10/13  野村克也
 本日、引き続き忙しい。広報業務というか、高校からの訪問があり、4つの授業に関係者を参観のために案内する予定。溜まった仕事(雑務)もあるので処理したい。土曜には研究プレゼンの授業があり、準備もしておかないといけない。

 なぜか社会人野球で指揮を執っている野村克也が楽天の監督になるの、ならないのという観測が流れている。この人がプロ野球にいないのは不思議なことであるから、監督の口があるなら監督になって欲しいように思う。
 若い人たちは野村克也を監督として記憶しているだろう。しかし私が記憶しているのは、南海で名捕手としてならし、しかも大打者として活躍していた野村である。日本のプロ野球で最初に三冠王になったのはこの人であったような気がする。クセのある顔立ちは昔から変わらない。しかし記録を眺めるなら、野村克也を凌駕するほどのバッターは王貞治くらいしかいないのではないかと思う。その上捕手(兼監督)をしていたのだから、元々が相当の人である。
 好きかと聴かれれば、好きではない。何となく暗いし。
 ただ、一度、ひどく感心したことがある。オールスター戦で、セリーグを野村、パリーグを仰木が監督として率いたときである。セリーグの攻撃中に、デビューした頃の巨人の松井に打順が回ってきた。そのとき、仰木監督はピッチャーにイチローを指名した。この判断は仰木監督のサーヴィス精神だったろうと思う。
 ところが野村が猛然と反発した。セリーグを代表する巨人の松井がバッターボックスに立って、野手のイチローをピッチャーにさせるのは失礼だ、と反発したのである。宿敵であった巨人の主力打者を自分のことのようにかばったのである。見方によっては野村が硬いことを言っているようにも見える。長嶋は「いいんじゃない?」といった反応であったと思う。
 しかしバッターとして命をかけてきた野村にはそんなふざけたことは許せない、という気持ちがあったのだろう。野村は松井に代えてピッチャーを打席に送った。私は野村の反応が立派であったと思う。
 松井は松井で、打順が回ってくればピッチャーが誰であろうとベストを尽くすだけだ、とコメントしたように記憶している。これまた松井らしい。

 本日、5・6の時間に間に合うように大学に行く。5・6の時間に入試課の渡辺さんが福島県立葵高校様ご一行4名を案内してくる。2人ずつ2組に分かれて授業見学。教室まで案内する。
 事務手続きなどをすると結構時間がかかる。院生、学生の授業登録のサインをする。
 今使っているPDA(SONY の Clie)の後継を、Dell の Axim にしようと決断する。Axim にはさしてよいところは無いけれど、継続する見込みのある機械でPDAのデータを継承させたい。
 研究室で何度も、レオンハルト演奏のフーガの技法(チェンバロ)をかける。そういえば、ドイツ文化の何とかという、授業参観のあった授業で最後にかけていたベートーヴェンの『英雄』は、派手な演奏だなと思ったらフルトベングラー指揮だったらしい。
by Larghetto7 | 2005-10-13 00:59 | 日記風