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再び 7/31 帰宅する
 飛行機が成田に着陸したのは9時40分頃。なんだかんだと出るのに時間がかかり、10時38分発のスカイライナーに乗って上野に向かった。帰宅したのは13時ちょっと過ぎだった。
 野良子猫のコロちゃんはまた何度か吐いたらしく、カミさんが動物病院に連れて行った。家猫のチーコは朝出かけたまま帰ってきていなかった。心配したけれど、しばらくして戻ってきて、長く風呂場で昼寝していた。私はシャワーを浴びたかったが、チーコに遠慮してシャワーを延期した。
 日本が暑い訳ではないけれど、やはり湿度が高い。モヤっとした不快さを感じる。17時頃にやっとシャワーを浴びた。
 これで明日が休みであればよいのだけれど、そうはいかない。今日中にやるべきことも多い。

 行ったらすぐに戻ってきた、というのが実感である。
by Larghetto7 | 2005-07-31 17:34 | 日記風
7/31 成田に向かう機内で
 ミュンヘンから飛行機が経って3時間近くになる。ルフトハンザ機は機内でインターネットができるので、クレジットカード番号を使って試しに接続してみた。登録がやや面倒だったけれど、インターネットに接続できた。大したものである。
 日本時間で31日の1時20分頃になっている。
 30日は例によって朝早くおきた。やはり寝転がったまま寝入ってしまった。今年に入ってから慢性的な睡眠不足があるので、眠れない、ということはない。
 荷造りをしてから、チェックアウトするまで、旧市街に出かけた。目指したのはミュンヘン博物館、Stats Museum というところである。他の大きな博物館に比べると建物は見劣りするけれども、案外と見るものがあった。入場料は4ユーロ、ただし写真は撮れない。
 要するにミュンヘンに因んだ文物を見せる。マーラーが第8交響曲を指揮している写真とか、リヒャルト・シュトラウスのサロメを上演した写真など。そういえば、ヒトラーが最初に立ち上がったのもミュンヘンだった。出るときにポスターを1枚買った。研究室のドアに貼ろうと思う。今まで貼ってあったのは、フランクフルトの民族博物館?で買ったポスターである。
 11時半頃にホテルを目指した。20分くらいでホテルに着いた。荷造りする。念のためにメールチェックをすると、何か来ていた。急いで返事を出してすぐにホテルを出た。
 すぐにタクシーに乗る。今日から?学校が休みになるとかで、空港までの道路は混んでいた。
 ルフトハンザのカウンターにチェックインしてから、前に入った、空港2階にある Mangostin という変な東洋麺カフェで、タイ風(ほんとかどうか知らない)の何とかいう麺を食べた。ビーフンのようなソバだった。
 今回、現金が余った。ドイツにいれば余らなかったかも知れないけれど、ポーランドにいたためか、お金をあまり使わなかった。概して物価が安いのである。貧乏なドイツ人はポーランドのリゾートに行くという話は、よく分かるような気がする。
 で、余ったユーロで、しばらく会っていない姉のためにお土産を買った。
 あと8時間ほどで成田に着く。しかし着いても休めない、すぐに仕事があるところが辛い。
by Larghetto7 | 2005-07-31 01:34 | 日記風
7/30 朝 SD conference@Krakowについて
 横になったら眠り込んでいた。目が覚めたら、ミュンヘンの時間で朝の6時だった。街は活動を始めている。
 ここでやらないといけない大学の仕事(4年生の卒論のこと、8月1日の入門の試験のこと)があるけれど、どうも手につかない。ちょうど私が大学にいると、今回の conference の報告のための研究がなかなか手につかなかったのと同じである。一定の環境にあると「その仕事をする」頭にならないのである、という自己弁護。

 今回の SD conference@Krakow での中心テーマは期せずして? punishment だった。北大のグループもそうだし、ヨーロッパ(オランダ)、イスラエル、スウェーデンのグループも、punishment シフトをしていたように感じる。そういえば私の報告も punishment だったけれど、こいつは偶然。なぜこうなるか? たぶんこのテーマで人が注目してくれそうなときに、みんな揃ってやる、ということなんだろう。合理的であるとととに、ちょっとポリティックスっぽいところがありますよね。

 ポーランドだと、A.Nowak(進化の方でない人)など、シミュレーション系の人がいるので、その辺がどう出るかと思っていた。ところがこの辺の報告はなく、A.Nowak も来なかった。この点は残念なところです。ここでやっても仕方ない、ということかも知れない。唯一、A.Nowak のお弟子さんのような人がポスターを出していたけれど、このポスターだけではよく分からない。交渉過程のメンタルなメカニズムを Neural Net で表せる、その共有化された思考(Neural Netのモデル)ができるんですよ、という結論なのだけれど、どのようにしてできるのかは、質問しても分からなかった。Negotiation Jourtnal とかの雑誌に論文があるのだという。

 そういえば杉浦さんのネタに近い話を、オランダの若い人がポスターでやっていましたな。Ssを Social Value Orientation(このトピックは相変わらず多かった)で Prosocial と Proself に分けたとして、確か、協力への説得が効くのは Prosocial のSsで、その場合、CCのセルとDDのセルの両方に言及するときに(だけ)効果がある、という結果でした。この人、帰りのタクシーで一緒になりましたが、practical application は今は考えていないようです。

 こちらに来て良かったのは、慢性的な睡眠不足がある程度解消したことです。この何ヶ月か、平均睡眠時間は3、4時間/日だったと思います、雑用で!!

 ついでに、下の写真はバイエルン博物館で見た、沢山あったマリア像の1つ。正確な時期は忘れましたが、確かルネサンス期です。西洋の彫像は、ギリシャ・ローマ時代には精妙を極めているのに、中世になるとほんと、不細工なんですね(それはそれで良い所はあるんですが)。そこが面白いところで、例えば12世紀というと日本では運慶、快慶辺りがいて(たぶんその頃だったと思うのですが)、水準の高い仏教美術を出現させていた。それとは、西洋中世の彫像は比べるべくもない。しかしルネッサンス期に入るとほんと、急にギリシャ・ローマに戻る感じがあります。マリア像にしても、12、3世紀のものは(ルーブルで見ても同じですが)、非常に素朴な彫像で、マリアも Great mother ってな感じです。この写真の時期まで来ると、着物の表現、顔の表情、姿勢など、格段にルネッサンス的ですよね。単に'Maria'と書いてあったから、あのマリアだろうと思いますけど。d0028773_14162863.jpg
by Larghetto7 | 2005-07-30 14:15 | 日記風
7/29 ミュンヘンの夕立
 という訳で、明日、帰路につく。丸一日こちらにいられるのは今日だけである。本日は出張ゆえ仕事がある訳であるけれど、そこはそれ、フレックスタイムの我々であるから、当然ながらフレキシブルに乗り切る。そうだ、時間が余ったなぁ、ということで、旧市街の中心地(聖母教会があるあたり)を通り抜けて、王宮の先のバイエルン博物館に出かけた。
 日が照って暑かった。飲用水などを2リットルくらい飲んだろうと思う。
 博物館ではこの地方の古い美術品を展示している。見ていると、12世紀辺りから始まって、ルネサンス期、およびフッガー家が出てきた辺りまでが中心だと思えた。当然ながら宗教的な題材の作品が多い。絵画よりは彫像に目をひかれる。
 といいながら、下の写真はその絵画の1つである。サロメである。
 サロメというのは、我々はオスカー・ワイルドの戯曲、そしてリヒャルト・シュトラウスが作曲したオペラとして記憶している。オスカー・ワイルドのサロメは、若い予言者のヨカナーンに恋をし、その首をはねさせて接吻する、という物語である。生首に接吻する場面は、オペラではサロメのモノローグという最後の場面で、この部分の音楽は私は、あらゆる音楽の中で最も好きな箇所の1つである。この場合のサロメは、魔性の女(といっても15歳なのだけれども)というイメージになる。
 ところがこの絵画は違う。なんともまあ、可憐な少女に描いているではないか。生首のヨカナーンにしても、少女が恋するような顔ではない。
 生首を持つ女という題材は、何とかいう有名な画家が描いた、オルフェウスの生首を持つ誰とか、というものがあった。そっちの方がイメージ的にサロメに近い。
 たぶんこの絵を描いたときのサロメ像は、聖書の記述に近く、悪女役の母親にそそのかされて義父のヘロデ王にヨカナーンの首を所望したサロメ、という解釈なのだろう。魔性の女サロメというのは、割と新しく出来上がった観念だったようである。
 今日は私は、早々にホテルに戻った。明日の準備があるし、残った雑用もある。
 ホテルの部屋にいながらしばらくした19時半頃、いつもはまだ明るい空が暗くなり、夕立になった。雷が鳴って稲妻が光る。日本の夏の暑い日と同じだなぁ、と思った。外に出ているやつらはざまあ見ろ、と思う。d0028773_3264257.jpg
by Larghetto7 | 2005-07-30 03:26 | 日記風
ほんとに 7/28 ミュンヘンに移動する
 本日、またも6時頃に目を覚ました。この conference では8時20分から18時頃までずっとセッションがあり、すべてに出ているので、正直疲れる。今日、タクシーで一緒になったオランダの若い人が「疲れたから10日くらい休んでいる」といっていた。あいにく私は休めない。学生様方、少しはお考えください、と申し上げたい。
 6時頃目を覚ましたというのは、たぶん0時頃にベッドに寝転んでそのまま寝入ったのである。ずっとこんな調子で、ここに来てからちゃんとベッドに入って寝たことがない。
 今日は最終日で、8時20分から12時頃までセッション、その後に記念写真とかがあり、13時半頃までランチ。三々五々、皆さんは帰る。
 私は航空便が17時10分発で、それまでダウンタウンに行くという選択肢もあった。が、帰りの便がスウェーデンの Tommy と一緒で(ミュンヘンからも一緒だった)、15時にタクシーを呼んでいるというので、一緒に行くことにした。ロビー付近で時間をつぶす。
 ミュンヘンに着いて1人になった。タクシーでホテルまで行くと55ユーロくらい前回かかったので、なんとなくバスで行こうかと考えた。が、バスが出そうにない。電車があるので試してみた。チケットの買い方が分からない。一番安いのを買って後で清算すればよいと割り切る。電車に座っていると前に、体格の良い警官(たぶんオフ)が座った。
 目指す中央駅(ドイツ語で何とか hofen というやしい)は the next station と私が質問した人はいっていたけれど、各駅で10駅くらい止まる。さすがに中央駅では英語で 'central station' というアナウンスが入った。
 降りるときにチケットの清算をするつもりだったけれど、降りるのはノーチェックで、払わずに出られた。いいのかなぁ。6ユーロくらい得したことになる。
 中央駅付近のホテルにチェックイン。この前と同じホテルで、1日20ユーロを覚悟してインターネットに接続した。
 帰るまでに、私は8月1日の試験問題を作らないといけない。学生用の調査票の手直しもある。いやはや、こんなことしている人、 professor とは呼ばないよね、と苦笑する。
 という訳で、写真は撮っていない。下の写真は昨夜(暗くなるのは夜9時過ぎ)行った、ユダヤ人街と旧工業地帯との境目あたりの街角の風景である。後ろの建物が社会主義リアリズムである。
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by Larghetto7 | 2005-07-29 04:38 | 日記風
7/28 昨日、ユダヤ人居住区に行く
 今となっては昨日、18時半頃に Guided tour で古いユダヤ人居住区に皆さんと出かけた。最初、アーミッシュのようなところかと思ったけれど、何のことはない、旧市街の外れにあるユダヤ人居住区だった。一行の中にはイスラエル系、ユダヤ系の人は多い。面積で見ると狭い。シナゴーグがいくつもあり、1つには入ったけれど、博物館の類には入らなかった。
 一通り見た後に一行で Ariel という Jewish Restaurant に入る。日本人のいない席に座る。気がつくと2日前のレストランのメンバーと近く、スウェーデンの Tommy と一緒。この人は彼自身がしゃべらないし、こちらもしゃべる必要がないところがよい。ビールを飲んで Jewish の料理を食べる。まあ、どこでも変なものが出るとはいえるけれど、不思議と美味しい。
 写真はこの Jewish restraunt にいた猫のうちの1匹である。d0028773_726281.jpg
by Larghetto7 | 2005-07-28 07:26 | 日記風
7/27 昨日、salt mine に行く
 今となっては昨日であるけれど、夕方近くから近くの salt mine (岩塩採掘坑)に学会の excursion で出かけた。塩の採掘坑が金鉱のように張り巡らされている。今は観光地になっている正直、面白くなかった。近くにはアウシュビッツもあるのだけれど、イスラエルから来ている人も多いので、アウシュビッツは差しさわりがあったのだろう。
 写真は採掘坑の一室で、岩塩の彫刻が残っている。正面のマリア像やシャンデリアは塩でできている。
 むしろ印象に残ったのは行き帰りに眺めた野外の風景である。なだらかな丘陵があり、その光景が美しい。空が広い。d0028773_1351487.jpg
by Larghetto7 | 2005-07-27 13:51 | 日記風
7/26 昨夜は市内観光
 日本では午後2時半頃の今は、クラコフでは朝である。昨日は私自身の報告を終えたので、気分が大いに楽になった。学会のセッションが終わったのが17時頃で、18時頃からクラコフの中心街、つまり歴史的な建造物がある辺りの Guided Tour があり、バスに乗って一緒に出かけた。クラコフというのは昔ポーランドの首都があった都市である。市内に城があるというのは、私が行ったことのあるヨーロッパの街では、ここを除けばエジンバラくらいだったと思う(要するにあまり行ったことがないということだけれど)。広場自体はガイドの説明のように、広かった。
 20時頃から自然とグループに分かれてレストランを探し回り、いろいろ回った末に私が入った一行は、城の中のような(つまり穴倉のような)部屋に分かれたレストランに入った。銘々に別のものを注文したので来るのに時間がかかった。ホテルの部屋に戻ったのが23時半頃、そのまま寝て、26日は朝の6時頃に目を覚ました。d0028773_1446424.jpg
by Larghetto7 | 2005-07-26 14:46 | 日記風
7/24 夜が明けて
 昨夜はホテルの部屋で報告のまとめをするつもりであったけれど、そのまま寝入ってしまったようだ。朝早く、というか明け方に目を覚ました。雨が降っており、寒いくらいに感じた。家に置いてきた猫の夢を見た。PCをいじっていると空が明るくなってきた。朝方には雨がやんだ。
 8時頃にホテルのレストランで朝食をとる。同じ会議に出るアメリカ人やらイスラエルから来た人と会い、挨拶して一緒に食事をするけれど、そもそもこういう場合を処理するような英語力や行動様式が私には備わっていないので、食事が終わると早々に引き返した。この種のホテル缶詰というのは、私には有難くない。
 こういう場面で仲良くするというのは意味のあることで、特に欧米人にとってはこのときに得た知己を資本にしてビジネスにつながるのである。欧米は日本以上にコネ社会といえる。日本もそのうち同じようになるだろう。ただ、私はそのような環境ではうまく生きていけないな、と思う。
 自分の報告の準備がまだできていない。再びとりかかる。日中は日が照って気温もあがった。
by Larghetto7 | 2005-07-24 22:01 | 日記風
7/23 ポーランドのクラコフに着く
 日本より7時間遅い。日本では24日になっているがこちらは23日である。
 ミュンヘン空港発15時10分の便で目的地のポーランド、クラコフ(と日本語ではいうそうだが、英語表記で Krakow)に着いた。空港に便が着いたのが16時40分頃。学会組織の手配が良かったのでそのまま案内でタクシーに乗り、ホテルに着いたのが17時頃だった。
 都市のダウンタウンのホテルだと想像していたら、郊外?型のホテルだった。
 着いて少し近くを歩いた。印象としては、やはり西ヨーロッパに比べると貧しい。いろんな所が荒れているのは、最近まで社会主義国だったなごりのようにも見える。
 部屋に戻って内部を見たら、インターネットの差込口らしいのを見つけた。つないでみるとつながった。ラッキー。
by Larghetto7 | 2005-07-24 01:57 | 日記風