3/19 日曜  強風
 墓参りには行かぬが、既に彼岸であることを思い出した。
 フランス文学の先輩同僚にK先生という方がおられた。今は名誉教授になっておられる。私は長いことその先生を、つまらぬ勘違いから嫌な人だと思っていた。が、先生はあるとき、親族が亡くなられたことについて次のように述懐されたことがある。親には精神的にも金銭的にも依存している訳ではないのに、自分とはどこかで繋がった存在なのだろう。いなくなるのは寂しいものである。これほどの喪失感があるとは思わなかった。その話を伺ってからはK先生のひととなりを理解できるようになった気がする。
 私も家族のことを考える時間が多くなった。そのようなライフステージにあるということなんだろう。子供のこと、母のこと、姉のこと、ついでにカミさんのこと、カミさんの母さんや親戚のこと。既に死んでいった人のこと。また、猫のこと。死んでしまった猫のこと…。
 家族というのは、いなければ時間的にも金銭的にも楽だと思う。給料をもらって独身だった頃は、給料は高くなかったけれどお金の使い道がなかった。
 だが、苦労の種であったとしても、家族というのはいるだけ有難いのだろう。

 本日、日曜というに朝から大学で業務がある。7時半におきる。朝はまだ穏やかだった。猫に食糧をあげ、自分でも朝食をとる。家を出て9時6分発の上り普通電車に下の娘と乗る。下の娘はさいたま市でピアノの発表会(娘の先生の生徒たちの発表会)がある。後でカミさんが行く予定。娘とは大宮駅で別れる。
 ちょうど10時頃に大学に到着した。某室で某某と某会合。
 時間とともに風が強くなった。台風でもあろうか、という風の強さである。家に電話し、上の娘に物干し竿を下ろしておくように伝える。
 某先生と不二家に行って食事をする。
 帰路についた。大宮駅には14時台に到着。しかし強風で宇都宮線は運転見合わせ、というアナウンスがある。しかし電車が出るようだった。行けるところまで行く、という変なアナウンスである。悪い予感はしたけれどそのままいても仕方ない。電車に乗った。
 途中の某駅までは電車は順調に進んだけれど、そこで電車は止まってしまった。風が強く、止まった電車が揺れる。ドアを開けると風が吹き込んでくる。風は強く、冷たい。北西からの風のように思う。
 電車は利根川を渡れないようだった。
 止まったまま30分以上経過した電車は、やっと動くことになった。私が降りる駅まで行くという。駅を降りると途中下車する人で改札口はごった返しだった。
 強い風の中を家に向かって歩く。実は温室がどうなったか心配だった。先日の強風で温室の屋根が飛んだ。家に着くと今度は温室のドアが外れてた。ドアの飛んだ温室の中で猫が2匹たたずんでいた。猫たちは室内でじっとしていたようだ。
 この強風は当然、3月としては観測史上初、ということのようだ。暑さにせよ寒さにせよ、この風にせよ、観測史上最高とか初といった言葉が何度も繰り返される。そんな異常な気象なのだ、と感じた。
 さいたま市に行っているカミさんには、ためらわずにタクシーで帰るように形態メールをうった。
 
by Larghetto7 | 2006-03-19 01:44 | 日記風