2011/05/05 木曜
 5月2日に大学に行っていると、ネットのニュースでビンラディン殺害のニュースが流れた。驚いた。今さらビンラディンかよ、という気もしたが、いきなり「殺害」とは極端である。
 正直、釈然としない。直感的には、今、ビンラディンがテロ活動を指揮しているとも思えなかったが、なぜいきなり殺害する必要があったのか? その後のニュースを眺めると、ビンラディンは丸腰で武器は持っていなかったという。なら捕まえればよかろう、容疑があるなら裁判にかければよかろう、と思えた。
 アメリカは好戦的なのだな、と改めて実感する。
 さらに違和感があったのは、オバマ大統領が「やったぜ」と喜んで、演説したこと。やったぜ万歳とアメリカ市民が集まり、大統領の支持率が上がったとのこと。なんか、変なんじゃね。「殺害」というのは、相手が誰でも負の部分であるから、それをそんなに表に出すか? 喜ぶというのは、どんなものか。そんな違和感を感じ続ける。
 ビンラディンに「ジェロニモ」という暗号名を付けたという。彼らはいまだに netive americans を消去の対象としているのか、という印象を与える。「エイリアン」とか「ターミネイター」とか呼べばまだしも。
 ビンラディンを殺した、やったぜ、と喜ぶアメリカ市民、という話を聞いて、原爆投下の映像を見て「やったぜ」と喜ぶアメリカ人を連想してしまった。

 さても、その後ニュースを眺めると案の定、アメリカの先住民族団体から「ジェロニモ」の使用に不快との抗議が出たという。まあそうでしょう。私でも感じることを、なぜアメリカの首脳が考えなかったのか不思議なくらいです。
 その後、ビンラディンは捕まってから銃殺されたのではないか、という説も登場したが、この話は真偽は分からない。
 またまた、ビンラディンの殺害は山本五十六と同じだ、というアメリカ高官の発言まで出てきた。山本五十六の搭乗機は、日本の暗号が漏れて襲われた訳ですが、しかしあれも卑怯ですよね。戦場で倒すならともかく、いってみれば暗殺ですからね。しかし、山本五十六のときは国家間の戦争ですわな。戦争ってのは、国家間。ビンラディンの場合、「戦い」というのは勝手だが戦争といえるのか、疑問があります。
by larghetto7 | 2011-05-05 02:24 | 日記風