長谷川三千子講演会 あれこれ
 11月3日の長谷川先生の講演会が終わったので、裏方の私としては仕事が1つ終わった、という解放感がある。それほどの準備をした訳ではないが(その点は長谷川先生に申し訳なかった)、仕事項目が1つ減ったのはうれしい。
 
■ この講演会のテーマは、事後的に、靖国(含、戦争責任(War Guilt)、東京裁判、九条、憲法改正、…)とジェンダーの2つになった。いずれも議論すべき点が多いので、1つに絞ってもよかったかも知れない。「学術的」にはジェンダーの方が論点は多かったろうと思う。

■ 私個人の考えは長谷川先生ともともと、あまり変わらない。だから当日の長谷川先生の議論にも違和感はなかった。残念なのは強力に「反日」の立場を主張される方が少なかったことである。もう少し厳しい議論があってもよかったかも知れない。

■ 太平洋戦争と呼ぶか大東亜戦争と呼ぶか、アジア太平洋戦争と呼ぶか、ともかく「あの戦争」についても多少議論になった。が、話を聴いていて隔世の感がある。私が学生の頃は、あの戦争は日米の帝国主義同士の戦争であり、だから単純に日本が悪いという話ではなく、悪いのは資本主義だ、というのが「左翼」の一般的な発想だったように思う。しかしベルリンの壁とともに「左翼」が瓦解し、元左翼は単純に「反日」に宗旨替えしたように見える。
 だが、「日本が悪い」ということの先に何があるのかが見えない(あるとすれば東アジアにおける中国の覇権を希求することかも知れない)。「左翼」の頃は、日米帝国主義を批判する先には「革命」があった。

■ 「あの戦争」が「戦うべき戦争」であったのかどうか、ということが少しだけ話題にのぼり、議論としては特に詰めなかった。もっと話せば面白かったように思う。
 議論は、「あの戦争」といって何を考えるかによって異なる。
 1941年12月8日に始まる戦争を指すのであれば、同じ条件でもう一度選択をしても「開戦」を選択する確率は高いように私は思う。当時の交渉の感覚からするとハル・ノートは呑めなかったろうし、戦うならあの時点が良かった(あの時点で日本の戦力は米国の戦力に最も接近していた)。ルーズヴェルト政権はともかくアメリカ議会は日本との戦争を望んでいる訳ではなかったから、緒戦で勝てればアメリカに厭戦気分が出ることを期待することも無理とはいえない。確実な大負けよりは「緒戦の大勝利」を経て講和に持ち込む賭けを選ぶのは、ある意味仕方なかったように思う。事後の情報を前提にすれば愚かな選択であったけれども、事前の情報を前提にすれば仕方なかった、ということである。
 ただそれ以前に中国に進出(侵略)していった経緯については、そうする必然性があったのかどうか、私には分からない。満州国を「生命線」にするほど、当時の日本の経済状態は悪かった訳ではないと思えるからである。
 ある程度仕方なかったのは、当時はまだ、自由貿易体制を前提にした国際秩序というモデルが選択肢として提示されていなかった、その時点での判断だったということだろう。
 現在、自由貿易体制と民主主義をペアにしたグローバルな国際秩序が明確に提示されている。評価はいろいろあろうが、その秩序の普及をアメリカが行い、日本が協力している。この秩序は安定を前提にする上に、長期的には各国に平和と平等な繁栄をもたらす(自由貿易体制は大英帝国以前の収奪システムとは根本的に異なる)。この秩序形成への参加以上に日本が「過去の反省」に立つ事業はないように思う。

■ たぶん現在の歴史的段階の新しい要素は、国家のあり方と、求める国際秩序のあり様との整合性が求められることだろう。経済自由主義(自由貿易体制)と民主主義をペアにした国際秩序のためには、中国が民主主義国家というには強大すぎる国家権力を維持する訳には行かなくなるのと同様に、日本も「特殊すぎるシステム」を維持する訳にはいかなくなる。この点が私と長谷川先生で意見が多少異なる点かも知れない。経済グローバリズムは、各国の後ろ向きの労組からも長谷川先生からも不評であるけれど、あり得べき国際秩序からは容認する以外にないように思う。

■ 靖国のことになると、過去はともかく現在軍事力を強大化させている中国から言われたくねぇよなぁ、というのが私の本音である。
 この件はもともと下らない話だったように思う。靖国でゴネると日本は頭を下げて金も出す。それに味をしめているから、中国も韓国もまた言うさ。総会屋に金を出せばそれで収まる訳ではなく、また金を要求されるのと同じである。テロリストの要求を入れればテロリストはまた人を誘拐して要求を出してくるのと同じである。だからこの種の要求はどこかで断ち切らないといけない。靖国が良い悪いという話とは別次元の問題である。多少の波風は立っても、小泉は正しかった。その後で安倍首相が靖国参拝を曖昧にするのも、戦略としては正しいだろう。中国に言われて日本がその通りにする訳にはいかない。だからといって参拝しますといって中国の立場を壊す必要もない。靖国を口にすれば日本は頭を下げて言うことを聴く、という図式を壊して見せさえすればよいのである。
 中国は日本の「敗戦国」としての地位の確認を繰り返し、しつこく求めている。しかし今あるべき、グローバルな世界秩序に整合的な価値観を体現しているのが、ロシアや中国といった「戦勝国」よりは、日本なのである。

■ どなたかの発言で「日本は戦争に負けて良かった。戦前に比べて戦後は良くなった。」というのがあった。ある意味、懐かしく感じた。そういっては失礼だが、私も小学生か中学生の頃にそういっていたように思う。私が小学校の卒業文集であげた「尊敬する人」は、何しろ、FDRだったくらいである。
 その後、その手のことを考える機会はなかった。
 で、このトシになってどう考えるべきかと、改めて考え込んでしまう。
 1つ気がついたのは、人が「戦前」という場合、その戦前とはしばしば「戦争中」だということである。戦争中に極端に人権が制限されるのは、別に日本だけではなかった。アメリカでも日系アメリカ人は evacuation を強制された。それが injust だと認めてもらったのは割と最近のことである。
 どの辺から「戦争中」というか、という問題があるが、日本の戦前期の民主主義は、欧米先進国と比べて特に遅れていたとはいえない。日本には立派な政党政治があったし、今日も継続する極端な中央集権的官僚統制が始まったのも、昭和16年、つまり戦時統制として始まったことである。日本の戦前には結構、経済自由主義が欧米並みに存在していた。戦後の農地解放の先駆となる経済改革も実施されていた。だから戦争に負けなくても、結構明るい社会であったのかも知れない。
 ただ、仮に戦争に負けなければ、軍隊という巨大な官僚機構をちゃんとコントロールすることが出来たのか(出来たような気もするが)、その辺は分からない。
by Larghetto7 | 2006-11-05 11:01 | 日記風