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9/30 阪神優勝
 うれしくも悲しくもないが、阪神がセリーグで優勝したらしい。夕食時にテレビを見ていたら、巨人を相手に3-0で勝っていた。最後は5-1だったらしい。
 阪神は巨人とともに昔から人気のあるチームだった。しかし私には、阪神が強かったという記憶はない。阪神が魅力的に思えたのは、既に昔話であるが、監督になった村山が江夏豊を擁して首位の巨人に肉薄したときである。阪神は結局優勝できなかった。「豊、帰ろう」といって村山が引き上げた、という記事があったのを今でも覚えている。
 そういっては失礼だが、阪神には敗北の美学があったのである。
 阪神とは異なり、阪急(今のオリックスか?)が強かった時期のことはよく覚えている。当時、阪急は名監督、名選手、名投手を抱えていた。ある意味、強いのは不思議はなかった。日本シリーズで巨人が何度も挑むが、とこごとく退けていたのである。
 にもかかわらず、阪急は終始、阪神ほどの人気はなかったと思う。なぜかと、不思議に思う。阪神線沿線と阪急線沿線の土地柄の違いなのだろうか?
 それにしても現役引退する頃は恵まれていたとはいえない岡田が、監督として優勝できたのは良かった。この人、顔が阪神線沿線を連想させる。

 本日も昼近くに某会議がある。特に準備をする気はしない。
by Larghetto7 | 2005-09-30 00:03 | 日記風
9/29 正義の核兵器
 夜中になって、どうも仕事が片付かない。なんとなくやる気がなくなっているのかも知れない。
 今日はまた、朝から某業務がある。だから早起きしないといけない。そういうときの常として、眠い一日になるだろう。
 そうか、と思い出した。今日は息子のYの誕生日なのだ。では早く帰ろう。

 無駄話を1つ。これまた、若い世代の方には信じられないかも知れないが、私が今の学生さんの頃には、反核運動(反原水爆運動)の団体には大きく、2つがあった。片方はあらゆる国の核兵器に反対する運動団体であり、もう片方は、資本主義国の核兵器にだけ反対する団体である。たぶん片方が社会党系で、もう片方が共産党系だったと思う。
 後者の団体にとって、なぜ社会主義国の核兵器は許容するかといえば、たぶん、社会主義が正義であったからである。当時の信念によれば、戦争は資本主義の必然なのである。だから悪いのは資本主義国に決まっていた。社会主義国は戦争を起こそうとする資本主義国に対抗するための、正義の核兵器を持っている、という認識なのだと思う(単純に言えばの話である)。
 だから、「中国侵略」という話も、今とは受け取り方が違っていたと思う。当時の信念によれば、日本が中国を侵略したのは日本が資本主義国だったからである。悪いのは資本主義であるから、日本人は「中国に謝る」ことよりも「社会主義/共産主義革命を達成する」ことが重要だった。何しろ最近まで第二党だった社会党は村山首相の前まで、社会主義革命を党是としていたのだから。力点が「革命」から「中国に謝れ」に移ったのは、ベルリンの壁崩壊後に「社会主義革命」を言っても相手にされなくなってからのことである。
 実際問題として、ソ連は軍事力を行使し続け、ロシアに隣接する周辺諸国を侵略していった。最後の試みがアフガニスタンである。日本が軍事力の行使を一切しない期間、中国は日本が満州国を作るよりも露骨にチベットを占領したし、ベトナムへの侵略を試みた。中ソ国境ではソ連に軍事力も行使した。
 昔から「スターリン批判」は左翼の中にあった。スターリンによる大粛清、大殺戮は隠しようがなかったのである。だから社会主義の中にも「良い社会主義」と「悪い社会主義」がある、という話になって、結局左翼はまとまれなかった。今も、左翼相互の憎悪は熾烈である。
 単純に考えれば、社会主義の正義を否定することは難しい。人々が「平等」に生きることが社会にとっての最高善でなくして何であろうか? 人の生存が平等に依存するなら、多少の「自由」が犠牲になっても「平等」を守ることが善ではないか?
 しかし意図の美しさが結果の良さを導くものではない。だからこそ社会科学があるのだろう。逆説的に、社会主義の理解こそが社会科学の原点であるようにも思う。

 本日、午前に某業務の会合があり、12時過ぎまで続いた。今年度は何かと大変な状況になりそうである。
 事務室に立ち寄ると、某予備校からモデル授業開催の問い合わせが来ていると伝えられた。出すことにした。人選をして伝えると総務係長に申し上げた。
 研究室に戻って埼玉大学CMで撮影する授業の手配をする。なかなか条件に合う授業がない。
 15時半頃に帰路についた。今日は息子の4歳の誕生日であり、カミさんがケーキを買ってきているはずだった。ケーキは夕食後に食べるという。
 家猫のチーコのご機嫌をとっていたら、そのまま布団で寝入ってしまった。夕食後、数名の先生に電話して、予備校モデル講義とCM撮影の引き受けを依頼した。最近は手配師である。何とか揃ったので、事務方宛に結果のメールを書いて出した。今日は一日、こんな仕事ばかりであった。
 ケーキはチョコレートケーキだった。
by Larghetto7 | 2005-09-29 01:22 | 日記風
9/28 毛沢東
 昨日から本日(夜中)にかけ、職場系のメールでいくぶんにぎわった。本日、某委員会があり、細かい話をしないといけない。10月の高校からの訪問受け入れについても話を詰めないといけない。

 今の学生さん世代は信じられないかも知れないが、高校生の頃、私のかばんの中にはいつも『毛沢東語録』が入っていた。読んでいたとは言わないが、ともかく入っていたのである。私のある友人は完全にノンポリの軟弱男であったが、なぜか『毛沢東語録』をどこかから仕入れ、級友に販売もしくは配布していた。私も1つもらったかも知れない。
 当時は毛沢東は第三世界の輝ける太陽であり、虐げられた人民の希望の星と見られていた。世の中は変わるという信念が広く浸透していた。
 何しろ、高校の私の学年の生徒会長は(たぶん在学中から)赤軍派であり、後にどこかを襲撃して逮捕された。1つ間違うと浅間山荘にいたかも知れない。
 今となっては冗談のような話であるが、当時は旺文社のラジオの受験番組の合間に「北京放送」を聴くのが流行っていた。当然、中国共産党の立場の日本向けラジオである。北京放送は「成田空港における日本人民の闘争」を支持し、日本共産党のことは「日共宮本修正主義裏切り者集団」と罵倒していた。武力闘争路線を放棄した日本共産党は、同時に中国共産党と決別したという歴史がある。ただ、米中国交回復があり、その後に田中首相による日中国交回復があったので、中国にとって一番友好的な政治勢力は自民党田中派、ということになった。中国は今も田中真紀子を歓迎する。首相になる前の中曽根が中国を訪問すると、北京放送は中曽根を「閣下」と呼ぶ。中国共産党は怪しげだなと私がさすがに思い始めたのはその頃である。
 面白いのは、その毛沢東ブームだったときに日本は高度経済成長の只中にあったことである。つまり日本から貧困が消滅し始めた時期だった。その頃、深刻な公害事件があったけれども、客観的には明るい材料の方が多かった。単に所得が増えただけでなく、階層間、地域間、産業間の所得格差は小さくなっていった。
 今考えるとこの状況は何だったんだろうと思うけれども、たぶんもっともな解説がいくつか見つかるものと思う。 

 本日、午前はいつものようにあわただしく家で過ごした。大学の某役員に電話するも、出ない。13時からの某委員会の会議に出るために家を出た。
 大学の事務室の電話で某役員に電話すると通じた。話していていくぶん頭に来た。責任のある仕事の中身を把握していない。13時からの会議には10分ほど遅れて出席した。
 13時からの会議は3時間半ほどで終わる。時間がかかったけれど、協議する事項が多いのだから仕方がない。付随する事項の段取りも進めた。
 実験室に院生さんがいたけれど、修論の競技をする時間もないので今日は私が早めに帰ることにした。
 帰りがけに携帯で家に電話すると、先日骨折して動物病院に入院させた猫の黒子の手術を夕方にするという電話があった、という。帰宅した頃には暗くなっていた。
by Larghetto7 | 2005-09-28 02:18 | 日記風
9/27 猫骨折
 実は昨夜、猫を捕まえた。我が家に来る常連の野良猫の1匹で、名を黒子(クロコ)という。メス猫である。今年に入って偶々捕まえることができたので、避妊手術をしてもらった。そうしないと増え過ぎて近所が困る。その代わりできるだけ養っている。
 その黒子が昨夜はビッコをひいてうずくまっていた。足を怪我しているように見えた。すぐに捕まえないと逃がして、病気を悪化させるかも知れない。苦労して捕まえて、昨日の朝イチで動物病院に連れて行った。
 右の後足を骨折していると分かった。「どうしますか? 野良猫ですよね」といわれたが、私としては飼っているつもりであるので、骨折を直す手術をお願いした。10日は入院するようだ。またカミさんから怒られるかな、と思った。
 こうやって猫に出費することを人は理解しない。実は家族からも理解は得難い。ここで猫に金を使うなら、世界の困った子供たちに出費すべきではないか、という人もいるだろう。(私はユニセフに毎月振り込んでいるけれど、小額である。)
 ただ、猫は目の前にいる命なのである。知らぬふりをするだけの強さを、私は持てない。

 目を覚ましたのが遅かった。
 またもや事務的な日常が戻って来た。今日は朝から広報の仕事をしている。例の埼玉大学CMの件は訳の分からぬ展開になった。従来のルートとは違い、参事役と称する役員がヘッドになっている。今まで入試広報を担っていたのがアドミッションセンター広報部会と入試課であるので、何故、という疑問もある。埼玉大学の広報戦略はアドミッションセンター長のYさんの頭の中にあるのに、それで仕事になるのか? どういう方針でことが進んでいるのか分からない。私の目下の業務は4つばかりの撮影用の授業を確保することである、らしいが、方針が分からず、頼んでも無駄になるかも知れない状況で、私は仕事を進められない。教養学部事務長に話して、参事役に直接電話することにしたが、さっきからかけているけれど先方は電話に出ない。
 昼頃、学部ホームページに大学院の方の説明会の案内をアップした。問題は説明会の第1日目に私的には別の重い業務が入っているのであるが、時間的にかぶらないかどうかを確認するのに時間がかかった。
 いろんなことで人となかなか連絡が取れない。ある件で入試課のAさんに問合せようとしたが、別の仕事で出ている、という。Aさんは外回りに出ていることが多い。事務方は個人的にはみな、よく働いている。しかし全体の業務システムのデザインが悪いから、うまく仕事が回らない。
 10月13日に引き続き、14日にも某高校が見学に来るというので、その授業の手配が入ることになった。
by Larghetto7 | 2005-09-27 03:12 | 日記風
9/26 学務
 先日、教養学部の事務長と話していて見解が合うことがあった。入試要項や在学生向けの案内などの文書の口調が命令口調で、学生を人と思っていないところがある、という点である。学生をお客さんとは思っていない時代の文書がそのまま残っている、こいつはまずかろう、という点である。ただ、文書、規則の数は多く、その文書を直すというのは簡単にできることではない。現実的にはどうしたものかと悩むことになる。

 埼玉大の学生が2ちゃんねるなり他の掲示板に書いているのを見ると、学務係の対応が不親切だ、という不満が結構ある。しかし、学務の窓口の人が学生を人と思っていないかといえば、私の認識では、そうではない。むしろ大学上層部などよりは、学生がお客さんであることを認識しているのである。学生に不満が出る結果になるのにはいくつかの理由があるように思う。
 第1は、学生の目からは分からないけれど、学務係の仕事の負荷が以前とは比べられないほど上がっていることだ。学生の対応は午後4時半で終わると思うが、その後、係長以下、長く残業して仕事を処理する。しかも残業手当は出ない。そもそも人員の削減をすぐに蒙るのは、教員ではなく事務方なのである。埼玉大学の事務職員の数は、一頃と比べて半分くらいと思う。しかもその間、学生や教員は増えている。事務量は学生数、教員数(それに各種入試の数)とともに増えるから、こなす仕事も多くなる。その状況で学生にやさしくするのは難しい。
 第2は、学生様方が渡されている規則類を見ておらずに、学務に質問に来る例が多い、ということがあると私は思う。
 実は学生にしてみれば仕方ないのだ。なにせ規則が分かり難くできている。私も教授会や委員会で何度も問題にしているが、意味不明な文が連なる規則類が多い。しかも、文書の数が多く、ある事項を確認するのに、あちこちの文書を見なければならないようになっている。なぜこうなったか。1つは教員の担当者(規則を作るのは事務ではない)がアホだったことである。また、教員にしろ事務方にしろ、1つことの担当になる期間は短期(1、2年)であるから、時間のかかる根本的な規則の作り変えはせず、その時々で短い文書・案内類を出して終わりにする。その結果、見なければならない規則類が増えて、規則が何なのか、教員の方も分からなくなった。今、ある程度の整理をしている状態といってよい。

 学生へのサーヴィスの責任を担うのは学長以下の管理職である。直接的に学生が苛立つのは学務係に対してかも知れないが、どこに権限があって物事が動いているかを理解して欲しいと思う。苦情があるなら、学生は団体となって学長なり学部長に改善を申し入れるべきである。一定数の学生が申し入れるなら大学は無視することはない。学生(団体)との協議になるだろう。実際、千葉大などではそのような協議で物事がある程度、動いている。
by Larghetto7 | 2005-09-26 00:53 | 日記風
9/25 『祇園囃子』
 私の中には1つの信仰のようなものがある。世界は単純な原則でできているだろう、ということである。だから理屈が複雑になるにつれて何か間違った方向に行っているのではないか、という考えが思い浮かぶ。実は今日(というか昨日)、私が出ていたセッションは集団に関するもので、話が複雑になっているものが多かった。むろんその評価は報告による。大きな目標に向かっているものは良いのであるが、目標が見えずに複雑化しているものについては、これでよいのかどうかと考え込んでしまう。
 同じ穴を掘り続けるなら、穴は深くならざるを得ない。でもそれって、意味のあることなのか?
 単純なことがやりたい。

 さて、中津のホテルについてから夜も更け、家にいるときに比べてやることがなく(そりゃ、ここには猫がいないし雑用も解除だ)、いつもは見ないテレビをつけた。関西と関東ではチャンネルが違うから、どの番号がどの局かは分からない(一時は分かっていたのだが)。
 あちこちを見ているうちに、1つの番組に固定した。館ひろしが出ている。死んだはずの先輩が生きている、というミステリー仕立ての話であったが、その先輩である渡哲也が出る辺りから「そりゃねぇだろう」という展開になる。でも思わず最後まで観てしまった。『祇園囃子』という題であることは終わってから知った。脚本が倉本聡という。死んだはずの男が生きていて日本に戻ってくるというのは昔から結構あった物語のパタンである。とはいえ、泣かせますなぁ。そしてかっこよい男ばかり出ること、出ること。最後は男は去ってゆく、女のもとには来ない、これも決まったパタンですが、そうと分かって去り行く男の後姿が泣いているぜ。
 ネタばれなのに泣かせる忠臣蔵のようなものですな。

 昨日と同じルートを通るも、甲東園より1つ先の仁川駅で降りて用を足す。
 少し時間が余った。17時27分、新大阪発ののぞみのチケットを取っていたけれど、16時16分発に換えてもらう。少し早めに帰路に着いた。
by Larghetto7 | 2005-09-25 00:53 | 日記風
9/24 雨の御堂筋、かも
 本日、朝、家を出て関西に向かう。新大阪を明日の17時台に出る予定。天気予報を調べると明日の大阪方面は風が強い。台風17号の影響で、たぶん時間が過ぎるほど東の方で天気が崩れるだろう。今回は台風と私の予定とが合うのか外れるのかという賭けのようなものだ。
 関学には16時に行けばよい。私が新大阪に着くのが12時台であるから、問題がなければ余裕である。梅田で特急をどれほど待つかが時間の分れ道だろう。関学は勝手知ったところ、のつもり。甲東園で降りれば歩いても行けるように思うが、できればバスに乗りたい。
 関西に行く際のこの頃の常として、大阪梅田付近にホテルを取る。今回は梅田駅から少し離れているから、見つけるのに苦労するかも知れない。地下鉄御堂筋線沿いらしいが、御堂筋方向とはちょっと違っていたように思う。
 私は東京は通り過ぎるだけで、最近は歩いたことがほとんどない。大阪の方が足を運んでいるような気もするけれど、実は知っているのは梅田付近ばかりである。梅田辺りは大阪としても特殊なところのように思う。少し外れるとそれぞれに特色があるというか、独特の懐かしさを覚える場所があるのに。
 報告の方は明日の新幹線の中で考えるとして、って、オイオイという風情である。
 まさかプロジェクタがあるんだろうと思うけれども、大丈夫か? 実は学会プログラムや予稿集は大学に置いていて、取りに行かなかった。重いし。プロジェクタはつけますとは書いてあったように思うけれど、なかったら笑ってごまかそう。
 学会というのは行けば研究という構えになるから、新鮮な体験にいつも恵まれる。しかし戻ると埼玉大学的現実が待っているので、その現実に引き込まれてしまう。
 本当は長く旅行したいような気もする。行けばどこでもよいように思うが、特にどこに行きたいという願望はない。もっとも、月日は百代の過客とはよく言ったもので、じっとしていても実は旅はあるのさ。
 我ながら、こんなどうでもよい文章をよく書けるものだと感心する。気がつくと長くなっている。

 さて、大阪は晴れていた。台風の痕跡は多少風が強かったことくらいか。外に出て暑いと感じた。
 新大阪駅の15・16番線で松崎友世さんと会う。同じのぞみで来たらしい。一緒に大阪駅、阪急梅田、特急で西宮北口、甲東園と、私としては慣れたルートで進む(なにしろ学振で関学にいたくらいですから)。甲東園からはバスに乗る。予定よりむしろ早く関学について、昼飯を食べた。
 着いたときにはシンポジウムで、その間に報告の部屋に行き、持参したノートPCでPowerPoint の手直しをした。しばらく会っていない人の顔を見る。
 報告の方は、poor な内容をなんとかごまかす。
 セッションが終わったのが18時。当然、私は懇親会に出ない。関学から甲東園駅までは坂の下りであるので、楽に歩いて帰った。
 ホームでまた松崎さんと会う。懇親会に行かないのかというと、既に申し込んでも締め切りになってたという。そうか、行こうとしたけどダメだった、と私も言おうと思う。
 松崎さんは東北大の院生さんと、本間先生を梅田のホテルで出迎えるという。この時間ならご馳走してもらえるよ、という。
 梅田から私の泊まる東横イン梅田中津までは歩いてゆける距離と思うが、梅田駅周辺は道に迷った経験を散々しているので、地下鉄御堂筋線に乗って次の中津駅で降りた。降りてからどこぞでチャンポン定食というのを食べ、セヴンーイレヴンに寄ってからホテルにチェックインした。
 食べたちゃんぽん定食というのは、長崎チャンポンに単純にご飯がついている。うどんやラーメンにご飯がつたり、おにぎりが付く、というパタンは、昔大阪に来て初めて知った。関東地方では見栄があるからこんなことはしない。こうしたい、と思ったら即、臆面もなくやってしまう。ここが関西のすごいというか、奥が深いところだ、と関心した。現在は結構、どこでもやっていると思うが。
 東横インはこのごろよく使う。安くて、全室インターネットの接続が自由。確か朝食のおにぎりがタダ。安いのは、建物など徹底してコストを切り詰めているのと、室内の無駄を省いているところ。しかし通常の宿泊に問題はない。店長が必ず女性というのも徹底している。よくできていると思う。同じだけの努力を大学はしていない。
 明日はまた宝塚方面に行ってから、新幹線で自宅に戻る。
by Larghetto7 | 2005-09-24 00:40 | 日記風
9/23 ヨハネ受難曲的な日々
 本日も休日で連休の走りであろうか? つい先日も3連休だったような。休日とすると、えーと、何のひだったか?
 24日に学会報告があり、報告用の PowerPoint ファイルを書いている。あまり気が乗らない。24日は関学、西宮である。夕方近くが報告時間であるため、24日の昼頃に東京発の予定。
 あっ、出張の申請をするのを忘れてしまった。ほほ。
 猫のコロちゃん、この前まで子猫と表現していたこの猫は、今私の目の前、というかキーボードの前にいる。子猫というには大きくなった。10月でほぼ1歳になるはずである。私がキーボードをいじると邪魔するかのようにやってきて、実際邪魔をする。邪険にするのは可哀想なのだ、この猫は遊んで欲しいのだ。
 アメリカでまたハリケーンとかで騒いでいる。犬神祟りじゃ。それにしても、範囲と風速が凄い。日本の台風は太平洋で生まれるんだぜ、だからもっと凄くてよいように思うけれど、うーん、悔しいなぁ、ってことないか。それにしても、日本よりもアメリカって、相当異常気象ではないかという気がする。
 カトリーナのときに人種問題が云々された。その辺の理屈がよく分からない。対応が遅れて黒人層に被害があった、というだけならよいけれど、そのことにカコつけて人種差別そのものの話になった観がある。むろん被害は痛ましいことであり、被災しやすいのが貧困層であるのはよくあることであるが、貧困があること自体は政府の責任なのか? この辺は本音で疑問に思っている人が多いのに言葉にできない、という差別話のよくあるパタンがここにもありそうに見える。
 というのは、黒人や Native Americans を除いて、新たに来た下層民、例えばアジア系の人たちは、それなりに上昇移動を果たした。で、なぜ何時までももといた黒人層と Native Americans がこうなのか? 仮に今から、アフリカからアメリカに移民が来たら、彼らはそれなりに社会の階段を上がってゆくのではないか?という気がする。
 Native Americans に関しては、援助漬けになっていたことがあるかも知れない。
 そういえば少し前に、国際経済の同僚から聞いた話。アフリカ援助のある会合で、ヨーロッパの出席者が日本の出席者に、「日本は借款で援助するから、アフリカが立ち直ってしまったじゃないか(ヨーロッパは渡し切りの援助をしている)」と、冗談のような本気のようなことを言ったという。つまり「返さなければいけない援助」をもらうと、自立しようとするから実際に自立する。しかし援助のしっ放しというのは、頼り切ったままになるので、自立は出来なくなる、ということらしい。「先進国」は本音では、アフリカに自立して欲しくないのだろう。
 話は飛ぶが、なぜニートになるかって、簡単な話のように思う。援助が出るからである。ニート税をとればよいのかも知れない。
 ニート税が導入されると彼らはどうするか? 働くのを嫌う本格ニートは、ニート税を逃れるために大学に編入学するだろう(→大学は儲かる)。しかし授業料はどうなのか? 授業料を払うためにアルバイトをする。で、ニートはフリーターに格上げになる。そうだ、これで解決するんだ。

 アメリカのハリケーンはまたも凄いことになるかも、ほうほう、などと悠長なことをいっていたら、こなた台風17号も近づいているではありませんか。明日、私が出発する時間は新幹線に影響ないかも知れないけれど、次の日の戻りがやや危ないように思えてきた。
 先日、eki-net とやらで新幹線チケットをネット予約した。今日になってまだ取りに来ていないとメールが来た。明日の出掛けでよいと思っていたけれど、出掛けでは込むかも知れず、今日駅まで取りに行った。実際に駅まで取りに行くなら、最初から窓口に行って買った方が良かったかも知れない。
by Larghetto7 | 2005-09-23 01:23 | 日記風
9/22 続・埼大CM
 朝おきたら外は濡れている。そういえば昨夜は雨が降っていた。このところ急に気温が下がった。
 家にいると学務係長から電話があった。大学から電話があるのは怖いのである。仕事が来るから面倒、などという気楽な話ではない。「アンタが作った何年前の入試問題、間違いがあると発覚した」、「ええーっ」ってな展開が怖いのである。
 学務係長の電話は幸い、怖い話ではなく、面倒な話だった。まだ良い。
 例の、ケーブルテレビに流す埼玉大学CMのヴィデオ撮影の件だった。10月に各学部に撮影に回りたい、という話を聞いてはいたが、10月3~5日の3日間でやりたい、という。授業風景を撮影するのである。授業を4つ手配する必要がある。
 困ったな、と答えた。学期初めの第1週であるから、先生方に連絡するのが大変、というのはまだよい。が、第1週目はガイダンスのような授業になることが多いから、その状態で、何れかの授業で撮影できるか。出来るとして、教員ももちろん、学生の方も少しは良い格好をしてもらいたい。そのためには時間が欲しく、10月の第2週にして欲しい、という要望は私から伝えた。
 ヴィデオ撮影するのが、プロではなく、大学の放送研究会というところだという。スタッフの数からして、ホームヴィデオを撮るような程度だろう、と学務係長。うーん、まあ、金ねぇもんな。
 まあ、本部事務方の入試課が学生団体の放送研究会を当てにするというのは、ある意味、微笑ましい姿のようにも思うけれど。
 最悪、10月第1週のために授業を手配することを引き受けた。週末に学会が一応あるので、来週からですよ、とはことわった。
 10月の13日には福島県の高校から団体さんが来る。そのための授業の手配は、少し待ってもらえるようである。
 私がどうしてこういう仕事を抱え込むことになるのか、この点は問題である。私がなまじ小器用であることが災いしている。そういえば、私には幾分、勤勉手当が出ていると思う(有り難がれ、ってか?)。
by Larghetto7 | 2005-09-22 12:17 | 日記風
9/21 眠気
 昨夜、というか今朝は寝たのが遅かった。なのに早く起きてしまった。家猫のチーコが外の猫とガラス戸越しに喧嘩してギャーギャーいうのでおきてしまった。チーコが反応したのは小黒(コクロ)という子猫である。その後に別のガラス戸越しに、チーコが小白(コシロ)という子猫に吠えかかる。小白の親の白が出てきてチーコを外から威嚇したらしい。さすが親子である。いいとこあるではないか。
 何をする必要があるかとノートにリストを書いてみると、事項の数が多い。やる気が失せてくる。何もせずにタバコを買いに出た。帰ってからうどんを食べた。

 とある社会学者の論文に(確か AJS の 1988 辺り)、セクト、カルトの出現を説明したモデルがあった。このモデルはよく出来ていたので、時折授業で取り上げたことがある(といっても、そういう内容を出せるのは基礎演習くらいである)。「宗教心」における人々の分布が一定としたとき、社会全体の行動基準が世俗的になると、極端に宗教的なセクトが出現しやすくなる、とこのモデルは予測する(セクトとカルトは異なるけれども、カルトを含むと見るべきだろう)。
 このモデルが直接想定するのは今日的なカルト状況だと思うけれども、実はイエスの集団も同じような状況で出現したのではないか、と想像することがある。
 イエスの時代、ユダヤの王だったのはヘロデであるけれど、ヘロデ王の親父もヘロデ王といったらしい。何れも家族を殺し乱脈な相関図を作った人たちである。サロメもその中の話の1つである。
 ヘロデの時代、ユダヤはローマ帝国の属国になっており、総督のピラトが権限を担っていた。イエスの磔刑を許したのもピラトである。要するに当時のユダヤはローマ帝国の域内にあり、結構栄えていたかも知れない。以前、そのヘロデが作ったという海岸沿いの遺跡を見に行ったことがある。港に隣接して広大な遊興施設を要する遺跡で、ローマ的、という感じがした。
 実はそういう時代背景の中で、対極のようなイエスの集団が現れたのだろう。そういうと怒られるだろうが、バブル期にオウム真理教が生まれたようなものかも知れない。
 聖書の物語では、奢侈に浮かれているところで預言者が出る、という話がよくあるような気がする。ローマでキリスト教が広がるときも、状況は似ていたかも知れない。
 この辺の歴史的経過は字面で追うだけで、どうもピンと来ない。しかもそのキリスト教が、ある時点で突然、支配的な宗教になってしまうのである。なんでよ、と不思議に思う。

 今日は実は、某事項に関する意見を文書にしてどこぞに送った。その文書を書くのに時間を使ってしまった。そんなことしている場合ではないんですが。ただ、記憶があるうちに処理したいと思った。
 福島県会津のある高校の父兄・教師が団体で10月13日に見学に来るというので、見学授業の手配を頼むという依頼が入った。こいつは広報の仕事なので私の範囲なのですよ。
 埼玉大学の中でも、学部によって客層が若干異なるのです。ウチの学部は「埼玉依存率」が割と低く、主たる客層は東北新幹線、上越新幹線沿いなのです。今のところ新幹線はみんな、大宮に停車するので。九州や北海道の人も結構いるのですが、今年の4年生については、東北が目立ちます。(実は私、福島より北はあまり行ったことないのですが。)
by Larghetto7 | 2005-09-21 10:07 | 日記風