9/8 金曜  戦没者遺族弔慰金
 朝、施設にいる母から電話があった。友達のMさんから電話があり、友人たちは皆、戦没者遺族の弔慰金をもらっているという。まだ弔慰金が降りるという連絡が自分のところにないのは、どこかで手違いがあるのではないか、調べてみるように、と電話で伝えてきたらしい。そこで私に、市役所で調べてくれと母が頼む。
 戦没したのは母の兄、私には伯父にあたる人である。そこで伯父の父、つまり私の母方の祖父には遺族年金が出ていた。祖父の死去後は遺族年金は祖母に引き継がれたが、祖母の死去後は母に遺族年金が相続されることはない。しかし私の母にも額からいうとわずかな弔慰金が、何年かに1度出る。そういう制度になっている。
 この弔慰金については私が去年、市役所に行って手続きしてきたのであるが、その後も気にした母はしばらく前に市役所に電話し、降りたかどうかを確認していた。決まったら連絡するから待っていてくれ、というのが市役所の返事だったはずで、そのことは私も聞いていた。だから何れ連絡はあるだろう、と私がいうと、このお金は特別なお金なのだから、と母は重ねて私に頼む。そういわれて「調べる」と答えた。
 特別なお金とは、母の兄が母に遺してくれたお金、という意味である。だから額が問題ではない。わずかでも、母には大事なお金であった。
 まず書類を調べてどこに連絡すべきかを確認しようとした。やっとそれらしい書類が出てきた。手続きをしたのは市役所であったが、扱いは県のある部署だった。書いてある番号に電話した。分かりやすく対応してもらった。手続きをした私の電話番号で現在の申請状況が分かるという。調べてもらうと、私の母方の本籍地である福島県(会津)で7月に弔慰金は降りている、という。しかし国債を発行するのに3ヶ月かかるので遅れている、国債の準備が出来たら知らせが行くはずだ、という。弔慰金は国債で降りるのである。この結果を電話で母に伝えると、安心したようだった。
 戦後は終わっていなかった。母のような思いを数限りなく呑みこんで、あの戦争は過ぎていったのだな、と今さら思った。
by Larghetto7 | 2006-09-08 23:45 | 日記風