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10/31 10月も終わり
 さても10月も今日で終わりになる。月曜の授業の準備をするつもりがなかなか進まず。
 10月の終わるということは、私にとっても厳しいけれど、修論や卒論を書く学生の皆さまにとっても厳しい季節になってきた、ということだろう。修論、卒論がらみで返事を書くべきメールがいくつもある。が、どうも、何と書いてよいやら。
 卒論の目次締め切りは本日である。何人出てくるやら。

 4時頃寝て6時半に目覚ましでおきた。眠いけれどもいつものことである。今日は早く帰って眠りたいなぁ。
 7時半頃に家を出る。大学に着いたのは8時45分頃と思う。
 1・2からデータ解析実習という名の授業。10時まで、今日提出のレポートの範囲の事項を説明する。統計話であるからちゃんとやると長くなる。形から入る、で説明をはしょり、後はテキスト任せにする。そのためのテキストさ。
 3・4の時間に続き。実験室で指示通りにSPSSで出力してもらう。時間通りに完了したのは偶然か?
 1・2、3・4と続きの授業で、後半から出てくる学生多し。遅れてきた出席者はレポートの評価で差別する。
 昼休みに持ってきた弁当を食べる。7・8の授業の準備をしておく。
 7・8は概説の講義。今日は眠かったので、講義をしながら眠り込みそうになった。
 卒論、修論の学生が何人か来る。修論の題目届けにサインする。
 17時過ぎに帰路に着く。できればもっと早く帰りたかった。17時を過ぎると真っ暗になる。つい先頃まで、18時過ぎでも明るかったような気がしてならない。
 帰宅は19時頃。猫に食糧をやってから夕食。
 
 BSで昔のマカロニウェスタンである『夕陽のガンマン』を観てしまう。音楽が懐かしい。結構画面がきれいだった。この映画の主演はクリント・イーストウッドであるが、一緒に出ていたリー・ヴァン・クリフという悪役顔の男優が、私はずっと好きだった。まあ、西部劇だから、タフガイの物語である。
by Larghetto7 | 2005-10-31 01:51 | 日記風
10/30 日曜
 掃除していくぶんきれいになって部屋でPCの前に座る。0時を過ぎた今頃、私の部屋の猫たちはそれぞれの場所で分散して寝ている。部屋を掃除したことを彼らが評価しているか、前のままの方が良かったのか? 
 昨日は仕事はしないつもりであったけれど、某委員会のメールが届いたので文章の修正案を書いて送った。どうも業務から抜けられない。
 先ほど外を見たら空にはうっすらと雲がかかっているようで、星は見えなかった。湿ってなま暖かい。曇ると暖かいというのは、冬のパタンである。
 本日の目標:睡眠を貯めること。

 目を覚ましたら11時になっていた。昨夜?寝たのが3時過ぎであるから、8時間近く寝たことになる。まだ眠いけれど、まあ良かった。ただ、今日は午後に母のもとに行く予定であるので、仕事が出来るのは実質、夜の9時過ぎになってしまう。
 土日は休日のはずであるから、本来は仕事がなくても良いはずなのであるが。

 本日、昼過ぎに母のもとを訪れる。昨日来ると思っていた姉が今日来たので、私は特に用もなく、早めに家に戻った。
 この数日のメールの整理をする。返事を出していないメールが多く、出すのに時間がかかる。
 夜、学部HPを少し更新する。業務をやってしまった。
 夜風が段々と冷たくなってきた。吐く息が白くなり始めた。
by Larghetto7 | 2005-10-30 00:55 | 日記風
続10/29 部屋掃除
 本日、仕事はすべて休みと割り切り、部屋の掃除に集中した。
 私の(自宅の)部屋は書類が散らかっている。業務上の書類をつい家に持ち帰る。が、部屋には書類の収納場所がない。そこで机の上に置いたり、床に平積みにしておく。と、猫が書類を蹴散らす。猫のせいにはしているけれど、実は猫がいなくても書類は散らかる。いったん散らかってしまうと整理するのが面倒でそのままになる。かくして私の部屋では書類が散乱したまま堆積する。欲しい書類がどこにあるのかも分からなくなる。そういえば反応しなければならない書類があったよな、とまでは分かるのだけれど、現物がないのだからそのままになってしまう。
 その上、部屋の中には猫たちがいて、猫トイレの猫砂をトイレの外に撒き散らすものだから、書類の間に砂が堆積して行く。そういう状態になると、掃除しようにも、書類が邪魔で掃除はできず、悪循環に陥ってゆく。
 散らばった書類の上で猫の(たぶん)モモちゃんがオシッコをよくする。書類を食いちぎる。こうやってダメになった書類やレターセット類も多い。
 散らばった書類を何とかしないといけない、という使命感に目覚めた。まず、ネットで無印用品の書類入れの箱を注文した。届いたのが昨日である。そこで、家の中の何箇所かに散らばった書類を、大枠で分類しつつ、書類箱に入れた。探してみると書類ケースの類が沢山あり、結局、書類があちこちに分散していて自分でも把握できない状態になっていることを思い知った。
 随分と書類を捨てた。もしかして必要かもしれないが、ここまで来ると捨てる以外にない。
 という訳で私の部屋は夜になってほぼ、片付いた。が、別の場所に分散した書類ケースがあり、そいつを分類しながら整理しないといけない。
 学会関係の書類も多い。学会費などは払っていないかも知れない。
 猫関係の記録書類も分散して出てきた。一箇所にまとめておきたい。
by Larghetto7 | 2005-10-29 21:46 | 日記風
10/29 卒論・修論の2ヶ月
 今年は私は雑用で忙しい。ところがなんのめぐり合わせか、卒論と修論で指導すべき学生も多い。修論の方が3人。卒論の方はちゃんと数えていなかったが、今数えると18人いる。卒論の18人という数字は、私大の場合を考えればさほど多い訳でもないと思う。が、この学部では、4年生全体の1割程度である。
 例年のことであるけれど、問題は進捗状況が悪いことである。卒論の方でいうと、たぶん期限内に完成できそうなのが8名、あとの10名は何とも言えない。10名の中には今の段階でテーマがハッキリしない人もいる。
 夏休みの前に何度も伝えていたことであるが、調査データで書く予定にした人は、書けると思う数に入れている。データがあれば、まあ、分析することは決まっている。結果を書いてゆけば、良い卒論かどうかはともかく、自ずと体裁が整うものである。同じことは自前でデータを確保している何人かの4年生についても言える。
 修論の3人についても、相当難しい。

 なぜこうもうまく行かないのか、と言い出すと私の立場からの愚痴になる。
 考えてみると仕方ないのだ。卒論や修論が書けるような教育をしていない、というだけのことである。「課程」としての coherence がない。学生さんが「いろんなことをつまみ食い」する状態にあるから、一定の課程の持つパラダイムのようなものが伝わらない。
 現社の場合、少なからぬ先生方は、「私の下で卒論を書くなら」という前提で、学生に事前に特定の授業に出ることを求める。ただ、このやり方をすると、どこからもはじき出される学生が出現する。そういう学生を拾っているのが現社の場合、私や深澤先生、といえるかも知れない。
 もっとも私の場合、私の授業の全てに出ても、私が要求するパラダイムは身に付かない。私がやる程度の授業では少な過ぎる。この点は本質的な問題である。
 結果として、何が身につかないのか?
 いろいろあるだろうが、一番大きいのは「ストーリーを作る」能力である。論文を書くためには、領域ごとの「ストーリー作成能力」が必要であるが、情けないことに、そいつを身につけるだけの授業を提供できていない、ということである。
 例えばある院生の方は、planning fallacy が進化する、というストーリーを作ってシミュレーションをやるはずだった。が、先日、修論の題目として出て来たのは「楽観的認知のシミュレーション」という話だった。一体ストーリーはどうなるか?
 planning fallacy であれば、事実がどうであるかは別途評価する必要があるけれど、「一般に planning fallacy はある」という前提で議論することが出来る。あるはずの planning fallacy がどのような前提で出現(進化)するか、どのような条件が必要か(この場合、形式的には十分条件の検索になる)、をモデルとして検討する、というストーリーを描ける。しかし単に「楽観的/悲観的認知」となると、世の中に楽観的な人も悲観的な人もいるのは当たり前だから、どんな結果が出ても、そこから先のストーリー展開は無理のように思う。楽観的な人も悲観的な人も出ます、というシミュレーション結果が出れば、そりゃそうでしょう、So what? で終わってしまう。楽観的な人しか出ないという結果が出れば、そりゃ変なシミュレーションをやっただけでしょう、で終わってしまう。
 別の院生の方から、リバウンド効果(偏見を持つなといわれるとかえって偏見が強くなる、など)が、集団的に偏見を持つのを止めようと話し合って合意すれば、出ない、という実験を考えていると私は言われた。返答に困った。そりゃ、話し合って合意すれば被験者は偏見を抑制する訳であるから、測定すれば偏見は出ないかもしれないけれど、その結果を出して何を言うのだろう? というのが素直な疑問である。その話し合いで偏見を抑制できれば、話し合ったんだからそりゃ出ないでしょう、で終わるし、逆にその合意が弱ければやはり偏見は出る。どんな結果が出ても、意味がないように思う。やはりストーリー展開の面で行き詰るように思う。
 段々と時間がなくなって行く。卒論・修論を出すのは1月早々である。厳しい2ヶ月間が、今始まろうとしている。私にとってもこの2ヶ月間は、某業務で忙しい。
 
by Larghetto7 | 2005-10-29 02:50 | 日記風
10/28 新しいPDA
 新しいPDAの Dell Axim を家に持ち帰った。となるとどうしてもいじりたくて仕方がない。という訳でいじり始めた。まず、Clie のデータを Axim に移行させたい。Clie のデータはPCでは PalmDesktop というソフトに入っている。しかし Axim のPC側ソフトは Outlook であるから、Clie のデータを Outlook にまず移行させる必要がある。あいにく、OutLook に移行させるためのOutlook にヴァージョンの制約があるらしく、うまく移行できるPCを見つけて Clie のPC側ソフトをインストールしなければならなかった。その後、Win 用の Intellisync を同じPCにインストールして Axim にデータを移行させた。
 いろいろいじりながら、Axim も良い機械であることが分かる。むろん、どうしてもOSが軽い Clie の方が軽快である。
 製品のコンセプトがやや違う。Clie の方はマルチメディア機能に特化した独自の製品であり、Axim の方は味もそっけもない、Win機の小型、という位置づけである。ただ、私自身は主にスケジュール管理でPDAを使うのであるから、まあ Axim で良いのである。
 PDAがなぜ必要か? 簡単な話、会議に出てその場でスケジュールを決めることが多いからである。普通のノートPCでは、レジュームしても起動に時間がかかり、仕事にならない。PDAの方はスイッチを入れるとすぐに動く。
 この目的のためにはやはり Clie がよいのだ。軽快だから。しかし Palm OSが凋落しているのだから、仕方がない。

 本日、そのPDAを使う会議が少なくとも2つある。

 さて、今日の私は普段とは違っていた。第1、今までは上はTシャツだったのが、前ボタンの長袖のシャツになった。長袖のTシャツもあるとカミさんはいったが、そりゃジジィの下着のようだからといって、いつも着ていたシャツにした。第2、今日は朝から Dell Axim を持ち歩く。昨夜PDAのデータを Axim に移したので、使わない理由はない。今までの clie のメモリスティックが使えない。が、以前に使っていた HP Jornada のコンパクトフラッシュが使える。そいつに昨夜、アルゲリッチが演奏したバッハのパルティータ2番を入れておいた。電車の中で聴く。ただ、イアフォンの状態がよくない。北浦和駅近くのラオックスでイアフォンを買った。
 今日一日、 Axim を使っていたのである程度勝手が分かってきた。この機械は悪くない。ただやはり、予想通り、Windows 系特有の動作の遅さ、ユーザインタフェイスの複雑さがある。
 大学に着いたのは12時50分頃。実験室には院生、4年生が来ている。13時から3階の第3会議室で某委員会。1時間の予定が14時50分頃までかかる。
 15時から2階の第1小会議室で別の某委員会会議。こちらは17時半まで続く。
 実験室で4年生の卒論の相談に乗る。やはり、この時期にテーマが絞れていないのだから、どうしようもないような。すぐに書き始めるように伝える。
 19時近くに帰路につく。帰宅は20時過ぎ。途中、空気が湿度を帯びて暖かく感じる。春のような気分になる。
 今日は実は、カミさんが下の娘を連れて東京のコンサートに出かけている。ピアノの先生関係の付き合いである。帰ったのは私が先立った。下の娘が家にいる。猫のチーコは寝室の布団の上で寝ていた。夕食をとる。
by Larghetto7 | 2005-10-28 00:49 | 日記風
10/27 まだまだ続く四苦八苦
 科研費の申請を一日遅らせてもらった。でもこういうのって、遅らせてもらっても同じね。まだまだ四苦八苦が続きます。
 今さら言うまでもないことですが、私はこのところ業務ばかりやっていて、研究頭になれない。7月末にポーランドで conference があり、それには出た。その期間と前の1週間くらいは一時研究頭になった。9月末に某学会があり、出たけれど、その折も一瞬研究頭になれた。今回の科研費の申請は、まあ、準備不足で通らないと思うけれど、それでもこのときには一応、構想らしいことを考える。そこで一瞬研究頭になる。だからまあ、この申請、成果がない労とは思うけれど、考える機会ができたのは良いことなのだろうと思う。
 昨日、事務室で聞いた話では、事柄上具体的にはいえないが、私がやってきた広報の仕事で具体的な効果が認められるようである。その点はうれしいが、もともとこの仕事は教員がやるべきではないと私は思っている。ちゃんと人を雇えよ、ということは言い続けているが、まあしようがない。

 戻ってきた猫の毛長は他の猫と一緒に私の部屋で今、横になっている。今、猫たちは平和に寝ている。時間から考えるとそろそろ活動し始める、つまり駆け回りそうに思うが、ともかく今は平和だ。猫をペットと呼ぶのは商業上の都合と思うけれど、私に限らず、猫や犬を飼っている人にとって彼らは家族なのである。いなくなれば深い喪失感を味わう。家族と平和に時を過ごせるのが一番だよな、と、仕事に生きるつもりのない私は軽く素直にそう思う。

 昨夜は2時頃に寝た。おきているつもりであったけれど眠くて仕方なかった。8時頃におきた。その後で科研費申請の文章を考え、書いていた。
 書きながら、研究のアイディアの本質的な部分で疑問に突き当たる。そんなことしている時点ではないのであるが、そう考えることは良いことなのだと思う。
 14時過ぎにやっと書き終えて総務に出した。金額の計算が昨日の電子申請と異なったので、電子申請の修正をした。
 その後、待たせていた4年生と卒論の協議をした。夏に行った分析を、データと変数を追加して行うことを指示していた。よくやっていた。自分で数量化理論の適用について調べていた。データの形式を変えてSPSSでやってみようという。
 先週欠席した某会議について、本部某課の某課長に話を伺いにいった。確認した点を明日の部内某委員会で伝えておかないといけない。
 実験室に戻ると別の4年生がデータ入力に来ていた。
 昨日、Dell のPDAの Axim というのが届いていた。動かしてみた。持っている Sony の Clie と比較する。やはり Axim は Windows 系のOSで動いているので、遅い。いろんな点で clie の方がよいけれど、しばらくはこいつでやるしかない。なれるためにいじってみる。
 18時頃に帰路についた。何となく一仕事終わったような錯覚を覚え、肩が軽くなる。しかし何も終わっていないのさ。大宮駅からは電車を1つ見送り、快速電車に乗る。
 19時過ぎに帰宅した。
by Larghetto7 | 2005-10-27 01:03 | 日記風
10/26 四苦八苦
 科研費の申請は今日中に完了しないといけない。眠らずにやるしかないのです。
 実は昨日の明け方、今から22時間ほど前に部屋にいる猫の毛長(ケナガ)が2階の窓から飛び出して逃走した。実はこの猫、怪我で後ろ足が1本ない。そうでなければ庭に置くところであるが、無理をして部屋で飼っていた。ずっと探し回っていたが見つからない。昨日の夕方、やっと姿を見たので、無事ではあるようだ。しかし捕まえることはまだ出来ない。あのままでは危ないので是非捕獲したい。
 猫の件で時間を使ったけれど、授業の準備もある。推薦書も書かないといけなかった。で、そいつを片付けてから急いで科研費の申請書を書こうとしているが、終わらないかも知れまへんな、はは。今、2、3時間の睡眠の後、もう24時間以上おきてます。業務(雑用)は明日までお休み。

 朝の8時半頃、猫の毛長を捕まえて部屋に戻した、とカミさんが告げながら私をおこす。私が昨日マタタビを撒いた場所で毛長がフニャフニャしているところを捕まえたという。良かった。もともと毛長は私よりカミさんになれている。以前大怪我をして保護したときにも、毛長を捕獲したのはカミさんだった。
 部屋に戻した毛長は差し出した食糧を食べてから、安心したように横になった。猫には、人間などへの接近のモジュールと回避のモジュールが独立に備わっているようだ(人間も同じ)。外で大きくなった猫は、この回避のモジュールを解除できない。だから人間に近寄りたいと思いながら、近寄れずにいることになる。その点が、最初から人間のいる環境で育った猫とは異なる。

 昼近くまで申請書かきをし、12時頃に家を出る。大学に着いたのは13時半頃。申請書を書きつつ授業の準備をし、授業プリントを印刷する。推薦書を打ち出して封筒に入れる。
 7・8から演習。今日はテキストを進まず、質問への提出を求め、trust と self-esteem の意味が何であるかについて、時間を使う。時間通りに終える。
 次も授業であるが、作業をしてもらいながら、私は電子申請をする。なかなかうまく行かず。
 案の定、明日の朝まで申請書を待ってもらう。
 事務の部屋で編入試などについて話す。
 大学を出たのは19時近く。帰宅は20時過ぎ。
 猫たちに食糧をあげてから夕食。疲れている。なかなか仕事にかかる気にはなれず。
 風呂に入る。このまま寝るかどうかが問題だった。布団の上で家猫のチーコのご機嫌をとる。
 インターネットのニュースを見ると4連勝でロッテ優勝、と出ていた。阪神には可哀想だけれど、緊張の糸が切れた阪神と、プレーオフ続きで戦うことになれていたロッテの差だろうと思う。
by Larghetto7 | 2005-10-26 01:45 | 日記風
10/25 火曜は家にいたいが
 今までだと火曜は「自宅研修」を決め込んでいた。このところそうも行かない週が続いたけれど、特に予定は入っていない。

 インターネットのニュースを見ると、ホリエモンが広島球団を買収しようと動いていると渡辺恒雄が発言しているらしい。さすがに読売のサイトには載っていなかった。まあ、本当なのだろう。
 プロ野球も規制緩和された。そのおかげで楽天イーグルスが誕生し、パリーグは命脈を保った。ただ、その後の阪神、オリックス、そして広島、という話を聞くと何やら妙な気もする。
 以前、堺屋太一がいってのたのは、相撲方の競争社会(機制の中で競争する)から何でもありのプロレス型の競争社会になる、ということだった。資本が自由に動けばそうなる(もっともアメリカでも規制は結構強いように思うが)。
 大学は見方によってはコンテンツ産業であるから、どこかのファンドが大学を買う、ということがあるかどうか、面白いところだと思う。一般論としては大学は投資には向かない。大学の研究は基礎領域が建前であり、基礎領域は公共財の性格が強い(受益者を限定できない)からである。ただ、そうでない大学があってもよいだろう。
by Larghetto7 | 2005-10-25 04:01 | 日記風
10/24 眠い月曜
 またも今日は眠い月曜になりそうだ。睡眠不足になるのは既に分かっている。ともかく授業を乗り切ろう。多少の業務もありますね。

 という訳で目覚ましで6時半頃におきる。寒い。猫部屋に猫がいる。しかし大白という猫が見当たらずに心配する。外で食糧をあげる。2階の猫たちにも食糧をあげる。うどんの朝食。7時半頃に慌しく家を出る。バスの中で八田先生とご一緒する。大学には8時40分頃に着く。
 1・2~3・4は実習。最初に概略を説明し、その後、受講者を2グループに分けて1グループずつ作業をしてもらうことにした。
 家に電話すると猫の大白がいたという。
 相談事をいくつか受ける。次の授業の準備をする。プリントをコピィしておく。休学届提出の申し出があったので事務方に手続きを確認する。
 7・8が概説で、『12人の怒れる男』に関係する事項の解説からはじめ、承諾技法の説明に入って終わる。
 眠いので早めに帰る。帰宅は18時頃だった。
 夕食後、休学届けの確認を電話で行う。
 たぶん21時頃、2階の部屋で猫毛布の上で横になる。そのまま寝てしまった。0時頃に目をさます。睡眠としては中途半端だった。まあ、眠かったのだろう。
by Larghetto7 | 2005-10-24 01:20 | 日記風
10/23 フルヴェンの足音
 なんだかんだと昨日の土曜は休息だったろうと思う。「業務」のことはあまり考えなかったし、仕事全般のことも考えなかった。今、1時半を過ぎ、猫も寝ている。
 しかし土曜で怠けたということは、日曜が大変なのですよ。
 世間の国立大学の7割方は裁量労働制に変わったらしい。埼玉大学は今のところ、まだ変形なんとか労働制でやっている。裁量労働制に変わるとどうなるかはいくつかの大学から情報が入っている。大学によって事情は異なるらしい。埼玉大学でも理系は裁量労働制が良いと言っている。その理由の1つは、裁量労働制になると研究時間が5割以上確保されていることを示せるからだ、という。研究時間が確保されているのは望ましいことに相違ない。しかし現実に私の場合、研究時間は5割などとは程遠い。現実が程遠いのに「5割確保されている」ことにされるのは、納得出来ない。
 5割とはあくまで、労働時間内の5割である。つまり週20時間、ということだ。裏を返すと20時間、研究以外に使ったことを証明すれば、そこから先は雑務を拒否できることにしてもらえれば、裁量労働制も良いかも知れない、と思える。

 猫の喧嘩の声で目を覚ました。家猫のチーコがガラス戸越しに庭にいる猫に吠え掛かっていたようだった。時計を見ると11時だった。疲れて眠かったのだろう。
 よく晴れている。空の色は深い青で、秋らしい。家のベランダでも洗濯物を干している。私は猫の毛布を庭に干した。猫のコロちゃんがキーボードの前に来て私の邪魔をする。
 明日の概説の授業で『12人の怒れる男』の解説をする予定。こういうのもなかなか難しい作業だ。同調、集団意思決定、という線ではあまり解説することはないけれど、法廷心理学に言及することを考える。証言の不確かさが話の中心になるな、と思う。
 午後、カミさんが息子を連れて買い物に出た。私も思い立って買い物に出た。カワチで猫の食糧を買う。固形のフリスキーは近辺の店では1袋520円程度であるけれど、カワチでは320円だったので、貧乏人の本性が出て2個買ってきた。イトーヨーカ堂の新星堂に立ち寄ると、伝説の、フルトヴェングラーの足音付きのベートーヴェン第9(バイロイト)のCDが安売りされていたので買ってしまった。足音が何だと思うかも知れないけれど、マニアには足音のあるなしが重要なのである。ベートーヴェンの第9シンフォニーをかけるのは10年ぶりくらいかも知れない。
 居間のソファーの上に昨日から私の上着が置いてある。その上着の上で昨日から、家猫のチーコが寝ている。私の上着だからよいのか、とりあえず何でもよかったのか、その辺は分からない。
by Larghetto7 | 2005-10-23 02:39 | 日記風