3/29 水曜
 今日から3日、業務の会合予定があり、家にいる訳にはいかなくなった。無粋である。今日は某委員会の年度最後の会合があり、少なからぬことを決めないといけない。

 私が大学に勤め始めた頃、某T大のある先生から次のように言われたことがある。

─ どんな教授会にもいんだろ、くだらねぇことを一言わねぇとおさまらねぇ馬鹿が。そんな馬鹿になっちまったら、おしめぇだからな。

 そのときは、あーそうかと思っただけであるが、今は笑えない。つまらない一言は努めて言うまいと思うが、それでも傍からは、つまらないことを言っているように見えるだろう。少なくとも、研究でも教育でもない業務に頭を働かせている。
 この状況は本来、異常なことだ。週40時間が労働時間とすれば、教育と研究だけやっていれば40時間はなくなる。その他をする時間など、本来はあるはずがない。
 研究でも教育でもない、この「業務」というやつをどうやって減らすかが、実は大学が直面する最大の問題のように思う。教授が「業務」をしていたのでは、大学が大学らしくはならない。教授の「業務」は本来、何らかの審査か、カリキュラムを考えることくらいであるべきだろう。
 この業務問題に対処するための方針が、実は法人化前にはあった。部局が権限を手放し、本部に業務を集中させて、本部人員で業務を一元的に行う、という方針である。例えば、「将来計画」は大学の計画であり、部局単位での「将来計画」はないはずだった。教育も一元化する方向を考えていたはずであり、そのための学務の一元化であった。入試業務もアドミッションセンターで一括して行うはずだった。
 「部局教員定員の再定義」をして教員定員を本部に召し上げたのであれば、その召し上げ定員を本部スタッフに使うのが(使い道を考える能力があるなら)、本来の筋であったように思う。
 結局、部局の側が「部局ごとに業務を行う」方を選好した、というのが現実に近いのだろう。「部局ごとに業務を行う」というのは結局、部局が半ば独立の経営体のごとく行動することを意味するから、結果として大学としての大きな展開はできないことになっているように思う。
 「このままやるのかね?」と思いながら、ぼんやりと眺めているしかない。

 本日、院将来計画委員会の今年度最後の会合があり、14時から出席した。私の役割は院生調査結果の説明である。2年連続の調査であるが、昨年とは含意の異なる結果も出ており、その意味するところと対応を協議した。
 終わってから多少の業務を済ませる。学会関連の作業がいくぶん進展する。
 18時過ぎに帰路についた。帰宅は19時40分。今日はいくぶん寒い。
 帰ると、日中、母から電話があったとカミさんが伝える。猫に食糧をあげながら家の外で携帯で電話する。
 その後で姉の所に電話する。姉の所にも電話がいっていたようだった。状況を説明する。なるべく母のことろに行くように頼んでおく。
by Larghetto7 | 2006-03-29 01:03 | 日記風