11/16 zero tolerance
 数日前のニュースに zero tolerance (寛容度ゼロ)という言葉が登場した。zero tolerance とは米国で、生徒が学校に銃や麻薬を持ち込んだら「必罰」にすることを指している。ニュースというのは、zero tolerance の成果を日本の役所が米国に調べに行く、という話だったと思う。このニュースが出た日、フランスの暴動でサルコジ内相が強硬発言をしたというニュースが出た。この2つのニュースは妙にイメージが重なった。
 tolerance とはある意味、協力の進化シミュレーションでおなじみの概念である。tit-for-tat では「必罰」をするけれど、tolerance があった方がよいのかどうか、という問題である。むろんノイズがなければ必罰(というか、相手の選択の反復)でよいが、ノイズがあるとどうよ、ということだったように思う。
 あるシミュレーション結果は、協力状態が成立するときには tolerance が低下する、つまり非寛容な状態になるけれど、協力状態が軌道に乗ると tolerance が高まる、という結果だったと思う。解析的にはどうなのか?
 一定の秩序を立ち上げるときには非寛容が進化する、という話は直感的には理解できる。
 ただ、zero tolerance の話はエージェント間の協力とは違う。central authority がある(あるいはできる)ことを前提とした話で、また別のモデルで考えることのような気がする。

 本日はまた授業の日で、その上、「業務」もやらんと池真偏仮名(いけまへんがな)。
 そういえばの、教免話

 さても、今朝はなかなか波乱の幕開けだった。実は今朝、上の娘が修学旅行で京都に出かけることになっていた。朝早く出る予定だった。一方の私は昨夜は4時頃まで、今日の授業の準備をしていた。
 私が寝てたぶん1時間くらいして目覚ましが鳴り、私は目覚ましの音を消した。が、何度も目覚ましは鳴っているようだった。私の家ではなぜか、家族はみんな、猫のチーコを含めて同じ部屋で寝ているので、誰かが早起きするときにはうるさくてかなわない。
 しかししばらくして、「7時20分になっている」といってカミさんがあわてておき出し、上の娘を起こす。上の娘は6時台の電車に乗って東京に向かうはずだった。カミさんと娘があわてて家を出る。その間、私は布団の中でウトウトしていた。
 私がおきたのはカミさんが東京駅から電話してきたときだった。遅刻したけれどなんとか間に合ったという。
 という訳で、家の中は騒がしかったけれど私はノッソリおきて、猫に食糧をあげた。
 おきてから授業の準備をまた始めた。
 私が家を出たのは12時頃。午後に授業がある。
 大学には13時半頃についた。授業のプリントを補足し、プリントしてコピィした。
 7・8が演習。今日は私が話す。その後、院の授業。こちらは1人のために、t検定、対応t検定、多重比較の話を説明。その後、卒論学生用に因子分析と主成分分析について解説する。
 18時頃に終えて某所に向かう。実は「反学長」の某会合があった。私は途中から出席する。19時頃に終わる。
 研究室に戻り、部屋を少し整理する。古い書類を処分する。しかし机の収納の引き出しが、なぜか1cmほどの差で、書類ファイルを収容できない。
 帰宅は21時少し前だった。猫の食糧をあげるのに時間がかかった。
 上の娘からは連絡があったという。今頃、京都だろう。カミさんに、下手すると一緒に京都まで行ったのではないかというと、最悪の場合、そうなったろうという。
 今夜は寒い。外にいる猫には可哀想な季節になってきた。
by Larghetto7 | 2005-11-16 00:56 | 日記風