2011/09/17 土曜  多治見
 退職された籾山先生の多治見のお宅を訪問する、という話が小谷先生との間で、昨年からあった。しかしその頃、籾山先生の住まいの辺りで水害があり、その後始末があるとのことで当面延期になった。その後、なんだかんだと話が延びてしまった。
 私の父方の祖父というのは、多治見付近から茨城県の某市に移り住んで商売を始めた、と聞いていた。後に手続きのため戸籍の書類を取り寄せたのが多治見の隣の土岐市の市役所であったから、現在の区割りでは土岐市の出身だったのだろう。そんな訳で私の家は陶器商であり、商売を止めたのは私が大学院生の頃、父が死んでからのことである。
 まだ行ったことのない多治見には行ってみたいと思っていた。
 そんな訳で、計画を小谷先生にお任せしていたところ、9月17日に籾山先生宅にお邪魔する、という流れになった。新幹線チケットなどは小谷先生にとって頂いた。

 さても17日土曜は7時頃におきた。私の1日は猫たちのせわから始まるのだった。
 最寄駅から8時45分発の普通電車上りに乗って東京を目指す。赤羽辺りでやっと座れた。9時35分に上野着。京浜東北線に乗り換え、9時47分頃に東京駅に着く。10時20分発の新幹線の指定を確保してあり、小谷先生とは車両の中で会うことになっていた。八重洲なんとか口で行ったん降りてから先方までの往復の乗車券を買い、また入場して新幹線のホームに行く。なかなか小谷先生は現れず。大丈夫かと心配したが、10時10分より後に現れた。
 10時20分に東京発。名古屋には12時3分着名古屋の新幹線改札を抜けるとすぐに、次の中央西線10番ホームが見つかる。指定券1人310円を買ってセントラルライナー7号に乗る。12時15分発。金山、千種、高蔵寺、次が多治見である。
 この高蔵寺と多治見の間が山であり、何度かトンネルを超えた。たぶんそこが尾張と美濃の境なのだろう。
 多治見駅に電車は12時42分に着。

ちなみに  →  JR多治見駅

そこから太多線の5番線、岐阜行きの2両の電車に乗り換える。12時50分頃、風雨が強くなる。電車は12時55分に出発。小泉、根本の次が目指す姫の駅である。

 13時7分に姫駅に到着。線路を渡って反対ホームに行くと、そこで籾山先生が待っていた。奥様とも挨拶する。車で籾山先生ご自宅まで連れていって頂く。大変元気になられたお母様とも挨拶する。大きめの三毛猫13歳にも挨拶する。
 籾山先生宅では、奥様の父上が書家(何と言うから私は分からないが、版木に文字を彫って刷る)であり、その作品の展示があり、籾山先生が時折、作品の入れ替えをしているという。
 母屋でしばらく世間話をしてから、仕事場になっている棟に案内された。書庫などを拝見する。先日、中国に行った折にも棚3つ分の本を注文し、じきに船便で届くとか。小谷先生によれば、籾山先生の本を整理する能力は自分(小谷)とは格段に違うとのことである。おそらく小谷先生としては、日ごろの規律のない生活を密かに恥いったことだろう。
 どこか、観に行きましょうか、という誘いがあり、籾山先生と奥さんの車で、虎渓山永保寺に案内してもらう。
 永保寺は臨済宗の禅寺だそうで、開山は夢窓国師、受験知識的には夢窓疎石と呼ばれる高僧である。
 うーん、いきなり有名人が出てきましたね。夢窓疎石が作ったお寺で一番有名なのは天竜寺ですよね。まあ、京都の嵐山で降りると自然に入ることになる天竜寺。なんですよね。嵐山まで行くと、まず天竜寺まで行って、竹林の脇の道を通って野々宮神社に行ってお札でも買って、その先辺りにあったのが落柿舎でしたかね。垣の置物とか買って変えるとか、ですね。
 確か、夢窓疎石の勧めで後醍醐天皇の菩提を弔うために足利尊氏が建てたのが天竜寺、というのは、天竜寺の案内に書いてあったことのような気がします。つうことは、夢窓疎石は後醍醐天皇や足利尊氏と親交があった訳ですね。ネットで調べると滅ぼされた北条氏の帰依も受けていたと言うので、まあ、政治的立場に関わらず引きが多かった当時第1の文化人だった訳ですな。夢窓疎石がこの虎渓山にいたのは数年に過ぎなかったようですが、当時の政治的な中心地を離れた場所でこれだけの寺ができた訳ですから、なんかすごい感じはありますね。

ちなみに  →  虎渓山永保寺

 その後に案内して頂いたのが、市の倉という窯業の地区にある幸兵衛窯でした。

ちなみに  →  幸兵衛窯

 幸兵衛窯とは、現在が7代目になる加藤幸兵衛という人の窯を中心にした展示の建物であり、中では代々の幸兵衛作を中心にした陶器が展示してあるのです。5代目は昭和天皇と映っている写真もありました。また、古い作りの家屋が細い階段で3階まで行けるようになっているのですが、3階には、川中島に出兵した誰かに宛てた、武田信玄の感状のようなものが展示されていましたな。あれ、武田信玄の花押だと思います。本物かどうか?
 1つの建物では作品の即売もしているのですが、まあ、平均で1つ100万円くらいでしょうか?
 5代目以後の加藤幸兵衛は、ペルシャ三彩とか(唐三彩しかそれまで存じませんでしたが)、ラスター彩陶を研究し、作品を作っているようです。だから作品も、渋い、というのではなく、ほとんど鮮やかなものが中心。
 
 17時過ぎに多治見駅まで送って頂く。お土産まで貰って、籾山先生と奥様に挨拶して改札を通ったのでありました。
 17時44分発の快速で名古屋に向かう。18時半より前に名古屋駅着。時間が中途半端なのでどこにも寄らず、新幹線の改札を抜け、弁当を買って電車を待ったのでありました。
 乗車したのぞみが名古屋を出たのが19時10分。20時53分に東京駅着。
 山手線のホームに行くと、線路に人が降りたとかで、電車が品川で止まっているという。構内では乗り換えのアナウンスまであるので、すぐには動かないと判断し、東北新幹線の自由席券を買って新幹線に乗る。
 21時24分発の那須塩原行きの新幹線に乗り、20分くらいで大宮駅に着く。小谷先生とはそこで分かれる。いったん改札を出てからSuicaで入場し、21時59分発の下り電車に乗ったのでありました。
 最寄駅を降りてタバコと猫食糧をセヴンーイレヴンで買ってから、カミさんの車で帰宅したのが22時半頃。
 それから猫たちに食糧をあげて回ったのであった。
by larghetto7 | 2011-09-17 23:45 | 日記風