チーコの大病
 家猫のチーコが家で2度吐いたのは2月26日(土)のことである。チーコはこの所やせ気味であり、齢をとったのだろう、と家で話していた。チーコはもともと腎臓に難があり、腎臓を悪くした猫を何度も見ているので、その症状であろうと考えた。問題は脱水があるかもしれないので、明日は動物病院に連れてゆくよう、カミさんには頼んでおいた。
 次の日の2月27日は、日曜というに、関口先生の最終講義と記念パーティーがある。昼過ぎに家を出て、チーコのことはカミさんに任せていた。
 関口先生のパーティーが終わって帰り、カミさんにチーコのことを聞くと、なんとそのまま入院したという。膵臓が腫れていて肝臓の数字も悪く、リンパ節が腫れているらしい、という。明日、CTを撮り、開腹手術をするという。リンパ腫である可能性が高い、という。
 11月に抜歯したときと比べ、血液検査の数字がかなり悪い。

 チーコはもともと、庭に来たメスの野良猫だった。庭に入ってきて動こうとしなかった。娘たちが飼おうというが、私は反対した。明日までこの猫がいれば飼う、と約束した。はたして次の日、チーコは庭にいたのである。飼うことになった。私がその場で縁側の床を叩くと、そのままその場所にやってきたのである。
 それ以来、この猫は私の家で過ごすことになった。既に家族である。家に帰るといつもチーコがいた。時折、チーコのためにお土産を買う。何を買うとチーコが喜ぶかと、考えながら過ごしてきた。
 入院する少し前にも、私が食事をしているところにやってくる。しゃけや刺身があると私は自分が食べるよりもチーコに食べさせていた。

 いろんな病気猫を見てきた割に、チーコの具合が悪くなったことを見逃していた。いや、悪いけれども腎臓の慢性的な問題であろうと思っていた。
 2月28日にチーコは開腹手術を受け、悪い部分は取ったけれども、検体の検査に出したという。たぶんリンパ節の癌であるので、早めにステロイドの治療をするという。いつ死んでも不思議はない、との伝言を聞き、仕事場から家に向かった。動物病院で説明を聞いた。
 正確には検査によるが、まず間違いなくリンパ腫であり、いろいろ転移している、という。話を聞くと、治療してどうなる段階ではないように思えた。
 3月1日から朝、出がけにチーコを見舞った。3月3日と4日は朝から会議で動物病院があいていないので、早めに帰ってチーコを見舞った。
 その3月4日(金)に、思ったより早く検査結果が帰って来た。その旨カミさんから、携帯メールが入った。やはり悪性のリンパ節の腫瘍であるという。すぐに家の近くの動物病院に向かった。

 途中で考えた。これまでも何匹かの猫たちの死に立ち会ってきた。しかしいろいろ弄り回すことには疑問があった。チーコはこの家が好きで、この家で過ごすことが好きだった。だから、早く死んでも、私の家で過ごさせてあげるべきではないか。
 私の家族もまた、無理に生かすのではなく、少しの間でも家で一緒に過ごすことを望んだ。
 カミさん、息子と一緒に動物病院に行き、どうするかを話し合った。院長はすぐにも抗がん剤治療をしたい、という。リンパ腫には抗がん剤が効くようなので治療を頼んだ。一方、このまま家に連れ帰ることとした。プロトコルを変えて様子を見ながら治療をする。しかし無理な治療はしない、という方針を決めた。
by larghetto7 | 2011-03-06 21:26 | 日記風