6/3 土曜  中央ゼミナール
 本日、高円寺の中央ゼミナールに客引き?に行く。いやまあ、学部の広報活動ですわ。言い出したのは私であるから、私も行く。

 「今のお仕事」を私は常に投げ出したいと思う。だからそれらしい機会があると私は内心うれしく思うが、なかなかすんなりとは進めない。
 私に欲求があるとすれば、何らかの地位に就きたいということではなく、何かをしたいかどうかである。この仕事でやりたいこととは、この大学を「普通の大学」という格好に近づけることである。
 大学がいかに生き残るかが重要だ、という人がいる。私はその意見は尊重すべきと思うけれど、無条件にその通りとは思っていない。存続する価値がないならこの大学は消え失せても構わない。存続する価値がある大学、存続させたいと思わせる大学になれるかどうかが、重要だ。
 何が存続する価値がある大学かは、主観の問題に過ぎない。が、私にとっては「普通の大学」ということだろうと思っている。普通の大学とは、埼大規模であるならギリギリ総合大学の格好を持つ、ということである。普通の学問を普通にやる部分が基幹部門となり(この部分が所謂、Arts & Sciences college である)、その周囲に特徴のある institutes がある、そういう大学である。当たり前のこであるが、その大学の基本形が、放っておくと崩れてしまいそうであるのが今の問題だろう。
 普通のことを普通にやることがいけないことであるような錯覚が生まれてきた。それでは大学の基盤は壊れてゆくだろう。最近の文部科学省の文書でもこの点への反省が出てきたことは、明るい材料のように思っている。
 今のまま放置すると「文系」の比重は小さくなる。社会科学系は経済学部があるからよいとしても、人文系が教養学部の半分程度というのはバランスを失している。それでバランスが悪すぎるのは、米国の州立大学の内部構成を見ても明らかだ。
 普通の大学を目指すという点では補佐会の中でもコンセンサスはできているだろうと思う。問題はその志を形にする計画をどのように作るかにある、という気がしている。

 本日、おきたのは9時頃だった。まあ、よく寝たか。曇り。今日は気温は上がるまいと思う。庭に出て猫に食糧をあげる。2階の猫にも食糧をあげる。モモチャンに薬を飲ませるのには失敗した。
 シャワーを浴びる。
 11時半頃に家を出て駅に向かう。ハイパーダイヤで調べたところ、13時頃に高円寺につくには、11時50分台の新宿行きの湘南新宿ラインの快速に乗ればよい。赤羽近くでやっと座れる。新宿で降りたのが13時前。14番線の中央線快速に乗る。実は新宿から西には土地勘がなく、どの電車に乗るとよいのか分からない。安全策で各駅に乗っておく。正解だったようだ。中の近くでサンプラザのビルを見るのは何年ぶりかと思う。学生の頃はよく行ったのだけれど。次が高円寺だった。
 高円寺の南口を出るとするのところに中央ゼミナールがある。受付に行くとすぐ後からY先生がお出でになった。3階の教室を埼大教養学部の教室に割り当ててくれていた。良い待遇である。後からT先生もお見えになった。
 開始前に近くのコンビニでお茶のボトルを3つ買ってくる。が、人数分のお茶のボトルは中央ゼミナール側で用意してくれていた。
 開始の13時半早々に2人の女子学生が来る。相談を開始する。思ってより相談者が来てくれたのは有難かった。残念なのは、編入の相談ばかりで、院の相談が全く!なかったことである。
 途中、客足が途切れて3人で雑談していると、じきに別の相談者が訪れた。最後の方では中央ゼミナール側のスタッフと挨拶した。
 17時に帰る。
 Y先生は別方向なので駅で別れる。私とT先生は中央線の電車にのった、つもりが、次の駅は落合とかで、別の電車にのったようだ。高田馬場で降りてJRに乗り換える。私は次の池袋まで行き、湘南新宿ラインの宇都宮行の快速電車にうまい具合に乗れた。
 最寄駅に着いたのが18時半ころであろうか。家に行かずにイトーヨーカ堂に寄る。4階で猫食糧を買う。同じフロアの新星堂でCDを眺め、カザルスによるバッハの無伴奏チェロ組曲のSP盤復刻のCD2枚組を、安かったから(といっても2600円くらい)買っておく。
 帰宅すると例によって猫が寄って来る。固形食糧をあげる。2階の猫にも食糧をあげる。私がモモちゃんを抑え、カミさんが注射器の薬をモモちゃんに口の中に投与する。
by Larghetto7 | 2006-06-03 02:55 | 日記風