3/12 日曜
 昨日は業務関連で、次年度担当者に引き継ぐべきファイルの整理をしていた。ファイルを圧縮して相手に引き渡す。これで終わりかと思うと解放感がある。院の将来計画については、私がやった院生調査の結果を出さないといけない。この作業が私の最後のご奉公であるとともに、今年度の委員会業務の終わりにもなる。SPSSのデータファイルをいじっているうちに時間が経った。昨年度の調査結果と対照できるように集計しないといけないので、やや面倒で、すぐには終わりそうにない。
 私のキーボードとディスプレイの間に猫のコロちゃんが陣取っていて、うまくキーボードが使えない。
 今日は都内の行き慣れない某所に用がある。早く寝ないといけないが、夜型になっているので辛い。場所が分からず、ネットの地図をプリンタで打ち出す。

 午後に帰宅した。多少のメールが来ており、返事を書く。
 院生調査結果を、SPSSの出力結果を見ながらまとめる。
 母がいるところの施設長から電話があり、カミさんがとった。私が心配して受話器を受けた。母の電話に私の家からの着信履歴があったので電話で確認しただけという。やや安心した。今日は電話していないから、以前の着信履歴が残っていただけだろう。母に代わってもらい、電話で話す。
 親のことを考える度に自分が何のために生きているかという問題に向き合わされる。
 私の父親が死んだのがほぼ30年前であり、それから6、7年間、母には苦労をかけた。いや、苦労はその後もかけ通しだったというべきか。なのに私はこうやって母から離れているのか?わずかな期間でもなぜ一緒にいてあげられないのか?
 研究にしろその他のことにしろ、何かを成し遂げることに意義を見出す人は、沢山いる。私にもたぶん、多少の才もあり、多少の理想もあるのだろう。だから何かを成し遂げることが私にとって大事なことかといえば、以前からそうではないような気がし続けている。
 私にとって重要なのは、目の前の何か、それは多少困った学生であるかも知れないし、死にかけた猫かも知れないし、家族かも知れない。そういう目の前の何ものかに何かができるということではないのか、実はそういうことが私にとって重要なことなのではないかと考え続けた。
 今、何かをしなければ一生悔やむのではないのか。
by Larghetto7 | 2006-03-12 00:12 | 日記風