2013/09/23 月曜
 週末になるとこのところ、Gyaoでタダで観られる中国のドラマ『孫子大伝』の3回分を観ている。中国の歴史ドラマはどこか、妙なナショナリズムが出てきて(そこは『大秦帝国』も同じだった)、春秋戦国時代にそんなナショナリズムがあったか疑問であるが、まあそこは仕方ないのだろう。今回の3回分の中では、呉王の闔閭が死んで夫差が呉王になると、孫武は隠居を申し出る。闔閭に後事を託され相国になった友の伍子胥と別れる場面が印象的で、その箇所は何度も再生して眺めた。越への復讐戦に進もうとする伍子胥と、戦を嫌って隠居する孫武が問答する。去るのであればなぜ呉に来たのかと問う伍子胥。死ぬと分かっているから生きることに意味がないというのか、と返す孫武。あなたを兄と慕うと孫武が言えば、自分は兄ではなく呉の相国だと答えて自らの生きる道を告げる伍子胥。敬愛しながら袂を分かつ。
 同じ話ではないですけどね。飛躍しますが、マーラーの交響曲『大地の歌』の最終楽章は、1楽章だけで30分くらいの長さなのです。この最終楽章の歌詞は孟浩然と王維の詩に基づくのですが、最後に流れるのが王維の送別という詩であります。

下馬飲君酒 (馬より降りて君に酒を飲ましむ)
問君何所之 (問う 君 何処にか行くところぞ)
君言不得意 (君は言う 意を得ず)
帰臥南山陲 (南山のほとりに帰臥せんと)
但去莫復問 (ただ去れ また問うことなからん)
白雲無盡時 (白雲 尽きるの時無し)

 これはねぇ。まあ錯覚かも知れませんが、敬愛しながら別れ行く男の友情ですね。泣かせますなぁ。

 もっとも、『孫子大伝』のストーリー的には、この後、孫武はまた伍子胥と会う訳ですけどね。
by larghetto7 | 2013-09-23 23:45 | 日記風