9/5 宏池会
 本日、大学で仕事があるので朝は早い。トホホ。

 ウチでは朝日新聞をとっている。目を通すと面白いことが書いてあった。民主党の岡田代表が「自分は宏池会」といったとある。宏池会とは自民党旧宮沢派、分裂する前の旧加藤派である。元はといえば所得倍増政策の池田隼人首相の池田派である。自民党内の最大派閥になったことはないと思うけれど、「加藤紘一の乱」があるまでは自民党内の大勢力であり、経済中心のハト派として知られていた。
 実際の岡田代表は、自民党時代、経世会(竹下派)だったはずである。竹下派は田中角栄の旧田中派を竹下が乗っ取った派閥であるから、根は田中派といってよい。
 で、小泉首相は、派閥で言えば森派、つまり福田赳夫の旧福田派である。
 その福田派と田中派はもともと佐藤派だった。戦後最長政権を維持した佐藤栄作の派閥である。当然、自民党の最大派閥だったと思う。
 佐藤栄作が自民党総裁を辞めるとき、その後継争いが勃発した。そのとき、私が大学に入学したての頃だったと思う。その経緯は有名な話で、よく覚えている。
 佐藤栄作は長期政権を維持した首相であるけれど、首相になる前の経歴は大したことはない。大したことがあったのは福田赳夫である。この人、超秀才のエリートで、大蔵官僚だった。大蔵官僚であるから基調は財政規律を正すことにある。福田がどうだったか分からないが、大蔵省の感覚からすれば、大蔵省の管轄でない、金融機関でもない郵便局が金融(貯蓄)を扱うのはとんでもないことである。小泉の20年来の郵政民営化論も、源は福田にあるかも知れない。
 福田は佐藤派のプリンスと呼ばれ、素直に考えれば佐藤派の後継者となり、そのまま首相になるはずだった。ところが、田中角栄が銭闘を仕掛け、福田を破って総裁、首相に就任した。以後、佐藤派は田中派と福田派に分裂し、両者は宿敵となった。
 田中金脈とロッキード事件で田中角栄が失脚した後、結局福田も首相になった。首相在任期間は田中角栄より長かったと思う。
 考えてみると、民主党に移った有力自民党議員、小沢、故奥田、羽田、鳩山由紀夫、渡部、そして岡田代表は、すべて経世会、つまり旧田中派である。細川も経世会であったかも知れない。
 つまり、自民党の最長政権を維持した佐藤栄作の派閥が2つに枝分かれして、片方が自民党を、もう片方が民主党を動かしている、という構図である。両者は同じという日本共産党の気持ちがよく分かる。

 と、まあ、予定していた仕事が終わったのが15時40分頃か? 成績確認の書類を全学教育課に出す。私が素点69と書いた点数が機械で89点に読み取られていた。そんな調子であるから、学生はもらった成績を不審に思うべきだろう。その後、入試の募集要項の受け渡しの件で全学入試課に確認に行き、その結果を学部の事務長と学務係長に申し入れる。あとは事務方の判断に委ねる。
 学務係長と話しているとき、学部HPが止まっていることが話題になる。いや、さっきまで私は観ていた(というか、アップしていた)はずであるけれど、確かに学部のHPにアクセスできない。ネットワークに問題がないのでサーバに問題が生じているのだろう。Y先生に知らせて対応してもらうが、本担当のU先生でないと分からぬようで、U先生への連絡をY先生にお願いする。
 17時頃に帰路に着く。帰宅は18時20分頃。今日はカミさんが下の娘を某市のピアノの先生に連れてゆくので、家には猫たちしかいない。チーコは居間の座布団の上で寝ていた。その他の猫たちに食糧をあげる。まだ雨が降っていた。
by Larghetto7 | 2005-09-05 01:37 | 日記風