12/26 月曜 しつこく授業の日、年賀状も書けず
 本日、正月前の最後の授業の日となる。クリスマス過ぎて授業というのは、以前は絶対になかったけれど、近年は何度か経験がある(ような気がする)。野暮だよな。休みたいけれど、休むと補講を求められるので、休めない。
 溜まった雑用は休日中には処理されなかった。休日を台無しにしてもまだ苦難が続く。年賀状を書けそうにない。出さなければいけないところはカミさんが、手書き+スタンプで出すから、という。そういえば家には、戌印のスタンプがいくつか買ってあった。たぶん娘が買い込んだのだろう。
 夜中、風呂を出て2階の私の部屋、よく言えば書斎に入ると、猫の毛長がニャーといって寄って来る。何か食いたいのだろう。私の見るところ、猫は食糧を要求するときには顔を何かにこすり付ける仕草をする。大き目の猫缶を持って戻る。3匹銘々に缶詰をあげる。みんな黙って、同じ格好をして食い始めた。食った後はそれぞれ、気に入った場所に散ってゆく。そのまま寝てくれればよいのだけれど、この時間帯にはモモちゃんとコロちゃんが空中戦を始める可能性がある。
 今、お茶をいれに台所に行くと、猫部屋との境のガラス戸の近くで件の小黒がいた。台所の中に入れた。煮干などをあげたけれど食べるでもない。こうやって他の猫が来ることは、家猫のチーコに知られないようにやらないといけない。本妻に知られずに愛人と密会するようなものである。そういえば、12/23の記載 → 本妻と愛人

 授業の準備をし、寝たのは3時半頃だった。寝て1時間くらいしたときに一度チーコに起こされた。また寝た。3時間睡眠で6時半にはおきる。娘たちは学校は休みになっている。上の娘は何かの講習会で早く出てゆく。今朝、既に小黒には病院から与えられていた抗生物質を与えたという。外はまだ寒いのに、猫たちは庭に出ていた。食糧をあげたがほとんど食べない。2階の毛長たちは相変わらず食欲が旺盛だった。
 7時半頃に家を出る。風がやたらと強い。山形の方では電車が風で転覆したらしい。
 大学に着いたのは8時40分頃。授業に行くと2人しか来ていなかった。OさんとH君。建物内は静かで、授業をしている形跡は少ない。授業を始めると段々と人数が増えてきたけれど、いつもよりは少ない。時間早めに授業を終える。
 この授業のレポートが大きな塊のようになっている。数年間の保管義務があるので返却できない。返却するとすればコピィをとるか、pdf ファイルにでも落とすのであるが、その手間と費用を誰が負担するんだ?
 委員会予算の使用額を確定するために生協にソフトの注文に行く。しかし生協の売店は22日までといって、閉まっている。この日にちで授業があるのも変であるが、生協が閉まっているのもけしからん。開いている生協の食品売り場でおにぎりやお茶を買ってきて食べる。
 7・8の授業の準備をする。プリントを用意する。
 7・8に概説。やはりいつもより出席者が少ない。早めに終わるべきところを、時間いっぱいいやってしまった。
 研究室に戻る。実験室には4年生が3人来ていて、SPSSの作業やら文章書きをしていた。多少話す。
 眠いので17時過ぎに帰路につく。寒い。その上風が強く、冷たい。この冬最も寒いと感じる帰路である。やはりずっと眠い。バスの中で寝入ってしまい、目を覚ましたときには終着の北浦和駅まで、私以外の乗客は既にいなくなっていた。急いでバスを出た。
 帰宅は19時前と思う。私が家に着くと、猫の大白、小白、黒子、小黒、母子が出てきた。食糧をあげるも、あまり食べる訳でもない。猫たちは寒い中を、庭を飛び跳ねている。何のために出てきたのか、判然としない。
 小黒は家の中の猫部屋にいて、普通の状態に戻ったようだ。薬はカミさんがあげたという。
by Larghetto7 | 2005-12-26 01:01 | 日記風