あっという間に大晦日になってしまった。駆け抜けるような1年だった。いや、「駆け抜ける」というのは、颯爽とした1年を過ごした人への形容である。私の場合、躓いて転びそうになって、おっとっとといっているうちに過ぎた1年だ。何といったらよいだろう。そう、
今年は、転がり落ちるような1年だった。
なんか惨めな気がするな。
13時頃に年賀状を書き終えて、郵便局に持って行った。年賀状を出すのが大晦日というのは、今までに皆無とは言わないまでも、この10年間ではなかった。それだけ滅茶苦茶な状態だったのだろう。
PCでプリントするだけなら29日には年賀状を出せた。そうしなかったのは一言を手書きするという方針を変えなかったからである。意味のある苦労だったかといえば、合理的には無意味な苦労だったと思う。そんなもん、だれも感心はしない。時間はより有効に使うのが合理的である。が、ことは personal norm の問題である。
カミさんはいろいろ買い物に出ては戻ってくる。実は明日は私の母が来るので、いろいろ手配をしないといけない。
今日初めてメールを開くと、某N先生から学生向けの調査に関する打診のメールが来ていた。止せばよいのに、調査票を書き換えてメールで送った。感謝されるかどうかは分からない。
夕方近くになって薬のカワチに買い物に出た。猫食糧を買ってきた。考えてみると、昔と違って今は正月だから店が閉まっている、ということは少ない。
私の原体験:学生の頃、池袋に住んでいて、正月に買い物が出来ずに苦労したのだ。
段々と紅白歌合戦の時間が近づくに従い、少しは正月を迎えようとする気持ちになった。紅白歌合戦は、むろん観ない。
昨夜から、クラウディオ・アラウのピアノ演奏によるベートーヴェンのピアノソナタ全集を最初からかけている。CD10枚+1枚(ディアベリ変奏曲)である。今、8枚目になっているから、掛け続ければ今年中に終わる。この全集を年末にかけるということには、さしたる意味がある訳ではない。あえてあげれば、音楽CDとしては今年最大の出費だった、ということくらいである。
ベートーヴェンのピアノソナタは興奮しながら聴くことを要求しているような気がしていた。しかしアラウの演奏はテンポが遅く、悠々とした演奏である。BGMのようにかけても様になっている。と書いているうちに26番の「告別」が終わった。
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年末のベートーヴェン