2014/10/20 月曜
 iTune ストアを眺めていたら、Jazzのページでキース・ジャレットのケルン・コンサート・ライヴが700円で売っていた。思わず買ってしまった。もしかしたらLPで私も持っているかも知れない。学生の頃に流行ったLPである。キース・ジャレットはその後、バッハとかを弾くようになったやに思う。平均律あたりの録音が売りに出されているはずである。よいかどうかは知りませぬ。
 平均律は、なんだかんだ言って、私はフリードリヒ・グルダの録音で、毎日のように聴いているのであります。そういえば、このグルダの弟子が、私の学生の頃キース・ジャレットとともにジャズ・ピアノの双璧とみなされたチック・コリアなんですよね。
 フリードリヒ・グルダ自身は、しかしバッハの録音はあまり残していないはずである。数少ないバッハの曲の録音と同じ曲目を、グルダの弟子ということになっているアルゲリッチが弾いていて、これが良い演奏ではありますが、グルダの録音と非常に似ているんですよね。
# by larghetto7 | 2014-10-20 23:45 | 日記風
2014/10/19 日曜 勝者の呪い
今日の意見  →  勝者の呪い


 上でそういう意見を書きました。まあなんというか、どこの大学とは言わず、大学の執行部に焦りがあれば、何でも予算は申請しましょうになる、そこは貧乏の故と言うべきかも知れませんね。大学にちゃんと方針があれば、申請する予算を選び、この予算を目指して頑張る、ということもあるんでしょう。しかしこれといって方針がなかったり、まあ、ともかく貧乏だから何でも欲しいですぅ、で申請してゆくと、脈絡もなくカスのようなものだけ採択されて、何の大学じゃ、ということになりかねませんよね。特定の大学について言うのではなく、あくまで一般論に過ぎませんが。
 ま、みんなビンボが悪いのや。
 この前、これ、止めた方が良い、という報告書を誰かが書いたんですが、無視されるような風聞ですね。どこの大学の話とは言いませんが。
# by larghetto7 | 2014-10-19 23:45 | 日記風
2014/10/18 土曜
今日の意見  →  大学崩壊


 YouTube を見ていたら Ultraviolet という映画のクリップが出てきた。すごいですね。ミラ・ジョヴォヴィッチ。でもこれって、草薙素子じゃないの、パクってんじゃねえよ、という感じもしますね。
# by larghetto7 | 2014-10-18 23:45 | 日記風
2014/10/16 木曜 マルジロー
 カミさんが猫のマルジローを動物病院に連れて行った。検便をしたところ何とかいう虫がいたという。虫下しの薬を飲ませた。ノミの薬も塗ってもらったらしい。
# by larghetto7 | 2014-10-16 23:45 | 日記風
2014/10/13 月曜
今日のフィクション  →  改革ごっこ


 本日、台風19号が近づくらしい。大変なのは明日です。明日、授業がたくさんありますので、まあ、どうなりますか?
# by larghetto7 | 2014-10-13 23:45 | 日記風
2014/10/12 日曜  基盤教育
 10/10金曜には年に1回の代議員会(教授会の代用)があった。代議員会は事項が限定されているので、代議員会終了後、専修代表などにも参加を呼びかけて次年度の非常勤枠の部内配分について協議した。協議といっても事情の説明が主だった。要するに削減になる話であるから、大枠は学部長から提案して各専修課程で協議して頂く、ということにした。
 今回の件がややこしいのは、本来は「原則3」での非常勤配分の話であったはずが、基盤科目(ウチの教養教育科目にあたる)の非常勤配分まで入り込んでいることである。不明点があり、全学教育課の担当者がその日代休をとっていたということもあり、その日のうちには決着できなかった。
 非常勤削減は「大学に金がない」という話から出てきたことである。その通りなら仕方ない。しかし、先日の17大学人文系学部長会議で紹介された他大学の雰囲気と、ウチの大学とはえらく異なる。他大学は基盤教育(教養教育)部分をどう設計し、どう資源(人員)を投下するか、という報告をしていたが、ウチの大学にはそれほどの余裕感はない。そんなにウチの大学は貧乏なのか?(そうかも知れない。) あるいは、学士課程、しかも基盤の部分に投資する気がないのか? 私には判断する材料はない。

 上記の代議員会後の会合が終わった後、基盤教育に関して多少の立ち話をした。不思議だね、と話した。基盤教育について、科目の手配に苦しむなら、なぜ「全学開放方式」(学部の専門基礎科目を全学学生に開放する方式)を止めるのか、という点である。基盤科目の約半数はウチの学部の専門基礎科目を開放すれば済むし、それなら基盤での非常勤枠の配分も楽になるからである。非常勤枠を削減しょうとするときに、さらに苦しむ方法をあえて選んでいる。

 教養教育科目(今の基盤科目)の全学開放方式は、かつての兵藤学長時代の末期に設計した。国立大学が法人化する、まさに直前のことである。協議するWGの座長は後の加藤(元)理事、後の理工研科長の水谷先生や私が加わっていた。元案は例によって私が書いている。全学開放方式には「理念」と「本音」があった。理念は、米国大学(正確には大学による)の General Education の方式による、ということである。私が米国のとある大学のキャッチコピィを模倣して作文した。本音とは、要するにその当時から非常勤枠の抑制が要請されていたことであり(非常勤枠の抑制はかなり昔からの年中行事であった)、その方式なら非常勤枠を抑制できる、ということである。
 ちなみに言えば、その時点で、4学期制の導入も私は提案していた(反対が多く途中で消えた)。私の提案は常に、10年か20年早いのである。時間が来れば私の提案を、結果として、採用することになるだろう。

 今回の件でさらに理解し難いのは、次年度のための基盤科目の改訂をしておきながら、「理念の協議」をその後にやる、といっていることである。理念を決めれば科目も変わるのが普通である。ということは、卒業要件が特殊な学年を1学年(次年度入学者)作ることになる。必然的に学年によって卒業要件が異なる3制度が並行することになり、ややこしくなるだけのことである。
 今の大学運営は短期的な判断をつなげているところがあり、一定期間を見据えた設計はない。それだけの余裕がない大学である、ということであれば、それも仕方ないことかも知れない。
# by larghetto7 | 2014-10-12 23:45 | 日記風
2014/10/11 土曜  グローバル
 10/7火曜、今やっているグローバル事業のヒアリングに4人集団で学振に出向いた。例によって私がほとんどの説明を行った。ヒアリングの内容については論評しない。まあともかく、その2日後の木曜の全学運営会議に出たら、早々にそのヒアリングの内容の報告があったのである。報告をするなら私から話を聞くべきであろうと思うが、そこが全くないのがウチの大学である(その辺のこともやはり、今は論評しない)。
 学長は、大学全体としてこの事業をちゃんとやらなければならない、との発言だった。そのこと自体は大変結構だ、と思った。この報告の模様がどうであったかも論評しないけれども、何の発言も出ないところで最後に私が「グローバルは結構なことであり私も進めるべきと思うが、それがどういう意味があるか、学長から全学に向けて説明があるべきである」という趣旨のことを付け加えた。学長から返事があったと思うが、中身は特に覚えていない。
 我ながら遠回しに言ってしまったな、と後から思った。もうちょいとストレートに言うなら、本意は次にある。あれもやれ、これもやれと言っている中で、学長はグローバルをやりますと言っても、またかと思って誰も本気とは思わないでしょう。いうだけタダの言葉を並べるだけでなく、そのためにちゃんと資源を割いて投入します、って言いますか?グローバルになったウチの大学の姿をヴィジョンとしてちゃんと描いて、こういうグローバルな大学にしますと言いますか? 大学の方針の中にちゃんと位置づけるんですか? そのためにやりましょう、そちらに進みましょうって、ちゃんというんですか、ということである。
 実はその次の議題がスーパーグローバル大学に関する会議に出席した方の報告だった(選ばれてもいないのに何しに行ったのかは知らない)。この報告の後に、とあるお方が、この、最後から2段落目のところが気になすますね、という。つまり、スーパーグローバルで選ばれた大学が総体としてかなりの規模になる、という指摘である。仰りたかったことは明らかに、この規模で支援を受けてグローバル化を進める大学がある中で、今さらウチの大学が何ができるんですか?ということである。学長から返事があったと思うが、どんな言葉だったかはやはり覚えていない。
# by larghetto7 | 2014-10-11 23:45 | 日記風
2014/10/03 金曜  鳥羽水族館
 津で行われた人文系学部長会議が終わった後、鳥羽水族館に出かけた。近鉄の急行に乗り、伊勢市の先の五十鈴川と言う駅で乗り換えて3つ目が鳥羽の駅だった。降りるとすぐに海の匂いがして、海の近くらしい空気になった。歩いて10分ほどで鳥羽水族館に着いた。
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 鳥羽水族館は、Windows 95が普及したころ、子供のために、というつもりで鳥羽水族館の動画が入ったソフト(あるいは鳥羽水族館の館長が監修したソフト)を買った、という経緯がある。そのソフト自体はさして利用することはなかった。けれども何故か鳥羽水族館は記憶に残っていて、三重に行くなら鳥羽水族館に行きたいと強く願ったのである。鳥羽水族館に行けというのよ。私のゴーストが。
 私の考えでは、水族館の真骨頂はクラゲである。クラゲは、海の生命の多様性を実感させるものがある。
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# by larghetto7 | 2014-10-03 23:45 | 日記風
2014/10/02 木曜
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 暇だから、ということではありますが…。
 津に来て目を覚まして窓を開けたら海が見えました。やはり海のあるところは良いです。世界観が異なりますよね。山でもいいですが。
# by larghetto7 | 2014-10-02 23:45 | 日記風
2014/10/01 水曜  津
 昨夜も家に帰ってからそのまま板の間で寝入ってしまい、夜半というか、朝早くというか、目を覚ました。猫に食糧をあげていなかったので、時間をかけて猫給餌に奔走するのであった。
 という訳で、なんつうか、このところ、ちゃんとした布団で寝ていない。
 実はナントカ事業の回答を今日正午までに出さないといけないらしく(期限はこの後で聞いた)、私が書けるところは書かないといけない。居間のノートPCに向かって書き始める。
 9時頃に一応できて、学長室の竹中さんとウチの事務長宛にメールで送った。事務長に電話すると、竹中さんが今、一番面倒な個所をまとめているという。正午が期限であることをそのときに聞いた。(私は夕方かと思っていた。)
 メールがいろいろきており、対応に忙しい。
 本日、三重県津で行われる学部長会議への移動日であり、大学には行かず。家で過ごして午後に出かけた。
 電車を大宮、上野、東京と乗り継いでのぞみ399号に乗った。昨日取った指定席券はなんと、喫煙車である。今時あったのだ。名古屋から津に行くのは近鉄がメジャーらしいが、そのままJR名古屋の13番線の快速に飛び乗った。最初座れなかったけれど、じきに座れた。電車は名古屋から桑名、四日市、鈴鹿、津と来る。このあたりの都市の位置関係を認識していなかったが、少し覚えた。
 JR津駅を降りてコンビニに入ったら、そこのお兄ちゃんがえらく親切だった。なんか、会津にでも行ったときの感じですね。私が住んでいる辺りは、人のココロが汚れ切っているのかも知れませんね。
 ホテルの部屋では事前に聞いていたように、ネットの有線回線につなぐことができた。でも、速度は遅い感じがします。文句を言うべきではないですが。

 考えてみると、私は三重県に足を踏み入れるのは初めてかも知れない。和歌山には行っているけれど、三重はたぶん、ないですね。
# by larghetto7 | 2014-10-01 23:45 | 日記風
2014/09/28 日曜  信長
本日のフィクション  →  ウチの大学

 同僚の中に私が毎週NHKの大河ドラマを観ている思っている人がいる。確かに『竜馬伝』の時には感激しながら観ていたし、昨年度の『八重の桜』も、会津落城辺りまでは喜んで観ていた。ただ、今年の『軍師官兵衛』はほとんど観ていない。なぜかは分からない。たぶんお馴染みの信長、秀吉の話と思えたからだろう。いい加減、飽きますよ。むろん観ていればそれなりに面白かったんでしょう。(と言いつつ、今日は観てしまいました。)
 大河ドラマでは、いろんな役者が信長を演じてきた。誰の信長が良かったかといえば、緒方直人主演の『信長』が一番だと私は思う。
 大河ドラマでは、信長は主役でない登場人物であることが多い。主役でない分、出る回数が少ないので、カッコいいところばかり描かれる。しかし緒方直人の信長は、主役であるから、その生涯全体が画面に出て来る。つまりいろんな側面が出て来るので、人間像が理解しやすかったのである。この番組ではストイックで合理的な姿で信長が描かれたように思う。将軍義昭との駆け引きなどは、たぶんその通りだろうと思わせるような展開であった。
 緒方直人の『信長』に私が最初に瞠目したのは、桶狭間の戦いの描き方だった。桶狭間(田楽間)の戦いは普通、奇襲戦として描かれる。しかし緒方直人の『信長』の桶狭間は信長の正面作戦である。桶狭間を正面作戦として描いたドラマは、この『信長』が最初ではないかと思う。信長は今川本隊の位置を確認しながら戦いを挑む。決死の覚悟で戦うのには違いないが、決して奇襲ではない。今川義元も信長が攻めて来ることを知っていて、むしろ信長を打ち取ろうとする。全体の軍勢規模では今川が圧倒しているのに、局所的に兵力を集中した信長が辛うじて勝つ、というストーリーである。
 この『信長』は撮影のスタイルもそれまでとは違っていた。信長が座るのは広い空間であり、人と人の間隔もやや広い。軍勢の動きは騎馬武者の集団の疾走によって表され、当時主流だった黒沢の『影武者』や『乱』のような撮り方ではなかった。黒沢様式の利点は構図の美しさにあると思うが、『信長』の撮り方では、より少ない人員で軍勢のスピード感を出すのに良かったような気がする。
(たぶん後日に続くと思います。)

# by larghetto7 | 2014-09-28 23:45 | 日記風
2014/09/20 土曜 能登の白クマうらみのはり手

 ネットを眺めていたらどこかで「やまがみたつひこ」の名前が出てきた。昔、私が学生だった頃、『ガキでか』というコミックを書いていて人気があった漫画作家である。今は小説家になっているらしい。『ガキでか』は部数の多い少年コミック誌に載っていた作品であるので、それほど過激ではなかった。しかし単発もので出ていた作品は過激であり、ほとんど発禁書のような扱いではなかったかと思う。やまがみたつひこの短編で私が今も題名を覚えているのは「能登の白クマうらみのはり手」である。どこかで売っていないかと検索をかけたら、Amazon でちゃんと売っていた。ためらいながらも注文した。2日後に届いた。
 この「能登の白クマうらみのはり手」はやまがみたつひこの名作の1つのはずである。この漫画を、院生の頃、SSM調査(SMとは関係ない)の合宿に狩り出されたときにそこで読んだと記憶している。むろん、記憶違いということもあるかも知れない。題名を今も覚えているし、ストーリーもほぼ正確に覚えている。
 覚えているにはそれなりの訳がある。

 まずこの漫画は、中身を読まずとも、題名だけで十分観賞に耐える、と思っている。題名がすごい。そのココロは次のごとくである。
 第1に、「能登の白クマうらみのはり手」という題名は、長い割になぜか覚えやすい、と感じる人が多いのではないかと思う。なぜか? この題名は、「能登の白クマ」と「うらみのはり手」という、7音の修飾語付きの名詞から成り立っている。77調である。音的にこの形式の題名は古典芸能の演目にもよくある。「菅原伝授手習鑑」(すがわら でんじゅ てならい かがみ)や「三人吉三廓初買」(さんにん きちさ くるわの はつがい)などである。後の世では、「四畳半襖の下張」(よじょうはん ふすまのしたばり)などもそのヴァリエーションといってよい。要するに日本語のリズム感からは覚えやすいのである。
 内容からいえば、題名は「白クマうらみのはり手」で十分である。勝手な想像であるが、作者は、しかしそれでは何か足りないと感じ、推敲の末、上に3文字を加えたのであろう。
 第2に、この題名には「うらみのはり手」という、強烈で視覚的にも明確な言葉を含んでいる。アピール力が高いのである。
 第3に、白眉というべきは「能登の白クマ」、つまり「能登」と「白クマ」のコンビネーションである。推敲の末行きついたのか、天才的なひらめきで決めたのかは分からない。なぜすごいのか? 「北極の白クマ」では当たり前過ぎて言ってもはじまらない。「サハラの白クマ」では2つのコンセプトが離れすぎていて、記憶に残らない。「能登」と「白クマ」は、普通は結びつかない2つの概念であるが、まったく関係しないとは言い切れない微妙な関係にある。もしかしたら関係があるのかも知れない、ではどういう関係か、という自動思考が見る者の中で生じた時、見る者は既にして、この作品を無意識のうちに(正確には閾下で)注目することになるのである。
 この作品の舞台は東京と金沢である。金沢は加賀であって能登ではない。だから、この作品のどこにも、能登は出てこないのである。そもそも白クマは東京の動物園の白クマなのだ。
 つまりこの題名は、作品から派生しながら、作品そのものを表すのではなく、別個の構成体と言うべきだろう。むろん作品そのものを表していないところが、やまっがみたつひこらしい飛躍と考えてもよいかも知れない。

 この漫画のストーリーは、むろんここでは書かない。漫画は漫画として、そのコマ割を見ながら判断すべきものである。
 余計な論評をするなら、やまがみたつひこの作品は純粋形式のギャグであり、そこに人間としての愛おしさとか、人間性とか、友情のような貴ぶべき価値は一切登場しない。登場するのは内面的にも外見的にも醜悪な主人公たちであり、彼らはこの上なく下品であり、人としてもつべき美点は何もなく、良心からの拘束を何も受けず、ただ衝動的に、しかも短絡的に行動する。やまがみたつひこの作品はこの原則をストイックなまでに突き詰める実験のようなものであり、その純粋さを称賛するのがやまがみたつひこのファンなのだろう。
 久しぶりにいくつかの作品を見ながら感慨を覚えることがある。今日の基準では「差別」などといって書けないことを平気で書いていることである。同じことは「いしいひさいち」にも言える。当時、これらの作品は教科書とか朝日新聞などのメインストリームの権力に掲載されることはなく、ただひたすら思うままに作品を作っていたように、今からは思える。当時の社会状況が一瞬、表現の自由を許す時代を出現させたんだろうな、などとふと考えた。


# by larghetto7 | 2014-09-20 19:31 | 日記風
2014/09/15 月曜 Ghost in the Shell
 本日、幸か不幸か休日だった。休日だと生活のリズムが狂って、朝まで起きていたり昼間寝ることがよくある。昨日は日中に寝ていたせいで、今朝まで起きていてそれから寝て昼近くにおきた。
 家でiPadやらウルトラブックのノートPCをいじっていると、YouTube などを観てしまう。時折昔のTV[番組を検索すると出て来るので見ることもあるが、そうこうしているときに一昔前にやっていた Ghost in the Shell というのが出て来て、しばらくその昔の番組を見ていた。それまで全く見たことはなかったが、主人公の草薙素子の映像はバブルの頃に見た覚えがある(それはAppleseed だったかも知れない)。
 26回で完結するシリーズが2つあり、それ以外にもストーリーがあって、最近はArise としていくつかDVDも出ている。だからそれなりに人気があった(ある)のだろう。
 眺めながら感心した。基本的に電脳オタク、軍事オタクの嗜好を反映していると思う。2030年頃を舞台にして、人間が脳を以外を義体化している、つまりサイボーグのようになっていることが前提である(むろん生身の人間もある)。その割には武器の体系は現在に近く、主人公らの公安9課も銃弾の武器が主流であり、拳銃が基本的な武器として登場している。核大戦と非核大戦を経て東京など東日本の都市は水没しており、日本の中心は西日本に移っている。一時的な首都が新浜というところで、正式な首都は福岡になっている。
 基本的なテーマが当時の複雑系周りの概念に依拠しているのが驚くところである。ゴーストというのは機械化した人間、ないしサイボーグに宿る意思のようなものであり、その出現はネット上の意図せざる情報の集合に基づいて、人工生命のように生じることを想定していることである。独立した、共通の意図を持たない分散したエージェントが相互作用によって一定の意思を持つがごとく動きえることが背後のテーマになっているようである。最初の26回シリーズのテーマは「笑い男」であり、共謀がないにも関わらず情報の交流によって複数の独立した犯人が一定の方向での犯行に及ぶ。次の26回シリーズのテーマが「個別の11人」であり、やはり個別の自我が同様に同じ方向で行動を起こすことが描かれる。
 2つ目のシリーズの話はその個別の11人を背景にして日本に押し寄せた難民の独立問題という展開になって行く。その在り方もちょうどパレスチナ問題のようで、よくもこんなストーリーにしたものだなぁ、と思ってしまった。
 それにしてもこの草薙素子ですが、大人の戦闘美少女のようで、オタク的にはたまらないでしょうね、こういうの。バブルの頃の士郎正宗の絵だと、その当時らしく柴門ふみの登場人物みたいな顔でしたよね。
 社会心理学的?に言えば、ですね、美人顔には通文化的に2つのパタンがある訳ですよ。1つは成熟した美人顔で、こちらは顔のつくり、部品が全般に大きい訳ですね。もう1つは可愛い顔。こちらはコミックの主人公がだいたいそうですよね。草薙素子を実写版でやろうとすると、配役になりそうなのはキャラ的に、米原涼子とか、篠原涼子になると思います。この辺は成熟した、本格的美人顔。コミックのヒロインでも結構、見つかるパタンです。しかしアニメの草薙素子は可愛い顔のパタンですね。目が大きくて口が小さい。このアニメを見る層の嗜好を反映しているんでしょう。草薙素子にはフィギアが販売されているんじゃないの、と思ってネットを探してみたらすぐに出てきました。まあ、そうでしょうね。私も欲しい気がしますが、フィギアを見ながらニヤッとしているところを家族に見られる訳にも行かず、諦めました。まあ、タチコマのフィギアでも買いますか?
 Ghost in the Shell は最近もいくつかシリーズされていて、草薙素子の顔もモデルチェンジしています。でもやはり、可愛い系列の顔ですね。前の方が私はよいと思います。
# by larghetto7 | 2014-09-15 23:45 | 日記風
2014/08/24 日曜
学部長室

# by larghetto7 | 2014-08-24 23:45 | 日記風
2014/08/23 土曜 教員免許の更新講習
 一昨日、教員免許の更新講習を担当した。この何年か、私は1年おきに担当している格好である。当日の集合場所に出向いたところ、理学部長殿と顔を合わせた。ウチの学部もそうであるが、担当したがる先生は少なく、どうしても役職者が担当する羽目になるのであろう。
 2時間の講義3コマであるから、通してやるとやはり疲れる。とはいっても、聞いているよりは楽だろう、と思いながら話していた。
 講義だけであればまだよいが、今、目の前には答案があって、早めに採点しないといけないな、と思う。眺めてみると現職の教員の方らしい記述が目立つ。
 一昨年担当した折には、非常勤の先生と題名が近かったせいか、ざわざわ文科省からクレイムがついて、閉口した。今年はその点を気にして、非常勤の先生が個人側の議論をするので、私の方は集団の社会心理学という題名にして、違いをはっきりさせたしゅとう
 書類を眺めていると、受講者は1講習あたり6千円払うようである。まあ、やっている側なのでこの講習に6千円の価値はないよね、とは言わない。けれども、それだけの出費をさせられるのは気の毒な気がする。聴くことにそれなりに意味があるとは思うのであるが、その講習の中で試験をやるというのも、単に短期記憶をはかるだけで、どれほど意味があるか、という問題もあるだろう。
 民主党政権は更新講習の廃止を公約に掲げたはずである。今あらためて、あの民主党政権は何だったのか、と思い返す。民主党政権時代の何とかいう文科副大臣の名前は、当時、全学の会議でさんざん聞かされたが、先の総選挙では、そのお方が早々と落選になったのが妙に記憶に残っている。
 
# by larghetto7 | 2014-08-23 23:45 | 日記風
2014/08/17 日曜 新たな成績評価方式
 大学の一斉休業期間はお盆で墓参りをしていた訳であるが、合間に前期の成績処理をすることになった。休業といいながら忙しい。
 長く大学教員をやっていると成績をつけることにも慣れている。しかし、考えてみると次年度から、新たな成績評価をすることになっている。この点ではかなりの不安を覚える。問題は、成績評価方式を変えるなら同時であり、旧方式との共存には無理があることである。

 GPAが4.0スケールになることに合わせて、個々の授業の成績も5段階(0~4)になる。中間段階(例えば 2.5)でつけてもよいことになっているが、その点は本質的ではない。本質的なのは、今までの加点・減点方式で数字を出していた方式ではなく、文字通りのgradingに移行する(建前になっている)ことである。つまり、加点・減点方式の成績の出し方は、額面通り受け取れば、今後は通じなくなることである。
 しかし、この前の全学の会議での話では、同じ授業の出席者であっても、新方式を適用するのは新入生の学年からであり、それ以前に入学した学生については旧方式(100点満点)で成績をつける、という。会議の場で私は「それは無理でしょう」と言いかけたが、言っても誰も理解しないのはわかっているので、言うのをやめた。
 ウチの学部の場合はグローバル事業の関係で、昨年度のうちに、新たな成績評価に対応するようなRubric案を全学の要請に応じて作成した。実際に作ってみてわかることであるが、新方式の成績の出し方は、例えていえば英語検定のIELTSの結果の出し方に似ている。評価要素ごとに観点を決めて、その観点について対象者を5段階のgradingする。ウチの学部のRubricでは観点に重みづけをすることになるので、総合評価スコアは、一般には整数にはならない。が、そこは技術的な問題で、適切に整数化、ないし0.5刻みに変換すればよいだけである。問題は、こうした方式と従来の加点・減点方式が、システムが違うので、両立できないことである。適用する統計手法によって実験計画は変わるように、評価方式によっても授業の方法は異なる、同じ授業でありながら新入生にはgradingで、以前からの学生には旧来方式で成績をつけられる訳がない。無理に成績をつけたとしても、方法間での公平は原理的に保証できない。評価方法は、全員に同様に適用する以外にないのである。
 GPAを4.0スケールにすることを全学側は気軽に決めた。が、その成績をどのようにつけるかを全く考えていなかったとしか思えない。
 想定している通りに同じ授業で別方法で成績をつけることが求められてどうなるかは、目に見えている。教員は従来通り、まず100点満点の成績を出すだろう。その100点を4ないし5区分して、4.0スケールのGPをつけることになるだろう。しかし、本来、4.0スケールで成績を付けるなら、その各段階がどんな状態に対応するか、Rubricによって表示しないといけないことである。
 従来の成績評価方式と新たなgradingの方式の間には「哲学的な違い」も感じる。従来の成績評価方式は、学生の成績を公平に(悪く言えば他人事のように)眺めて評価する、という考えである。gradingでもそこは同じように見えるが、ニュアンスとしては、教員は学生を最上位のランクに引き上げることが求められている。実際、米国著名大学でも、成績の最頻値は多くの場合、最高位の4であり、だから平均GPAは平気で3.0を超えている。絶対評価であるから、それも「あり」なのである。たぶん、GPの低いクラスの教員は「怠慢」と見られるようになって行くだろう。結果として、授業をすることが疲れる仕事になって行くことは覚悟してよいように思う。
# by larghetto7 | 2014-08-17 23:45 | 日記風
2014/08/15 土曜 四則演算
 昨日はお盆のお墓巡りの合間であった。家で期末試験の採点をしていた。採点というのは『ゲーム理論』という授業の期末試験の採点である。受験者は20名ほどであるから、答案は少ない。当初は採点に数日かかるかと思ったけれども、割と簡単に1日で終わった。
 この授業は例年、満点、ないしほぼ満点の学生が2名くらいはいたのであるが、今年はそれほどでもなかった。この授業の小テストで気になったのは、答えを出す過程の説明に省略が多いことであった。
 期末試験の採点をして気づいたのは、結構、単純な間違いが多いことである。四則演算が間違っている。例えば、0.2 が、式を書き換えてゆくうちに1/2に変わってしまう。両方とも2があるから、0.2をふと1/2と思ってしまう、って、そりゃないだろう、という気もする。
 式を変換してゆくうちにおかしくなる、というのも多い。変数の記号は出てくるけれども、使っているのは四則演算だけである。
 まあなんつうか、一定のルールを丹念に、その通りに適用してゆくという習慣がなくなっているんじゃないの、という気もします。
 説明に省略が多いという点は、文章力の低下なのかも知れない。こういう説明をちゃんと書かせるようにすることが、academic writingとは言わんまでも、本来国語でやるべきだったことなんでしょうな。
# by larghetto7 | 2014-08-16 23:45 | 日記風
2014/08/15 金曜 福島県立博物館
 昨日はお盆休みの合間で、例年のように母方の墓がある会津に墓参に行った。この墓所は、正式の管理者は別にいるのである。が、そこがちゃんとやるかどうかが分からない。そこで私も檀家に登録してもらっていて、墓参りには行くことにしている。といっても、私の代までであろう。
 新幹線のチケットの関係で何時もより早めに会津若松駅に着いた。墓参りの終了もいつもより早かった。寺から降りた道路沿い、東山天寧にお秀茶屋という田楽屋さんがあり、そこでいつものように田楽を食べ終わったのが14時である。時間があるので、これまで訪れようとしてダメだった福島県立博物館に行くことにした。城の近くにお土産を売る鶴ヶ城会館というのがあるのである。その近くに博物館はある。
 常設展示のほかに企画展示があり、企画展示の方はアイヌの工芸、というお題であった。
 大宮の氷川神社の近くに埼玉県立歴史と民俗の博物館というのがある。内容は福島県立博物館も同じようなものだと思う。大宮の方は中世の板碑というのが、やたらと立派で数が多い。それに比べるとこちらの板碑は貧弱であるが、そこは当時の人口規模なり豊かさの違いなのかも知れない。特にお土産売り場はなく、帰りに受付で所蔵品百選の冊子を千円で買った。
 入口近くのロビーで一休みしていたが、ロビーに胸像があった。見ると松平容保公とある。この人は徳川慶喜と似たような経過を辿ったといえるが、慶喜がしばしば非難されるのと比べると、容保公はあまり非難されない。河合継之助が長岡を戦火に巻き込んだと批判されることにあるのと比べても、そうした非難も聞かない。『八重の桜』に出てきた容保が実像に近いなら(近いのではないかと思うが)、非難されにくい要素がある人なんだろうな、と思う。
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# by larghetto7 | 2014-08-15 23:45 | 日記風
2014/08/03 日曜
 買っただけで使っていなかったPilotの「月夜」というインクを、先日、Monte Verde のArtistaという透明軸の万年筆に入れて使ってみた。Artistaは5千円程度の安めの万年筆であるが、値段の割に性能は良い。1万円、と言われても違和感はない。
 この「月夜」であるが、Blue Black 系のつもりが、妙に緑っぽくて気に入らず、使わずにいた。あらためてどうか、という気になって万年筆に入れてみた。
 今の段階で眺めると、結構よく見えてくる。緑っぽい点が、ややインクの薄さと感じさせるところである。ParkerのBlue Blackがこの色に近いようにも思う。
 Blue Blackの安めのインクとして色が一番安定しているのはPelikanである、とずっと思っていた。Pelikan のBlue Blackと比べると、Pelikan の色の青と赤みが目立つ。まあ、好き好きなのかも知れない。
 透明軸の万年筆に入れた時のインクの色が、あくまでインクが少なくなればの話であるが、月夜の場合はやや美しい。透明軸万年筆を使った時のインクの色の美しさを追求するなら、なるべく色が薄いインクがよい。Herbinのインクだと、見た目に良いインクはいくつかある。
 インクの色を試したくて、この週末、iPadではなく紙にメモをとっている。
# by larghetto7 | 2014-08-03 23:45 | 日記風
2014/07/27 日曜
今日のフィクション    →  西荒川大学名誉教授擾乱

こういうのがありました  →  デジタル岩合

 授業が終わりかけている。本来なら成績処理の局面に入らないといけない。しかしなかなかその局面には至れない。
 毎回小テスト(Quiz)をやっている授業がある。面倒なのは、小テストをコメント付きで返却すると、記録を取っていかないといけないことである。スキャナでpdf化する。しかしこの作業が手間である。
 本日の午前中に小テストの答案を見ながらコメント書きをしていた。この部屋にはエアコンがないのに、今日はひどく暑い。文字通り汗が落ちてゆき、テスト用紙を濡らしてしまう。上に着ているTシャツがビショビショになっていた。まあ、これが夏ですなぁ、と考えた。
 大学ではこの時期、節電といってうるさい。しかし、単純に、エアコンを止めればよいではないですか。普通にエアコンが入っているという状況は最近のことである。学生の答案が汗でにじんでいるというのは、夏の風物詩だったではないですか。

# by larghetto7 | 2014-07-27 13:11 | 日記風
2014/07/21 月曜  郷里で墓参
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 今朝、カミさんと息子は日光に一泊で旅行に出かけた。なぜ日光なのか、であるが、息子があそこはパワースポットだ、というのである(らしい)。
 私の方は郷里に墓参に出かけた。郷里と言っても、今の住所からは、電車で1時間ちょっとの場所である。父親の命日が近づいていて、毎年、この時期に墓参をすることにしている。外国に出た時を除いて、35年以上、この時期の墓参を続けている。
 小山で水戸線に乗り換えるのであるが、待ち時間が30分以上あったので、構内のBeck's という店に入ってアイスコーヒーを飲んだ。というより、タバコを吸えるところを探したと言った方が正確である。小山駅構内は整備されてかなり変わった。Beck's も、以前に入った時よりも広くなっている。
 気が付いたのは、席に電源が付いていることである。あ、これはいいですね。
 12:30より前にJR駅を降りた。いつものように駅前の巽坂を登ってお寺に行き、墓に行って花を添えて線香をあげた。ウチの墓のすぐ近くに、板谷波山の墓所があることに気が付いた。最近整備したらしい。
 そういえば、例年8月に行く会津のお墓のすぐ下には、伝・近藤勇の墓がある。
 本日墓参し、墓に損傷があることに気が付いた。3.11の震災は辛うじて持ったのであるが、この時期になって問題が表面化した、というべきだろう。お寺に行ってご住職(曹洞宗で、住職は住職以外の名称であるが)にお会いし、相談した。業者への見積もりをお願いした。
 帰りの電車に時間があったので、いつものように、というべきか、その近くの羽黒神社に行ってお賽銭をあげてきた。
 上に載せたのはJR駅前の通りである。私が子供の頃、この通り(稲荷町通り)は道路がもっと狭かったが、人や車の通りは多かった。今は、道路を広くしたのに人や車の通りは少なく、閑散としている。金をかけて道路を広くする必要はなかったと思うが、要するに、この辺に商店を持っているお宅にお金(立ち退き料)を回した、ということである。この辺の商店はほとんど、別の場所に商店を移したが、土地だけ持っていた。買い上げになるのを待っていた訳である。それで買い上げたのは、どうだったの?ということであろう。
# by larghetto7 | 2014-07-21 23:45 | 日記風
2014/07/20 日曜
2008年のK理事のドラフト


 休日というけれど溜まった作業をこなさないといけない。私は現状で、学部長をした上に5コマの授業を持っている(実は非常勤もしている)。という訳で四苦八苦しながら授業のやりくりをしているのが現状である。
 なぜそんなに授業を担当しているのか、とよく聞かれる。理由は単純で、当初の心づもりでは5月頃に学部長を辞任する目算であったからである。
 想定した劇的辞任がなくなったのは、外的な展開が予想と異なったためである。とはいっても、このなりゆきも想定の範囲内であるから、仕方ないでしょうな。
 結果として、私は大変疲れることになったのであります。
# by larghetto7 | 2014-07-20 23:45 | 日記風
2014/07/13 日曜
 和歌山県の白浜に南方熊楠の記念館がある。その近くに、なんと京都大学の水族館がある。以前、ついでであるのでその両方に行ったのであるが、両方ともなかなか感動させるものがあった。この水族館、商業色が少なく、書いてあるパネルの文章が昔の帝国大学教授風ではありませんか。ええ、いまどきそんなぁ、と思いましたが、なかなか味わえぬ感覚でありました。
 と書いたのは、たまたまニュースで、その水族館がリニューアルされたというからである。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140628/wlf14062814330023-n1.htm

水族館というのは、どこに行ってもそれなりの感動があります。陸上の動物園だと、ライオンやら象やら、どこに行ってもお決まりの人気者がいる。そういえば、その白浜近くのナントカパークというところでは、確かパンダが目玉でありましたな。しかし生物の多様性はむしろ、水族館の中に見られるのですわ。しかも水族館というのは、その付近に生息する生き物を展示するので、行く先々で違ったものを見せるのが常であります。


# by larghetto7 | 2014-07-13 23:45 | 日記風
2014/07/06 日曜
 ふっ、7月になってしまったぜ。
 とはいうものの、6月でも7月でも変わらない。ナントカ症候群はまだ継続中である。金曜の夜も居間でそのまま寝てしまい、夜中に目を覚ました。結局、半ば徹夜で土曜を過ごしたが、土曜の夜も同様で、夕飯を食べた後に、気づかぬ間に板の間で寝てしまい、やはり夜中におきた。そのまま朝まで起きていたが、さすがに眠くなって、今度はちゃんと布団に入って寝たら、起きたのは12時近くだった。

 いやーぁ、あまり進歩がありませんね。進歩と書こうとして神父と書いてしまって消しましたが、進歩的神父なんていっても意味ないですよね。謎のロシア人ネブラスキーというのと同じですね。
 それでも、少落ち着いてものごとを整理する時間が出来たのは確かである。土曜日曜と、「行政的に」今何をする必要かをメモしながら整理し、なすべき点について関係者にメールを送ったのであるが、その送信メールが昨日から今日にかけ、計16本に上った。そのうち、まがりなりにも返事が来たのが3本である。私はメールを出すことで話を整理したいけれど、返事がないので宙ぶらりんで、いつになっても整理がつかない。
 そういいつつも、ここまでの経緯を振り返るといろいろ考えることがある。今、ウチの大学の上層部はある種の危機感があり、それがどうかはおくとして、ともかくあれこれをやることになっている。その判断時点での判断はそれで最適にやったということであろうが、それつないで線にしたときに、この線の引き方は合理的だったのか? ここでこうするなら、あそれはこうだったんじゃないの? ここがああなら、あそこでああはしないよね。そんなことが溜まっているんではないですか?

# by larghetto7 | 2014-07-06 23:45 | 日記風
2014/06/29 日曜
 さても、このところ引き続き、私は「スーパーグローバル症候群」を引き摺っている。何のことはない、家で早く、ばたっと寝てしまい、夜中におきる、というパタンである。
 金曜はほとんど寝ていない状態で朝一の1年次必修科目を行い、少しの準備の後に団体さんで文科省に行っていた。当然疲れますが、大学に戻って事務長、三役で協議。その後、やっと帰ったのが夜で、夕飯を食べたらそのまま、板の間で寝入ってしまった。土曜は早朝というより夜中におきた。その日、午後に大宮学習センターで授業があったので、昼頃に出かけて、授業を2コマ行った。帰りに大宮西口のそごうに行って、無印良品店とLoftを眺めたが、金欠の現実には勝てず、何も買わずに帰ってきた。
 それからいろいろメールを書かないといけない。で、夕食を食べてメール書きをしようと思ったら、またそのまま板の間で寝てしまった。日曜、つまり今日はやはり夜中で、板の間で目を覚ました。
 という訳でこの週末、布団では寝ていない。

 まあ、それはともかく、(と、ここで買い物に出る。)
# by Larghetto7 | 2014-06-29 23:45 | 日記風
2014/06/22 日曜
 さても、しばらくここに何も書いていないので、さぞアクセスが減ったかと思って久しぶりに入ったのであるが、なぜか、結構アクセスがありますね。このサイトにアクセスする人は、私を知っている人と知らない人に分かれるです。知らないのに入ってくるのは2つ理由があって、1つは猫関係。このブログにウチの猫の病気のことを書くものだから、猫病気のキーワードで検索するとこのブログに行きつくことがあるのでしょう。もう1つは、万年筆関係でしょうかね。万年筆とか、万年筆用のインクのことをよく書いていたので、同様に、その製品を検索するとこのブログに行き当たることがあるんだと思います。
 さて、しかし大半は私を知っている人であり、それがどういう構成になっているかという点は、まあ、何も言わない方がよいでありましょう、ほっほっほ。
 まあ何と言いますか、ここに書きたいけれども書けないことが、すごく多いんですよね。ですからまあ、もう一つ、匿名のサイトを作って、なんてこともあるかも知れませんね。

 さても、やはり今でもナントカ後遺症が残っていますな。疲れて家に帰るものだから、少しして板の間で寝入ってしまう。夜中に目を覚まして、そのままおきている、なんてことがやはり多いのですよ。布団で寝ている時間より、板の間の上で寝ている時間の方が長いです。だからどうも、疲れが抜けないという悪循環がありますな。
 なぜそうなるか。まそりゃ、忙しいから、としかいいようがないですが。

 という訳で、言いたいことはあるんですが、それを書いている時間がない。だから書かないのですが、どこかに私の分身が書くサイトがあって、そこでぜーんぶ書いている、なんてことはないと思いますよ。
 昨日から本日にかけ、やらないといけない仕事がいろいろあったんですが、結局、授業準備でpptを作っていたら過ぎてしまいましたね。その後で、ポメラニアンのPちゃんを散歩に連れて行き、それから2階の猫トイレの掃除をして、夜になって買い物ですわ。そう書くと呑気そうに見えるでしょうが、これがまた、結構、辛いものがあります。何れ、もうちょいと書いておきたいところですが、ほんま、あほらしいことが多いです。

# by larghetto7 | 2014-06-22 23:45 | 日記風
2014/06/01 日曜
 とうとう6月になってしまったぜ、ふっ(男塾風に)。

 という訳で、一段落するというのはこういうことか、昨日は久しぶりに9時過ぎまで寝ていた。今日は、起きたら12時を過ぎていた。基本は睡眠である。この2週間ほど半病人のような状態であったが、やっと回復してきたような気がする。
 ポメラニアンのPちゃんを散歩に連れて行こうと思ったが、夏のような日差しでなかなかその気にはなれなかった。やっと散歩に連れ出したのは17時頃になってからである。

 やっと普通の教員生活に戻った感じがして、その気分で昨日やったのが、授業の小テストへのコメント書きであった。そうこうしながらよく考えると、期限が迫った仕事はたくさんあることに気づく。
 コメントはRecifeのCrystal にHerbin の Orange Indien というインクを入れたものを使う。赤インクは安っぽい気がするのでオレンジのインクを使う。書きながら、万年筆で紙に書く快感が手に伝わってくる。このところ iPad の手書きソフトを使うのであるが、紙に書くときのペン先の摩擦の感触がないのが、どうにも物足りない。
# by larghetto7 | 2014-06-01 23:45 | 日記風
2014/05/31 土曜
 前回の記載が5/6だった。それで今日まで記載がなかったのは、その間の展開がめまぐるしく、間抜けなブログなど書いている暇がなかったからである。
 まず例の新研究科の設置の件が急な展開になった。話の前提がひどく変わるとの報が事務長から入ったのが次の5/7である。その次の日にそのことを全学運営会議で確認することになった。そのせいもあり、次の週早々に一定の文書を仕上げなければならず、事務方と学部長・補佐会は必死の作業に入ったのである。それが何とか終わると、今度は院の教職課程申請への対応にかかることになった。ところが、そこでもち上がったのが、例のスーパーグローバル大学の件である。課程申請の件に集中すべきときにスーパーグローバルについて依頼があった。まずは課程申請に集中し、5月の半ばからスーパーグローバルへの対応にかかることになった。
 そんなわけで、この週は1日の睡眠時間が2時間程度の日が続いた。家に帰って食事をとるとそのまま板の間で寝入ってしまう。夜中に目をさまし、時間がないのでそのままおきて作業する、といった具合である。おかげで昼間は、座ってじっとしているとそのまま寝込んでしまいそうになる。
 課程申請の件もスーパーグローバルの件も、木曜の夜には終わった。
 木曜はゆっくりできそうであるが、やはり家に帰るとそのまま寝入ってしまい、金曜の明け方の3時頃におきた。金曜は朝1限に1年生向けのアカデミック・スキルズを担当しているので、そのまま起きていて、7時半頃に家を出て大学に向かった。1限の授業が終わってから、副学部長の井口先生と都内に向かった。実はダブルディグリーの件で協議する用があったが、その前日の予定をキャンセルして1日遅らせてもらったのである。
 という訳で、昨日の夕方家に帰り、それでやっとひとここちついた気になった。昨日は眠いけれど起きていて、普通に寝て、今朝、9時頃におきた。久しぶりにとれた、5時間以上の睡眠であった。
 それでも身体の節々が痛く、脚が引きつることもあるので、疲れが残っているように思う。
# by larghetto7 | 2014-05-31 23:45 | 日記風
2014/05/06 火曜
個人的意見  →  ポリテク化する地方国立大学


 今、やりたくもないことをやらされて忙しい。銃殺される前に自分が入る墓穴を掘らされているようなものだね、と以前は言ったものである。しかし最近は、少し受け取り方が変わって来た。これは、早い話、敗戦処理であろう、と思えてきた。ウチの学部の敗戦、というよりは大学の敗戦である。だから厳かにやらないといけないのかも知れないね。そんなことを誰かに話した。
# by larghetto7 | 2014-05-06 23:45
2014/05/05 月曜
 このところ金欠感が強く、音楽メディアの類は滅多に買っていなかった。買うとするとiTune StoreでiPadにダウンロードするくらいである。にも関わらず、毎日のように、Amazon.comなどからはCD等の広告メールが届く。この前、50枚組のCDという広告が入り、1枚に換算すると安い、という計算につられて、1万円近くで買ってしまった。David Sinman 指揮のチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の50枚組である。ベートーベン、マーラー、ブラームス、シューベルト、シューマンの交響曲については全集になっている。
 その指揮者Sinmanは、それなりに有名であるものの、私的には以前にミサ・ソレムニスのCDを買ったことがある、としか記憶にない。そのCDにしても、むしろクレンペラー指揮の古い録音の方が気に入っていたくらいであるから、ファンということは全くない。それでも、CD1枚当たり200円未満という値段に惹かれ、貧乏人の性であろうか、虐げられ、踏みつけられ、顧みられることのない弱小地方国立大学教員の習性であろうか、つい手を出してしまったのである。わいが悪いのやない。みんなビンボが悪いのや。
 まあそれはそれとして、やはりお目当てはマーラーであり、真っ先にかけたのは、マーラーの9番の、30分ほどの最終楽章であった。聴いてみるとやけにテンポが遅いような気がする。まあ、遅いテンポの演奏は好きであるので、これはこれでよい。次にかけてみたのは、同じマーラーの『大地の歌』の、やはり30分ほどの最終楽章であった。この曲も、何の因果か、高校生の頃に先述のクレンペラー指揮の録音を昔散々聴いていて、その曲に親しみがあって、それ以外の録音には常に違和感があるのである。でもまあ、良いと思います。男声になることもあるパートがちゃんとメゾソプラノで安心しました。
 CDの塊をみていると、量が多いのはまずマーラーですが、次位にR.シュトラウスですね。マーラーにせよR.シュトラウスにせよ、好きなんですが、それなりの音響装置と空間が必要ではありますね。そういうのが買えるようになるまで、耐え忍ばねば、と思うこのごろであります。ぽてちん。
# by larghetto7 | 2014-05-05 23:45 | 日記風