2018/05/19 土曜 Going My Way を観る
d0028773_15043106.jpg
 BBCの『タイタス・アンドロニカス』を観てだいぶ気分が落ち込んだ.中和しようという訳でもないが,同時に『我が道を往く(Going My Way)』という映画のDVDも借りてきたので,その『我が道』を観てみた.
 ビング・クロスビー主演で1944年の作品である.アカデミー賞を多数受賞したので,たぶん歴史的な名画という位置づけだろう.昔だと,淀川長治が出てきて「いいですねぇ」というような映画であろう,と受け止めた.私は観たことはない.

 DVDのケースには,老牧師と赴任してきた若い牧師の物語であると書いてある.が,観てみると牧師ではなく神父なのである.ケースの記載は基本的なところが間違っている.
 だがこの間違いは仕方ないかな,という気もする.アメリカで聖職者といえば,そりゃ,牧師が基本だろう,と人は自動的に判断すると思えるからである.が,実はカトリックで神父であった.その点は,この映画の重要なポイントであったろう.
 以前の私の知識では,米国の宗教人口をみると,カトリックは最大宗派である.プロテスタントは細かく分かれていて,合計すると多数派であるが個々には小さい.以前,あるアメリカ人に,なのになんでカトリックがマイノリティなのさ,と質問したことがある.プロテスタントは,違ってはいるけれど,そんなに違わない,ということだった.
 単にカトリックというだけではない.観ながら気づいたことは,この映画は基本的にアイルランド系(Irish)の世界を描いているのではないか,という点である.主人公はオマリー神父であるが,オマリーというFamily NameはIrishに多いように思う.老神父の方は,90歳の母親がアイルランドにいるという設定だから,若い頃にアイルランドから米国に渡った,ということだろう.善人の警官の名前がマッカーシーで,教会にしばらく来ていないという設定なので,たぶん,やはりアイリッシュのカトリックだろう.
 念のため,ビング・クロスビーの経歴を調べてみた.父親はイギリス系であるが,母親がアイルランド系らしい.生まれたのは西海岸ワシントン州のタコマという.おいおい,タコマかよ,と思った.タコマはちらと行ったことがある.シアトルから州都のオリンピアに行く間にある港町であり,日系人も多かった.で,中退したけれど大学は,ワシントン州の東端のスポケーンにあるゴンザガ大学(Gonzaga U.)という,イエスズ会系の大学である.後にこの大学に寄付もしているという.だから,ビング・クロスビー自身が,アイリッシュが入っていて,カトリックなのだろう.
 アイリッシュの移民は,伝統的に,母国が飢饉になって食えずに米国に来ることが多かった.白人ではあるが,長く偏見とステレオタイプの対象であり,差別もされたのである.老神父は,母親が90歳というから,たぶん70歳.聖ドミニコ教会を設立し,45年間その教会で頑張ったという設定である.すると最初の頃は25歳くらい.この映画が1944年の作とすると,20世紀への変わり目の辺り,つまり米国への移民が一番多かった時期に,たぶん多くのアイリッシュとともにアメリカにやってきて,ニューヨークのアイリッシュが多い,基本的に貧しい地区で頑張ってきた,ということなんだろう.
 この映画は,そういう世界の人情劇である.それほど悲劇的な,あるいは派手な展開はない.落語の人情話とか,『こち亀』に時折出ていた人情話.そういう話であると思えばよいように思う.実際,最後の場面では涙を誘われた.
 もう一つ感じたのは,私にはカッコ良いとは思えなかったビング・クロスビーに,ヘンリー・フォンダとか,グレゴリー・ペックのようなダンディズムがあることである.古き良き時代なのだ.
 まあ,面倒なことはいわず,こういうシンプルな映画もいいですよね.

# by larghetto7 | 2018-05-19 14:59 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/17 木曜 シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』
 BBC制作のシェイクスピア戯曲DVDをまた県立図書館から借りてきた.以前だと史劇4部作などを観ていたのでまとめて借りていたが,セットの作品は観終わったので1つだけを借りてきた.『タイタス・アンドロニカス』である.自慢にはならないが,こういう作品があること自体,私は知らなかった.あらすじもむろん知らない.
 その『タイタス・アンドロニカス』を観てみた.が,この作品を観ることを私は人には勧めない.DVDで2時間47分の作品であるが,私は1時間ほど観たところで観るのを止めた.あまりに残酷でむごたらしいからである.少し時間を置いてから続きを観た.正直,しばらくの間,気分が落ち込んだ.
 ストーリーは,ネットで検索すればすぐに出て来る.だから書かない.
 この作品は,シェイクスピアの初期の作品であり,悲劇に属する.復讐悲劇と言うべきか.知名度は低いだろう.ただネットで検索すると,日本でも劇場で上演されており,海外ではアンソニー・ホプキンス主演で映画にもなっている.さすがにシェイクスピアの作品であるから,取り上げられる機会はあるようだ.
 主演のトレヴァー・ピーコックは,このDVDシリーズの常連俳優である.私が観た中でも,『ヘンリー六世』でイングランドの猛将トールボットや,反乱の首謀者ジャック・ケイドを演じていた.適役といえる.最後は殺される皇帝のサターナイナスをやっていたのは,やはり『ヘンリー六世』でエドワード4世(およびその他)などを演じていた,ミュージシャンでもあるブライアン・プロザーロー(Brian Protheroe)である.何となくエドワード四世のノリで皇帝を演じていたような気がする.
 私には判定できないが,演技は立派だったように思う.
 にもかかわらず,こういうむごたらしい劇を喜んで観る人がいるなら,ほとんど変質者ではないか,と思えてならない.
 この劇の時代背景が実際のある時代に設定しているのか,その点は分からない.不思議に思ったのは,主役のタイタス(基本は軍人)は劇の冒頭で皇帝になる機会があり(だがサターナイナスを推挙する),そのサターナイナスを殺して皇帝になるのは,タイタスの長男なのである.確かに一時期,軍人皇帝時代というのが,ローマにはあった.その時代を過ぎると専制君主の時代に入る.イメージしていたのはその頃かな,と思うが,ネットにも解説は出て来ない.

# by larghetto7 | 2018-05-17 22:52 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/14 月曜 スーパーグローバルのGP
スーパーグローバルのGP

# by larghetto7 | 2018-05-14 15:36 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/13 日曜 DVDで『怪人マブゼ博士』を観る
 例によって県立図書館にいったとき,他に借りたいDVDがなくてこの作品を借りてきた.実は返却期限内には観なかったが,再度借りてやっと観た.
 1932年制作のドイツ映画である.時期的に映画の『三文オペラ』(たぶん最初の映画化)が作られた頃である.
 原題を直訳すると『マブゼ博士の遺書』である.犯罪者のマブゼ博士の映画がこの作品の前に2つあり,この映画はその後の話,ということだそうだ.年老いたマブゼ博士が発狂して精神病院に入っている.しかし何やらモノを書き始め,それが次第に訳の分かった犯罪計画になって行く.精神病院の院長であるバウム教授がこのマブゼ博士を研究していたが,次第に取りつかれ,犯罪組織を作ってその犯罪計画を実行に移してゆく.マブゼ博士は病院内で死亡するが,バウム教授の犯罪は止まらない.その犯罪をローマン警部が追う.最後はローマン警部に追い詰められたバウム教授がマブゼと同化し,発狂してしまう,という話である.
 この映画,DVDのケースには「ナチ時代ドイツの黙示録」と書いてあり,確かにナチが政権を取ると上映禁止になる.中身も,バウム教授が作る犯罪組織がナチと似ているといえば似ているかも知れない.しかし秘密の犯罪組織であるから,組織はこんなもののように思う.上映禁止になったのは,単に,監督のフリッツ・ラングにユダヤ系の血が入っているからではないか,と勝手に想像してしまう.
 ある意味歴史的な映画であるから,観て勉強になった,というべきだろう.
 映像は美しい.冒頭の偽札印刷工場の場面からして,映像の凝り方に驚く.建物の様子も洒落ている.当時のドイツの文化水準の高さを示すのだろう.
 登場人物の顔面表情がよくできている.というか,昔の心理学の顔面表情のサンプルを見るようである.無声映画時代の伝統なのだろう.
 登場人物はステレオタイプというか,役割スキーマ通りの姿で描かれている.博士,教授,警部,狂人,犯罪者,可愛い女性の恋人,などである.何となく,人物の姿が半世紀以上前に読んでいた漫画の「鉄腕アトム」に出てきそうな描き方だな,と感じた.
 アメリカ映画ほど暴力的ではない.登場する拳銃も口径が小さく自動式である.アメリカならデカくて回転式だろう.ちなみに,マルコムXは,映画でも実際も,ショットガンで撃たれた上に2丁の拳銃で連射されている.
 基本的に気持ち悪い面があり,この映画に出て来るマブゼ博士も,ノスフェラトゥの並びかな,と感じる.
 マブゼ(Mabuse)の読みは,真ん中にアクセントがあるので,マブーゼと聞こえる.DVDに英語版の解説があり,そこではマブーサという発音に近いと感じた

# by larghetto7 | 2018-05-13 11:23 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/10 木曜 DVDで『マルコムX』を観る
 市立図書館で『マルコムX』という映画のDVDを借りてきて,観た.
 いつもは,現住所の市にある県立図書館でDVDを借りるのであるが,たまに市立図書館に行ってみた.DVDとなると,県立図書館にもあまりないけれど,市立図書館にもない.市立図書館の棚に並んだDVDを眺めたが,観たいと思えるものがあまりない.しょーがねぇなぁ,と思っていたら『マルコムX』という題名が目に入った.マルコムXが映画になっていたとは知らなかった.1992年制作で,主演がデンゼル・ワシントンだという.借りてきたのである.

 マルコムXは,私が学生の頃の反体制のアイコンの一人である.当時だと,中身は違うが,チェ・ゲバラの並びかなぁと思う.アメリカの黒人公民権活動家,という括りになると思うが,キング牧師などに比べると急進派である.
 ただ,私の印象では,アメリカの人種問題で活躍した人は,あまり日本では取り上げられていなかったように思う.異論がある人もおられようが,日本には深刻な人種・民族問題がないからだろう.むしろ,アメリカの公民権運動は,その後に反戦運動になってきたところがあり,反戦運動経由でマルコムXも日本に知られるようになったかも知れない.マルコムXは反戦運動はしていないと思うし,反戦運動が盛り上がる頃には既に彼は暗殺されていた.けれど,マルコムXの影響はその死後も強く,人種問題と同じような思想の流れで反戦運動が盛り上がったように思う.
 マルコムXはブラック・モスリムに属する.ボクシングのカシアス・クレイが突如としてモハメッド・アリと称するようになり,子供の頃に私は不思議に思ったものである.アリはマルコムXと親交があり,その影響でモスリムになったという.

 社会運動を背景とした映画だから臭い映画かも知れないと思ったけれど,画面は美しく,商業映画として通用する面白さがある.ストーリーは自伝に基づくが,一部映画用に創作が入っているという.波乱の39年の生涯だった.映画を観るべきなのであらすじは書かない.
 映画に出て来るのは現実であるが,しかし黒人差別はすさまじい.父親は白人に殺されるが警察から自殺にされる.母親は白人にレイプされて生まれたという.KKK団がやってきて窓ガラスを全部割って嫌がらせしたり,家に放火したり,その上親父が殺されるのである.場所はネブラスカにオマハというので,埼大の学生も留学に行くかも知れない所ではないか.
 監督のスパイク・リーが,マルコムの悪仲間の役で出て愛嬌を振りまくのも面白い.
 長生きしていれば晩節を汚したかも知れないが,マルコムXは早死にすることで星になった.そこはゲバラと同じだろう.
 映画の最後のところでネルソン・マンデラがちょいと出てきてマルコムXを讃える.

# by larghetto7 | 2018-05-10 21:02 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/08 火曜 シェイクスピア『夏の夜の夢』
 BBC制作のシェイクスピア戯曲のシリーズDVDで『夏の夜の夢』を観た.やはり県立図書館から借りてきたDVDである.
 DVDのボックスには題名を『夏の夜の夢』と表示している.私は『真夏の夜の夢』と覚えていた.ネットで調べてみた.原題は A Midsummer Night's Dream であるから『真夏』でよいように思える.が,時期はそれほど暑くない時期とかで,現在では『夏の夜の夢』が優勢だそうである.私が『真夏』で理解していたのは,メンデルスゾーンの劇付随音楽の方に触れることが多かったからだろう.音楽の方はまだ『真夏』が残っているとのことだった.
 妖精が魔法をかけて恋の行き違いが生じるが,最後は円満に終わるというハッピィエンドのストーリーである.安心して楽しく観られる劇である.それなりに面白かった.妖精の王妃役でヘレン・ミレンが出ている.ヘレン・ミレンは現在72歳で,割と最近の映画でも美人である.このDVD作品が撮影されたのは35歳くらいのはずだからどんな具合かと興味があった.まあ,そんなに若々しくはないけれど,やはり美人であった.
 劇中の社会は階級社会である.主要な登場人物は高貴な人たちであり,恋人たちもその階級に属する.その高貴な人たちの前で庶民(職人)が劇中劇を演じる.妖精も階級社会であり,王と王妃が道化や使用人を使役する.この構造は『テンペスト』も同じである.劇中劇はシェイクスピアの超有名な作品を混ぜたような中身であり,そこもご愛敬なのだろう.
 『テンペスト』同様に妖精が活躍する.キリスト教社会で妖精という異教的な要素が許されるのか,という気もする.が,そこはイギリスの演劇ルネサンス期である所以だろう.逆にいえば,後の清教徒革命期に劇場が閉鎖させられたのも分かる気がする.『テンペスト』はイタリア(の,たぶん近海)に舞台を設定するが,この『真夏』はアテネである.登場人物中で最も偉いのはアテネ公であるが,この人はギリシャ神話のアテネ王に相当するらしく,そのアテネ王が,やはりギリシャ神話にあるアマゾン国の女王と結婚する,というのが物語の背景にある.だからそもそも,古代ギリシャの話にしてもよかったのだろう.
 ヘレン・ミレン目当てに観たのだけれど,むしろ妖精の王を演じたPeter McEneryと妖精パックを演じたPhil Danielsのイケメンぶりが印象に残った.

# by larghetto7 | 2018-05-08 18:53 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/03 木曜 タカちゃん死去
d0028773_14194736.jpg
 昨日,家の室内で飼っていたオス猫のタカちゃんが死去した.
 動物病院の記録では,タカちゃんは2004年生まれである.ただ,元来は野良猫であり,成猫になってから捕獲した猫なので,正確な生まれは分からない.あくまで推定である.推定では14歳で死去したことになる.
 タカちゃんは,たとえて言えば『のたり松太郎』の田中君のような感じの猫だった.表情の多い猫の中にあって無表情で他と一緒にいるのである.
 タカちゃんには手を焼いたという記憶が全くない.暴れたとか,大小便をトイレ以外でしたとか,他の猫の食糧を取ってしまう,といったことは記憶にない.おとなしい猫,いつもみんなと一緒にいる猫だったのである.
 一時は「子犬のタカちゃん」といっていたように思う.毛の色がクリームで,尻尾をよく立てていたので,その姿が柴犬のように見えたのである.

 この猫を捕獲した経緯は覚えていない.おそらく,他の猫を捕獲して家に入れたとき,いつも一緒にいたから捕獲したのだと思う.他の猫とは,小白(コシロ)やパンダ,シャチ君などである.捕獲した直後に去勢手術をするために動物病院に連れて行った.動物病院にかかるには名前をつけないといけない.特に特徴はないので,名前のつけように困った.動物病院の先生が「では,タカちゃんにしよう」といって,タカちゃんで決まった.私がタカギだからだろう.
 タカちゃんは病気をすることはずっとなかった.しかし昨年(2017年)の5月30日(火曜)に,食べなくなったので,動物病院に連れて行ったのである.検査の結果,腎臓が悪いと分かった.ある意味,猫の定番の病気である.それ以来,毎週,タカちゃんを動物病院に連れて行くようになった.連れてゆく曜日はなぜか水曜で定着した.そして毎日,朝晩の2回,家で投薬と強制給餌をするのが私の日課になった.
 今年の2月末から,強制給餌をしないでも食べると分かったので,強制給餌を止めた.食事は食べるに任せたが,投薬は続け,水曜には病院に連れて行って注射や点滴をしていた.その後,調子も良いようなので,動物病院通いは2週に1回でよいことになったのである.
 しかし,4月15日からタカちゃんは再び食べなくなった.その時は強制給餌を復活した.しかし病院に連れて行った18日までにはまた食べるようになったのである.
 その後,連休に入った4月29日からまた食べなくなった.強制給餌をまた復活したけれど,どうも具合が悪い.そこで5月1日に病院に連れてゆくと,体温が低いと分かった.獣医さんは,すぐに死んでも不思議はないくらいだという.入院させた.タカちゃんが亡くなったのはその次の日の11時頃である.
 腎臓が悪くなるのは猫の定番であり,そういう猫を私はずいぶんと見てきた.通常は,猫は徐々に弱って行くものである.タカちゃんの場合は急に亡くなってしまったように感じる.
 昨年の5月30日に腎臓の件で最初に病院に連れて行ったときのタカちゃんの体重は,私の日記では3.38Kgである.亡くなる前日の体重が3.4Kgであるから,この1年間,体重は変わらなかった.だからこんなに早くなくなるとは思わなかった.
 しかし,徐々に弱って行く猫の様子を見るのも,つらいものがある.早く亡くなったのは残念であるが,長く苦しむことがなかったのは幸いだったかも知れない.
 愛すべき猫だった.冥福を祈りたい.

# by larghetto7 | 2018-05-03 14:20 | 日記風 | Comments(0)
2018/05/01 火曜  大学歌
大学歌

# by larghetto7 | 2018-05-01 22:18 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/28 土曜 『第三の男』を観る
 県立図書館から借りてきたDVDで『第三の男』を観た.この映画を私が最初に観たのは,中学生か高校生の頃のテレビであろうと思う.街中で人影が大きくなる場面や下水道の場面を記憶していた.が,筋は忘れていた.その当時は結構,テレビで昼間に映画を流していることがあった.今でも覚えているのは(といっても記憶であるから実は不確かである),モニカ・ヴィッティとアラン・ドロンが出た『太陽は独りぼっち(この邦題は安っぽいけれど)』といった結構な名作を,昼間のテレビで観ていたことである.
 昔,鉄人28号のようなアクション漫画で下水道が場面になることがあった(ような気がする)が,この『第三の男』の影響ではないかと思う.これまたどうでもよいことであるが,つげ義春の漫画で人影が大きくなるコマがある.やはり『第三の男』のパクリでは,と感じている.
 その後,何年か前に,あらためて『第三の男』をDVDか何かで観た.そのときにあらすじは確認した.
 今回また観ようと思った理由はくだらない.県立図書館には映画のDVDがあまりなく,選択肢が少なかったから選んだのである.県立図書館よりは,教養学部の資料センターの方が映画のDVDは揃っているだろう.
 あらためて観て中身は同じはずであるけれど,覚えている場面の作りがやや違うと感じるのは,人間の記憶が事後的に再構成されてしまうことによるだろう.
 この映画に使われるアントン・カラスのチターの曲に,Cafe Mozart Waltzというのがある.Cafe Mozartとは,映画の最初の方で出て来るカフェであろうと思ったけれど,ほんとにそうか,確かめたい気分があった.映画では「ここがCafe Mozartです」とはいっていない.しかし作家のホリーが電話で,「Mozart Cafeで会おう」と言われて,カフェで何とか男爵と会う.だからあのカフェがCafe Mozartでよいのだと思う.ただ,映画ではMozart Cafeと言っていた.ネットで調べるとCafe Mozartが正しいようである.
 『第三の男』を観たせいか,Apple Musicでアントン・カラスのチター音楽を探し,何度もかけて聴いた.娘によれば,ディズニー・シーではそんな音楽がよくかかっているのだという.

# by larghetto7 | 2018-04-28 22:13 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/23 月曜 シェイクスピア『リチャード三世』
 BBC制作のDVDで,『ヘンリー六世』の三部作の後に,4部作の最後の作品である『リチャード三世』を観た.
 BBCのシリーズのシェイクスピア史劇10作の中で,この『リチャード三世』は最も時間が長い.4時間とちょっとであり,1枚のDVDでは収まらず2枚組になっている.
 ストーリーはリチャード三世による王位簒奪劇である.ヨーク朝のエドワード四世の死後,弟のリチャードが王位に就く.王となるために,リチャードはエドワード四世の2人の王子をはじめ,次兄のクラレンス公や妻などを次々と殺してゆく.しかしランカスター家のヘンリー・チューダーが兵をあげ,ボズワースの戦いでリチャードは敗死し,ヘンリー・チューダーがヘンリー七世として即位し,エリザベス一世に続くチューダー朝を開く,という話である.リチャード三世の王位は2年ほどであった.2年であっても行政上の功績は大きいらしい.
 リチャードの特徴は生まれながらの不具ないし奇形にある.劇では,猫背で背にコブがあり,足の長さが不揃いでびっこをひき,片方の手が萎えている,と描写される.生まれたときからの出来損ない,ヒキガエル,化け物,と劇中では何度も罵倒されるのである.身体も醜ければ精神も醜く,多くの人を陥れて目的を達しようとする.

 数年前,そのリチャードの遺骨が見つかったとして話題になった.確かに脊椎に彎曲があった.ただ,それ以外の障害は確認できず,その彎曲も服を着れば目立たない程度であるという.頭蓋骨から顔を復元すると結構なイケメンであり,DNA鑑定から,目は青で金髪である確率が高いという.シェイクスピアが描くほどには醜かった訳ではないだろう,という反論が出る所以である.
 遺骨の発見と並行して(その前からか?),リチャード三世は,シェイクスピアが言うほど悪いことをした訳ではないのではないの? という意見出てきたらしい.シェイクスピアでは実に多くの人を陥れて殺しているけれど,確証はほとんどないはずである.
 よく指摘されるのは,この作品をシェイクスピアが書いた時代はエリザベス一世のチューダー朝である,だからその祖であるヘンリー・チューダーを美化したんだろう,という点である.ヘンリー・チューダーは,チューダーという姓が示す通り,ランカスター家とは女系でつながっているだけであり,その先祖は王位継承権を否定されていたらしい.だから王位を得る正統性はかなり弱い.リチャード三世が殺したことになっているエドワード四世の王子は,もし生きていれば王位継承権でヘンリー・チューダーより強いから,殺したのは実はヘンリー側ではないか,という説もあるのである.そのようなヘンリーが王位を得ることを正当化するために,リチャード三世を思い切り悪く書いたんじゃないの,という考えである.
 だが史実がどうかは,ここでの話題ではない.

 この『リチャード三世』のDVDを観ながら,この作品は『マクベス』の出来損ないではないか,と私は思った.
 まず,『リチャード三世』の原題は The Tragedy of Richard the Third であり,『リチャード三世の悲劇』と訳するのが正しい.この作品を,シェイクスピアは悲劇と位置づけていたのだろう.
 中身的にも『マクベス』を連想させる箇所がいくつか出て来る.
 『ヘンリー六世 第二部』で,ヘンリー六世の摂政のグロスター公が,愚かな妻から,なぜ自分で王を目指さないだと言われる箇所がある.この作品ではグロスター公は立派な人と描かれているので(実際はそうでもない),グロスター公はそのような話は撥ねつける.その場面の後でその妻は,魔術で占いをさせるのである.ヘンリー六世,サフォード公,サマセット公というランカスター系の大物の運命を占わせる.この魔術まがいのことをしたことがばれて,妻は島流しになってしまう.が,その占いの結果はその3人の非業の死を予言していたのである.
 この作品では魔女がリチャードにささやくことはない.しかしヘンリー六世や妃のマーガレットはリチャードにいろんな予言をする.また,最後のボズワースの戦いを前にして,これまでリチャードが殺してきた人たちの霊が次々と現れてリチャードを破滅へと誘う.霊ではなく夢の情景かも知れない.
 こうした点は,『マクベス』のパタンだな,と思わせる.
 あくまで劇の中であるが,マクベスとリチャード三世は似ているところがある.どちらも王位を簒奪し,そのために多くの人を殺めている.
 違いもある.マクベスは魔女の予言やマクベス夫人の言葉に促されて王殺しをし,その結果,好むと好まざるとにかかわらずさらなる悪事へと引き込まれてゆく.そこが悲劇なのだろう.
 しかしリチャードは,自らの意思で悪事を進める.誰かに促された訳ではない.結果は悪かろうが,自ら選んでやりたいことをやった,その意味で清々しい人生ではないか? だから悲劇性はないのではないか? どこが悲劇なんだ? 
 この4部作は,『マクベス』を書くための素材は蔵しているように思う.しかし史劇という枠が制約になる.チューダー朝をヨイショするという制約もある.自由に悲劇を構成するためには舞台を昔のスコットランドに移す必要があったのだろう.
 シェイクスピアが悲劇として『マクベス』を書くのは『リチャード三世』の13年後のことである.

 DVDの『リチャード三世』の最後では,死屍累々の景色が映し出される.その中でヘンリー六世の妃だったマーガレットがリチャードの死体を抱きながら声を出して笑っている.その場面で全巻が終わる.やはりマーガレットが魔女の役割だったんだな,と思わせる.原作の通りなのか,演出なのか? いずれにせよ印象的な場面が多いDVDだと感じた.

# by larghetto7 | 2018-04-23 22:27 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/22 日曜 シェイクスピア『ヘンリー六世 第一部~第三部』
 BBC制作のDVDでシェイクスピア史劇のヘンリアド4部作を観た後,県立図書館でヘンリアドの前に書いたという4部作のDVDを借りてきた.4部作とは,『ヘンリー六世 第一部』,『ヘンリー六世 第二部』,『ヘンリー六世 第三部』と『リチャード三世』である.この4部作を観たので,ワタシ的には,シェイクスピアの史劇10編のすべてをBBCのシリーズで観たことになる(やったぜ).

 この4部作はシェイクスピアのデビュー作らしい.まだエリザベス一世が在世の時の作である.4部作で扱っているのは,ヘンリー五世の死去の後にヘンリー六世が即位する1422年から,リチャード三世が殺されてヘンリー七世が即位する1485年の間の63年間の物語である.そのうち,ヘンリー六世の在位期間が40年ほどである.ヘンリー六世とリチャード三世の間にエドワード四世の在位期間が,中断を隔てて計22年ほどある.
 この4部作対象期間の直前を扱うヘンリアド四部作は,リチャード二世の終わりの1398年頃から,ヘンリー五世が結婚する1420年頃まで,つまり22年間ほどの話である.ヘンリアド4部作に比べて今回の4部作は対象期間が長く,必然的により多くの事柄が入っているから,劇にするのは都合が良いのだろう.
 2つの4部作を合わせて考えなら,これらの物語の期間は,プランタジネット朝がリチャード二世で滅んでからヘンリー四世以降のランカスター朝になり,ランカスター朝がヘンリー六世で終わってエドワード四世のヨーク朝になるものの,そのヨーク朝もリチャード三世で終わってヘンリー七世からのチューダー朝が始まるところまでである.シェイクスピアがこれらの作品を書いたのはエリザベスのチューダー朝であるから,最後はチューダー朝になってめでたし,とヨイショしているのである.
 DVDの長さは,『ヘンリー六世 第一部』が3時間ちょい,『ヘンリー六世 第二部』と『ヘンリー六世 第三部』がそれぞれ3時間半ちょい,『リチャード三世』になると4時間ちょいである.本で読むより芝居をDVDで観る方がはるかに楽とはいえ,一作品を観るにもかなり疲れてしまった.

 中身は,大変面白い.デビュー作であるから,観客が喜ぶことを狙って作っているのだろう.基本的に戦争活劇プラス宮廷陰謀劇である.話そのものの展開が興味を引く.それだけではなく,セリフの練り方が尋常ではない.
 最も印象に残る登場人物の一人はヘンリー六世の妃のマーガレットだろう.ヘンリー六世が厭世的な性格なので,政治的陰謀や戦で中心になるのがこのマーガレットである.このマーガレットは夫のヘンリー六世や政敵のヨーク公を,罵るわ,罵り倒すわ,いたぶるわ.その激しい言葉の長セリフに圧倒されてしまう.このマーガレットは,ヘンリー六世の死後も,フランスから舞い戻ってイングランドに現れ(そこは史実と異なるが),ヨーク朝に対する呪いの魔女のような役割を続けるのである.

 『ヘンリー六世』三部作の話を大まかにいえば,軸となるのはまず英仏百年戦争だろう.第一部は英仏の戦いの場面が主になる.
 ヘンリアドの期間の話になるが,百年戦争は14世紀の半ばからあったものの,リチャード二世はフランスとの戦争に消極的だった.リチャード二世の後のヘンリー四世は,反乱に悩まされていたので,フランスとの戦争は棚に上げている.その後のヘンリー五世になると,内乱も収まったので,再びフランスへの出兵を計画する.アジンコートの戦いでは寡兵で大軍を破り,パリまで占領する.そしてフランス国内の分裂に助けられてフランス王の継承権を認めさせる.大成功するのである.
 そのヘンリー五世が急死したところから『ヘンリー六世』は始まる.ヘンリー六世の時代になると,ヘンリー五世の成功が仇になって行く.フランスでの戦線を維持するのが負担になり,戦局は悪くなる.
 それでも当初は,グロスター公やヨーク公など,フランス戦線に注力する勢力がイングランドにいたのであるが,マーガレットをヘンリー六世の妻としてフランスから迎えるに当たって,フランスの領土の一部を割譲してしまう.その後,グロスター公は失脚し,フランス戦線からヨーク公も外され,フランス戦線をランカスター派(ヘンリー六世系統)が担うに従い,フランス戦線はますます不利になり,ついにはフランスでの領土のほとんどを失う.この時点でランカスター家側への国内の人気は落ち,ヨーク公の不満も募ることになる.この劇での英仏百年戦争の展開はそんなところである.
 ランカスター派とヨーク派との薔薇戦争は,第一部でも導入されているが,本格的な薔薇戦争は第二部から第三部にかけてである.まず,王位継承の正統性は,王であるヘンリー六世より自分にある,とヨーク公が考えるのである.ややこしい話であるが,この点は一理がある.そこでヨーク公がヘンリー六世に対し,王位を要求するようになる.ここから武力衝突が始まり,本格的に薔薇戦争となる.ランカスター派はいったんは戦闘に勝利し,ヨーク公を殺害するのであるが,ヨーク公の子供のエドワードらが巻き返す.エドワードらは戦闘に勝利し,ヘンリー六世らは逃亡する.ここにエドワードがエドワード四世(ヨーク朝)として即位することになる.
 エドワード四世の治世は20年ちょっとあるのであるが,その間にランカスター派の巻き返しがあり,ヘンリー六世が半年間ほど復位するのである.が,ヨーク派は再び巻き返し,エドワード四世がまた即位する.その直後に,グロスター公となったエドワードの弟のリチャードにヘンリー六世は(シェイクスピア劇では)殺されてしまう.
 『ヘンリー六世第三部』はなかなか印象的な終末を迎える.ヘンリー六世を殺害したリチャードがヘンリー六世の遺体を引きずって運ぶ.その後にエドワード四世らの宮廷の場面になり,一同が喜びながら輪になって踊るのである.その輪の中にリチャードだけが入らない.リチャードは暗い想念を抱いてその場を去って行く.このラストが,続く『リチャード三世』を導入することになる.よくできている.

 『ヘンリー六世』を観ながら,薔薇戦争は応仁の乱と似ているな,という感想を抱いた.時期も似ている.薔薇戦争は,最初の戦闘があった1455年から,リチャード三世が倒される1485年にかけての一連の騒乱である.応仁の乱は1467-1477年である.薔薇戦争では王であるヘンリー六世に存在感がなく,代わりに妃のマーガレットが武闘派だった.ヘンリー六世は薔薇戦争の期間に消えている.応仁の乱では足利義政が政治から興味を失っており,積極的に政治に関与したのは妻の富子だった.義政も応仁の乱の最中に隠居している.
 足利義政は,政治的には功績が少ないが,文化面での功績は大きい.ヘンリー六世も,イートン校やキングスカレッジを創設したことが功績といわれている.妃のマーガレットもケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジを創設したそうである.

# by larghetto7 | 2018-04-22 19:28 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/21 土曜  アクアパーク品川に行く
d0028773_19561462.jpg
d0028773_19564135.jpg
d0028773_19570218.jpg
d0028773_19573952.jpg
d0028773_19582412.jpg
 本日,品川にあるアクアパーク品川という水族館(風のテーマパーク)にカミさんと行ってみた.
 先週,長女とその娘と一緒に,近隣の行楽地である「むさしの村」に出かける計画を立てた.けれども,都合で流れてしまった.5月になってから行くかも知れない.
 代わりに,という訳でもないが,かねてより懸案であった水族館巡りをしてみようと思った.昨年の4月に品川水族館にカミさんと行っている.そのときに,品川には水族館が2つあると分かった.昨年訪れたのは区立の水族館であり,品川駅からさらに京急か何かの電車に乗って行ったように思う.標準的な,良い水族館だった.今回は公立ではなく,私企業の水族館である.
 サイトでアクセスを調べたが,JR品川駅高輪口から徒歩2分,としか出ていない.地図だとプリンスホテルとの位置関係がよく分からなかった.徒歩2分というから迷うこともあるまいと思い,詳しく調べずに出かけた.
 不安が的中し,品川駅からアクアパーク品川にたどり着くのにやや苦労した.が,彷徨った訳でもない.近い割には見つけにくかっただけである.
 実際に行ってみて,水族館としてはイマイチだな,と思った.私企業経営の水族館と言えば,昨年行ったすみだ水族館も同様である.すみだ水族館にも言えることである.工夫があり,面白く作ってあるけれど,「無駄なことをしている」という感じがない.公立の水族館だと,良くも悪くも親方日の丸でやっているので,効率性を無視して水族館としての充実をマニアックに目指しているところがある.大洗の水族館など良い例である.そうした無駄な,別の言い方をすると豪華な金の使い方がないのである.
 地方国立大という親方日の丸の組織に勤めていた私であるから,どうしても心情的に公立の方に味方するのだろう.
 すぐに見終わってしまった.
 水族館は映画館とも隣接していた.要するに,都会で,いろいろアトラクションを作った,その一つとしてやっている水族館,ということであろう.大洗水族館だと,他に何もないところにある水族館であり,水族館そのもので勝負している(そうする以外にない).
 帰りがけに品川駅の東口に行きレストランで食事した.まあ,週末を,久しぶりに都会に出て過ごした,ということで満足すべきかな,と思った.

# by larghetto7 | 2018-04-21 20:18 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/13 金曜 シェイクスピア『ヘンリー五世』
 BBC制作のDVDで,シェイクスピア史劇『ヘンリー五世』を観た.『ヘンリー五世』はヘンリアド4部作の最後である.
 ヘンリー5世は全2作の『ヘンリー四世』でハル王子として,ほとんど主人公扱いで登場していた.俳優も同じデイヴィット・グウィリム(David Gwillim)である.だから私は3作に続けて観たことになる.
 この俳優さん,全2作のときから,誰かと似ているな,と思っていた.3作目にしてやっと気が付いた.そうだ,こいつ,出合君に似ているよな(笑).そういっても分からないでしょうが,出合君というのは何年か前の,埼玉大学教養学部の卒業生である.日本語と英語の違いはあるけれど,声の高さ,声の出し方が似ている.そのうえ,目を瞬くところが似ているのである.身体つきは全く異なるけれど.
 それはともかく….

 ヘンリー五世の事績は華々しい.ヘンリー四世の後を受け,内乱も収まったところでフランスに行って戦争し,フランス王の継承権まで手に入れるのである.だから英国愛国者にとっては誇らしい王なのだろう.
 このDVDでは,冒頭から登場する王侯貴族の服装の美々しさに目を奪われる.このシリーズを観て時代によって服装の変遷があるのは分かるのであるが,特にこの『ヘンリー五世』が豪華である.最後の方のフランス宮廷での場面は特に華麗であり,役のヘンリー五世も絵として伝わった姿そのままに登場しているように見える.画面そのものが当時の絵画を再現しているようにも見える.
 視覚的には立派である.中身はというと,そこは好き好きだろうが,私は好きにはなれない.フランス王の娘キャサリン(後の王妃でヘンリー六世の母)に求婚するところも,何となく空々しい.会ったばかりで「愛している」もないだろう.
 アジンコートの戦いの前に行う「聖クリスピアン祭日のスピーチ」は,有名ではあるが,私には重みがないと思える.語るべき正義がないからである.諸葛孔明の出師表やリンカーンのゲティスバーグ・アドレスとは訳が違う.
 孔明の出師表は,漢室再興を正義と信じ,その実現のために鞠躬尽瘁し死して後止むという.その悲壮な忠義には涙するしかない.戦いの後ではあるが,ゲティスバーグでリンカーンは,自由と平等の理念に基づき新しく生まれた国が今まさに試練にあるといい,その試練のためにこの地で戦って死んだ兵士を,その栄誉を,敵味方の別なく称える.英語で読んでも日本語で読んでも涙が出て来る.広島でのオバマのスピーチは,これも素晴らしかったが,ゲティスバーグ・アドレスをモデルにしたように私は思う.
 それに対してこのヘンリー五世の戦争はなんであろうか.フランスに渡って「オラオラオラ,ここはワイのシマや」といって領土を分捕るだけのことである.ヤクザと変わりがないではないか.

 見ながら,何点か記憶に残るところがあった.
 まず,全2作に出ていたファルスタッフのグループがほぼ全滅してしまう.芝居の冒頭でファルスタッフが風邪で死んだと告げられる.一緒にいたふざけた男もフランスの戦場で盗みを働き,軍律違反で絞首刑になってしまう.一緒にいた少年も戦場のどさくさで殺される.居酒屋のおかみさんも芝居の終わりの方で死んだと告げられる.何となくわびしい気持ちになってしまう.
 面白いと思ったのは,ヘンリー五世が即位後,退位させられ殺されたリチャード二世の遺体をウェストミンスター寺院に改葬し,冥福を祈るために礼拝堂を2つ建立したと語るところである.リチャード二世は日本なら神社が建つかも,と思ったが,似たようなことをイギリスでもやっていた.それだけ,リチャード二世を退位させた罪悪感が,ヘンリー四世にもヘンリー五世にもあったのだろう.
 そのヘンリー五世も,意外と早く,34歳で病気で死んでしまう.リチャード二世の33歳とほぼ同じである.ヘンリー四世も,死ぬときにリチャード二世の肖像画に見つめられていたという伝説もある.

 ヘンリアド4部作を観た.この次はヘンリアドの前に作られた史劇4部作,治世でいうとヘンリー五世後の物語の芝居を観るべきだろう.が,その前に,少しイギリス史を勉強しておくべきだと思っている.バラ戦争あたりの話がややこしそうで….

# by larghetto7 | 2018-04-13 19:24 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/10 火曜 大学のマネジメント改革
大学のマネジメント改革

# by larghetto7 | 2018-04-10 22:49 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/09 月曜  国立大学の研究力
国立大学の研究力

# by larghetto7 | 2018-04-09 16:30 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/07 土曜 シェイクスピア『ヘンリー四世 第1部・第2部』
 BBC制作のDVDでシェイクスピア史劇の『ヘンリー四世第1部』と『ヘンリー四世第2部』を観た.ヘンリー四世とはリチャード二世を退位させて王位に就いたボリングブルックのことである.話も『リチャード二世』の後を受けている.シェイクスピアの『リチャード二世』,『ヘンリー四世第1部』,『ヘンリー四世第2部』,『ヘンリー五世』が連続した治世の物語であり,4作をまとめてヘンリアド(Henriad)と呼ぶことがあることは,今回初めて知った.
 ヘンリー四世の2作は,内容的には続いているので,2部に分ける必然性はないような気がする.ただ,DVDでも片方が2時間半を超えるので,長さから分けたのだろう.
 この2作は,リチャード二世の後,リチャード二世のシンパによる反乱が続く期間の物語である.題名はヘンリー四世であるが,私には意外にも,活躍するのはハル王子(後のヘンリー五世)と,ならず者(といっても,騎士でサーの称号がある)のフォールスタッフ(ファルスタッフということが多い気がする)である.

 この作品は,構造的に,3つの人物群の世界から成り立っているように感じる.そのそれぞれを「モジュール」と呼んでみよう.第1は「宮廷モジュール」であり,ヘンリー四世をはじめとする王側の廷臣の世界である.第2は「反乱モジュール」と呼べる.反乱者側の貴族がやりとりする世界である.3番目を「ファルスタッフ・モジュール」としよう.主に居酒屋で,ファルスタッフを中心に庶民が織りなす人情喜劇のような世界である.そして放蕩を続けるハル王子は,基本的にはファルスタッフ・モジュールの住人なのである.
 この作品は,この3つのモジュールの舞台が切り替わりながら進行する,という構造を持っている.時間的にいえばファルスタッフ・モジュールが一番長いのではなかろうか? 私には,このファルスタッフが出てきて何が面白いのか分からない.が,このファルスタッフが人気のキャラのようである.また,ファルスタッフ・モジュールが入らないと,話が単純になり,進み具合が早くなり過ぎるという問題もあるのだろう.
 3つのモジュールが切り替わることにより,しかるべき時間が経過して物語が進行している実感を持つことができる.王侯貴族だけでなく,庶民の生活も歴史の中に刻まれている感覚を持つこともできる.3モジュールにする構造は熟慮の末のことなのかも知れない.
 モジュールが交わるときに,物語が先へと進む.宮廷モジュールと反乱モジュールは,戦いの駆け引きや交渉のときに生じて,戦いの結果へと導く.宮廷モジュールとファルスタッフ・モジュールは,ハル王子の身の振り方がかかわるときに交わる.反乱モジュールとファルスタッフ・モジュールは交わらないが,あえていえばファルスタッフが王側で従軍したときに生じたといえるかも知れない.
 反乱が終息するときにヘンリー四世も重体になる.いまわの際でヘンリー四世とハル王子が激しいやり取りをする場面が,この物語の一番の山場だろう.ハル王子は改心することを誓う.自分は王位を簒奪したので反乱にあったが,お前は王位を継承する者であり,平和を実現するとハル王子に告げてヘンリー四世は息を引き取る.そのとき,ハル王子はファルスタッフ・モジュールから宮廷モジュールに移動するのである.
 
 この物語は,反乱貴族の側に興味深いキャラを配している.まず第1部に出て来る,パーシーの息子の方,ホットスパーと呼ばれる貴族である.ホットスパーはトロイの勇者ヘクト―を連想させる.
 もう一人,ウェールズのオワイン・グリンドゥール(英語読みでオウェイン・グレンダワー)がちょっと登場する.グリンドゥールはウェールズの伝説的,神話的な人物らしく,ウェールズ独立の政権構想を持ち,イングランドに反乱を続け,死ぬまで講和しなかった.ウェールズのナショナリズムが高まると呼び起こされる人物らしい.反乱者の会合をそのグリンドゥールの館(ないし城)で行う幕がある.マーチ伯モーティマーがグリンドゥールの娘を妻としているが,妻は英語を話せず,モーティマーはウェールズ語を話せない.そのグリンドゥールの娘がおそらくウェールズ語で歌う.この劇はイギリスが多文化の世界であることを見せる.
 「反乱」はイングランド側の世界観である.ウェールズ側にはまた別の世界観があるのだろう.

# by larghetto7 | 2018-04-07 20:16 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/06 金曜  大学は壊れるのか?
大学は壊れるのか?

# by larghetto7 | 2018-04-06 22:54 | Comments(0)
2018/04/03 火曜 シェイクスピア『ジョン王』
 BBC制作の番組のシリーズのDVDで以前に『リチャード二世』を観た.このDVDが意外にもすごかったので以後,県立図書館にある同シリーズのDVDを時折観ている.先日は『ジョン王』を観てみた.正式の題名は The Life and Death of King John という,現代的な題である.
 話の半ばまでは退屈でくだらないと思ったが,半ば以降に実に面白くなる.裏切りに次ぐ裏切り,観ていてふと,黒澤の『乱』を連想した.
 シェイクスピアの史劇はすべて,イングランドの王様がタイトルになっている.治世の年代順で行くと,私が同シリーズで最初に観た『ヘンリー八世』が一番新しい.リチャード二世が14世紀後半であり,おそらく2番目に古い.『リチャード二世』の後に何を観るべきかといえば,治世が直後の『ヘンリー四世』を観るのが順当かも知れない.が,ヘンリー四世,五世,六世と続くのでなかなか終われない.そこで,治世が一番古い『ジョン王』を『リチャード二世』の次に観ようと思ったのである.

 ジョン王はイギリス史に登場する王としては最も好感度が低い部類の王だろう.その治世は13世紀初頭,日本史では鎌倉時代の初期である.リチャード一世(獅子心王)の後釜である.リチャード一世が第3回十字軍で遠征に出ているすきに王になろうと画策した経歴がある.有名なマグナカルタはジョン王が制定したが,そういうものができること自体,ジョン王が横暴と思われた結果といえる.何よりもジョン王の時にイングランドはフランスの領地を失っている.領土を失った政治家の人気が低いのは常である.

 『ジョン王』は『リチャード二世』とは作品の感じが異なる.リチャード二世は王位を失ってからの内省の独白のセリフがハムレットのようである.ジョン王にはそういう面がほとんどない.内面の思索はテーマではない.あるのは歴史上の行為であるが,この物語は歴史的な出来事に依拠しているとはいえ,実際の歴史的経過とはかなりかけ離れている.歴史をアレンジしたフィクションといってよいように思う.そこで展開される出来事の経過が肝であるから,あらすじは知らずに観た方がよい.だから書かない.
 といいながら大雑把なことだけを書けば,この劇中の最大の悪人はローマ教皇の特使の枢機卿である.劇ではこの人物がイギリスとフランスを手玉に取って戦争をさせる.すべてローマ教会の利権のためである.ジョン王も仕方なくローマ教皇に屈服する.ローマ教会はまるで総会屋である.ローマ教会は各国の中に利権を持ち,破門などをちらつかせて恫喝して利権を守る,という実態があったのだろう.こんなストーリーを描けるのも,イギリスはヘンリー八世の時代にローマ教会の影響力を排除したからである.その後にエリザベス一世の栄華を迎える次第が『ヘンリー八世』で描かれている.考えようでは,シェイクスピアの史劇はローマ教会に屈服した『ジョン王』に始まり,ローマ教会の影響力に終止符を打つ『ヘンリー八世』に終わる.たとえていえば,総会屋に屈してボロボロになった社長から総会屋を排除して自社を成長路線に乗せた社長の間にシェイクスピア史劇がある.
 この作品に描かれるジョン王はみじめである.堂々と登場し強欲さを発揮するが次第に卑怯になり,最後は無能になる.その変遷を演じる役者も大したものなのだろう.王が無能になって背かれる中,リチャード獅子心王の私生児フィリップ(リチャードを名乗ることを許される)が,ある意味軽いノリの男であるが,ジョン王を裏切ることなくわずかな手勢で奮戦し,リチャード獅子心王が存命であればかくありなん,という姿を見せる.
 最後は,ジョン王の世継ぎの少年(たぶんヘンリー三世)に一同が忠誠を誓うという大団円になる.ジョン王が乱したイングランドを立て直そうと誓うのである.シェイクスピア劇はイギリスへの忠誠を忘れない.この国は自らを傷つけぬ限り他国には屈しない,と私生児フィリップにいわしめる.その大団円の傍らで哀れな姿で死んでいるジョン王はいい面の皮というべきだろう.

# by larghetto7 | 2018-04-03 15:56 | 日記風 | Comments(0)
2018/04/02 月曜 東武動物公園に行く
d0028773_18510419.jpg
d0028773_18513258.jpg
d0028773_18514106.jpg
d0028773_18515758.jpg

 本日,カミさんと東武動物公園に出かけた.
 今,近所の公園では親子でおにぎりを食べながら花見をしている光景に出会う.人の幸せとはそういうものだろう,などと考えて,権現堂桜堤に先日花見に行ったのではあるが,おにぎりを持って出かけたくなった.カミさんも同意してくれた.ただしおにぎりを作るには時間がかかるというので,行った先で買って食べることにした.
 我が家の近くの行楽地といえば,東武動物公園と「むさしの村」である.両方とも娘が小さいときによく家族で出かけた.その後,息子は親とそういう所に行く風ではなかったので,絶えて行くことがなかったのである.
 カミさんが,東武動物公園に隣接した「新しい村」がのんびりするにはよいだろう,という.確かに,今は春休みなので動物公園は混んでいるだろう.そこでその「新しい村」に出かけることにした.
 行ってみると,里山を公園にした場所だった.売店,食事処もあるのであるが,あいにく今日は月曜で定休日とのことで,閉まっていた.この辺の役所系は月曜が定休日なのである.中を散策してみた.確かに公園としてよいところである.ただ,食事ができない.そこで,隣接した東武動物公園に入ることにしたのである.駐車場に車は多かったが,幸い,入ってみるとそんなに混んでいる訳ではなかった.
 以前は動物園区域の近くの西ゲートから入場していたが,今回はこの経緯から,遊園地区域の東ゲートから入場した.東ゲート付近からロープウェイのような乗り物で移動し,中央の区域でフライドポテトやフランクフルトを食べた.動物園区域に行って一通り動物を観た.帰りは遊園地の電車に乗って東ゲートに戻った.
 今度来るときには西ゲートから入って,動物園区域をゆっくり見てみたいと思う.
 まあ,次に行くとするとむさしの村であろうか?

# by larghetto7 | 2018-04-02 18:52 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/31 土曜  BBCの『ハムレット』
 BBC制作の番組のDVDでシェイクスピアの『リチャード二世』を観たことを,少し前に書いた.私はそのリチャード二世の演技がハムレットのようだと思った.
 後で調べてみると,リチャード二世を演じたデレク・ジャコビという俳優は,もともとハムレット役で注目されたらしい.しかもその俳優は,同じBBCのシリーズでハムレットを演じている.なら,その『ハムレット』を観るしかないではないか.
 という訳で,県立図書館でBBCの『ハムレット』のDVDを借りてきたのである.

 DVDを観ると,主演のデレク・ジャコビの演技はリチャード二世と近い.ハムレットは退位後のリチャード二世と同じような服装をしており,同じく髭をはやしている.同じく高いテンションでセリフを詠じる.
 実際,劇中のハムレットとリチャード二世は似た面がある.第1に年齢が近い.最後の方の墓場の場面で墓堀が述べることを信じるなら,ハムレットは30歳である.リチャード二世は33歳で死んでおり,物語の主要な場面では32歳のはずである.第2に,ある意味で境遇が似ている.両者とも,新たに即位した王と対立する立場の王族である.リチャード二世は退位させられた王であり,ハムレットは王にならずに部屋住みのような立場にある.第3に,同じように高いテンションで内省を語る.
 ただ,リチャード二世に比べるとハムレットは強いキャラとして登場しているように思う.このハムレットは,メランコリックで知的な若者,という風ではない.まず所謂若者より年齢が上である.剣の腕がたつし,図々しい.狂気を装っているだけなのは見え見えであるのに,構わず傍若無人に振る舞って人を怒らせ,あるいは激しく人を罵る.ハムレットは母親のガートルードを罵った後,勘違いから王の重臣のポローニアスを殺してしまう.いかに王族でも重臣を殺せば,これはまずいと思って周章狼狽し,入試ミスを犯した大学教員のように神妙にすべきところ,ハムレットは平然と居直る.ふざけるように見せて強腰の駆け引きを行う.英国に同行した2人の「学友」のことは,殺されるように平気で細工する.最後の剣の試合の相手であるレアティーズの父親(ポローニアス)と妹(オフェリア)は,ハムレットのせいで死に至っている.が,悪さをしたのはハムレットの狂気であってハムレットではないと平然と言い放つ.最後に王のクロ―ディアスを殺す場面では,剣で刺したうえにガートルートが飲んでしまった盃の毒を口から流し込むという,派手な殺し方をする.

 ハムレットはかくも強いキャラなのではあるが,にもかかわらず物語の展開のイニシアティヴをなぜかとらない.
 まず,物語の発端を作るのは,自分が弟のクロ―ディアスに殺されたことをハムレットに告げる先王(たぶん名前は同じハムレット)の亡霊である.私にはこの先王の亡霊は無責任だと見える.ハムレットの前に亡霊として現れるなら,殺人犯のクロ―ディアスに化けて出られないものか? 雨月物語の磯良のように,クロ―ディアスを取り殺せないのか? そうしていていればハムレットの悲劇はなかったのである.まあ,親しい者の前にだけ現れる,というのが西洋の亡霊の約束事だとすれば仕方ない.しかし,ハムレットに復讐を注文しながら,そこから先はまったくの丸投げではないか? 経験もあるのだから,どうやったらクロ―ディアスに復讐できるとか,何か教えることはできなかったのか? 何もしない丸投げなのに,再び現れて復讐の催促をするわ,面倒な注文を出すわ,そうやってハムレットを悩ませる.
 中盤の重要な展開はハムレットが,クロ―ディアスの妻になった母ガートルードを罵って責め苛み,間違って隠れていたポローニアスを殺すところである.が,これとてハムレットが母を罵りに行ったのではなく,母に呼ばれてその展開になったに過ぎない.ここで母がもう少しおとなしくしていてくれれば,オフェリアの死に至る一連の悲劇もなかったのである.
 最後の修羅場は剣の試合の場面である.このでき過ぎた場面によって,ハムレット,クロ―ディアス,ガートルード,それにレアティーズが死に,ホレーショを除き関係者が全員死んでしまうという悲劇の定番の結末が一気に実現する.が,この剣の試合もクロ―ディアスが仕組んだものであり,ハムレットがなぜか応じたに過ぎない.
 普通我々が観るドラマは,何らかの偉業,その偉業が吉良邸討ち入りでも,宇宙から来た侵略者を撃退することでも,サラディンの軍と戦って講和に持ち込みエルサレムの住民を無事に避難させることでも,何らかの偉業というか,積極的な何かを成し遂げる.その過程がドラマになる.しかしハムレットはそのような偉業を目指す訳でもない.復讐する意思は持ちながら,自らは展開を作らない.強いキャラでありながらイニシアティヴをとらず状況に翻弄される.その点が悲劇なのかも知れない.
 英国に追放になるとき,港でハムレットはノルウェイ王の甥のフォーティンブラスの遠征軍を眺める.益がないと分かりながら迷いなく軍を率いるフォーティンブラスにハムレットは羨望を覚えることになる.
 しかし,物語を観た後,このハムレットの消極姿勢はこの物語の構造上の要請であったのかも知れないな,という気もした.ハムレットが進んで行動を起こしてクロ―ディアスに復讐しようとすれば,成功するにせよ失敗するにせよ,それで物語は終わってしまう.しかもハムレットが訳の分からない犯行に及んだ,という風にしか見えない.客が満足する悲劇の結末を得るには例の剣劇の場面が必要である.その場面で関係者が皆死んでしまうだけではなく,今わの際のレアティーズの口からクロ―ディアスの悪事が露見するという展開がない限り,一同が瞬時に納得する結末はないのである.その,でき過ぎた剣劇の場面に導くためにいろいろと横道に入る必要があったのだろう.

 家の本棚を調べると『ハムレット』の古い岩波文庫があった.私が学生の時に買ったに違いない.末尾の解説の日付が昭和32年というから,本当に古い.訳者の1人が市河三喜である.星2つの岩波文庫であるから,私が買った当時は百円だったのだろう.DVDを観て,こんなセリフがあったか?と疑問に思うときには文庫本のそれらしい箇所を探した.確かに文庫本にもそのようなセリフが入っている.さすがにBBC制作であるから,古典のテキストには忠実なのだろう.
 『ハムレット』という作品の何が面白いかを私は理解していなかった.このDVDを観てはじめて,やや,分かった気がする.劇中のエピソードに話を限定すれば,『リチャード二世』は単純構造の悲劇である.『ハムレット』はずっと入り組んでいる.だがやっと,統一された作品であることが納得できた.『ハムレット』は,部分を取り出しても全体を眺めても見どころの多い作品であり,古今の名作とされるのは仕方ないように思えた.
 劇の最後でハムレットの遺体はフォーティンブラス配下の4人の部隊長に担がれて運ばれる.同じような光景が黒澤の映画にあったような気がしたが,気のせいか?

# by larghetto7 | 2018-03-31 19:29 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/29 木曜
THE世界大学ランキング日本版

# by larghetto7 | 2018-03-29 22:53 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/28 水曜 花見
d0028773_11413535.jpg
d0028773_11420323.jpg
d0028773_11421652.jpg
 昨日,花見に出かけた.
 彼岸を過ぎて暖かくなった.ちょうど桜が満開になった.近所の公園でも花見をする人が多い.私が住んでいる〇〇市の近くでは,権現堂川(旧利根川)沿いの権現堂桜堤が桜の名所になっている.という訳で,昨日の午後,カミさんと権現堂堤に出かけた.混んでいた.ソメイヨシノが満開だった.途中のコンビニで買ったおにぎりを食べた.屋台で唐揚げを買って食べた.

# by larghetto7 | 2018-03-28 11:50 | Comments(0)
2018/03/27 火曜 影絵版『銀河鉄道の夜』
 2週間くらい前に猫アニメ版の『銀河鉄道の夜』を観た.その後,県立図書館では影絵版の『銀河鉄道の夜』も置いてあったので,他のDVDとともに借りてきた.
 藤城清治による影絵劇のDVDである.藤城清治の影絵は奇麗であり,個人的にも好きである.『銀河』のような,視覚的情景を連想させる作品には向いていそうに思う.
 この影絵作品はこれまでいろいろの賞をとっているようで,このDVD自体が「文部科学省特別選定」と書いてある.「利用対象」は「小学校(低学年)・・・中学校,少年向き,青年向き」とある.『銀河』も童話ではあるから,それでよいのかも知れない.上映時間が50分弱であり,ギリギリ授業の1時間分に入るように作ったのだろう.短くした分,アニメ版に比べれば省略が多い.

 観てみた.美しい作品だとは思う.ただ,アニメ版を観た後であるので気になるところが目立つ.
 第1に,表現形態として,影絵はアニメにどうしても及ばない.影絵の美しい画面は立派であるけれども,特に動きを入れるのが困難そうだ.影絵という制約の中でいろんな工夫があるのは分かるが,影絵の制約は大きい.影絵は静止画に向いているようにも感じた.ところどころ杜撰な画面を出すことになるのも影絵では避けられない.
 あのアニメ版『銀河鉄道の夜』は1985年の作である.その後にアニメは飛躍的にきれいな,実写版以上にきれいな画面を出せるように変わった.『銀河鉄道の夜』については,それほど精密な画面を出す必要はないと思うけれど,アニメの持つ潜在的な能力は,今やすごく高いように思う.
 第2に,文科省特選になっているせいなのかどうか,話を短くした分,アニメ版より説教臭い.メッセージが「みんなのために生きる」に集中する.後半で,船の難破,さそり座,カンパネルラの死で,他のエピソードなしに「他者のために死ぬ」の3連発になる.くどい.「みんなのために生きる」のプロパガンダ映画のようであり,何となくシラっとする.この作品の意味は本来はもっと深いところにあるように私は思う.

# by larghetto7 | 2018-03-27 17:20 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/25 日曜 シェイクスピア『テンペスト』
 『リチャード二世』と一緒に県立図書館から借りてきたDVDで,同じBBCのシェイクスピアのシリーズの『テンペスト』を観た.
 私は昔,『テンペスト』はリア王の話と勘違いしていた.リア王というと,何となく嵐の中をさまようイメージがあったからである.『テンペスト』のストーリーはこのDVDを観て初めて知った.
 ミラノ大公であったプロスペローという人物が,12年前に弟の姦計で娘と一緒に放逐され,今は無人島のようなところにいる.プロスペローは大公の時代から怪しげな研究をしており(それでは放逐されても仕方ないような気がするが),今は魔法使いになっている,という荒唐無稽な物語である.近くをその弟とナポリ王を乗せた船が通るので,魔法で嵐を起こし,船を難破させて復讐しようとする.この出だしのところではおどろおどろしい話になるのかなと思いきや,その直後にプロスペローの娘ミランダが出て来て,ノリが違うと分かるのである.話はやけに明るい方向に進む.プロスペローの復讐はある程度進むけれども,途中で復讐は止めにして,悪人を含めてすべての人々を許し,娘ミランダもハンサムなナポリ王子と結ばれ,プロスペローは大公に戻る,という大団円になる.
 まあなんというか,シェイクスピア劇も興行ですから,暗い話ばかりだと客がついてこないんでしょうね.この話,水戸黄門とか,旗本退屈男とか,山手樹一郎の明朗時代劇とか,古いですが,そういうノリですね.まあ,水戸黄門とか旗本退屈男であれば,助さん,格さん,早乙女主水介が悪を成敗するんですが,この『テンペスト』は成敗もしない.悪を含めてみーんな許しちゃう.ですから,まあ,エリザベス朝時代の寅さん映画みたいなもんなんでしょうね.
 劇の最後でプロスペローが観客に語りかけ,問いかけをする場面がある.感心した.これ,劇の終わりで観客とコミュニケーションをとる,というか,歌番組だと観客に手拍子を求めるような感じなんでしょうね.サービス精神ですね.まあ,興行ですから.
 プロスペローを演じたマイケル・ホーダーンという俳優はこの役が当たり役の1つらしい.確かに堂々として素晴らしい.同じシリーズのDVDでリア王を演じているようなので,後で『リア王』を観るのを楽しみにすべきなのだろう.

# by larghetto7 | 2018-03-25 18:28 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/24 土曜 シェイクスピア『リチャード二世』
 一昨日,例によって県立図書館から借りてきたDVD(BBC制作)でシェイクスピアの史劇『リチャード二世』を観た.私は『リチャード二世』などという作品の存在を知らなかった.知らない中から選んだのであるが,すごく面白かった.昨日,もう一度観た.いや,こんなすごい劇は観たことがない.
 このDVDのシリーズは全部で37作品ある.シェイクスピアの戯曲はそれですべてかも知れない.しかしこんな作品が37もあり,シェイクスピアは戯曲以外も書いている訳であるから,なるほどすごい作家であるな,と思う.

 時代背景が分からずに観た.後からWikipediaを観ただけであるが,リチャード二世は14世紀末のイングランド王である.日本だと足利義満の頃であろう.1399年に失脚し,次の1400年に幽閉先で死ぬ.享年が33歳であるから比較的若い.10歳くらいから王位にあるので,人生の大半を王として過ごした人である.この劇は,そのリチャード二世が死ぬ前の2年間ほどの物語である.期間を2年に限ったことにより,ストーリーは単純化され,その分,リチャード二世の悲哀を浮き彫りにされているように思う.

 リチャード二世は親族(従弟)のヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー四世で,劇中ではボリングブルックの名で呼ぶことが多い)をある事情で6年間追放する.その直後にボリングブルックの父親のランカスター公が死ぬのであるが,そのランカスター公の領地をアイルランド遠征の戦費のために没収してしまう.ランカスター公領はボリングブルックが帰還したら相続すべき領地である.リチャードはすぐにアイルランド遠征に出かけるのであるが,ボリングブルックは領地返還を求めて帰国する.そのボリングブルックのもとに貴族の軍が集結し,アイルランドから帰国したリチャード二世を追い詰めるのである.孤立したリチャード二世はボリングブルックに王位を譲るはめになる.圧巻なのは,ボリングブルックから譲位の儀式にウェストミンスター大会堂に呼び出される場面である.ここでリチャードが苦悩と自虐のセリフを長々と,詩のように詠じる.ここからがすごい.何がすごいかは劇を観て頂くしかない.リチャードはその後幽閉先のポンフレット城で,ボリングブルックの意を忖度した部下によって暗殺される.終末に近づくにつれ,軽薄に見えたリチャード二世がハムレットのように語り続ける.
 
 リチャード二世が歴史的にどのような存在であったかは,イギリス史を勉強していない私には分からない.「Wikipedia程度の知識」で分かったようなことを言うなら,まず,この王の治世は英仏の百年戦争のさ中だった.戦争をしていたから当時の税金の取り立ては過酷であり,有名なワット・タイラーの乱もリチャード二世の治世の最初の方で起きている.この百年戦争,とらえ方では,英仏というヨーロッパの先進国が国の形を決める過程で生じた国境紛争のようなものと思える.百年間戦い続けたわけではなく,川中島の戦いのように,時折戦い,ズルズルと紛争状態が続いていた,というべきかも知れない.リチャードはボルドーに生まれ,妃(2番目)もフランスから来ている.いわばフランス寄りの王であり,強国のフランスと戦うよりは国の形を決めることを優先したように見える.アイルランド遠征をするのも(アイルランド遠征自体はイングランドの長年の公共事業のようなものであるが),強国相手ではなく,手近なところで領土を確保しようとしたからかも知れない.
 リチャードは貴族の連立政権ではなく,王による親政を目指し,一度挫折している.この劇の期間は二度目の親政への挑戦であったらしく,結局は親政への試みが再び挫折し,貴族の反乱にあった,というのが,この物語の歴史的な意味ではないかと思う.
 ずっと王位にあり,王権神授の思想もあった時期なので,王位をはく奪される苦悩も強かったのだろう.この人の立場は,日本の歴史上の人物の中から探すならば,源頼家(鎌倉2代将軍)が近いかも知れない.しかし失脚してからの情念の強さを思えば,崇徳上皇をあげるべきかも知れない.日本なら神社を建ててもらえそうに思う.

# by larghetto7 | 2018-03-24 18:21 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/23 金曜
名古屋大学・岐阜大学の統合協議

# by larghetto7 | 2018-03-23 15:40 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/21 水曜
グローバル事業の評価が悪いのは必然である
# by larghetto7 | 2018-03-21 19:05 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/18 日曜 『エデンの東』を観る
 『エデンの東』のDVDも県立図書館から借りていた.昨日,『エデンの東』を観てみた.
 『エデンの東』を私が以前に観たのは,中学生の頃,淀川長治がサヨナラ,サヨナラとやる「日曜洋画劇場」だったのではないかと思う.『エデンの東』は,私の主観では「観た映画」に分類される.けれども,半世紀前に見たのであるから,あらすじもきれいに忘れている.
 いろんな楽団が演奏してきた『エデンの東』のテーマ音楽が,映画音楽の中では私は特に好きだった.牧歌的な印象の曲であるから,映画自体も牧歌的な内容であるかのような気がしていた.
 半世紀の時を経て『エデンの東』を再びDVDで観たのである.
 2時間ほどの映画であるから,真ん中あたりでいったん休憩してまた観るつもりでいたが,予想よりも速いテンポでストーリーが展開するので一気に最後まで観てしまった.すぐには興奮がおさまらなかった.ストーリーは多くの方がご存じであろう.
 私が観る前に記憶に残っていた場面は,ジェームス・ディーン演じるキャルが列車の屋根に登って(無賃乗車)移動する場面と,兄貴のアロンが,参戦することになった第1次大戦に出征するといって,列車の窓ガラスを頭で突き破る衝撃的な場面である.今回観て,おやじのアダムの野菜冷蔵の企画が失敗する場面と,キャルとアブラ(アロンの恋人)が観覧車に乗って語り合う場面が,そういえばあったなと思った場面である.
 今回観ての私の受け取り方は,中学生の頃の私の受け取り方とはまったく違うだろう.この話は,言葉の本来の意味で悲劇なのである.
 親父のアダムはプロテスタントの倫理を内面の原理とする高潔な人物である.彼は,金儲けをするなら別のことができように,野菜の冷蔵方法の確立を目指す.そうすることが世の進歩のためと信じるからである.必死で方法を考える親父を見ながら,キャルは何とか親父を手助けしようとする.親父の事業は天災のために失敗し財産を失うのであるが,キャルは何とか金の工面をしようとする.戦争で豆の値段が高騰することを見込んで,辛うじて元手の金を工面して先物取引で儲ける算段をするのである.このキャルの行動も,単に金を儲けようとするものではない.その金で親父さんに,夢にもう一度挑戦してもらおうとしたのである.思惑通りに金を手にしたキャルが親父にその金をプレゼントしようとするが,親父は拒絶する.親父さんはサリナスの町で徴兵の委員をしており,それで出征させて戦死者も出ている.なのに戦争で儲けた金を手にすることはできない,という.この親父さんの行動も正しい.だが,精いっぱい頑張って親父のために稼いだキャルにとり,その拒絶は愛情の拒絶になってしまう.ここから終盤の破局的な展開が始まる.
 誰もその苦しみに値するような悪事をしていない.なのに生じてしまうこの悲しい帰結は,まさに悲劇ということになるだろう.
 最後に重病になった親父がキャルに看護を頼むことによって,キャルと親父は和解する.それはホッとする展開ではある.しかし考えてみると,これまでの世界観を破壊されて戦争に出て行ったアロンはどうなるんでしょうね? いったんはキャルに心を通じたアブラはどうするんでしょうね,という割り切れなさは残ってしまう.
 聖書にあるわずかなエピソードをここまで膨らましたのは,大変な創作力だったに違いない.

# by larghetto7 | 2018-03-18 21:00 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/16 金曜 シェイクスピアの『ヘンリー八世』
 先日,県立図書館で借りてきたDVDの『ヘンリー八世』を観た.シェイクスピア最晩年の歴史劇である.BBCが1978年からシェイクスピアの戯曲のドラマ化を放送したとのことである.DVDのケースには,『ヘンリー八世』は1979年が初回放送とある.この『ヘンリー八世』は米国のシェイクスピア協会が高く評価したという.
 という訳で,中身をまったく知らない『ヘンリー八世』を借りてきて,観てみたのである.
 戯曲というのは,読むと何のことか分からない.セリフは書いてあるのだけれど,問題はそのセリフがどのように声になるかであろう.例えば,R.シュトラウスの楽劇『サロメ』では,少なくとも最後付近の場面はセリフがオスカー・ワイルドの原作そのままではないかと思う.以前に文庫本で『サロメ』を読んだけれど,物事が淡々と進むだけのような印象だった.ところが楽劇になるとあれほどの激情の世界になる.
 だから,たぶんシェークスピアの場合も,本で読むだけでは素人には何のことか分からないだろう.演劇を見るべきだろうが,有名なシェークスピア役者が演じたというこのDVDを観るのはよい方法のように思う.
 で,観てみたのだけれど,まあ,どうですかねぇ?
 重要な登場人物は枢機卿のウルジーと,離婚させられる最初の王妃キャサリンである.ウルジーは,歴史的な事実の通り,ヘンリー八世の初期の治世でヘンリーから信任を得て国政を牛耳る.目障りなバッキンガム公を冤罪で処刑させ,政敵を遠ざけてゆく.ヘンリー八世とキャサリンの離婚も主導する.キャサリンは,自分には何の罪もなくずっと貞淑な妻だったのに,なぜ離婚させられる(王妃の地位を追われる)のか,と訴え,ウルジーが主導する会議を忌避する.ウルジーとキャサリンのやり取りはいかにも劇らしく,熱く描かれる.
 ところがヘンリーはアン・ブーリンを新たな妻にしようとするけれど,ウルジーは仏王の妹を妃にしようと工作する.その工作がヘンリーにばれ,また私腹を肥やしていた証拠も見つかって,失脚することになる.ウルジーは財産を没収され,逮捕された直後に死ぬのである.
 このウルジーを演じる役者が,江守徹と似ていること.
 ドラマのような画面ではあるが,あくまで戯曲である.ヘンリー八世を遠くに見ながら登場人物があれこれ話すような場面は,舞台をそのまま再現したのだろう.ウルジーが,ヘンリーに事が露見したことを知る場面は,舞台なら観客がそれを見て笑う所のような気がする.
 王妃の地位をはく奪され宮廷を追い出されていたキャサリンは,死を間近にしながらウルジーが死んだことを知らされる.ウルジーは悪い奴だったが権力を失った後に心の平安を得たのは幸いであると語る.その直後にキャサリンも亡くなるのである.
 陰謀と失脚と話であるので,全般に暗い.が,終盤に明るいエピソードが挿入される.
 まず,ヘンリーの側近のキャンタベリー大司教が同僚たちの陰謀によってロンドン塔送りになりそうになるのを,ヘンリーが救うのである.そのキャンタベリー大司教を,アン・ブーリンとの間に生まれた女児(後のエリザベス一世)の名付け親にする.大司教は女児に洗礼を施しながら,この子は長く王位を保って国を繁栄に導き,王たちの規範となると予言する.何のことはない,後から実際に起こったことを予言として語らせるのである.ヘンリー八世はそのときに笑みを浮かべ,物語は終わる.
 エリザベスはアン・ブーリンの子供,という面ばかりを私は考えていたが,考えてみると父親はヘンリー八世だった.ヘンリーとエリザベスの間には何人かの王が挟まると思うけれども,物語としてはヘンリー八世からエリザベスに王位が継承されることを予告して,明るく終わる.
 この劇が上演されたときには既にエリザベスは死去している.死んで少しして,エリザベスの治世を懐かしむ気分のときにこの戯曲ができたのかも知れない.ヘンリー八世は,この後に何人もの妻を処刑し,重臣も,トマス・モアやクロムウェルなど,何人も処刑される.だから彼は暴虐の王という先入観を抱かせる.が,この戯曲では成熟した人格のある王として描かれていて,見ていてややほっとする面がある.
 この物語が文学的に何がよいのかは,私には分からない.

# by larghetto7 | 2018-03-16 16:42 | 日記風 | Comments(0)
2018/03/15 木曜
経済学部と教養学部の完全統合は「あり」か?(下)

# by larghetto7 | 2018-03-15 20:19 | 日記風 | Comments(0)