6/24 土曜
 先日、ベネッセ系の受験雑誌の取材を受けた。Web版原稿のチェックの催促を昨日受けた。時間がなく、放ってある。
 この雑誌は非重点弱小地方国立大の先生をよく取り上げているようだ。その点はベネッセの商売上の立場なのだろう。広報の視点の強い私としては、学部の宣伝のためと思って受けた。当初私が懸念したのは、私の実態と記事とが乖離しないかということだった。多少乖離しているかなと思う。先方もライターの人が原稿を書く。そりゃ、雑誌の観点からすれば私に原稿を書かせるよりはライターに書かせるべきであるけれど、いくぶん自分の教育研究環境を見つめることを強いられたような気がする。
 問題は、私が研究として考えていることと教育上行っていることとが乖離している、という点だろう。先方としては「研究していることを教えるんでしょ」と思うのは仕方がない。が、実際はそうではない。私が授業で行っていることといえば、私自身の研究と近くはない。はっきりいえば遠い。この乖離が、授業に対する私の負担感を高めているかもしれない。
 言いたいことをぬかすならば、学生がついてこられることを教えているなら簡単なのだろう。
 私も90年代は、授業の中でプログラミングを結構、やっていた。学生もある程度はついてきた。しかし90年代の終わり頃には、私はプログラミングをほとんど授業では取り上げなくなった。達成率が低いのである。特に私のいるコース/専攻ではそのようなことをしようというメンタリティ、ないし適性のある学生が、まずいなくなった。院生で、多少やる学生がいた程度である。
 体系的な教育を行う体制が取れれば、このフラストレイションは改善されるかも知れない。が、ここではその体制が取れない。
 この点では文句はいえない。旧帝大ないし有名私立のような恵まれた環境にいる人を除けば、多くの同業者(正確に言えば似たような志向をもった同業者)が、同じような問題に直面している。仕方ない、といわれて終わる。
 この状況にあっても、何らかの機会があるかも知れないな、と思う。
 学部の中で、場所を変えてみるのもよいかも知れない、という考えが断続的に浮かぶ。

 今日は土曜であるから母のところに行かないといけない。

 という訳で、この日おきたのは9時過ぎと思う。いつものように猫たちに食糧をあげる。業務メール若干。カミさんが母のところに持ってゆく裁ちばさみなどを買ってきてくれていた。
 午後になって母のもとに向かう。いつものように時間が過ぎた。
 帰宅は19時過ぎ。
 えーとあのメールはいつだっけ、などとファイル探しをしているうちに時間がたった。
by Larghetto7 | 2006-06-24 03:25 | 日記風