2013/12/05 木曜
 1ドル・オークション・ゲームというのが、この場合、示唆的です。このゲームは、1ドル札を得るために値段をつけるという、余興のようなオークションなんですが、面白いのは、1ドルを得るために1ドルより高い値段をつけてしまう、損と分かっていても撤退できなくなる、という結果をもたらすことがある点です。なぜこうなるかは単純で、個々の意思決定時点ではコミットメントを上げる(申し出る値段を上げる)ことが合理的に見えるのに、全体を眺めれば不合理になる、という構造があるためです。
 まあよくある話で、戦争がそうですよね。一定の効果を狙って戦争するけれども、気が付いてみるともともと目指した利益以上の出費をしている。それでも止められない。罠(trap)にかかる、という意味でエントラップメント(entrapment)という訳ですわ。
 ある種の概算要求も同じですわな。もともとやりたくもない話であったけれど、いやいややるでしょ。すると先方の要求もどんどん大きくなる。我慢の限界を超えても止められない。そのうち、もともと嫌がっていたはずの人が、いや、これは本当にやりたかったんだ、やるべきなんだ、どんな犠牲を払ってもやらねばならない、なんて言い出す馬鹿になる訳ですね。戦争末期の状況ですわ。
 まあそうやって、もとのゲームで言えば、何十ドルも払って1ドル札を得た「勝者」は、一瞬の幸福感の後に、長い「勝者の呪い」にさいなまれる訳ですわな。
 こういうアホな判断を避けるために、心理学者はいくつかのアドヴァイスをしている訳ですね。その一番は簡単なことです。人は、個々の判断時点で「現状のコミットメントの継続」をデフォールトの判断にしがちなのですが、そこを原点に戻る、ことの初めのところの感覚に戻って、これをやるべきかどうかと自問する、ということです。
 まあ、そう言ってもダメなら、行くところまで行きなはれ、ですわ。ほっほっほ。
by larghetto7 | 2013-12-05 23:45 | 日記風