12/30 火曜
 こうやって今年も過ぎて行こうとしている。なんか早いというか、でも長かったというか。
 年の瀬だというのに、このブログにちゃんとアクセスしてくださっている方は、結構おられる。アホちゃうか、とは申しません。有り難いことでございます。
 今年度大きかったのは、私が学部長になっちゃったことですね。時間の余裕という点でいえば、その前の2年間の副学部長時代も変わらず忙しく、その前のナントカ委員長とナントカ員だったときも、やはり異例なほど忙しかったですよ。でも、業務内容が、学部長だといろいろ違ってきました。そのことが分かったですねぇ。
 給料も高くなりました。まあ、学部長の間は。でも、以前の学部長は指定職だったので、もっと良かったんだってさぁ。その頃は仕事もなかったのに。
 しかし出も多いですわ。部内教職員のご不幸ごとに、公費で出ない分も払っていますし、発展基金なんかも、まあご想像にお任せしますか、前の副学部長の何倍か支出ですわ。私、そういうの、払ったことないんですけど。まあ、敬愛する担当理事(加藤先生じゃない方)が(ゴマをすってしまったな)わざわざ挨拶に来てくれていますから。しかし、評議員と副学長は払ったのかね。払ってねぇだろうな。払ったら言うよな、性格的に。
 ま、いろいろあります。最近分かったのは、学部長は「機関」ですから、人格とは別に、仕事をしておいてもらわないと組織がまずいことですね。学部長でこうですから、学長となると、まあ、以前の(ずっと以前の、ですよ)ひどい学長が仮にいたとして、そういう方でも辞められると困るのね。まして総理大臣だとね、ともかくいて頂かないと官僚機構が動かないですよね。
 さすがにいえませんけど、頭に来ることも多いですよ。なんというか、基本的発想のレヴェルで、ええーっ、今さらそんなこと考えていたのぉ?ってなこと、よくあります、部内で。このギャップ、教授会自体の開催頻度が減りましたので、埋めるの難しい面がありますわ。
 実際やってみて、この行政的仕事というのは、そんな良いものではないですね。へー、こんかことやってんだぁー、ってなこと、よくありますわ。しかも、実際には選択の余地、あんま、ないですからね。
 全学の場に出ていて、今の埼玉大学は(埼玉大学に限らないと思いますが)、幕藩体制のような感じかな、と思います。まあ、将軍とか老中とか、いる訳で、その方々に権限が集中している、学部長は支店長のようなものであるのは確かですが、「軍団」を直接握っているのは部局長で、学長選挙が近づくとクーデターも起こせますからねぇ。
 まあ、なんですよ。大大名と小大名ね。工学部と教育学部が、加賀とか薩摩ですよね。それに比べると、うちらはまあ、赤穂藩くらいですかね。
 まあ、全部ウソですから、本気にしないでくださいね。

 8時頃いったん目を覚まし、うとうとしていた。と、時計を見ると10時過ぎだった。
 外に出ると晴れていた。今日はまだ暖かい。
 猫の食糧を準備する。
 昨日同様、年賀状書きで過ぎてゆく。
 昼頃、親戚のご不幸の電話あり。告別式は1月5日というが、その日には予定がある上に授業もあるので、1月4日夜の通夜のみ出席とする。家族はみんなで泊まりで出かけることにした。
 近くの石丸電気でプリンタのカートリッジを買ってくる。
 判で押したように、16時台に猫のシャチ君が現れる。捕まえられず。
 時折、書いた年賀状を近所の郵便局(本局ですたい)に持ってゆく。年賀状をほぼ、書き終えた。
by Larghetto7 | 2008-12-30 20:10 | 日記風