6/1 木曜
 副学部長を辞めると腹を決めた。学部長、評議員との意見の違いが大きい。副学部長職の大きな仕事は将来計画と理解していたが、その点では意味不明の動きが始まってしまった。私は事後承諾も与える気がない。この計画で行くなら、私がやる、という話ではなくなるだろう。
 このところ、全学がおかしくなっていた。ウチの学部は大丈夫と思っていたが、ここに来ておかしくなってきたように思う。
 時間が使えるな、と思ってほっとする。睡眠時間は増えるだろう。
 
 昨夜、寝たのは2時過ぎと思うが、今朝目を覚まして時計を見ると10時半だった。8時間寝たことになる。これだけ寝たのは最近の記憶にない。
 日が強く照っている。私が庭に出て少しすると猫が現れた。食糧を置くと大白と小白は食べた。2階の猫にも食糧をあげに行く。元祖家猫のチーコは盛んにガラス戸越しに外を見ている。

 全学も学部内も構造は同じかもしれない。今の全学体制では理事は学長の指名であるから、理事としては自分の判断で動くべきか、学長の意向にただ従うべきか、迷うことになる。理事は理事で独自の判断をすべきであったが、実際には、学長のしたことであるから仕方ない、といってついていったのだろう。
 しかし、理事が学長の判断をただ追認するというのは間違いである。仮にそうあるべきなら、役員会など必要ない。理事は独立の判断をして、場合によってはトップと相違することは、制度上織り込まれている。
 似たようなことは部局でもある、ということだろう。評議員は、学部長とは別に投票によって決まったから、独自の判断をしやすい立場にある。が、副学部長は全学の理事と似たような判断場面に直面する。
 この、曖昧にトップに権限が集中したシステムは、社会心理学的にはgroupthink、すなわち、集団愚考の基盤になる。その懸念が全く現れてしまったかどうか、を私が書けるのは、だいぶ先になるだろう。
 「普通の大学」を目指す路線を確立したかった。このままではダメのように思うが、どなたかが言っていた。「まあそのうち、どうせ統合がありますよ。」 そのときにあらためて仕切りなおしできるかどうか、ということなのだろう。何れにせよ既に私がかかわれることではない。

 さて、本日はよく寝たはずなのに、その割には眠気が残っている。すぐに平常に復するのは無理なのかも知れない。身体に疲れが残っている感覚がある。が、感覚があるというのはまだ正常なのだろうと思う。
 という訳で特に何かをする気力が失せたけれど、教育協力会がらみで行う講演会を詳細を詰めないといけない。そこで午後になって家を出て大学に向かう。
 大学に着いたのは15時頃。まずローソンでパンと飲料水を買う。キョウキ棟に研究室のあるO先生を目指す。といっても今日は休講という張り紙があって、当てが外れた。近くのN先生の研究室を訪れて、協力会文書の校正をお願いする。パンを1個食べる。
 研究室に行く。今日は17時頃から補佐会があり、そこで決定的なことを言わないといけない。
 教育協力会の文書の手直しをする。その後で月曜の中間試験の問題作りを始める。買ってきたパンを食べる。
 17時になってもお呼びがかからない。18時近くになってK先生が研究室を訪れる。評議会の後に急に部局長会議が入り、学部長はそちらに出ているという。今日の会議をその後にするか、明日の朝にするか、という選択になった。学部長の方はいつ終わるか分からないようなので、明日にする。いくつかの件について世間話をする。
 少し研究室にいて、19時頃に帰路につく。帰宅は20時15分頃。
 今日は日中暑く、今のなって風が心地よい。夏の夕べの温感である。
 私が帰ると、見えなかった猫たちが集まってくる。私があげる固形食糧を銘々に食べた後、また四散して行く。
 学会関係で面倒なメールが来ている。どうしたものかと考える。
by Larghetto7 | 2006-05-31 23:47 | 日記風