6/10 土曜
 昨日から私の部屋には猫のQちゃんがケージの中で暮らしている。私の部屋も猫で満杯になっているな、と思う。Qちゃんはエイズを患っていて、その上で風邪をひいているけれど、病状がどうなのかはまだ分からない。幸いというかどうか、この猫は行儀が良く、おとなしい。動物病院の先生の話では、Qちゃんにはアビシニアンが混じっているという。娘が何かで読んでカミさんが私に伝えるところによれば、アビシニアンと言うのはおとなしい猫なのだそうだ。しかしよく食べる。食糧を与えるとすぐに食べ切る。水もよく飲むので、薬を与えるのも簡単だ。同じくエイズに罹ってこの部屋で暮らした赤白は、簡単には薬を飲んでくれなかった。
 おかしなもので、「共生」という概念の重要さを私は猫を通じて実感として学んだように思う。
 猫は人間に適応して生きる種であり、元来野生の猫などと言うものはいない。野良をしている猫は人間が勝手に捨てたか、家族計画をせずに増えた猫が離れて野良化したか、である。だから彼らが野良をしているのはすべて人間が悪い。しかしその結果を彼ら自身が受けねばならない。Qちゃんにしても、この行儀の良さを考えると、もとは飼い猫だったか、飼い猫の子供であるだろう。しかし野良として生活し、その過程でエイズにも感染する。この猫が悪い訳ではない。だから病気を患っていても、何とか他の猫と一緒に生きるようにさせてあげたい。そう考えながら、そうか、人間の社会も同じだね、ということに気がついた。
 私の家族もある程度そうだし、一般の人も、猫には迷惑を感じる。でも排斥するのは可哀想なのだよ。彼らは自分で野良を選択したのではない。病気になることを選択した訳ではない。一緒に生かせてやれないものか、そういつも考える。猫ぐらいは許容してくれよ。彼らも生き物、命なのだから。

 さて、本日は某委員会関連のメールを書いて送ることに時間を費やした。しかし一番大きかったことは、母がいる施設の短期1年契約が近々切れるので、正式に契約したことである。お金がかかるのはトホホであるけれど、1つの進展と言える。
 午後に母のもとを訪れた。入居者の中では頻繁に訪れる方なので、母としても面目があるらしい。社交辞令とはいえ私は親孝行で通っているようだ。
 今日一日、曇りがちであるけれど気温は高い。夜になって小雨が降った。風邪で鼻が詰まったQちゃんの息がいつも聞こえる。
by Larghetto7 | 2006-06-10 23:55 | 日記風