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3/31 金曜 3月も終わりかぁ
 最近、ニュースを見ながら興味を覚えるのはフランスでの抗議運動の件である。抗議行動の規模が過去最大というから、いわゆる5月革命以上なのであろうか?
 発端となったのは被雇用者を解雇しやすくする法律を政府が掲げたことにあったようだ。詳しくは調べていないが、たぶんこの法律は政府の狙い通り、失業率を減らすだろう。雇用が雇用者側に大きな負担となるなら、雇用者は人を雇うことを手控えるからである。ただし直接的には、既に職を得た者の身分は不安定になる。だから学生や大規模組合がこぞって反対している、ということだと思う。
 難しい話だ。被雇用者の立場を強くする措置は直接的には労働者の益である。しかしこの措置は、社会学的には「予期せぬ効果」を生む。結果として雇用自体が抑制される、ということだ。それでは失業率は減らない。失業率が減れば、たとえ雇用が不安定でも、再雇用の機会は増える。だから問題はない、というのが政府側の考えなのだろう。
 解雇をし難くするというのは、ある意味、経済取引の規制である。規制は一般に、立場の弱い者を保護する。つまり、雇用者にあまり益をもたらさない従業員を保護する。この規制によって、「実力」のある者はない者から「搾取」されることになる。この「搾取」を認めなければ「弱者切捨て」ということになる。
 アングロサクソン的発想からすれば、「弱者切捨て」をしても、社会全体のパイが大きくなるから、「弱者」を再分配によって救える、と考えるのだろう。ただ、社会のパイが本当に大きくなるか、再分配に回せる資源が本当に増えるか、その辺が不確定であるだけに、直接的な権利の放棄を労働者が選択することは難しい。この点も仕方ない反応のように見える。
 まあ、さすがフランスだね。現代社会の根本的なところで起こったこの紛争がどうなるんでしょうか?
 他人事ではない。日本の大学も同じかな。

 今日は寒い。風が強い。家を出て駅に着くと、いきなり電車が止まっている。強風のため、電車がまたも利根川を渡れないという。約束の時間に遅れるかもしれないと総務係に携帯で連絡した。電車は25分遅れで到着した。何とか間に合った。
 本日、某業務の引継ぎがある。まあ、用は済んだような、済まなかったような。
 例の正門近くのモニュメントであるが、今のところあのモニュメントを話題にしたときに好意的に評価する教員には出会わない。あのモニュメントの色については、詳しそうな人から、「あれは教育学部の色だ」と聞いた。実は「全学の色」になるはずだったけれど、何かの行き違いから「教育学部の色」になった、という話である。むしろ間違って教養学部の色=ピンクになった方がインパクトがあったかも知れない。
 本日眺めた限りでは、確かに彫像のように、どの方向から眺めても一定の形になるようにできている、と感じた。私は今のところ、mere exposure説(見慣れぬ対象は接触する頻度に従って親しみやすくなる)に従って、「慣れれば良く見えますよ」といって人をなだめる。パリのエッフェル塔も、百年(以上?)前に出現したときには非難轟々だった。「あんなものはパリに合わない。」しかし時が経つにつれてパリのシンボルと目されるようになった(mere exposure効果)、というのは、その mere exposure 説に関する有名なレヴュー論文の書き出しである。

 大学にいるときに、修了した院生のS君が訪れた。来週、帰国するという。便りをくれるように伝えた。年度末であるせいか、教員の判のいる学生が2人現れた。私が指導する学生ではないが、関係の先生が私しかいないので、私の判子で処理した。
 17時半頃に帰路についた。途中、風が強くて閉口した。19時頃に帰宅した。
by Larghetto7 | 2006-03-31 02:58 | 日記風
3/30 木曜 春寒
 もう寒くなることもあるまいと思っていたら、あと数日寒い日が続く。
 本日、部内業務の延長でY先生と一緒に本部某課を訪れた。事情を伺い多少の資料を頂き、今後の作業の見込みについて意見を交わした。
 研究室に戻ってメールを見ていると今度の卒業生の1人が挨拶に訪れたので、結構長く話した。卒業旅行でロンドンに1週間くらい行って来たという。
 外は風が強く、研究室にいても寒いと感じる。もう暖房はないのだろう。
 17時頃に帰路についた。帰宅は18時台と思う。風が強く、冷たい。
 2月は予想通り走り去るように過ぎていった。3月で埋め合わせようと思っていたが、どうも3月は今ひとつ気乗りがせず、ずるずると時間が過ぎてしまった。やり残したことの多さを、メールを見ながら実感する。
by Larghetto7 | 2006-03-30 19:14 | 日記風
3/29 水曜
 今日から3日、業務の会合予定があり、家にいる訳にはいかなくなった。無粋である。今日は某委員会の年度最後の会合があり、少なからぬことを決めないといけない。

 私が大学に勤め始めた頃、某T大のある先生から次のように言われたことがある。

─ どんな教授会にもいんだろ、くだらねぇことを一言わねぇとおさまらねぇ馬鹿が。そんな馬鹿になっちまったら、おしめぇだからな。

 そのときは、あーそうかと思っただけであるが、今は笑えない。つまらない一言は努めて言うまいと思うが、それでも傍からは、つまらないことを言っているように見えるだろう。少なくとも、研究でも教育でもない業務に頭を働かせている。
 この状況は本来、異常なことだ。週40時間が労働時間とすれば、教育と研究だけやっていれば40時間はなくなる。その他をする時間など、本来はあるはずがない。
 研究でも教育でもない、この「業務」というやつをどうやって減らすかが、実は大学が直面する最大の問題のように思う。教授が「業務」をしていたのでは、大学が大学らしくはならない。教授の「業務」は本来、何らかの審査か、カリキュラムを考えることくらいであるべきだろう。
 この業務問題に対処するための方針が、実は法人化前にはあった。部局が権限を手放し、本部に業務を集中させて、本部人員で業務を一元的に行う、という方針である。例えば、「将来計画」は大学の計画であり、部局単位での「将来計画」はないはずだった。教育も一元化する方向を考えていたはずであり、そのための学務の一元化であった。入試業務もアドミッションセンターで一括して行うはずだった。
 「部局教員定員の再定義」をして教員定員を本部に召し上げたのであれば、その召し上げ定員を本部スタッフに使うのが(使い道を考える能力があるなら)、本来の筋であったように思う。
 結局、部局の側が「部局ごとに業務を行う」方を選好した、というのが現実に近いのだろう。「部局ごとに業務を行う」というのは結局、部局が半ば独立の経営体のごとく行動することを意味するから、結果として大学としての大きな展開はできないことになっているように思う。
 「このままやるのかね?」と思いながら、ぼんやりと眺めているしかない。

 本日、院将来計画委員会の今年度最後の会合があり、14時から出席した。私の役割は院生調査結果の説明である。2年連続の調査であるが、昨年とは含意の異なる結果も出ており、その意味するところと対応を協議した。
 終わってから多少の業務を済ませる。学会関連の作業がいくぶん進展する。
 18時過ぎに帰路についた。帰宅は19時40分。今日はいくぶん寒い。
 帰ると、日中、母から電話があったとカミさんが伝える。猫に食糧をあげながら家の外で携帯で電話する。
 その後で姉の所に電話する。姉の所にも電話がいっていたようだった。状況を説明する。なるべく母のことろに行くように頼んでおく。
by Larghetto7 | 2006-03-29 01:03 | 日記風
3/28 火曜
今日のサイト → Famous Paintings Exhibition

 
このサイトは有名であるらしい。何度か入ったことがある人は多いだろう。気がつくのは、「知らない画家が多いこと」。われわれ、小中学校では印象派ばっかり教わったしね。


 部内の労働関係MLにメールがあり、裁量労働制の導入が決まりかけている旨を伝えてきた。部局ごとに裁量労働制に移行する、ということではなく、本人に選択させるということのようだ。私の場合、裁量労働制の要件(研究時間50%以上)が充たせるはずはないから、裁量労働制を選択せぬことによる大学側からの嫌がらせがない限り、裁量労働制を選択しないつもりだ。ひでぇ嫌がらせがあったりしたら、是非もない。
 裁量労働制は変形労働制との比較によって説明されることが多い。ただ、私には根本的なところで今も疑問がある。
 第1に、この大学が公務員型国営大学で、公務員の規程としてこれこれの労働制を採用せねばならない、という制度的制約があるならまだ話は分かる。しかしこの大学は大学法人であり、教職員は公務員ではない(実は隠れ公務員ですが)。法人は独自に労働制を選択できるはずなのに、どうして横並びに国立大学で裁量労働制を採用せねばならぬのか、釈然としない。
 私大がどうしているかが気になる。その辺は以前から過半数代表に質問しているが、私大では教員については労働制があいまいなようである。より私大に近づいたはずのこの大学で、どうして私大と同じようにしないのか、と思う。
 第2に、大学教員を時間で管理する必要があるのか、という点である。教員は accomplishment を評価するという建前になっているので、時間で管理する必要もないと思える。居なければならない機会はちゃんと特定できるから、その機会でカウントしておけば済む話である。
 もっとも、(特に文系の)大学教員は、もっと大学にはいるべきだわな。お目当ての先生の判子がもらえないで私の研究室を訪れる学生がよくいる。すぐに教員に会えないというのは、教育サーヴィスとしていかがなものか、という面もありますね、ほほ。
 少なくとも私の世代の教員にとり、時間的な拘束が少ないことがほとんど、大学教員を目指す動機づけだった。今はよく分からないけれど、私が大学を出た頃は、同期で企業に就職した人はすぐに高額の給料をもらえた。が、私を含め多くの人は、成績は良い方だったのに、いい年になるまで給料はもらえなかった。もらっても、同期の人たちと比べて多いとはいえない。その後の調整で生涯所得がどうなるかは確認していないけれど、金銭的には少なくとも得していることはないだろう。なのにこの職業を目指したのは、いろんな意味で、特に時間で拘束が少ないからである。
 裁量労働制の場合、研究時間が50%以上、という適用要件があるらしい。この件は理系では「(夏休みがあるので)自動的に充たされる」という判断の人が多いと聞く。が、私には信じられない。
 どの作業の時間を何に数えるのか、この点が(過半数代表に質問はしているけれど)判然としないこともある。が、常識的に言えば、私は過去の数年間、研究時間50%などはまったく充たせていない。
 この4月からの私の授業は、コマ数で週6個(授業数で5個)である。6×1.5時間であるから、それだけで9時間になる。授業の準備に同じ時間を費やすとしても(学生には授業時間の倍の予習復習時間を求めているはずだから、教師も少なくとも倍、と思うが)、週40時間の半分に迫ってしまう。実は私の場合、授業関連の時間より「業務」の時間がずっと多い。だから研究時間など、ほとんどゼロである。
 夏休みがあるから研究時間50%は充たせる、という。しかし私の昨夏では、答案の採点だけでも3週間を要した。出席者400人以上の授業を持ってれば当然である。grading 業務はむろん、採点だけではない。
 何をどう考えたら、研究時間50%が出てくるのだろうか?
 現実には、平均的な教員は時間外労働を強いられている、と私は思う。むろんこの点は、職員も同じだろう。
 時間が拘束されてもよいから、残業手当をもらえる道はないものか、と思う。

 本日、3日ぶりに母のもとを訪れた。近くの川沿いの桜も咲き始めている。今度の週末が花見時というが、週末はあいにく寒くなりそうだ。
 帰りがけにその近くのスーパーに寄ると、猫食糧のいくつかが「半額処分」の表示になっているので、思わず買って帰った。この辺が貧乏人の本質である。
 今日は吹く風も温かい。夜遅くに雨が降った。明日辺りから4月1日まで寒くなるという。
by Larghetto7 | 2006-03-28 00:10 | 日記風
3/27 月曜 晴れ
 昨夜(今朝)4時半頃に寝て、10時頃おきた。
 おきたのが遅かったせいもあるが、いきなり明るく日差しも強い。庭に出ると猫が寄ってくるが、食べるのは例によってテレビ猫だった。家猫のチーコは布団の上でまだ寝ていた。いったんおきてから寝たのだろう。2階の猫たちはよく食べる。
 実は今日は某学会の某大会の報告申し込みの締切りになっている。駆け込みで多少の申し込みメールが来ていた。申し込みを集計した後、たぶん何か企画を別途考えないといけないようにも思う。
 業務で確認しないといけないことが出てきている。まあメールでいいか、と考えると、これって、実質 telecommuting だよな、と思う。実際、われわれの仕事の多くは telecommuting で済むかもね。授業も遠隔ナントカでよいなら、大学に行く必要ない。となると通勤手当はカット、代わりに接続代が大学負担、ということになるんだろうか? 今の経理のやり方から推論するに、接続代の何割を大学負担、という風に値切られるような気がする。
 よく冗談で言っていたことであるが、telecommuting ありとなると、一歩進めて、大学教員というのもヴァーチャルでよいのかな、と思わぬでもない。大学としては教員用の設備費用が浮くよな。学生にとっても、教員のむさくるしい現物が物理的に姿を現すより、アバターで表示された教員の方が感じいいかも知れない。で、今年はあんた、教員3人分ね、とか言われたりして。
 電話で確認したところ、某業務については順調な進展のようだった。この件では私の業務は終わったというべきか。
 本日もまた、組合関係のメール多し。全国の国立大学で賃金引下げへの抵抗を繰り広げているようである。まだ良い方なのかも知れない。ボーナスが出せない国立大学、という話は幸い、聞かない。
 午後になっていくぶん頭痛を覚える。やや寒気がする。授業のホームページ作りを進める。
 夕方、大学の某所に電話し、某業務について数字を確認する。OKだった。この件は一応、終わりにできた。
 夕食後、パブロンを飲む。すぐに効き目が出てきて、気分が良くなる。
by Larghetto7 | 2006-03-27 12:06 | 日記風
3/26 日曜 曇り
 という訳で、昨夜(今朝)は4時頃に寝て10時半におきるという、夜型の生活に陥った。おきると家猫チーコが台所で庭猫の侵入をけん制している。庭に出ると小白、黒子、母子が温室で寝ていた。猫部屋では小黒が寝ている。大白はどこかでうろついているのだろう。
 昨夜から、私はノートPCを台所に持ち込んで使っている。寝るときにかけていたウィルスチェックはさすがに終わっていた。
 娘のピアノの先生に何か贈るといって、カミさんは息子を連れて浦和に出かけた。

 3月中にやらねばならぬことをリストアップしていたが、制御できないノイズのような出来事が多く、ぜんぜん進んでいない。他の人も、研究室の引越しもあるので、あまり進んでいないようだ。まあ、人間的なペースだな、と考える。私の次年度授業のサイト記載も更新しないといけない。授業の準備もまだできていない。
 無理なことづくめだな、と思う。我々の仕事は「教育研究」ということになっている(以前は「研究教育」だったのだが、いつの間にか「教育研究」になってしまった)。しかし「教育」も、真摯に考えれば週40時間の仕事時間の中で、「研究」の片手間にできることではない。教育をして研究もしろというのは、少なくとも研究していることを授業で扱いのでない限りは、難しい。その上にいろんな「業務」が入っていては、どれかを決定的に手抜きすることを強いられているようなものである。
 大学院重点化した大学だと、研究と教育は割と同じ頭でできるからよいのかも知れない。

 本日、ホームページの授業ページを作り始めた。例年であれば2月か3月上旬に行う作業であるけれど、今年はやけに遅れてしまった。先日買ってきたホームページに関する参考書を見て、いくぶん勉強をした。なるほど、こういう手があったの、と初めて分かったのは、スタイルシートに使い方である。ま、なんだね、html というのもちゃんと勉強していたら結構大変ね。
by Larghetto7 | 2006-03-26 11:28 | 日記風
3/25 土曜
 7時頃にカミさんの携帯のアラームで目を覚ました。なるほど、携帯は目覚まし代わりになるのだと感心するには眠かった。携帯をカミさんに渡してからすぐにまた寝た。
 おきて時計を見ると10時になっていた。夜型の私にしてはまあまあ寝たのであるけれど、まだ眠いことは眠い。
 今朝は寒かったはずであるが、既に日は高く、日差しが強い。まるで初夏のような空気だと感じた。これで汐の匂いがあればと思う。
 猫はそれなりに現れるけれど、例によってテレビ猫が来たので、他の猫たちは遠ざかってしまう。なんとか食糧をあげて回る。2階の猫に食糧をあげたあと、部屋を少し掃除した。
 カミさんは子供の送り迎えに奔走している。どう見ても私のことなどは眼中にない。進化的に考えると合理的だなと妙に納得する。
 午後になって母のところに出かける。3日ぶりである。具合は3日前より悪い。
 やはり私が介護休暇をとる必要があるのでは、と再び考え始める。
 帰宅は20時を過ぎていた。夜も比較的暖かい。
 2階のPCでネット接続が断続的に途切れる。無線LANをいじって何とか直すも、このシステム、なんとか取り替えたいように思う。問題は、ADSLの方の設定の仕方がどうなっていたか、ハッキリしないことである。ウチの電話は、ドアフォンとも繋ぎ、セコムを入れているために、いろいろ複雑になっている。
by Larghetto7 | 2006-03-25 23:55 | 日記風
3/24 金曜  卒業式
 今日は卒業式がある。
 このトシになると月日の流れるのを早く感じる。今回の卒業生はついさっきまで2年生であったような印象が抜けない。人は入れ替わる。そのことは正常なことなのであるが、さびしくも感じる。
 先日、卒業生への寄せ書きを求められて思いつかなかった。昔から儀式は苦手だ。何を言ってもそれは嘘ではないかと心で反問してしまう。いや、私はむしろ問うべきなのだろう。この月日は幸せであったのかと。幸せであったなら、それは良かったと言おう。幸せでなかったなら御免なさいと言うしかない。
 本日は午前に会議がある。ちょうど卒業式をやっている時間である。卒業式の後、南浦和のどこかで卒業記念パーティーが開かれることになっている。例年であればそのパーティー会場の受付で、卒業者には卒業証書を配っていた。だからパーティーに出ない卒業生もパーティーの受付までは来ることが多かったし、私もその受付にいれば卒業してゆく学生に会えた。しかし今年度はパーティー受付ではなく教養学部棟の学務で卒業証書を渡すらしい。私が知っている学生はほとんどパーティーに出ないようなので、私は教養学部棟の方で待機していようと考えた。
 明日は会議の後、若干の先生に相談をしようと思っている。

 本日、7時半におきる。風はやや強し。朝は日差しが強い。ドアを開けると玄関先にテレビ猫がいた。食糧をもらうのを待っているように見える。実は、テレビ猫がいると他の猫たちが遠慮してしまう。食糧をあげるとよく食べた。テレビ猫が去った後に大白、小白らが現れる。食糧はあまり食べるでもなく、向かいの家の敷地に向かって去っていった。
 8時半頃に家を出る。大学には9時50分頃に到着。
 10時から第1会議室で某会議あり。思ったより時間がかかり、12時半頃にやっと終わる。
 会議後、出席していた某先生とレッドロブスターに食事に行く。教養学部の教育協力会の運営について意見を伺う。
 研究室に戻った後、ファイルの整理をする。夕方頃に卒業するS君とIさんがやってくる。しばし話をする。18時頃に帰る。S君はサークルの飲み会に行くようであり、Iさんも大宮でお別れ会?に行くようだった。
 20時頃に帰宅する。私が帰ると例によって大白たちが現れる。食糧をあげる。2階の猫たちも食糧が欲しかったらしく、固形食糧の袋を食いちぎっていた。
by Larghetto7 | 2006-03-24 01:32 | 日記風
3/23 木曜 ブラインド
 この1年半ほどの間に、母の体調が急激に落ち込んだ。要介護度も乱高下している。そのおかげというべきかどうか、今まではほとんど他人事だった介護の制度を直接実感できるようになった。
 たぶん昔だったら、介護を担う役所を作って介護サーヴィスに当たらせたのだろう。しかしこのご時世でそんなことをしてうまく行くとは誰も思わない。今の制度は、介護業者は民間であり、原則自由参入、しかし公共的な資金援助が出ている、という微妙な混合である。確かに、介護を市場に任せたらサーヴィスの過小供給になるに決まっているから、公的援助が出るのは妥当だ。介護業者を自由参入にしてサーヴィスで競争させるのも妥当である。ただ、補助金財政の常として、非効率的な部分を呼び込んでいるはずであるから、どれほど効率的な資源配分が実現するかは微妙なところのような気がする。(ま、大学も同じかな。)また、産業全体が公的補助に依存しているため、(どのレヴェルかはともかく)政府の政策のいかんによっては産業全体が危なくなる可能性もあるように思う。(これも大学と同じだな。笑えねぇ。)
 今はまだしも、団塊の世代がまとまって介護を受けるようになったとき、その負担に下の世代が耐えるかどうか、何がおこるのか、という点は、いくぶん不安を覚えてしまう。
 ただこの間、あちこちの施設をのぞいて、感動をもって眺めたことがある。経営陣がどうかは知らないが、末端で働いてる若い人たちが実にまじめに、責任感を持って働いている、ということである。(ま、これまた大学も同じかな。)近頃の若いのは、などと一括していうべきではないのがよく分かった。

 話は変わって、本日(昨日)届いた過半数代表関連のメールによれば、今度大学が導入しようとしている給与体系では、私のような上の世代は得して、より若い世代は損するようにできているようだ。制度自体は大学の範囲を超えて横並びだろうと想像する。どのような理由でこの傾向が導かれたのかは、まだよく分からない。あるいは、権限を持っている年齢が上の人たちが、自分が得する制度を設計したということか? まさかね。

 24日までに私の予算の残額を使い切らないといけない。法人化すると複数年度での予算執行が可能になる、というのが法人化前のふれこみであった。その点が法人化の、ほとんど唯一のメリットであるように思えた。しかし現実には引き続き、予算は単年度決算である。以前、そんなアホなと私がいうと、騙されるあんたが悪いと同僚から言われた。
 で、今日は予算を使いに昼頃に大学に出向いた。
 本日、大学院研究科の修了式があったようで、院生のS君、U君、それに別のS君を学務で見かけた。3人は実験室に来たので多少話したけれど、私が用で席をたっている間に帰ったようだ。
 ブラインドを掃除して1万2千円くらい使うことになっていた。しかし業者によれば、私の研究室のブラインドは「掃除してもどうにもならない」、と総務のUさんが言う。で、ブラインドを新たに買うと、2スパン分で5万円以内だろうという。でも、建物の改修があるとブラインドの新規購入は無駄になるのでは? と私は考える。しかし「施設課の予測では、向こう3年、改修はないですよ。」 そうか。そういわれるとともかくブラインドを買うか、という気になって購入を頼む。正確な代金は測ってみないと分からないそうだった。測ってもらうと、「5万2千円」という話になった。「いいですか?」といわれたので「いいですよ。」と答えた。答えて後で、「あっ、これって、Low-ball technique じゃん」と気がついた。
 という訳で予算の残額のほとんどはブラインドに変わった。これで改修になったら私はそのブラインドを外して彷徨うぞ。
 で、残った予算を持って生協に行く。私的には、研究室と実験室にあるプリンタのインクを買っておきたい。実験室にあるのはEpsonの普通のカラーインクジェットである。生協に行くと、各色そろったカートリッジはなかったが、注文して伝票だけは先に切ってくれるという。問題は実験室にあるHPのカラープリンタの方である。こちらは4色であるが、調べてもらうと1色のカートリッジが2万円に近いという。なんと、4色買うと8万円、ということはほとんど本体の値段ではありませんか。近年、プリンタの値段が落ちているけれど、インクが高いのね。という訳で、HPのプリンタのカートリッジは買うのを諦めた。
 残金を必要な小物で購入し、生協の閉店時間を30分以上食い込んで、やっと書類を作ってもらった。
 意外と時間がかかったけれど、まあ、これで科研費も校費の予算も、きれいに使った格好である。
 18時近くに帰路につく。大学近くのマルエツによって買い物をし(猫食糧)、そのまま大久保団地の方に行って付近のバス停にいると、幸い、すぐにバスが来た。とはいってもこの時間、路線は違っても道路が混むのは同じだった。
 帰り道、そうか彼岸ということは、日の長さは中間点にあるのか、と気がついた。
 帰宅予定時間を19時15分と踏んでカミさん宛に携帯メールを出したが、実際の帰宅は5分遅れた。私が帰るとそれなりに猫が寄ってくる。
by Larghetto7 | 2006-03-23 00:43 | 日記風
3/22 水曜
 おきたのは8時頃。それなりに猫に食糧をあげるという日課から今日も始まった。
 本日、母のケアマネさんと相談の予定が入っている。しかし大学でも用がある。さてどうしたものかと考えた末に、ともかく今日は母のもとに行くことを優先して考えることにした。両方というのは、移動の時間を考えるとどちらも中途半端になってしまう。
 現在の私の困難は、ずいぶんと溜まっているメールの整理ができないことである。学会関係でどれだけの申し込みがあったのかも、整理できない。ともかくメールの整理にかかる。
 午後、カミさん、息子と一緒に母のいる施設を訪れた。最初にケアマネさんとの相談。
 帰る途中でたこ焼きを食べてから帰宅した。

 WBCで日本が優勝したことについて、韓国でどうせ何かあると思っていたが、ニュースサイトを見ると、

>辛総裁はWBCで日本が優勝したことについて「実質的には2対1(2勝1敗)で韓国に負けたと、日本もよく分かっている」とした。
>秋以降に日韓再戦を…韓国野球委総裁が希望

 国民性ということなのかどうか。ま、どこかの学部と同じかな。
 メールの整理がつくにつれ、このところの展開の詳細が分かってきた、というお粗末。
 夜、BSを見ていたら『エル・シド』をやっていたので、思わず観てしまった。すごいよな、『北斗の拳』みたいで。実写だし。
by Larghetto7 | 2006-03-22 23:47 | 日記風