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2012/07/29 日曜
 今が一番暑い時なのだろう、と思う。今日は晴れたり曇ったりで、常に日が照っている訳ではないが、それでも暑い。まあ、夏ですから。
17時前後にポメラニアンのPちゃんを散歩に連れて行った。今頃、よく夜中に犬の散歩をしている人がいる。17時前後でも、実は熱く、散歩には適さない。Pちゃんはうれしそうに走ってはいるが、舌をだしてハアハアしている。
 散歩しながら、日が長くなってきた、と感じた。
 テレビをつけるとオリンピックの放送ばかりで、はっきりいって面白くない。大河ドラマの時間帯がずれこんでしまった。という訳で、見なかった。
 本日、放っておいた査読の仕事をしていた。別の件での連絡が入って、なんだかんだとイライラしてしまう。
by larghetto7 | 2012-07-29 23:45 | 日記風
2012/07/22 日曜
 この週末は結局、火曜に予定している「ゲーム理論」という授業の期末試験問題作りでつぶれてしまった。まあ、作図などで時間がかかる訳ですが…。
 いろいろ経緯があり、一昨年から「ゲーム理論入門」と「ゲーム理論」という授業を開いている。別に専門ではないですが…。この授業、最初は何かの勘違いで受講者が多かったですが、次第に実体が分かってきたせいか、受講者は段々と減って行きましたな。
 ただ、この種の授業は、やっているとストイックな快楽というか、陶酔感がありますね。統計学も同じですが、論理的な構成に美しさがある訳ですわ。でもそういう時って、受講生の方は白けてしまうかも、ですね。
 あらためて精査してみると、テキストの頁数は少ないけれど、筋と言う点では結構多いですね。これ、まともに試験準備をするのは、大変かも知れませんです。大変というか、本来の単位の実質化をするとそんなもの、と言うことですが。
 
by larghetto7 | 2012-07-22 23:45 | 日記風
2012/07/21 土曜 墓参
 明後日が父の命日である。例年、その命日の直前の週末に郷里に墓参りに行く。今年は今日の土曜に行くことにしていた。
 父が死んだのは35年前である。だいぶ昔のことだ。だが、そのときのことはよく覚えている。かなり鮮明に覚えている。そのためか、かえって昔のことであることが際立つ。
 朝は7時台におきて、いつものように猫支度で一日を始めた。あいにく小雨なので、明日にしたらどうかとカミさんはいう。が、会津の墓参とは異なり、山に分け入る訳でもない。行くことにする。朝食にうどんを食べた。
 なんだかんだと時間が過ぎ、昼近くになってやっと出かけた。駅前の花屋で花を買い、さらに駅近くのセヴン-イレヴンで線香を買って電車に乗った。少し早ければ快速に乗れた。小山で水戸線に乗り換え、13時近くには郷里の駅についていた。
 お寺と言うのが駅近くにある。すぐにお寺に向かい、墓参を済ませた。お寺の本堂は閉まっていた。
 この郷里も、今は墓参りかお盆のときにしか来なくなった。私が育った頃はにぎやかだった駅前通りであるが、今は人通りも車の通りも少ない。駅の南口に行ってみたが、にぎわいの程度は同じである。喜多方ラーメンの店に入って冷やし中華を食べた。
 帰宅したのは16時頃である。
by larghetto7 | 2012-07-21 23:45 | 日記風
2012/07/16 月曜
 一昨日、iPadのアプリ Pencilicious というのをインストールしてみた。手書きノートのアプリである。無料アプリを入れると結構使える感じであったので、有料版に切り替えた。
 私見では、iPadの手書きアプリには2種類がある。第1は本格的な手書きノートのアプリである。機能的に揃っていて、多数のファイルを扱うのにも適している。通常、手書き入力はmagnifierで大きく書き、ノートには小さく収める。Dropboxなどのファイル受け渡し機能がちゃんと動くかどうかがポイントである。
 このタイプの手書きノートアプリとして、私はGoodnotesというのを使っている。このアプリにも気に入らないところはあるが、かなり使い込んだので、今更変えるのも面倒になった。
 この4月からの学期から、授業関係のノートもiPadに統一した。書き心地は紙とペンの方が良いのであるけれど、紙は散逸して、まとめておくのに苦労がある。家に戻って「あっ、ノートがない」といって仕事ができない、ということは、おかげでなくなった。イメージ的にはこんな感じである(1/4に縮小)。
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 こうした「本格的」手書きノートアプリは、しかしざっとメモを取るには向いていない。機能が高い分操作のステップが多く、magnifierで書き入れて要るので、書いているものと表示されるものが同じではない、という妙な要素もある。手軽に書けて、しかも見た目通りに、つまり紙に書くように書きたい、という気分もある。手書きアプリにもそういうコンセプトの商品もある。この種の商品は、機能的には落ちる。例えば、画像データの受け渡しは「写真」として行うしかない、と言ったことがある。しかしそうしたメモアプリも欲しことは欲しい。
 この、本格的でないアプリとして、これまでBamboo Paperというのを使ってきた、Bamboo Paperも良いのであるが、今回インストールしてみたPenciliciousといのは、ペン先に「鉛筆」を指定できるところがよい。そのまま入力するなら、鉛筆書きの方が文字が保持されるからである。例えばこんなイメージ(1/4縮小)。
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by larghetto7 | 2012-07-16 23:45 | 日記風
2012/07/08 日曜
個人的意見  →  大学改革プラン

 今朝は8時頃におきた。本日、昼頃に、昨日死んだ猫の石丸の火葬の予約を入れてある。東松山までの道路が渋滞する可能性があるので早めに出よう、というのがカミさんの考えであった。
 2階のケージの中の石丸に線香をあげ、石丸の遺体を大きな網状のカゴに入れた。このカゴはもともと、チーコを連れて歩くために買ったのであるが、昨年チーコが死んだときに、このカゴに入れてチーコを火葬場まで運んだ。それ以来、このカゴは主に、亡くなった猫のために使う用途になった。

 10時半頃に家を出た。駅前のよく行く花屋で700円の花を1つ買い足した。菖蒲を抜けて鴻巣、吉見を通り、吉見百穴の近くの(といっても住所は東松山なのだが)東松山ペットメモリアルパークに着いた。渋滞どころか、逆に1時間早く着いてしまった。
 パークの係員に話して、火葬を早めてもらった。
 石丸の遺体を火葬用の箱に詰め替え、花と食糧を添え、線香をあげた。
 日差しがあり、丘の上から見る景色は夏のような風景だった。

 火葬は12時10分か20分頃に始まり、12時50分頃に終わったと思う。骨を骨壺に収めた。案の定、骨は大きめだった。骨壺を収める袋を選べるのであるが、見慣れない明るい色調の袋があった。星の柄があり、七夕風なのである。そうか、石丸が死んだのは、まさに七夕の日であった、と思いだした。その袋を選んだ。
 骨壺を持って、ペットメモリアルパークを13時20分頃に経った。帰宅したのは14時半頃だった。骨壺はとりあえず、石丸がいたケージの上の段に置いた。線香をあげた。

 何やら疲れ、板の間でしばし横になってウトウトした。
 15時半頃、ポメラニアンのPちゃんを散歩に連れて行った。よくあることだが、小学校1年くらいの女の子がPちゃんがかわいいと言って寄ってきた。

 その後、6月20日以後、書き入れずにいた猫ノートを書き足した。石丸が死んだところで、4冊目の猫ノートが終わった。火葬のことは5冊目の冒頭に書き入れた。 
by larghetto7 | 2012-07-08 22:34 | 日記風
2012/07/07 土曜  石丸死す
 猫の石丸が今朝の11時頃に死んだ。

 石丸とは、自宅の私の部屋のケージで暮らしていたオスの大猫である。石丸という名は、近所の石丸電気店舗(今はない)の駐車場で私のカミさんがよく見かけていたことに由来する。その石丸が私の家の庭に出没するようになったのは、2010年のはじめころである。石丸は大声をあげながら餌とメスを物色しているようであった。目を大きく見開き、顔の輪郭がはっきりしている。オスの強い猫にはよくあることだが、野良であるのに人間を恐れない。というより、私などにはいたって愛想のよい猫であった。カミさんが気に入って、家で飼ってもよいと口にしたことがある。私は、捕獲できる野良猫は捕獲して去勢ないし避妊手術をすることにしている。人を恐れぬ石丸を捕獲するのは容易だった。去勢手術のために動物病院に連れていった。その際の検査結果では、石丸は猫エイズと猫白血病の両方に感染していたのである。
 感染した猫を私はずいぶんと見てきたが、エイズと白血病の両方に感染した猫は、石丸がはじめてだった。
 その石丸を飼うかどうかが判断だった。私は、家で飼うことにした。石丸がかわいいというより、両方に感染した猫を外で放っておけば、感染が広がるのは明らかだった。そのうえ、外におけば何れ病気が現れる石丸は無事に過ごせるはずはなかった。
 家で飼うといっても、感染した猫を他の猫と接触させる訳にはいかない。だから、私の部屋の、内部が三段になったケージに閉じ込めて暮してもらうことにした。記録では、私の家に石丸が住み始めたのは2010年の2月19日である。だから石丸とは、2年と5カ月、一緒に暮らしたことになる。
 エイズと白血病の両方に感染しているのは、かなり危険な状態である、というのが私の認識だった。だから石丸は長くないと思った。この種の猫の定番として、腎臓を悪化させて死ぬだろう、と思っていた。

 その石丸は、食事をあげるとよく食べた。もともと身体も大きいのであるが、こんなに食べる猫は見たことがなかった。丸々と太り始めた。最初に捕獲したときに病院で測った体重が6kgである。だからたぶん、最盛期は7Kgか8kgあったろう。
 トイレの猫砂を取り替えるとき、石丸をケージの外に出して身体を拭いてあげるのが常だった。身体を拭く間、その太った姿を見ながら、私自身がうれしい気持ちに浸っていた。エイズと白血病に感染しているのに、こんなに太っているんだぜ、こんなに幸せそうにしているんだぜ、といって人に自慢したい衝動に何度もかられた。

 しかし、時が経つにつれて、石丸が食べる量は減っていった。それでも普通の猫よりは太っていた。歳もとってきたろうし、と思い、さして気にはとめなかった。
 たぶん、今年に入ってから、徐々に体重を落としてきたろうと思う。
 我が家では他の病気猫に強制給餌をしている。その強制給餌用の食糧は栄養価が高いので、5月頃から強制給餌用の食糧を石丸に与え始めた。そのうち食べる量がさらに減ったので、強制給餌をし始めた。
 石丸を動物病院に連れていったのは5月27日である。このときは血液検査をした。良くない数字は出ていたが、それだけでは特段の病気という訳ではないと言われた。脱水があったので、その日は点滴をしてもらって戻った。
 同じような状態が続いていたが、ある夜、石丸の息が荒いことに気がついた。翌朝の6月4日に、石丸を動物病院に連れて行った。
 呼吸の音が悪いと分かった。レントゲンの結果、胸水が溜まっていると分かった。すぐに入院し、胸水を抜くことになった。胸水のため、肺と心臓が圧迫されている、とのことだった。
胸水が溜まっていたということは、猫感染性腹膜炎である可能性が高かった。猫感染性腹膜炎は、猫エイズや猫白血病より強い感染症であり、致死率は極めて高い。検査の結果、コロナウィルスは陽性で出ており、症状からして、たぶん猫感染性腹膜炎だったのだろう。猫白血病の感染が猫感染性腹膜炎を誘発しやすいらしい。その時点で、石丸の余命が短いことは分った。

 石丸は1週間ほど入院してから家に戻ってきた。戻った当初は自発的によく食べるようになった。以前の様子に戻ったのである。しかし退院後一週間すると、やはり食べなくなった。体力を維持させようと、強制給餌を続けた。朝は早く起きて強制給餌をしてから出かけた。夜、戻ってから寝る前に強制給仕をした。どの猫も強制給餌は嫌がるけれども、特に石丸は嫌がり、私がシリンジを口に近付けると左手(左の前足)で爪を立てて私の手を遮った。そこを無理して強制給餌を続けた。
 全く食べない訳でもなかった。だから何を食べさせようかと、いろいろ考えた。缶詰、レトルトにせよ、固形食糧にせよ、猫には好みが少しずつ異なる。石丸が好きそうなものを切らさないように買い物をした。
 時折、動物病院に連れて行くが、ステロイド剤を与える以外はすることはない。脱水が進むので点滴をしてもらうのが主だった。
 強制給餌のためケージを出して石丸を膝に乗せる。しかし合間に石丸は出歩く。それを引き留めるのに苦労してた。しかしこの数日、私の膝の上で、石丸に力がないと感じた。次第に弱ってきていると感じた。この2、3日、石丸は長くないのではないかと、私はカミさんに漏らした。
 しかし他方で、石丸はケージの中の段を、死ぬ直前まで跳び上がっていた。それだけの元気はあった。だから、長くないと思う反面、まだ持つのかも知れない、とも思っていた。

 土曜の今朝、私は9時頃におきた。心配で2階に石丸を見に行った。中間の段に、長方体の爪とぎを2つ並べて置いていた。昨夜のように、その上で石丸はしゃがんでいた。
 10時頃、家猫がマタタビが入ったセロファンの袋でじゃれていた。そうか、これがあったか、と思い、残っていた粉末またたび入りのセロファンの袋の一角を切り、またたびの匂いが少し出るようにして、石丸が座っていた爪とぎの脇にテープで付けておいた。先日、石丸がマタタビの匂いを嗅ぎまわるのを見ていたのである。
 庭や1階で用を済ませて、強制給仕をしようと思って11時過ぎに2階に行った。石丸は爪とぎの上で横になっているように見えた。近づいてみると様子がおかしい。急いで触ると、死んでいたのである。
 石丸は下の段に下りて猫トイレで用を済ませ、中の段に跳び上がってから死んだようだった。身体はまだ温かかったが、動きはなく、瞳孔は開いたままだった。
 石丸をケージから出して抱いた。濡らした布で身体を拭いてあげた。それから乾いた布で身体を拭いた。櫛で毛をすいてあげた。同じケージの上の段にペットシーツを敷き、石丸の身体を置いて、その上にタオルをかけた。いつもであれば顔もタオルで隠すのであるが、顔は出したままにした。

 カミさんが用から戻ってきた。石丸が死んだことを告げ、予定を確認した。東松山のペットメモリアルパークに電話し、明日の昼の火葬の予約をした。
 用があり、すぐに出ないといけない。カミさんには花を買っておくように頼んで出かけた。
 夜、家に戻ってから、カミさんが買ってきた花を石丸のケージの中に花瓶ごと入れた。線香を炊いて拝んだ。
by larghetto7 | 2012-07-07 23:45 | 日記風
2012/07/01 日曜
 とうとう7月になってしまったぜ。ふっ。
 週末の土曜日曜は月~水の授業の準備で明け暮れる。以前は、授業は講義ノート1つあれば、それで話して板書すればよかったような気がする。それが今は、毎回、PowerPointで資料を作るようになった。それで授業のペースは速くなったこともあり、準備は大変になった。
 毎度ちゃんと対応できていないところは、毎回やっているQuizにコメントを書いて返すことである。これって、1個の授業以外は無理な感じですな。
 最近始めた「ゲーム理論」の授業については、練習問題を作るのが面倒な作業になった。
 で、本日はゲーム理論のQuiz用の問題を考えていたのであるが、卒論、修論などの問合せメールが続き、返事を7通ほど書いていて過ぎてしまった。返事があるべき学生からは返事がない。
 修士課程がああいう状況ですし、個人的には無理をして修士の学生を抱えている。ただ、かなり無理していますね。
 昨年ほどではないが、今年は卒論の学生を17名抱えている。というと多いと思うでしょうが(私学と比べるとなんでもないはずですが)、現代社会ではそんなものです。ただ、卒論で現社の学生を見るのは今年が最後で、来年からGG専修になるので、卒論学生はゼロになりますね。GGでは私のいる場所はないですし、私の領域があるという認識は学生にはないのです。いままでそれだけの学生を抱えていて、来年からゼロになるというのは、結果としてかなり無駄な人員の配置になっている、ということなんでしょう。修士の方で私が国際関係論に入ることも昨年度、検討しましたが、あそこはねぇ。別の科目で学生を取るような格好にした次第です。
by larghetto7 | 2012-07-01 23:45 | 日記風