2013/05/02 木曜
 ある同僚が〇〇室というところに何かの用で行ったらしい。何かの話の中で「~にこの前行ったけれど」と前置きして「だいぶ雰囲気が悪かった」という。ああ、あんたもそう思うの、と私は返した。実は私も、あそこに行って良い気分だったことはない。何かの用である方に話を聞きに行くと、なぜか何とかさんかその子分のような人が出てきて、話の中に入ってくる。それは私たちの管轄だ、という。その展開になると周囲の人間は下を向く。私も内部の分担は分からないので、ああそうですか、の対応になるが、それで話を預けて返事が帰ってきたことはない。この前は仕方なしに〇〇長を通して〇長に問い合わせたが、その扱いもいつまでもはっきりせず、結局、よく分からない話で終わった。
 いつぞやは、あれは私の管轄だから勝手に話をされては困る、と申し入れられた。そいつは大学の規則の文面と違う話なので、上司の方に確認に行ったが、私の理解で間違いはないと確認してもらった。ただその件はその後ももめていたらしく、最終的にどうなったのかは、私は知らない。
 事情が分かった方からたまに善意の連絡を頂く。業者を通した方が早く進みますよ、というお話もあった。
 何なのだろう?

 まあ、フィクションはそれくらいにして、次はリアな話である。
 このところ、なぜか、国立大学改革促進事業についてネットでいろいろ検索していた。その過程で大変常識的な議論を見つけた。三重大学学長、国立大学財務・経営センター理事長を経て、今は鈴鹿医療科学大学学長をされているという、豊田長康という方のブログである。「加速する大学の2極化と地方大学」というテーマにご意見を発信されている。特に興味のある記載を取り出すと、次であります。
  その1
  その4
  その5

特に2番目の記載で、学内での選択と集中の仕方、それができない場合の連携・統合について触れている。そこに踏み込めるかどうかが、大学としての判断でありましょう。ポイントは、時間であります。
by larghetto7 | 2013-05-02 23:45 | 日記風