2014/02/01 土曜
 今学期は授業で「授業評価」をするのを忘れていた、と今週の月曜に気が付いた。忘れたのは、授業評価の用紙を入れた封筒を見なかったからである。たぶんどこかにしまっておいて、そのままになったのだろうと思った。今週が最後なので、慌てて学務に行って用紙をもらい、月曜の授業で授業評価を行った。
 その月曜の授業後か、次の火曜の朝かは忘れたが、研究室で私が座る椅子の近くに置いた椅子の上で、授業評価の用紙を入れた封筒を見つけた。その封筒の上に物を置いたままにしたので、見えなかっただけだった。火曜からは正規に配布された用紙を使い、無事、授業評価を終えた。
 授業評価という制度があるのは結構なことである。ただ、私個人にとっては、その結果をもらってもさして参考にはならない。具体的指摘の記述が少な過ぎる。授業によっては、私はアンケートを実施しており、その方が情報価が高い。授業ネタの何に興味を覚えるか、何が理解しにくいか、が分かる。
 個々の教員にとってはさして価値がない授業評価ではあるが、組織として考えると、この授業評価によって問題点が見えてくることは実際にある。従って、個人にはほとんど価値がなくても、組織にとっては価値があると考えるべきだろう。

 私が調べた限りで、米国の大学では、トップであっても、成績は甘い。GPAの平均が3を平気で超えている。その原因の1つが、授業評価が一般化し、その結果が教員の処遇に関わるから、という説がある。むろん、大学側が学生の就職を考えるためである、という説もある。
by larghetto7 | 2014-02-01 23:45 | 日記風