオの身体を抑えたときにティボルトの剣がマキューシオを突くのである.マキューシオの死で怒ったロミオがティボルトと斬り合い,ティボルトを殺してしまう.ロミオが強い.ロミオはこの殺人によってヴェローナ追放になる.
 Culture of honor が強い社会であれば,ロミオがティボルトを殺すのは当然であり,罪にはならない,ということもあるかも知れないな,と思う.

4.キャピレットがジュリエットとパリス伯爵との結婚を急いだ
 かねてよりジュリエットを妻にしたいといっていたパリス伯爵とジュリエットを,キャピレット(当主)がすぐに結婚するよう手配してしまう.ジュリエットが嫌と言うのに聞かない.
 親類のティボルトが死んだこととジュリエットの結婚を早めることには因果関係はないように見えるが(一般には喪中だから逆ではないか?),この辺の理由は分からない.
 この展開になって,秘密裏に結婚をさせたロレンス神父の判断が仇になった訳である.

5.仮死になる薬をなぜか神父が持っていた
 困り切ったジュリエットの相談を受けたロレンス神父は,当初打つ手なしを言っていたが,いきなり仮死になる薬を取り出すのである.この薬を飲むと仮死状態になり,42時間後に目が覚めるのだという.そんな都合の良い薬があるか,危険な薬であれば体重に合わせて調合しないといけないだろう,と思うが,そこは劇である.
 仮死状態のジュリエットが霊廟に移された後に目を覚まし,そこにロミオが来て,一緒にマンチュア(マントヴァ)に駆け落ちする,という計画にしたのである.その計画が次の展開によって狂いを生じる.

6.ロミオへの連絡の行き違いがあり,ロミオはジュリエットが死んだと思い自らの死を決意する
 ロレンス神父の計画通りであれば,ロミオはジュリエットと駆け落ちし,そこでハッピィ・エンドで終わるか,さらに長い話の展開があったかもしれない.しかし連絡が行き違う.行き違いはあって自然である.死を決意したロミオは自殺用の毒を入手する.

7.ジュリエットに武士の娘のような覚悟があった
 最後は,ジュリエットの「遺体」の傍でロミオが毒を飲んで死んでしまう.その後仮死状態から覚めたジュリエットがロミオの死を知り,ロミオの短剣で自害する.
 ここでジュリエットが死ぬかどうかで,ストーリーの印象はだいぶ変わるだろう.ストーリー的には死なないといけないけれど,しかし短剣で自害するって,結構大変だと思いますよ.普通の人だと未遂で終わるだろう.また,自害の仕方を事前に理解していないと正しく死ねない.そんな覚悟がジュリエットにあったのは意外な気がする.
 ストーリー設定として,ロミオが短剣で死に,ジュリエットが毒で死ぬ方が,ありそうな気がする.毒で死ぬのは外見が見苦しい,という理由があったのだろうか.

 ともかく,こんな事情で話がトントンと進んでしまう.そのスピード感が人気の要因のように思えた.

# by larghetto7 | 2018-07-22 17:06 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/19 木曜 また,夏祭り
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昨日のことで恐縮であるが,私の住んでいるところで提灯祭りの山車が出た.12日に続いて18日にもこの出し物がある.上は日中に見に行ったときの写真である.本番は夜であるが,混むので行かなかった.
# by larghetto7 | 2018-07-19 19:15 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/17 火曜 国立大は授業料値上げをなぜ言い出さないのか?
国立大は授業料値上げをなぜ言い出さないのか?

# by larghetto7 | 2018-07-17 19:25 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/15 日曜 アンブレラ統合はどう転がるか?
アンブレラ統合はどう転がるか?

# by larghetto7 | 2018-07-15 10:35 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/13 金曜 国大協は何を考えているか?
国大協は何を考えているか?

# by larghetto7 | 2018-07-13 17:48 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/12 木曜 夏祭
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 私が住んでいる某市では夏に提灯祭がある.「天王様」ともいう.毎年,7月12日と18日にやると,曜日と関係なく決まっている.同じ市内でも近辺で別の日に同じような提灯祭りがあり,みな天王様である.今回の天王様は八雲神社の祭礼であるが,近辺の祭りはそれぞれ別の神社の祭礼である.
 祭りがあるときは交通規制が厳しく,普通の生活者には迷惑な感じがある.が,ともかく若者を中心に近在から人が集まり,結構混雑する.
 山車には提灯の山車と,一番上に神功皇后とか素戔嗚などの人形を乗せた山車がある.近所に山車の倉庫があり,なかなか立派な倉庫である.
 私が生まれた茨城の田舎では,山車ではなく,もっぱら神輿だった.神輿を担いで最後は川に飛び込む.山車がよいか神輿がよいかは好き好きだろう.

# by larghetto7 | 2018-07-12 21:51 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/10 火曜 再びの文科省局長の逮捕
再びの文科省局長の逮捕

# by larghetto7 | 2018-07-10 21:29 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/08 日曜 年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか?
年俸制の拡大実施は給与崩壊をもたらすのではないか?

# by larghetto7 | 2018-07-08 19:33 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/04 水曜 文科省局長の逮捕
文科省局長の逮捕

# by larghetto7 | 2018-07-04 17:00 | 日記風 | Comments(0)
2018/07/01 日曜 シェイクスピア『ヴェローナの二紳士』
 BBCのシェイクスピアのシリーズのDVDで『ヴェローナの二紳士』を観た.『じゃじゃ馬ならし』と一緒に県立図書館から借りてきたDVDである.返却期限が近づいたので急いで観ることにした.
 『ヴェローナの二紳士』は,他の最近観た同シリーズの喜劇同様,私は題名も知らなかった.ネットで検索すると,シェークスピアの(もしかして)最初の作品とかで,シェークスピア存命中に上演されたという記録はなく,存命中に出版もされなかったらしい.だから,シェイクスピアの戯曲の中でも最もマイナーな部類なのだろう.ネット検索すると,それでも日本での上演の情報が出る.日本の芝居の活動も大したものなのかも知れない.
 イタリア,ヴェローナの2人の若者(二紳士),ヴァレンタインとプロテュースを中心にした物語である.まずヴァレンタインがヴェローナからミラノの宮廷に行き,ミラノ大公の娘シルヴィアと恋仲になる.ヴェローナに恋人ジュリアがいるプロテュースも後を追ってミラノ宮廷に行く.が,一目見てシルヴィアに夢中になる,という軽薄な筋である.ここでプロテュースが姦計を巡らし,友であるヴァレンタインを裏切ってヴァレンタインが追放になるように仕向ける.追放されたヴァレンタインはなぜか山賊の頭目に収まる.えっ,すぐに山賊の首領にしてもらえるの?と驚いた.その山賊がいる森に,経緯は省略するが,関係者一同が上手い具合に集まってきて筋が進むのである.
 最後の場面では,ヴァレンタインがプロテュースに裏切りをなじって詰め寄る.私はここで刃傷沙汰になって,関係者一同が死んでしまい,悲劇で終わるかと思った.ところがプロテュースが「ごめんなさい」となるのである.えっ,そんなに簡単に方針転換していいの?と言いたくなる.しかも,ヴァレンタインが「じゃあ許す」と言う.ええっ,こんな策略を巡らせて友を裏切りシルヴィアを手に入れようとした確信犯を,そう簡単に許すんですか?と気が抜けた気分になる.そういえば,『テンペスト』でも主人公は簡単に「すべて許す」にしちゃうんですね.で,うまい具合に小姓に化けて森についてきたジュリアとプロテュースが簡単によりを戻し,そこにミラノ大公がやってきて,ヴァレンタインとシルヴィア,プロテュースとジュリアで同時に結婚しよう,という円満な結末になる.
 今日のコミックより話の展開に無理があるように思うが,見せ場を作るために無理をしたんだろう.
 DVDを観ていてこの作品の面白いところは,スピードという小姓と主人公2人とのやりとり,小姓に化けたジュリア,といったところだった.スピードも女性が演じていたと思うが,昔ならスピードもジュリアも少年が演じたのかも知れない.
 シェイクスピアは舞台をなぜイタリアに設定したがるのか,分からないが,たぶん,服装などの装飾を華やかにして自然だからなのだろう.画面は非常に奇麗だから,舞台でも同様なのだろう.まあ,あくまで興行ですから.

# by larghetto7 | 2018-07-01 14:09 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/29 金曜 芸がなかった国大協
芸がなかった国大協

# by larghetto7 | 2018-06-29 23:45 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/24 日曜 シェイクスピア『じゃじゃ馬ならし』
 県立図書館で借りてきたBBCのシェイクスピアのシリーズのDVDで『じゃじゃ馬ならし』を観た.この作品は知名度があり,私でも題名は知っている.ただ例によって私は筋を知らない.分からぬままにDVDを観てみた.
 観てみて気づいたが,この作品は今日的な価値観とは合わない面がある.今日的には極めて女性差別的,と思われて不思議はない.この作品は今日も,日本でも,しばしば上演されるはずであるが,どのような扱いをされているか,やや興味を覚える.
 舞台はイタリアのパデュア(パドヴァ)に設定される.イタリアでは2番目に古い大学がある街だそうで,学都である.登場人物は,イングランドであればジェントリー層に属するような富裕層の人々,およびその従者である.パデュアのバプティスタには2人の娘がいる.姉のキャタリーナはじゃじゃ馬,というか口汚く人を罵り手に負えない.妹のビアンカは気立ての優しい女性である.その妹には求婚者が群がり,姉のキャタリーナは敬遠される.ここにキャタリーナに求婚するペトルーチオという男が現れる,という話である.ペトル―チオは求婚したキャタリーナをかなり乱暴に扱い,最後は飼いならす.その過程は今日的には人権侵害のように見える.だから,この物語はフェミニストはもちろん,現代の進歩的なミドルクラス文化,ないし「進歩的知識人」の感覚からは,受け入れ難いだろう.
 ネットで調べてみたが,案の定この点はこの作品の問題であったらしく,いろんな演出家が,この作品は女性差別的では実はないんだ,という趣旨の演出をしてきたらしい.私が観たBBCの作品では,演出のジョナサン・ミラーが,素直な解釈で,女性差別的な内容をそのまま実演させている.
 ただまあ,ここは文化的相対主義の立場に立ち,今日的には女性差別的な作品を,そのまま受け入れるべきであろうと私は感じる.シェイクスピアのような偉大な作家は今日的な観念と一致せねばならない,と思い込むのが無理である.
 面白いと思うのは,この作品は通常の恋愛物語とは別の視覚で恋愛を眺めていることである.ビアンカに惚れる男たちは一目見て,それ以上を考えずにビアンカに恋愛感情を抱く.ビアンカは天使だと信じ込む.同時に,キャタリーナは悪魔だといって憚らない.それが恋愛が始まった時の状況である.しかしこの姉妹がそれぞれの配偶者を得て結婚が成立した後の時点では,じゃじゃ馬だったキャタリーナが飼いならされて賢夫人に収まり,むしろビアンカが反抗的な女であると分かって配偶者の失望を生むのである.通常,恋愛物語は配偶者選択が決まるところで終わり,その結末がすべてである.が,物事にはその先があるよ,というのがこの芝居の妙だろう.結婚した後を評価時点とすれば,むしろ悪魔のキャタリーナを妻にしたペトル―チオが勝利者になるのである.

 結婚式が済んで一同が食事のテーブルを囲み,そこでペトル―チオの勝利が宣言される.その後で一同が詩編128を歌って幕が下りる.その詩編128の訳をネットで探すと次のごとくである.

1 すべて主をおそれ、主の道に歩む者はさいわいである。
2 あなたは自分の手の勤労の実を食べ、幸福で、かつ安らかであろう。
3 あなたの妻は家の奥にいて多くの実を結ぶぶどうの木のようであり、あなたの子供たちは食卓を囲んでオリブの若木のようである。
4 見よ、主をおそれる人は、このように祝福を得る。
5 主はシオンからあなたを祝福されるように。あなたは世にあるかぎりエルサレムの繁栄を見、
6 またあなたの子らの子を見るであろう。どうぞ、イスラエルの上に平安があるように。

 だから,この作品のテーマは家庭の幸福なのだ.
 この詩編128は女性差別をテーマにする訳ではないが,上記3に見える妻の姿は家父長制的な家族における妻の姿であろう.でも,キリスト教は家父長制の世界を背景にした宗教であり,そのキリスト教を基盤とする当時のヨーロッパは,少なくとも上層では,家父長制が基準だったのだろう.そういうものだったのである.妻たちに「男と戦え,文化大革命だ」と叫ぶこともできようが,家父長的な環境に順応して秩序を維持することが平和であれば,それはそれでよいではないか.

# by larghetto7 | 2018-06-24 17:36 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/23 土曜 北海道3国立大の統合
北海道3国立大の統合

# by larghetto7 | 2018-06-23 22:01 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/22 金曜 聖地巡礼の新宿御苑
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 本日,カミさんと一緒に新宿御苑に出かけた.
 本来なら水族館に行きたい所であるが,問題がある.私は猫の介護を抱えていて,朝晩,病気猫に投薬やら強制給餌をしないといけない.だから朝晩,時間がかかるのである.そんな訳で,行き帰りに時間がかからない範囲の所しか,今は行けない.そして,水族館については,私の住所から簡単に行けるところは,サンシャイン水族館を除いて,行き尽くしたのである.
 そうなると,まあ,行くのはどこでもよいのではないか,という考えになる.じゃ,庭園にでもしようか,という話になった.調べてみると東京には名のある庭園が多い.
 リストアップした中で新宿御苑がよいとカミさんがいった.行ったことがないかららしい.私は学生の頃に行ったことはあるが,その後,行っていない.そこで,まあ今の住所から簡単に行けるし,まず新宿御苑にしよう,ということになった.天気予報を調べ,雨にはならない本日に決めたのである.

 新宿御苑というと別の考慮もある.アニメに『言の葉の庭』という作品がある.この物語は,タカオとユキノの美しい恋物語なのであるが,ストーリー以上に画面が美しい.そして,二人が顔を合わせる場所が,今頃の季節の,雨の新宿御苑のなのである.あのアニメを見て,新宿御苑を訪れたいという気持ちになった面もある.
 アニメが雨なら雨の日でもいいじゃないかとカミさんはいうが,広い敷地内を雨の中を歩くもの辛かろうと思い,晴れの日を選んだ.

 庭園は春もよいし秋もよいかも知れない.が,私はこの季節が一番好きである.庭は様々な濃淡の緑に覆われる.その濃淡が遠近法の中にちりばめられ,不思議と調和して配列される.それが美しいのである.

 大木戸門から入って,大温室を皮切りにそれなりに見て回った.見回りながらどうしても,タカオとユキノが出会う東屋を探してしまう.まずアニメにも出てきた特徴的なNTTドコモ代々木ビル,というのに気づく.上の池あたりに東屋がある.その場所かな,という気がして行ってみた.その東屋には中国人(だと思う)の若い女性5名がおり,写真を自撮りしながらにぎやかにしている.その一行は秦基博が歌う例のアニメの主題歌を,大きな音でかけている.中国人なのにわざわざ新宿御苑で賑やかにアニメの聖地巡礼をしているんだ,と感じいった.その一行は,その東屋がアニメの東屋だと信じたのだろう.だから私もそう思って納得した.
 上の池から千駄ヶ谷門の方に行ったところに台湾風の建物の休息所(旧御涼亭)がある.その近くに東屋を見かけた.行ってみた.その場所はアニメの場所ではないだろう,と思った.東屋の真ん中に移動できない大きな喫煙灰皿ボックスが据え付けられているからである.が,その東屋に日本人(だと思う)の若い女性が一人やってきて,盛んに,しかしおとなしそうに写真を撮っていた.この人も聖地巡礼をしているんだろうな,とすぐに思った.
 家に帰ってネットを調べた.新宿御苑でアニメの場所を調べたサイトが出てきた.結論からいうと,灰皿ボックスが置いてあった方の東屋が正解らしい.事前に調べておくべきだった.

# by larghetto7 | 2018-06-22 23:18 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/17 日曜 シェイクスピア『間違いの喜劇』
 例によって県立図書館でBBCのシェイクスピアのシリーズを借りてきた.返却期限が近づいたので急いで観た.『間違いの喜劇』という作品である.
 『間違いの喜劇』は題として変だな,という気もした.が,原題が The Comedy of Errors なので,他の訳はないだろう.例によって私はこのような題の劇があることを認識していなかった.しかし我が国でも小栗旬主演で芝居になっているようで,ちょっと詳しい人なら知っているのだろう.
 時間にすると1時間50分ほどで,BBCのシリーズの中でも短い部類である.
 舞台は,現在はトルコに属するエフェサスという地中海の港町である.もともとギリシャの都市という位置づけだったらしい.話は,そのエフェサスにアンティフォラスとその従者のドローミオがやって来るけれど,その2人とそれぞれ双子である,名前も同じアンティフォラスとドローミオという生き別れの兄弟がエフェサスにいて,人違いからドタバタ劇が起きる,という喜劇である.人情喜劇というべきだろう.誰が死ぬ訳でもなく,最後は予想通りのハッピィエンドで終わる.悪代官が出てこない水戸黄門のような話である.
 舞台を地中海に設定しているためか,舞台は色彩的に華やかで美しく,明るい異国趣味を楽しめる舞台だったのだろう.マイム(軽業)の集団が随所で見せ場を作る.その衣装はルネサンスの頃のイタリアのものに似ている気がする.
 同じ喜劇でも『恋の骨折り損』ではおかしさの源泉がセリフにあった.この『間違いの喜劇』はどつき漫才というか,主人と従者のやり取りがたぶん一番おかしなところだろう.身分社会であることを隠さず,アンティフォラスはドローミオをどつくは,どつくは.まあなんというか,昔の関西喜劇の丁稚もの(「番頭はんと丁稚どん」とか,古いけど)のような趣向かなぁ,と思う.

 とりたてて言うべきことはない.あえて気づいた点を書くと:
 繰返しになるが,身分社会であることが,今の視点からは妙に不思議に見える.主人と従者でははっきり境遇が異なる.他のシェイクスピア劇でもそこは同じであり,昔の関西喜劇の丁稚ものでも同じようなものだった.丁稚は丹波の田舎から出てきた貧乏人の子であり,だんさんやとうはんとは身分が違う.関西に限らず,私が子供の頃は世間はそういうものだった.平等になるのは高度経済成長があってからのことである.
 エフェサスの権力者は公爵(Duke)であり,シェイクスピア劇に出て来る権力者の地位の定番である.『夏の夜の夢』でも権力者は公爵様であり,テンペストではプロスペローはミラノ大公だった.当時のエフェサスの君主が公爵という地位だったということはないように思うが(といっても時代が何時かは分からない),公爵というのは,エリザベス期のイングランドでは分かりやすい,親しみやすい君主様だったんだろう.
 イングランド(やスコットランド,アイルランド)を洒落で茶化すセリフが出て来るが,外国を舞台にしたシェイクスピアではよくあることであり,観客を笑わせる趣向だったのだろう.『ハムレット』では,ハムレットが気が狂ってイングランドに行くそうだ,という話になり,ハムレットがなぜイングランドなんだと聞くと,墓堀人夫は「あそこはみんな狂っているから」という.『テンペスト』では,化け物のキャリバンを船乗りだったか道化がイングランドで見世物にしよう,「あそこはそういうのに金を出す」と言う.ちょっとイングランドをからかってみて観客の笑いをとるという自虐ギャグ,ないし観客サーヴィスのひとつなんだろう,という気がする.

 数えてみると,BBCのシリーズ37作のうち,この作品で16作品を観たことになる.まだ半分にも満たないが,ここまで来ると全37作品を観ようという気になって来る.

# by larghetto7 | 2018-06-17 15:47 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/15 金曜  経団連の提言
経団連の提言

# by larghetto7 | 2018-06-15 18:22 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/14 木曜 森田童子が亡くなる
 先日,歌手の森田童子が亡くなったというニュースを目にした.それ以来落ち込んでいる.
 亡くなったのは残念であるが,だから落ち込んだという訳ではない.ニュースを目にしてYouTubeを眺めたら,案の定,森田童子の歌がまとまって出ていた.YouTubeで森田童子の歌を再生していたら,暗い歌だから,それで落ち込んでしまった.
 私は若干PLを持っているのであるが,ディスクプレイヤーがないのでずっと聴けないでいた.私はAppleMusicに加入しているけれど,山口百恵同様,Appleでは森田童子は出てこない.
 森田童子の歌は,まるで自分の体験のような気にさせる歌であり,その架空の体験をし続けて落ち込んだのだと思う.
 私が学生の頃,70年代であるが,歌手で根暗の御三家といえば,中島みゆき,山崎ハコ,森田童子だった.何れの歌も暗かったが,暗さの質が御三家で異なる.私には一番しっくりくる暗さが森田童子だった.6畳一間(4畳半よりは豊かだった)のアパートで夜中に酒を飲みながらヘッドフォンで森田童子のLPをかけると,たまりませんなぁ,という気持ちになったものである.
 今さらに思うが,森田童子は女性であることになっているのに,歌の第一人称は「ぼく」である.しかもこの人の歌には女性が出てこない(と思う).チャラチャラした女が出てこないのが良いところだったように思う.
 どれも同じような歌といえるが,「君と涙が乾くまで肩抱き合って寝た」といった歌詞がある.これって,今ならBLですか,そういうことではない(と思う).この歌詞,似たような情景が『伊豆の踊子』にあるのを思い出した.踊子一行と別れて下田から船に乗った後のことであり,小説の最後の,私にはこの小説で一番印象的な場面である.主人公の一高生は孤独なのである.『伊豆の踊子』はなまじ青春映画になっているから,恋愛の話のように思われがちであるけれど,そういう訳ではないだろう.一高生は踊子一行を良い人たちと心底思い,それで分かれてしまった喪失感で泣くのである.森田童子の歌もそういう孤独感の歌であり,孤独は孤独なのであるが,他の根暗歌手のどん底感とは質が違うような気がする.
 安らかに休息されんことをお祈りしたい.

# by larghetto7 | 2018-06-14 23:02 | 日記風 | Comments(0)
2018/06/09 土曜 ホームページを縮小的に更新中
 拙のホームページを縮小的に更新しつつある.
 2000年に自分のホームページをniftyのスペースに作ったのである.が,まあよくある話,この10年くらいは放ってあった.2016年にniftyのサーヴィスが変わり,従来のホームページは終了となった.新スペースに移行するかどうかの意向問合せをもらったので,移行する手続きをした.若干の料金も払っている.
 でも,放ったままにしていた.
 ブログもあり,そもそもホームページが必要か,という問題がある.まあ,日々書き込むにはブログがよい.が,ホームページにはホームページの利点もある.書き換えるのはブログがよいが,ホームページは,名刺のような感覚で置いておく,ということであろう.この件に関してはホームページでダウンロードできます,と言えることも利点である.実際にダウンロードする人はいないとしても,言えれば言い訳は立つのである.
 以前のホームページは細かいことを書き過ぎていた.それでは疲れて維持できない.そこで,断捨離で中身を整理し,固定的に載せておくと便利そうな事項に限って残し,余裕があれば更新することにした.
 ずっとftpのソフトを使っていなかった.フリーのWinSCPというソフトを先日インストールして,ftpで転送できるようにした.ホームページのソフトは,今はWixとかいうシステムが普及しているという.が,オンラインで使うような話であり,それだと制約も多いと思えたので,やめた.SourceNextでホームページV4というソフトを有料でオンラインで買っていじってみた.これで行くとプロ仕様のようなファイル構成を作れる.が,旧来のファイル構成(サブフォルダの構成)を生かさないと,書き換えができない.だから使えない.そこで,10年ほど前に買ったソフトを再インストールした.その頃のソフトだから,今ほどはライセンスが厳しくなく,勝手に再インストールできるのである.そもかく,古いソフトを使って,少しずつ整理しつつある.
 以前のホームページ記載を見ると,猫の話など,胸が締め付けられるような記載が結構ある.そういう記載は,個人用に記録はしても,見られる形からは外そうと思う.よそ行きで掲載できることだけにしたい.
 まあ,名刺代わりなのである.


# by larghetto7 | 2018-06-09 23:45 | 日記風 | Comments(0)